85.絶望、希望
8月10日に第1巻発売! 感謝の毎日連載中!(8/3-8/17)
85.絶望、希望
「す、すごい力です」
「標高2万を超えるような山を一瞬で蒸発させてしまったのじゃ!」
リュシアとラーラが驚きの声を上げた。
「お、王よ!」
玉座の間の遠声士からも伝令が届く。
「何だ?」
「い、今の一撃はなんなのですか⁉ 貴族の方々をはじめ、恐慌状態に陥ってしまっています! このままでは玉座の士気がもちません!」
他の遠声士からも伝令が届く。ワルムズ北面 ガイアス砦、隣国フェルディナンド共同戦線、ワルムズ王国東 ケイネス峡谷からだ。
「一瞬で目の前の山が消滅してしまいました!」
「自軍に動揺が見えます! 戦線の一部が瓦解しかねません!」
「爆風は幸いながら直撃しておりませんが、けが人が続出しています!」
続々と悲鳴じみた報告が届く。
「恐ろしいほどの魔力です、マサツグ様」
「ほんとよ~、あれが邪神の力なのね~」
孤児たちも余りの強大な魔力を前に萎縮しているようだ。
「で、ですが!」
と、リュシアが自分を奮い立たせるように言った。
「負けるわけにはいきません! 私たちが少しでも頑張って、ご主人様の勝てる確率を上げるんです! それこそが御恩をお返しするということです!」
その悲愴な、覚悟を決めた言葉に他の孤児たちも、
「その通りです! マサツグ様への感謝の気持ちを込めて、邪神だってなんだって氷漬けにしちゃいますから!」
「わたしもよ~。精霊神としての威厳を今こそ見せつけちゃうんだから~。ええ、神格剥奪の代償に邪神の力を削いじゃうくらいの覚悟よ~」
「わらわだって魔王としての誇りをかけて挑むのじゃ。なあに、魔王には最後の手段である自爆が残されておるわい!」
そうつづけた。
それは強大な力を前に、俺たちのいる孤児院を守ろうとする決意そのものである。
俺は彼女たちの決意に耳を傾け、そして頷いてから、
「何をバカなことを言っている」
呆れた調子で言ったのであった。
「「「「え?」」」」
孤児たちが声をそろえて、首を傾げた。
「え、じゃない。どうしてお前たちにそんな危険な真似をさせねばならん」
俺は孤児院の院長なのだ。
リュシアたちをここに連れて来たのは、あくまで安全だからだ。
それは今でも変わらない。
もし、彼女たちが玉座にいたり、もしくは先ほど破壊された山の付近にいれば、さすがの俺も守ることはできない。
だが、俺の近くにいさえすれば別だ。
現に、ミヤモトの攻撃からも、邪神MIYAMOTOの攻撃からも、孤児たちは守られている。それは直接、間接を問わない。今まさに、邪神と相対しているというのに、まったくの無傷ということがその証拠だ。
攻撃を防ぐだけが防御ではない。
俺には生半可な攻撃は隙を見せるだけだ。
ゆえに、相手は俺に攻撃すること自体をためらってしまう。
それこそが俺の予防防御だ。俺の力が強大すぎるが故の絶対防御。攻撃そのものがリスクになると言う、アンビバレンツ。
「お前たちを連れて来たのは、別に戦わせようと思っていたわけではない」
そう言って、前に出る。
「で、でも、あれほどの力がある相手に、さすがにご主人様一人では……」
「無論だ。俺だけの力ではかなわないかもしれない」
何せ、邪神だ。
その強大な魔力を感じれば分かる。
あれは絶対的な邪悪。
ゆえに、絶対的な善良的な何かでなければかなわない。
そういうものなのだ。
力が上だとか下だとか言う理屈は超越している。
この世界を統べるものが悪意なのか善意なのかという概念的な論争に近い。
もはや、一介の人間が介入できる次元を越えている。
これはいわば星の趨勢を決める戦いなのだ。
「星の……趨勢を……」
「その通り。そんな戦いに大事なお前たちを巻き込むわけにはいかない」
当然のことだ。
「で、でもそれじゃあ、またご主人様が一人で戦われることにっ……」
リュシアが眉根を寄せて行った。
他の少女たちも心配そうに顔を見合わせている。
が、俺は首を横に振り、
「それもまた、違う」
と言った。
「えっ?」
少女たちの声が重なった。
そう、違うのだ。
彼女たちは勘違いしている。
なぜ俺が邪神と戦わねばならない。
世界を滅ぼすからか? 人類を滅ぼすからか?
そのこと自体は俺とは関わり合いがない。
奴はまだ孤児院をどうするつもりなのか、一言も言っていないのだ。
「た、確かにそうです……」
「分かったか? 邪神と戦うのが孤児院長の仕事ではない。俺の仕事はあくまで孤児院とお前たちを守ることだ」
「で、では何もされないということですか?」
が、俺はまたしても首を横に振り、
「それもまた違う。決まっているだろう、リュシア。邪神と戦うべきは誰だ? 神が世界を滅ぼそうとするとき、誰がその神を止めなくてはならない?」
リュシアはハッとした表情を浮かべる。
と、同時に邪神MIYAMOTOも声を上げた。
「善神の野郎か⁉」
俺は狼狽する邪神の一部を嗤いながら、
「無論、そうだ。今も善神はお前を見下ろしているではないか」
「なに⁉」
MIYAMOTOが驚愕とともに上空を見上げた。
無論、そこにはずっとそれがある。
そう、ルナ・ドロップにより生み出された星……月がシンと静かに輝いている。
「……単なる、月があるだけじゃねえかッ」
俺はその言葉に思わず吹き出し、
「MIYAMOTO、お前はやはり邪神となっても雑魚に違いないようだな」
「何だと⁉」
俺の言葉にMIYAMOTOが激高する。
だが、俺の言葉には理由がある。挑発している訳ではない。
「どうやら、邪神からは中途半端な知識しか与えられていないらしい。そうでないなら、お前がそんな間抜けな感想を漏らすはずがないからな」
「間抜けだと!」
俺は相手の叫びに淡々と頷きながら、
「当然だろう。なぜなら、善神オルティスとは月のことなのだぞ?」
「…………は?」
MIYAMOTOのやはり間抜けな声が氷上の大地に響いた。
「…………は? い、一体何を言ってやがる」
MIYAMOTOに俺は説明してやる。
「お前は知らなかったようだな。俺は孤児院の運営のために絵本作りをしていたことがある。その際に色々な物語を採話した。神話はその中で最もオーソドックスなものだ。そこにはこうあるぞ? 善神オルティスは邪神ルイクイと1000日に及ぶ死闘を行った。邪神は破れ大地の底へと封じられた。だが、一方のオルティスもまた別の場所へ封印された、と」
「それがどうした! 別の場所としか書かれていねえなら、月とは限らな……かぎら……」
MIYAMOTOが途中で口をつぐむ。
そう、さすがのこいつでも気づいたか。
「この星以外の場所など、そうそうある訳がない。そう、あるとすれば、太陽か、あるいは月ぐらいだ。だが、太陽に封じるというのは現実的ではない。なぜなら、明るすぎるからだ。ふ、別に冗談ではなくな。封印という魔術は場所の特性に大きく左右される。出来るだけ深く、冷たい場所が理想だ。ならば、月しかあるまい」
「お前は、神話を読んだだけで、そこまで推測してやがったっていうのか!」
「無論だ。なぜ、俺が光の速度で突撃して来る程度の敵にルナ・ドロップの指輪を使用したと思っている?」
「⁉」
MIYAMOTOが驚愕に目を見開いた。
「そうだ。別にお前と戦うために切り札を切ったわけではない。こうした事態が予測されたからこそ、先に切り札を切ったに過ぎない。発動までに時間がかかるからな。まあ、邪神が出てくるかどうかは確信はなかったのは確かだ。正直、敵将エイクラムが来るかと思っていたからな。だが、まさかの邪神の端末体が来たというわけだ」
「へっ、なるほどな」
邪神MIYAMOTOがにやりと笑った。
「ならば、望むところだ。邪神として、善神と決着と行こうじゃねえか。さあ、オルティスよ、姿を見せろ!」
「いや、それは無理だ」
「は?」
MIYAMOTOが唖然とした様子で言った。






