84.邪神MIYAMOTO
8月10日に第1巻発売! 感謝の毎日連載中!(8/3-8/17)
84.邪神MIYAMOTO
余りにも邪悪な瘴気が天空より放たれた。その暗黒の魔力の奔流は寸分たがわずミヤモトのいた場所に直撃する。
「ちっ」
俺は舌打ちをして飛び退った。
退く際に少女たちの腕を取ったり、お姫様抱っこなどをして一緒に避難することは忘れない。
俺がワルムズ王国を守った理由そのものだ。
失うわけにはいかない。
そう、今のはしくじれば大切なものを失いかねない状況だった。
「肺に入れるな。体を蝕まれ死ぬぞ! 人間が耐えられる魔力ではない!」
俺は光よりも早く退避し、また上空に浮かび上がりながら言う。
「ご主人様、怖いです。見ているだけで体が震えてきます」
リュシアが腕の中で言った。
狂気や不義、腐臭に濃密な死の芳香の塊と言って良い邪悪な魔力だ。
精神耐性のない者が見れば一瞬で発狂ということもありうる。
「ミヤモト……」
俺は声に出して呟く。
馬鹿な奴だ。敵に寝返った挙句、俺に何もかも敗北し、最後は正体不明の瘴気に飲まれて死んでしまった。
クラスメイトたちに何か特別な思い入れがあるかと言われれば否だ。
だが、同じ時代の同じ国にもともと生きていた者であることは間違いない。
多少の憐憫、同情、そんな感情も否定できない。
「あれほどの瘴気だ。あれを浴びて平気な人間などこの世界にはいまい」
俺ですら直撃すればダメージを受けるだろう。
普通の人間では正気を保てない。
いや、人としての形を保つことはかなうまい。
もし、それでも生きている人間がいるとすれば、それはもはや人間ではなく、
「邪神そのもの。もしくは邪神の神使だろう」
そう言って首を横に振る。
ミヤモトは端的に言って特段優れたところがあるような男ではなかった。
勉強が多少できるとか、運動が出来るとか、その程度のことは誤差でしかない。
あいつはそのことで自分に自信を持っていたが、そんなものは社会に出れば大して価値のあるものではないと分かる。
つまり、調子に乗った賢しいだけのガキだった。
だからこそ、俺はミヤモトに同情する。
自分が一般的なレベルを脱しきれていない凡人であることに気づかなかった哀れさに。そして、大人になってそれを自覚する前に、異世界などに連れてこられ、そのことを命をもって学ばされた不運に。
「自業自得だが。哀れだな、ミヤモト。悼む言葉くらいはかけてやる」
クラスメイトたちにもミヤモトは操られたと言っておいてやろう。
それで奴の尊厳も守られるだろう。
だが、死んでしまったしまった奴のことをいつまでも考えていても仕方ない。
まだ、死者の軍勢は生き残っている。
それに何より、今の一撃を放った正体こそが気になる。
「何者かが上空にいるのか? 確かめに」
行くとしよう。そう言いかけた時である。
「どこに行く気だ? マサツグ」
そんな、聞くだけで不快な、金属をこすったような声音が俺の耳に届いたのである。
だが、俺はその声に聞き覚えがある。
もともと軽くて不快な声だった。思慮の足らない男だと、声が象徴していると常々思っていたものだ。
が、今はそれに輪をかけてひどい。
それは聞くものを不快にさせるだけではなく、正気を失わせる声だ。
世界が実は狂気をはらんでいるという事実をまざまざと告げる闇から響く亡霊の声だ。
それは男の声である。
だが、ありえない話だ。
だって、そうだろう?
なぜなら、その男は先ほど、
「あの瘴気に飲まれて無事だっただと⁉」
「くくく、その通りだ。いや、今はただのミヤモトではないがな」
男は黒い靄の中からヌッと現れた。
体中に赤い血管の様な管が通り、額からは角が突き出ている。
肩からは肩甲骨がとげのように付き出ており、体中のいたるところが不規則で、矮小でいびつに歪み、極大で過剰に骨格が変貌していた。
口からはドラキュラのように牙が生え、男が歩くたびに空間が一瞬歪んだ。
まとう瘴気が世界を保つ因子を狂わせているのか。
「邪神MIYAMOTO。今や俺は邪神の眷属の一人。いや、邪神とは一人ではない。幾つもの顔を持つ。俺は今、その人柱として再誕生した」
俺は異世界に来て初めて驚かされたのである。
「邪神MIYAMOTO、だと?」
男がにやりと笑う。それだけで周囲の氷の大地が腐る様に溶けた。
放出される魔力にエリンとシーの作った魔力結晶が耐えられないのだ。
「なぜ、いきなり邪神が復活をする。死者の軍勢は葬られつつあり、邪悪な空のドラゴンたちは氷の大地へと自ら墓標とあいなった。ユダたるミヤモトは王たる俺の足元にも及ばぬ敗戦を喫した。それなのに、なぜ邪神が復活する!」
俺の問いに、邪神MIYAMOTOはクククと笑い、
「だからだよ」
「何?」
俺は怪訝な表情を浮かべる。
「貴様は強い。俺が束になってかかったところで敵いはしないだろう」
「ならば」
「ならば、こそだ」
MIYAMOTOはほくそ笑んだ。
「お前はその圧倒的な力で何をした? 俺たち無辜の死人たちに対して何をした?」
「何だと?」
俺の怪訝そうな声に、
「虐殺。余りにも血を流しすぎた。100万を優に超える死者。そして、最上位種たるドラゴンたちの墓標の急増。一人二人ではない。一匹二匹どころではない。まさに虐殺! 英雄と言って良い所業だろうが!」
「ですが、それはご主人様はワルムズを……いいえ、私たちを守るために仕方なくやっただけです!」
リュシアが尻尾をピンと立てながら憤慨するが、
「小娘、そんなことは分かっている」
MIYAMOTOは淡々と言う。
「善意か悪意かなど、この際どうでもいい。問題は出血量そのもの! どれだけの命がいっぺんに消滅したかというインパクトそのものだけが問題だ!」
俺は奴の言わんとしていることを理解する。
「生贄だったと言いたいのか? 100万を超える死者の軍勢も、100万を超える死竜たちの猛攻も」
その言葉にMIYAMOTOは馬鹿にしたように、
「無論だ。最初からそう言っている。地を這う生物の生贄100万の血! 空を覆う災厄の100万の血! それこそ邪神の……一部ではあるが復活させるための贄! それを実現できるのは勇者しかいない! そうお前しかいなかったというわけだ」
なるほど。
「俺は利用されたわけか。計200万の絶望的な軍勢がまさか囮だったとはな」
さすがの俺も気づくことが出来なかった。
「くくく、はははっはははっは! まんまと、まんまと騙されたな! ナオミ・マサツグ! 今こそ積年の恨みを晴らす! そして、世界は邪神たるこの俺、MIYAMOTOが統べよう!」
MIYAMOTOが哄笑した。
だが、俺もまた笑う。
「何がおかしい!」
「いや、なに」
俺は咳払いをしながら、
「邪神ごときが蘇ったからと言って、どうしたのかと思ってな。何度でも言おう。俺は孤児院の運営に忙しい。それを邪魔する奴は追っ払うだけだ」
その言葉に、邪神MIYAMOTOは青筋を立てる。
「ふ、そんなことを言っていられるのも今の内だ。見ろ、はああああああああああああああああああああああああ‼」
MIYAMOTOの角が帯電し、電のような魔力が放出される。
それをMIYAMOTOは遠くの山へと放射した。
瞬間、
ドオオオオオオオオオオオオオオオンンゥゥツッッ……。
山そのものが蒸発してしまう。
「次はお前の番だぞ、マサツグ!」
MIYAMOTOが嗤った。






