80.マサツグ王の出陣
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80.マサツグ王の出陣
「なぜならば、|大地を埋め尽くす死者の軍勢とはすべて敵の囮なのだから《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》」
辺境伯が目を剥いたのが分かった。
「そ、そんな、そんなはずが⁉」
「そうか? むしろ、おかしいとは思わなかったのか?」
「えッ⁉」
俺は玉座から逆に問いかけた。
「大地を埋め尽くす死者の軍勢」
「……」
「大地を、埋め尽くす、死者の軍勢、だ」
俺は少し間をおいてから、
「どうだ?」
と聞く。
「……はっ?」
辺境伯が間の抜けた声を出した。
と、王国派の貴族たち……要するに反マサツグ派から声が上がる。
「さっきから何を言っているのか! 死者の軍勢が大地を埋め尽くし、我らがワルムズに押し寄せている! それに対して、正当なる前王がなされた召喚の儀式という偉業により誕生した勇猛果敢な勇者たちが、それを撃滅している。何もおかしくはあるまいに!」
そう叫ぶように言った。
その回答に思わずため息が出る。
「見事なほどに完璧な、間の抜けた回答だな。貴族の諸君。そんなことで自領が守れるのか、王としては不安になるくらいだが」
「な、なんだと⁉」
「簒奪者が何を偉そうにッ……」
「言って良い事と悪い事が……!」
更に反論してこようとするが、
「もういいから黙れ」
「⁉」
俺はそれ以上、さえずるのを許さない。
俺が静かな声で、少しばかりすごんだだけで、反マサツグ派の貴族たちは焦った表情になって口ごもった。
俺の王位については認めていないが、俺の実力は認めざるを得ないと言うことだろう。圧倒的な力を持つ者を前にどうして良いのか分からないのだ。
甘えるなといいたい。答えは簡単だ。
自分がこの国を救う、と。ただ、それだけを口にすればよい。
ならば、俺はこんな役職は早々に降りて、孤児院を守ることだけに専念しよう。
何も俺は好き好んでこんな立場にいるわけではない。
いわば罰ゲームのようなものである。
孤児院を救うために、仕方なく国までも守らなければならないというだけだ。いわれのない債務を押し付けられているようなものである。
俺が次に何を言い出すかオドオドとして待つ肥満だったり金満だったりする貴族たちをも守るという割に合わなさすぎる仕事であり、全く持ってうんざりである。
そんな訳で俺は、軍議ゆえに貴族たちの意見は許すが、国を誤る激情を許容したりはしない。
そもそも王の権能としても許されてはいないだろうしな。
「死者が大地を埋め尽くし行進している。そんな異常な状況の中で一点だけ極めて整然とした状態がある。ゾンビ、スケルトン、バジリスク、地上を埋め尽くすモンスターの存在は無論脅威だ。だが、何か足りないとは思わないか?」
「たり、ない?」
まだ分からないか。俺はゆっくりと手を上にあげ、
「答えは……」
人差し指を天井に向けたのである。
「天井? 天井に何か……」
「い、いや違う、そ、そうか、そういうことか⁉」
多少勘のいい貴族が狼狽して言った。
「で、伝令兵! 」
「は、ハッ!」
「ドラゴンやワイバーン、キラービーやバットなどはどうなっている⁉」
「い、いいえ! |死者の軍勢は大地を埋め尽くすのみです《・・・・・・・・・・・・・・・・・・》! |空を飛ぶモンスターは一匹たりとも見当たりません《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》‼」
そう、最初の報告からそうだった。
奴らは大地を死で埋め尽くしたが、けっして空を侵食してはいなかった。
「じゃが、そんなことが……」
「ありうるのか?」
やれやれ、まだありうるのか、などと言っているのか?
「のんびりした奴らだな。ありうるのか、ではない。既にことは起こっている。そして、もうそこにいる」
「は?」
キョトンとする貴族たちをしり目に、俺は玉座からゆっくりと立ち上がった。
「ご主人様、行かれるのですね?」
「準備はできておるのじゃ!」
リュシアとラーラの二人も完全武装状態だ。
そう、このことは最初から想定していた。
だからこそ、俺は玉座から離れられなかったのだ。
前線で敵を蹴散らすだけならば、俺が行脚すれば足りる状況もあったろう。
だが、俺は玉座にあり続けた。
無論、総司令官としての役割を全うするためという側面もある。
だが、本当の理由は、そもそも……。
俺は玉座から立ち上がり、宣言するように皆へ下知をくだした。
「お前たち、決戦である。敵はドラゴンなど空軍を編成し、今しも飛来しようとしている。国土すべてが対象だ。大地を埋め尽くす死者の軍勢は囮である! 空からのワルムズ王国全土への空襲こそが本命。その数は100万‼」
俺の言葉に何人かの貴族が泡を吹いてた俺、ほとんどの貴族が唖然としてパクパクと口を動かした。
「ひゃ、百万……」
「そ、そんな……。勝てっこない……。兵はすべて出兵させた。ここに残った護衛の兵士では勝てっこない。そ、それに空を飛ぶモンスターどもから国土全部を守るなど出来っこない……」
「今戦っている前線から兵を引き抜くなど出来る訳がない!」
貴族たちから絶望の声が漏れた。
が、俺はそんな奴らを鼻で笑い、
「ふ、何を言っている。俺と言う左遷された元勇者がいるではないか。なぜ俺がここにのこったと思う?」
その言葉に貴族たちが……マサツグ派、反対派の垣根を越えて、俺に視線を向けた。
「で、ではマサツグ王ならば空からの軍勢を打倒できると言うのですか⁉」
そう驚きの声を上げたのである。
俺は淡々と、
「最初からそのつもりだ」
と答える。
「最初からこの事態は想定していた。奴らの切り札は俺たちが大地の敵に夢中になって全力出撃をしている間に、空からの急襲によって銃後を陥れることだ。銃後とは無論、ワルムズの国土そのもの。前衛に釘付けになっている俺たちにあらがう術はない」
そう、
「本来ならば、な」
俺はおかしそうに笑う。
「た、確かにマサツグ王はお強いのかもしれません。ですが、王自身がおっしゃいました。国土全土をドラゴンをはじめとする敵空軍は襲撃するつもりだと。王は確かにお強い。真なる異世界の勇者かもしれませぬ。ですが、同時に幾つもの場所を守ることはできないはずですぞ!」
辺境伯メジャが言った。
「無論、そうだな」
「なっ⁉」
「だが、それは何も準備していない場合の話だ。さっき言っただろうに」
「⁉ 」
「そう。俺には最初からこの事態が起こることを分かっていた。お前たちに伏せていたのは、おそらく城内に紛れ込んでいる敵に、俺が気づいていることを悟られないため、だ」
「じゅ、準備ですと⁉」
俺は頷きながら、
「準備はすでにできている。そうだな、エリン、シー?」
コクコク、コクリ、と二人が頷いた。
その表情にはさすがに疲れが見えた。
この二日間、二人はずっと、今ですら呪文の詠唱と魔法の維持に明け暮れ、|一言も会話に入って来なかったのだから《・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。
「空にはエリンとシーが作った防御壁が展開されている」
その言葉に貴族や兵士たちが窓から上空を見上げた。しかし、
「な、何も見えませんぞ!」
やれやれ。
「そんなことはない。なあ、お前たち?」
俺の問いかけにエリンとシーがげっそりとした顔でオッケーサインを出す。それが限界。
まあ、げっそりもするだろう。
まったくもって無理もない。なぜなら、
「ワルムズ全土を覆う氷層をエリンが生成し、シーはその数億トンに上る質量を空中に支え続けて来たのだからな」
いつ襲ってきても良いように、な。
「なっ⁉」
「そ、そのような奇跡をその少女たちが……」
玉座の間にいる全員がぎょっとした視線を向けて来た。
そう、それこそがイージス。世界を守る盾。
今やワルムズ全土は二人のつくった氷のシールドに覆いつくされているのだった。
誰も味方が気づかなかったのはそれが透明だから。
だが、それは|敵も気づかないということだ《・・・・・・・・・・・・・》。
そして、今、俺の「守る」スキルが大きく反応していた。
敵は前線の攻防が激しくなった状況をみとって、チャンスとばかりに急襲をかけるつもりなのだろう。
そうして、奴らは知る。
透明な盾がワルムズを守っているという事実に!