第10話 混沌! 真相は闇の中
今日のおやつは栗ようかんと緑茶だった。他にもコーヒーがポットで置いてあったり、クッキーが無造作に開封されていたり、なんだり、かんだり。好きに飲んで食べてくれと言うことだ。
404号室で正義たちを出迎えたのは、蘭子と臈、昨日はいなかったスリムな女性の3人である。
「他の方は?」
「……みんな朝弱くて」
もう9時を回っている。
「ほかのコはともかく、ニコちゃんはどうせ二日酔いかなんかでしょ? いやだわぁ。第3階位の君主なんだと思ってんの? 対価を要求するわよ」
「こちらをお納めください」
「わーい! 蘭子ちゃん好き! でもニコちゃんは許さーん!」
蘭子からシュークリームを受け取ってきゃぴきゃぴしている様子はかわいいお姉さんである。しかし、ここにいるからには異能持ちか人外かなのであろう。さらっと君主がどうとか言っていたし。
彼女は瞬く間にシュークリームを腹に収め、いかにも濃そうな緑茶をぐぐっと煽った。口の周りをぺろりとなめ、投げ出していた足をたたんで正座する。
「えー、はじめまして。正義くんと通くんにいろいろ説明するために来ましたベリアルです。よろしくね」
ぺこり、と書き文字が出そうなお辞儀であった。
「でもでもー、説明あたしでよかっったの? めっちゃバイアスかけるよ? 天使大嫌いだし」
「ここに住んでるやつはみんな大嫌いだろうよ。おかわりいるか」
「次は薄めでちょーだい。さて、本題だ。少年たちはそこに座りなさい」
そういえば、ずっと立ったままだった。座布団に座る2人。すかさず出てくるお茶。勧められるお菓子。「授業じゃないし、しゃっちょこばらなくていいよ」とのことで、ベリアルも早々に正座を崩した。
「名前からわかるかもだけどあたしは悪魔で、地獄に住んでて、天使とは昔派手にドンパチやったけど今は停戦中。でも過激派の天使が出しゃばってくるからムカつく。みたいな感じ」
天使の「異能狩り」は、異変の遙か以前から行われていたらしい。もとは西洋で「悪魔の息のかかった邪悪な魔術師を狩る」という名目で行われていたのだが、そのうち活動範囲が広がってきて、悪魔に関係ない人外や天然の異能者にまで被害が及びつつあるという。
「そこに今回の大異変でしょ? なんでも天界側は事故じゃなくて、わざとつなげたみたいな話もあるよ。やりかたも雑で強引になってきてる。コピー天使とか作られ初めて、事件の隠蔽すらしないんだから」
「質問いいですか」
「どーぞ」
「天使の目的って何なんですか? やっぱり、世界の浄化?」
「それがよくわかんないのよー」
だから余計に頭が痛いらしい。
「ここだけの話、『神様』が存在するかどうかも怪しいらしいよ」
「ずいぶん怖い話を聞いてしまったんですけど……」
「あくまでやつらの神様がって話」
「それじゃ日本の神様は」
「けっこういるよ。邪神も少なくないけどね」
安心できるのかできないのか微妙な回答だ。
以前は天界の上層部と情報をリークし合ったりしていたそうなのだが、さすがにこの状況では危なすぎて連絡が途絶えっぱなしだとのこと。
珍しく聞きに徹していた通が、ぼそりと言った。
「悪魔も人類を守ってくれてたんですね」
「えっそういうのじゃないよ」
「でも、天使の異能狩りと戦ってくれてたんですよね」
「まあ、そうなんだけど、悪魔には悪魔のアイデンティティってやつが」
「よっ、正義の味方」
「悪の権化だもーんっ」
これ見よがしに硫黄の匂いのする火を吹いて、ベリアルは笑った。周り中が咳き込む。臈だけが平然とした顔で、自分の田場亜子に火をつけた。
「昔はぶいぶい言わせてたのよ、これでも。最近は科学の発展で魔法が廃れちゃってうまみもないから、人間に手、出してないけど……地獄と人界とつながっちゃったら、動かざるを得ないじゃん」
世界各地に地獄につながる「穴」が開き、そこから人間が迷い込むトラブルが頻発しているそうだ。これに乗じて悪事を働こうと穴から出てくる地獄のチンピラもおり、当局は対応に追われている。
「当局ってまさか」
「そ。魔王様と愉快な仲間たち」
本当は彼女も書類に埋まっているべき立場ではあるのだが、自主的に休暇を取ってうろうろしていたところ、親交のあるニコに説明を頼まれたとのこと。
「仕事馬鹿が何人もいるし、平気よ平気。それよか人外、異能には気をつけなさいよ。ここはある意味地獄の出張所的なところだから信用してくれて大丈夫だけど、それ以外のやつは疑ってかかること。なんか正義のヒーローってだまされやすそうな気がするんだけど、そのへんどう?」
「こいつはだまされやすいですけど、俺がフォローするんで」
「通てめぇ」
小突き合う少年2人を、天使のような笑顔で彼女は眺めた。
***
聖ジャンヌ女学院の生徒は、もうそれだけでアイドルのようなものだ。
もともと「お嬢様学校」という肩書きであったが、それが世を忍ぶ仮の姿であり「戦う女の子養成施設」という正体を現してからは、全国的に人気が白熱した。メディアの取材や行き過ぎたファンに生徒たちは追い詰められ、私服で外出せざるを得ないほどだ。
しかし、特異な存在である彼女たちには悪意も向けられる。
魔法少女やエスパー少女と言えば聞こえはいいが、要するに異能者である。自分たちと違う存在だ。そうなると当然、恐れたり、攻撃しようとする人もいる。
そもそも守られるべき少女たちを、巨大怪獣と戦わせていると言うことで、学院自体へのバッシングも激しい。
多感な年頃の少女たちが、参ってしまうには十分すぎる環境だ。
ただでさえ十分とはいえなかった戦力は確実に削られ、提携を申し出てくれた外部組織も、学院の世間体のために断った。
元が悪の組織だから、なんだ。もう20年も昔のことではないか。
そんな声も上がったが、結局は握りつぶされてしまった。
華やかに舞う少女戦士たちの舞台裏がこれである。
「やんなっちゃうわ」
「本当に」
談話室で仲直りの缶コーヒーを傾ける、まじるとすずめ。もう日も暮れて、広い部屋で埋まっているのは彼女らのテーブルだけだ。
「ごめんね、すずめ」
「わたくしもごめんなさい。かっとなって」
「それはお互い様。そんなことより、例の件は?」
「駄目ですわ。ひどい娘は、変身もできなくなってしまって。出力の安定している娘も、精査したら汚染係数が上がっていて前線に出せないなんて、ざらですの」
「こっちも芳しくないわね。もともと攻撃型のエスパーって少ないし、前線に出せるレベルの娘が”獣”と戦ってるときに暴走したらどうなるか……考えたくもないわ」
「当分は機巧に頼ることになりそうですわね」
機巧少女と分類される乙女たちは、様々な機械にそれぞれ精通している。適合する分野によっては医療機器を巧みに操って負傷者を治療したり、変身ヒロインさながら前線で活躍していたりもする。
まじるもすずめも、今この時だけは彼女たちがうらやましかった。
エスパーも、魔法も、その能力はすべて本人の精神面に影響される。だが機巧の、特に前線特化した生徒は、適合したシステムの安定性と出力がそのまま実力だ。
ショックを受けたり、つらい目に遭っても、システムが正常に作動している以上スペックは変わらない。
もちろん、心が不安定になればいつも通りの戦い方ができなくなる可能性はある。しかしそんな状態に陥っても、機巧少女は害がないのだ。魔法やエスパーにありがちな暴走で、仲間を傷つけなくて済む。
それぞれに「魔法少女」と「エスパー少女」である2人は、かなり安定しているほうであるけれども、いつ何時、どんなきっかけで「壊れる」かわからない。すでに何人も同輩が再起不能に陥っている。明日は我が身だ。
2人はコーヒーの缶をもてあそびながら、同時にため息をついた。
とても少女には似合わない、暗い溜息だ。




