夜と少女
今日も夜が来た。
少女はふと窓の外をのぞいた。
一つの明かりもない。お隣さんはもう寝てしまったのだろうか。暗闇の中に何かを見つけようと必死に目を凝らすが、眼に映るのは黒ばかりだ。
少女は少しため息をつき下を向いた。
また、この夜だ。
少女は考える。
この感情はなんというのだろうか。
夜が来るとたびたび身体を支配するこの、思いは。
寂しいような悲しいような、苦しいような。
とても寝てなんかいられない。
布団に入るとますますその感情は強くなり、居てもたってもいられなくなるからだ。
虚しい。まるで世界に一人きり。いや、自分すらこの世界にいないような。
世界がからっぽのような。
少女は部屋の隅に無造作に置かれていた上着をひっつかむと、それを羽織りながら玄関へと急いだ。
外はきっと寒いだろう。白い息がでるだろう。暗闇の中に見つけれるものなどなにもないだろうに。
けれど外に出ずにはいられないのだ。
外に出た少女をひんやりとした空気が包み込む。
やはり、なにもない。
なにかを期待して外に出たわけではないのだが、少女はまたひどく落胆する。
周りに人影はなく、車の通りもない。
空を見上げてみても星の一つもない。
この世界はもう夜の支配下にあるのだ。
彼女はそう考えた
突如、少女は走り出した。
静まり返った暗闇に少女の荒い息と足音がこだまする。
寒い。息が苦しい。ただのサンダルを履いた足が痛い。けれど走らずにいられない。
夜が来ると現れるこの感情はなんだ。
寂しくて悲しくて虚しくて沈んでいくような、落ちていくようなこの感情は。
少女は走り続ける。
苦しい、苦しい。そう思い続けながら、夜を走り抜ける。
夜はこわい。普段はおとなしい感情たちが暴れだす。
私はここにいたのよ、知らないふりなんかさせない、とでも言うようにどたばたと身体の中から起き上がり出ていこうとする。
少女はだから走り続ける。
その感情たちを落ち着けるために、自分の中に戻すために。
少女はそのときどんなに苦しくても悲しくても涙を流さない。
本当に苦しく悲しいのはその感情自身だと信じてやまないからだ。
どこをどう走ったのか、少女はいつの間にか自分の家の前にいた。
肩を上下させ、荒々しく息を吐く少女は、「ありがとう、ごめんね」
そうぽつりとつぶやいた。
少女は走る前より幾分すっきりとした顔をしていた。
あの感情たちが消えたわけでもないのに、なぜだか笑っていた。
夜は少女にとって苦しいものだった。
けれど、それ以上に愛しいものだったようだ。
少女はあの感情たちを受け入れたのかもしれない。どんなに苦しくても辛くても、それは自分自身。自分の感情。自分だけのもの。
彼女自身、わかっていたのかもしれない。
彼女だけにしか伝わらない、彼女だけしか慰めることができない、あの感情を。
あの感情たちを。夜を。
少女は夜を受け入れた。
end