83.星の力の顕現 後編
8月10日に第1巻発売! 感謝の毎日連載中!(8/3-8/17)
83.星の力の顕現 後編
漆黒のドラゴンが上空で制止していた。
乗り手であるミヤモトが驚愕のあまり動きを止めてしまったからだ。
「嘘だ! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な! ありえない! ありえない! 星を一つ生み出すなんてでたらめをお前が成し遂げるなどと!」
「では、お前の背後にあるものは何だ?」
「っ⁉」
ミヤモトが息をのむ。
いくら否定しようとも。
いくら俺を感情的に拒否しようとも、現に俺の力によって背後には圧倒的な迫力を持って顕現した存在が浮かんでいる。
それは月。
ルナドロップで作った指輪によって顕現した星の力の結晶である。
そして、
「星の力とは何か、分かるかミヤモト?」
「なに?」
驚愕の余り俺の言葉に反応するだけで精一杯のミヤモト。
これくらいで驚いてもらっては困る。
星を生み出したのは、別にお前を驚かすためではない。
俺が星の力によって一つの奇跡を生み出すためだ。すなわち、
「星の力の顕現! 重力操作‼」
その言葉と共に、もう一つの月が発光し出す。
と、同時に霊気のごとき気体が発生し、俺に向かって漂って来た。
「これは奇跡の因子。星が操る運命を操作する素子だ。それによって俺は……」
体がふわりと浮き上がった。
そして、俺の意志と共に前進、後退、上昇、下降が実行される。
そう、これは魔力で浮いているのでもなければ、羽ばたきによる飛翔しているのでもない。
両者とも浮かぶには支障はないが、光速で移動するミヤモトを捕えるにはあまりに非力だ。
俺が今浮かんでいるのは単なる奇跡。
星の定めたルール、引力と言うルールを一時的に改変したのだ。
今、この氷上にいる者たちは、自らの意志のみで自由に空間を移動できる。
引力などという縛りはない。
ただ、自分が行きたいと思った場所へ飛行できるのだ。
「星の持つ引力という力を、星自体を操って無効かしたってのか⁉」
ミヤモトの声が響いた。
その通り。
さて、こうなってしまえば、
「もはやお前に勝てる要素はないぞ、ミヤモト。さっさと降参しろ。俺も鬼ではない。貴様が裏切ったことは許されないことだが、戦いに勝てば恩赦を与える余地もあるだろう。牢に収監することにはなるだろうが、じきに出てこれるよう取り計らおう。だから、さっさと諦めろ」
裏切者を極刑にしないのは甘すぎるという声も出るだろうが、とりあえず俺が王だ。クラスメイトの命ぐらいは助けてやる。
が、ミヤモトは絶叫し、
「うるさい、黙れ! まだ負けちゃいねえ! 俺の光の速さについてこれるか! 飛べるようになったくらいで俺との力の差が縮まったとでも……」
「お前は、馬鹿か?」
「なっ⁉」
ミヤモトが驚きの声を上げた。
当然だろう。なぜなら、俺もまた光の速さによってミヤモトの背後へと回り込んでいたのだから。
「飛べるようになっただけで付いてこれるか、だと? 馬鹿を言うな。縮めるだと? 俺がお前との力の差を?」
何をバカな。何を見当違いなことを。
「飛べること以外にお前が俺に勝っていた点などない」
そもそも、その力と言うのも、そのドラゴンの力であり、ミヤモトのものではないが。
「そして、飛べるようになりさえすれば、俺がドラゴンごときの速度に負ける訳がないだろう?」
「ま、まぐれだ!」
ミヤモトがそう言ってドラゴンを操る。
距離を話して態勢を立て直すつもりか。
「無意味だ」
「なぁッ⁉」
またしても驚愕の声が響く。離したはずの距離が一ミリも動いていなければ驚きもするだろう。
無論、相手の移動に合わせて、俺が正確に移動してやっただけだ。
光の速度で繰り広げられるそれは、はたから見ればとても目視で追えるものではないだろうが。
「ご主人様の動きが早すぎて、追いつきません!」
「早すぎるのじゃ!」
「目が痛くなりそうです!」
「すごいわー、まるで神話の戦いよ~」
いや、さすがだな。リュシアたちは辛うじてだが、ちゃんと俺の動きを理解できている。
まあ、何はともあれ、
「さあ、さすがにもう実力差はお前でも分かっただろう? もともと圧倒的な実力差があるんだ。そのドラゴンに乗ることで勝てると思ったのかもしれんし、俺に星の力を引き出させたことは褒めてやるが、まあ、そこまでだ」
いい加減諦めるよう促す。
が、
「くそ、まだだ。まだ俺は負けちゃ……」
ちっ、ならば仕方ないな。
言って分からない奴には、
「目を覚まさせてやるしかないな!」
「ぎえ⁉」
ミヤモトの悲鳴が轟いた。
俺のある程度手加減したとはいえ、本気の蹴りがミヤモトにクリーンヒットしたからだ。
ドラゴンごと氷の大地に向かって物凄い勢いで落下していく。
そして、
ガッシャァァァァンンンンンンッ‼
氷に突き刺さる様にして、その動きを制止させる。
死んではいない。手加減したからだ。
だが、それなりにダメージを負いはしたはずだ。
こいつら程度の力であれば、しばらく復活することは無理なはずである。
「やれやれ、分かっていたことだが、他愛無い」
俺は嘆息する。
そして、ゆっくりと氷の大地へと降りて行った。
少女たちが出迎えてくれる。
「すごいです! ご主人様! あれほどの相手を寄せ付けもしないなんて!」
リュシアがケモミミをピコピコとさせながら喜んだ。
「相手には地の利があった。だが、自らその理を捨てたんだ。それが奴らの敗因だな」
「自ら、ですか?」
リュシアが首を傾げた。
俺は頷いて、
「最後までミヤモトは前衛にこだわった。今回の戦いでも自ら戦おうと俺の前に立った。まあ、それは勇敢でもあるが、蛮勇だった」
「回復役ですもんね」
リュシアの方がよほどよく分かっている。
「その通りだ。ミヤモトの地の利とは後衛にある。それを破棄した時点でこいつに勝ち目などなかった。まったく、目立ちたがり屋のガキで助かった」
これでどこかに引きこもれられでもして、ドラゴンたちをけしかけられれば大変な被害だっただろう。
俺は大丈夫だが、国は滅びたはずだ。
戦術的勝利はしても、大局的にはミヤモトが勝利するはずだった。
降伏勧告を受ければ、王として受けざるを得なかったところだ。
「ともかく、馬鹿で助かった」
結局それにつきるのであった。
さて、
「決着もついたことだし、戻るとするか。まだ各地での戦いは最中なのだし……」
俺がそう言って踵を返そうとした時である。
「許さねえ……」
ん?
「許さねえ……」
そんな怨嗟に満ちたかすれた声が俺の耳に届いた。
この声は間違えようもなく、
「ミヤモト、まだ意識があったのか」
俺の言葉には答えず、ミヤモトは氷の瓦礫を押し返しながら、
「絶対に、絶対に許さねえ。この俺に、こんな恥辱を与えやがるとは……絶対に絶対に……」
そうぶつぶつと呟く。
大丈夫か?
俺がそう言いかけた時である。
「絶対に許さねえぞ! ナオミ・マサツグゥゥゥゥゥゥウウウウウウウ!」
そんな絶叫とともに、
カッ‼
という黒い閃光が天空よりもたらされ、ミヤモトの体を包み込んだのであった。
その閃光は邪悪な魔力に満ち、人が浴びればただでは済まないおぞましい瘴気であった。






