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ぼくのわたしの守りたい世界  作者: 猫田芳仁
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第13話 激闘! 街を守り抜け

 あさがおは、すずめが運んだ。

 絶対戦わない、運ぶだけで済ませること、と教師はさんざん言い、なお不服そうなすずめに「戦ったら、その場で変身を解除させる」と伝家の宝刀を抜いた。本来は暴走時の備えだ。

 これ以上わがまま言って、出してもらえないのはもっと嫌、と、ふくれっつらのまますずめは引き下がり、さっさとあさがおを連れて出て行った。


 一緒に変身して、あさがおを箒に乗せる。生身だと速度に耐えられない可能性があるからだ。飛んでいる間中、すずめはあさがおに「戻りましょうか」と声をかけ、あさがおはそれを拒否し続けた。


「あさがお……あさがおまでダメになったら、まじるねえさまが目を覚ましたとき……。まじるねえさま、つばさねえさまとも仲良しだったのに……」

「私、生きて帰りますから……泣かないで、すずめねえさま」

「だって……だって……」


 飛びながら、いつのまにかすずめは泣いていた。

 あさがおだけを置き去りに、帰らなければならないことが恨めしく、泣いていた。


 すずめは速い。

 目的地に着くまで、そうはかからなかった。

 獣はまだ、ぎりぎりで中空に固定されている。気づかれないように建物の陰に着地して、あさがおをおろす。


「ねえさま、早く帰らないと」

「……急いで、誰か連れてこないとですわね」


 すずめは両手で涙をぬぐって、再び箒にまたがる。ぐずぐずしていては、変身を解かれかねない。


「あさがお、それまで無事でいてくださいね」


 すずめが地を蹴った。金色の軌跡を引いて、みるみる背中が小さくなる。

 あさがおはひとりで、残された。


「ひとり、かぁ」


 1人きりの戦場は、初めてだ。

 それでも、やらなければならない。

 借りてきた「装備」に手をかけたとき、激しい雑音が受信機を打った。明らかに学院からのものではない。出鼻をくじかれたような思いだが、いちおう、あさがおは応答を選んだ。 

 その途端に、雑音は吹き飛び、限りなくクリアな音質で声が聞こえてきた。


「はじめまして。学院の生徒さんですか? アタシは味方です」

「……はい、生徒ですが、味方……ですか?」

「緊急事態ですから詳しい説明は後ほど。”正義の味方”がそちらに向かっているので合流、協力をお願いします。アタシたちも、あの怪獣をどうにかしたいのです。

 ところでおひとかたのようですが……戦力的にはどうですか?」

「私、時間稼ぎです。あとから戦える人が来ますけど、どのくらいかかるかは……。合流ですが、獣の気を引くのに発煙弾を使います。そこに向かってきてくだされば」

 

 何が何だかわからないが、手伝ってくれるならわらにもすがりたい。本当は敵という可能性を、考慮する余裕はあさがおになかった。


「伝えます。彼と、5分耐えてください」

「5分……?」

「5分後に一発逆転の秘策があります。それまで、なんとか」

「……わかりました」


 内蔵タイマーに5分をセット。

 先方の援軍でも来るのだろうか。なんにせよ、時間まで指定してくれたのがありがたい。ゴールがあった方が、頑張りやすい。

 獣が羽ばたく。歪みから完全に離脱したようだ。

 あさがおは発煙弾を放り、タイマーを起動させた。


 ***


 爆発音と赤い煙。

 準備の要る魔法を使うからという蘭子を着地地点に残し、ジャスティスマスクに姿を変えた正義は全力で走った。翼竜は地面すれすれまで降りてきており、その近くに人影がある。小さい。あまりにも。まさか小学生じゃあるまいなと正義は肝を冷やした。それらしいスーツを着ているから学院の生徒だとわかるが、こんな小さい子までかり出されているとは。しかも、1人で。


「大丈夫か!」

「大丈夫です!」


 返事はいい。少し安堵した。走る速度はさらに上げた。

 だが声をかけたのが徒になったらしい。翼竜の興味は正義に移った。やや上昇に転じる。翼が起こす風圧だけで、立ち止まらざるを得ない。

 

「でかすぎだろ……」

 

 近くで見るとまた迫力が違う。誇張抜きに頭から食われそうだ。

 急ぎ駆けつけたはいいが、どう相手をしていいのか思いつかない。


「下がってください!」


 あさがおがワイヤーを射出する。獣が存外素早い動きでそれを避けた。あさがおが追尾させようとするも、何度か胴体に当たるのみで、絡ませるまでは至らない。吹き飛ばされないために自身に加重装置をかけながらのため、細かな操作ができないのも痛い。


「これならどうだ!」


 正義が腰の銃を抜いて発砲する。薄氷色の弾丸が何発か、獣に着弾した。氷結弾だ。翼の付け根が凍り付き、やや体勢を崩した。


「今だ!」


 正義の声と同時に再度ワイヤーが飛ぶ。獣が口を開けた。火を吹かれたくらいでは離さない覚悟があさがおにはあったが、それどころではなかった。

 衝撃。

 獣が吐き出したのは衝撃波だった。体中の計器の針が振り切れるのを、あさがおは感じた。ワイヤーもコントロールを失い、ばらばらの方向へ散る。加重装置が切れて、彼女の華奢な身体は軽々と吹き飛んだ。直撃しなかった正義も頭を揺さぶられるような感覚に襲われ、膝をつく。

 獣は悠々と高度を上げた。翼の氷もばらばらと落ちていく。


「こんなの、どうやって倒すんだよ……」

「大丈夫、です」


 身体を起こしながら、あさがおが確信に満ちた声で言った。奇跡的に生きていたタイマーが、彼女にゴールを知らせる。


「5分、経ちました」


 ***


「さて」


 蘭子は肩掛け鞄を、どっと地面に置いた。

 中からまず、白いピクニックシートを取り出す。ばさりと一降り、風に任せるように、開いた。

 元々は両面ともに白い、飾り気のないピクニックシートだったに違いない。だがその表面には無数の図形からなるなんだかよくわからないものが描かれていた。魔方陣と違って、丸くはない。さらにアルファベット、梵字、漢字がてんでばらばらに書き込まれている。ヒエログリフのようなものまである。

 次に出てきたのは電気ろうそくが数本。手早くスイッチを入れると、その図形の上に並べていく。


 蘭子は上着を脱ぐと、鞄の上に落とした。

 黒い半袖のブラウスだ。

 彼女の手首から上は、無数の傷跡が格子模様を作っている。


「おいでください、お入りください」


 ちきちき。

 右手でカッターナイフの刃を出す。

 無造作に、左腕に当てて引く。

 こぼれるほどではないが、一筋、血がにじんだ。


「召し上がったら、叶えてください」


 傷口が燃え上がった。

 彼女のつけた一筋だけではない。ふたつ、みっつとふさがっていた傷跡が肉色に開き、血は流れ落ちる前に青い炎となって腕を飾った。


『……んで? どのくらい搾ってええのン?』


 蘭子の口で、蘭子の声で、まるきりの別人がしゃべった。


「死なない程度に」


 同じ口から、今度はいつもの蘭子の言葉が出る。傍から見たら口調を替えて、一人芝居をしているようだ。

 だが実際は、2人いる。


『これだけ大きい呪はひさかたぶりやねぇ。腕、鳴るわぁ』

「あと2分でお願いします。対象2人」

『きっつぅ。ま、ええよ。なんとかしたる』

「2分切りました」

『あい。んー、地脈よーし、方位よーし、座標よーし』


『あまつきつね、さかしま』


 つま先から脳天まで。

 蘭子の身体を、炎が呑んだ。


 ***


『お待たせ』


 あさがおはもとより、通信機を搭載していない正義にもはっきりとその声は聞こえた。

 蘭子の声で別人が話している。そう感じた。


『”魔法”使こたよ。これなら一発逆転、できるやろ』

「……!」

「これなら……!」


 力が、湧き上がってくる。

 強引に”持ち上げられている”ような感覚だったが、今の彼らには福音だった。


『長くは持たんえ。ちゃっちゃと済ましてなぁ』


 声は尻すぼみに遠ざかっていった。正義と朝顔は、たがいに視線を合わせる。


「少し、離れてください」


 加重装置の範囲を「自分」から「周囲」に変更。出力は最大。スーツの性能を加味しても、本人が潰れかねないGがかかる。その力場には、もちろん獣が捕捉されている。

  叫び声を上げながら地面に叩きつけられる、獣。あさがお自身も、限界を超えているはずの重圧に晒される。

 しかし、立っている。

 加重装置もこれだけの出力をすれば瞬時に壊れてもおかしくないが、安定して最大出力を保っている。

 「魔法」は「機械」も強化しうるのか。

 その加重の中でワイヤーを発し、獣を今度こそ絡め取る。絶対にほどけないよう、きつく。

 そして加重範囲を再び「自分」のみへ。

 これで正義を巻き込むことはない。


「お願いしますっ」

「任せろ!」


 既に正義は駆けだしていた。固く拳を握って。黒いグローブが白銀の輝きを纏う。

 渾身の、一撃。

 獣は一瞬にして凍り付き、粉々に砕け散った。


 ***


「や、やった!」

「やりました!」


 正義とあさがおは文字通り手を取り合った。”魔法”が解けた元に戻ったせいか身体は重かったが、心はそれを補ってあまりあるほど軽かった。


「えっと、倒した後何か処理したりとかはいいの?」

「それは学院の方がしてくれます」

「じゃあ蘭子さん迎えに行こう。あ、魔法使いの人ね」

「私もお礼を言いたいので、一緒に行っていいですか?」

「勿論」


 意気揚々と着地地点に戻ってきた2人を待ち受けていたのは、ピクニックシートの上に倒れ伏した蘭子であった。顔以外の露出している肌に無数の裂き傷があり、2人は度肝を抜かれた。


「えっ、ちょ……蘭子さん!? えっ、大丈夫……じゃないですよね!?」

「何があったんですか!?」


 抱き起こすと傷に触れたのか、蘭子がびくりと震える。生きてはいるようだ。


「大丈夫です……ちょっと生け贄になっただけなんで」

「生け……!? じゃあさっきの魔法……そんな……」

「役に立ったでしょう」

「でも、私たちのせいで」

「誰と来ても使うつもりだったので。申し訳ないと思うなら、今度カツ丼おごってください」

「……大丈夫そうですね」

「はい。下ろしてもらっていいですか。指、思いっきり傷に入ってます」

「すみません!!」


 あわてて蘭子を下ろす正義。座っているのも苦しいらしく「見苦しくて済みません」と蘭子は横になった。鞄に手を伸ばしてスマホを取り出し、マンションに報告を始めた。あさがおに学院に連絡は要らないのかと聞けば、獣の反応がなくなったからわかっているはずだとのことだ。

 2人は変身を解いて、迎えを待つことにした。


 ***


 学院のお迎えの魔法少女が号泣し、なだめるのが大変だったことや、マンションのお迎えが車ではなく虎だったことなどは、また別の話。

これにていったん終了となります。

お付き合いいただき、ありがとうございました。

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