78.クラスメイト達の戦争② 第2陣 ワルムズ王国東 ケイネス峡谷
8月10日に第1巻発売! 感謝の毎日連載中!(8/3-8/17)
78.クラスメイト達の戦争② 第2陣 ワルムズ王国東 ケイネス峡谷
「さすがにこれはまずいですわね……」
一匹の巨大なキマイラがマサツグ王の力によって1000倍の力を得たワルムズ王国軍を押し込んでいるのを見て、小峠小百合はつぶやいた。
コトウゲはケイネス峡谷に配属されたクラスメイトだ。
優秀な弓スキルを持ったお嬢様で、5人のクラスメイトとともに、押し寄せるモンスターたちを蹴散らす役割を担っていた。
今しがた、狭い峡谷を通ろうとするモンスターたちを正面から押しとどめつつ、上からの落石や火矢などによる作戦で、ある程度押しとどめることに成功していたところだ。さきほどまでは、だが。
数の有利にたのむ死者の軍勢だが、こうした狭い通路で戦えば、そうした有利面は相殺される。
多少の強行軍をマサツグが指示したことには訳があるということだ。
やはり、成り上がりとはいえ、あの男は優れた指導者としての資質がある。
コトウゲはお嬢様だ。
だから常に頭の片隅に、家を存続させるために適切な半身を探している。
それがノブレスオブリージだからだ。
かつて元の世界にいた時は、単なる目つきの悪い男だとばかり思っていたが、こうした究極的な場面において力を発揮する男と言いうのは重要だ。
それが本来の力というか、才能だからである。
今もあのナオミ君は玉座で各方面の指揮をしているのだろうか。
と、そんなことをコトウゲが思っていると、副官である頼道奈波が声を掛けた。
「ぼーっとしている暇はないのでは? 司令官ならばさっさと指示を出すべきでは?」
ヨリミチは小柄な女子だが、目端がきく。
どこかひょうひょうとしておりつかみどころのない不思議な女だ。
コトウゲはそれを気に入っている。お嬢様であるはずの自分を歯牙にもかけようとしないこの少女のことをなぜか痛快に感じるのだ。たぶんMなのだろう。
「分かっています。では副官に献策を指示しましょう」
無茶ぶりしてみる。
いや、実は無茶ぶりではない。こういうやり取りが二人の間では普通である。
コトウゲにも策はある。だが、ヨリミチも何かしら考えを持っているタイプだ。
要するに二人とも頭が良い。
成績は両者天と地の差であるが、本来的な部分では同等である。
「こんな状況でアイデアを求められるとは想定外。ここに配属されたクラスメイトたちに大きな火力スキルを持った者はいない。だから、敵を倒すことは出来ない」
悲観的な言葉に、コトウゲは眉根を寄せながら、
「その通り」
と大きく頷く。
一回で正解を引き当てられたことが面白くなかったためだ。
勝てない《・・・・》。そんなことは分かっている《・・・・・・》。
なぜなら、ナオミ君が自分たちに求められている役割が敵軍の打倒ではないから。
当然、この娘もそんなことは出撃前から十分に分かっている。
当然だろう。
さきほど言った通りだ。
「狭い峡谷で戦うことを選択した以上、戦いは先頭集団の戦いに集約される。それは相手の数をたよった戦いを封じ込めるのと同時に、こちら側からも相手を包囲殲滅するような作戦行動がとれないことを意味している」
突破は出来ない。
戦場を選んだ時点で敵軍を打倒することは出来なくなったのだ。
「ならばこそ」
「うん、ならばこそ、私たちの役割は敵軍の遅延行動。均衡の戦力、適切な回復援助、要員のシフト制による交代制、その機械的なルーチンこそが必要になる」
認識は一致している。ここまでで50点。まだまだ及第点には及ぶべくもない。
「ですが、だから、どうなさると言うのです? その均衡を崩す、大きな戦力が敵軍に現れました。ワルムズ王国軍の兵士たちも抑えきれず、徐々に後退しています」
峡谷を見下ろせば、コトウゲの言った通り、じりじりと戦線が後退している。
敵軍のキマイラが先頭で暴れ、ワルムズの戦線を押し返していた。
敵軍の他のモンスターたちは巻き込まれるのを恐れてか、後ろに交代してしまっている。ワルムズ兵士はキマイラ一体に後退を余儀なくされているのだ。
このままいけば、峡谷を突破され、ワルムズ王国へと到達されるであろう。
が、ヨリミチはキョトンとしながら、
「まさか指揮官様はあの状況がこちらのピンチだとでも思っているの?」
少し目をみはりながら言った。
すると、コトウゲもニコリとして、
「いいえ、まさか」
と言って首を横に振った。
「なんだ、安心した。うちの頭が鳥頭だったんじゃないかと思って心配になったよ」
「まあ、なんて言いぐさでしょうか」
「人を試そうとするからだよね。まあいいや。ともかくあれはチャンスだよ。沢山の兵士と沢山のモンスターが戦っている状況は、どうしてもパラメーターが複雑で計算が狂いやすいからね」
ヨリミチはふんふんと自分の言葉に納得しながら、
「でも、今の状況はすごく単純。少しばかり膂力のある敵が一体、だ。そうたった一体なんだよ。あのキマイラとかいう醜悪なデカ物さえ抑え込んでおけば、それが終わりだ。数百のガイコツやら死体やらが動き回って、どこを突破されるかひやひやしてみていた状況からおさらばできる!」
ヨリミチにしては大きな声で喝采を上げた。
副官の仕事は計算だ。
その変数が100から1になるのならば諸手を上げたくなるのも当然。
人は思考という一番の労働を破棄できるならば何でもする生き物なのだし。
「それでは貴女はそのたった一つのパラメーターをどう操作するというおつもりなのです? 皆さんが頑張ってその変数の値を小さくしようと努めていらっしゃいますが、どのようにもならないので、あの有様です」
「そうだね。今のままじゃあパラメーターではなくて|定数《constant term》だ。普通じゃ、定数を変数に変換することなんかできやしない。式は完成しているんだから。だからこそ……」
「だからこそ、外界からのショックが必要という事ですわね? 式を構築する環境ごと変化させる。それによって式そのものを変化させ、パラメーターをコンスタントに変化させる、と」
コトウゲが意を得たりと言った調子で言った。
が、ヨリミチは非常に驚いた表情を浮かべながら、
「びっくりした……。まさか、私のキメ台詞を急に横取りするなんて……。それが大将のすること? 部下の信用を得ることの出来ない頭なんてワルムズにはいらないんだけど?」
辛辣な調子で言った。
「それは……悪かったですわ。つい、興が乗りましたもので」
コトウゲはばつが悪そうな表情で咳払いしてから、
「で、その環境変化は誰がどう起こすのかまで考えていらっしゃいますの?」
「そりゃ、重要な仕事なんだからコトウゲの出番だよ。何のために普段偉そうにしているの?」
「なんとも腹の立つ言い方ですわね」
別に自分は偉そうになどしていない、と思った。
現にこうして暴言も許している。
許したり許さなかったりすることが必要な立場なのだから仕方ない。
本来的には自分はぼんやりとした小娘だ。立場で行儀を決めているだけで。
「それでは時間もございませんし、お見せしましょう。おいでなさいな、カルバン・フェアリー」
彼女がそう言うと、彼女の影がブクブクと煮立ったように泡立ち始めた。
そこから、ズルズルと真っ黒な影が浮かび上がって来る。
最初はスライムの様なブヨブヨとした造形だったそれは、やがて小さな人のような姿になる。
背中に羽を生やし、コトウゲの周囲に浮かぶ。
その数は10体。
そうカルバン・フェアリーである。
これこそがコトウゲの召喚スキル。模造の妖精を作り出し、妖精たちが使う能力を偽造的に実行する。
今回、妖精たちに担わせる役割は、
「行きなさい、かわいい妖精たち。後方で油を売っている敵兵を惑乱させなさい」
指示を受けた妖精たちは風のように飛び立っていく。
今暴れているキマイラの頭上を越えて、後方で待機しているモンスターたちの元へと。
そうして、しばらくすると、
「ギイぁ⁉」
キマイラの声が響いた。
それは苦痛による悲鳴というよりは、単純に驚いたといった声に聞こえる。
そう、この作戦とは要するに、
「嫌がらせだからね」
「ええ、でも効果は絶大みたいですわよ?」
彼女の言った通り、じりじりと後退していた前線が停滞した。
前に進むこともない、だが、後退することもない。
それはそうだろう。今、単一のパラメーターは固定されたのだ。
今までは片側からの攻撃だったのが、妖精のスキル、魅了によって一部の敵兵が意識を奪われ、キマイラへと切りつけた。
それはつまり『挟撃』の状況が発生したということだ。
魔物も生物である以上、大したダメージであろうとなかろうと、後方からの脅威があると分かった以上、前進ばかりに注力するわけにはいかない。
斬りかかって来る元味方のゾンビやスケルトンを邪魔だとばかりに吹きとばす。
その隙にワルムズの兵士が斬りかかり、キマイラは防御のために少しばかり後退した。
それはわずかな後退だ。
だが、その一歩を取り返すために、キマイラは再び倍に近い時間を要するだろう。
たった一体で。代わりはいない。ゆえに、交代もできぬまま。
「戦術的には引き分けですわね」
コトウゲが言う。
それにヨリミチが頷いた。
「うん、私たちの戦略的勝利だよ。マサツグ王もお喜びになる」
彼女たちは均衡状態にある戦況を満足そうに見下ろしたのである。
「地味なのが玉に瑕ですけどね」
わたしらしくありませんもの、とコトウゲは呟いた。
「そう? わたしは満足。非常に美しい式。不動な公式ほどきれいなものはない」
科目の中で数学のみに才能を見せるヨリミチはニコリと、普段見せない笑顔を見せた。






