68.マサツグ派の形成
8/10に第1巻が発売されます。お楽しみに!
68.マサツグ派の形成
駄々をこねるミヤモトやクラスメイト達に対して、ワルムズ王国の貴族たちが怒声を上げた。
「いい加減、マサツグ王の勅を聞かぬか! 貴様もワルムズの兵士であれば弁えよ!」
「なっ⁉」
ミヤモトが目を剥いて驚く。
だが、当然のことだ。俺は下らないやり取りに冷笑すら起こらない。
「ミヤモト、いい加減にしろ。王の命令を部下が聞くのは当然のことだ。俺の様にそもそも王の庇護を拒否した者ならばともかく、その麾下で散々甘い汁を吸っておいて、命令が聞けないなどとは理屈が通らない。幼稚園児でも分かる理屈だ。理解できるな?」
元クラスメイトのよしみとして、言葉を尽くす。
そこまでしてやっているのにも理由がある。なぜなら、
「だまれ、黙りやがれマサツグ! 俺の聖剣を奪ったあの恨み、忘れた日は一日もなかった! てめえをぶちのめすためにこれまで血反吐を吐く様な鍛錬を積み重ねてきたんだ。それをなんでテメエの指示のもとで振るわなくちゃならねえ‼」
そう叫ぶ。
俺は首を横に振ってから、憐憫の情を込めて見下ろした。
「ならば、その首を置いて行くと良い」
俺は淡々とそう告げたのである。
「……は? な、何をバカな……」
ミヤモトが驚いた表情で、間の抜けた声を上げた。
だが、周囲を見回したところで気づいたようだ。
貴族たちがミヤモトに厳しい視線を投げかけていることに。
「な、なんでなんだ! どうしてお前たちまでマサツグの味方をする⁉ こいつはいきなり現れて王位を奪った簒奪者だぞ! さっさと追い出すべきじゃねえのか……」
「黙らんか!」
貴族の一人がミヤモトの言葉を掻き消すほどの大声で怒鳴る。こいつは確か、メジャ辺境伯と呼ばれていた男だ。
「我が領国は今しも死者の軍勢に蹂躙されようとしている! だと言うのに前王はいかなる支援についても首を縦に振ろうとはせなんだ! それに比べればマサツグ王の方が何倍もマシじゃ‼」
「は、はあ⁉ それはアンタの都合だろうが! だからってこんな簒奪を許していいのか……」
「お前ごとき青二才に何が分かる! 今しも国土を蹂躙されようとしているというのに、一兵士も派遣せぬ王に用などないわ!」
そうだろうな。
貴族とはそういうものだ。自国の領土を持つ王のようなのなのである。
「王の命令に加え、この儂、神聖ケイルの血筋をひくラブスコンテの辺境伯メジャも貴様ら異世界の勇者どもに告げる。即刻、マサツグ王に服従を誓い、さっさと勅に従い出兵せよ! 口応えは許さん‼ もし聞けぬのならば、王の下命通り、首を置いて城を去るがよいわ!」
「なぁ⁉」
ミヤモトが口をパクパクとした。
だが、一方の俺は予定調和な流れに嘆息する。
実に無駄なやりとりだ。ミヤモトはこんなことも予想できなかったらしい。俺が出来るだけ言葉を尽くしてミヤモトに説明してやったのもこのためだ。
この国家存亡の危機を救える力持つ王……俺のことだが……からの命令を聞けない部下など害悪を通して悪魔の化身でしかない。
調伏しようとするのは当然だ。
そして俺は王として、ある程度貴族どもの意志を尊重してやる必要がある。こと、この危機を救いたいと言う意思の表れであるならば尚更のことだ。
「最後のチャンスを与えてやる。ミヤモト。俺に絶対服従を誓え。そして命令に一切背かないことを誓約し、さっさと出兵しろ」
「温情のある王で良かったな、ミヤモト卿!」
メジャ辺境伯が吐き捨てるように言った。
甘いと思っているのだろう。
多少侮られたかもしれない。
だが、仕方あるまい。俺も鬼ではない。不出来な奴をただすくらいのことはしてやりたい。こういうのをクラスメイトのよしみというのだろうか。
「ご主人様はお優しすぎます! 一刻も早く行動を開始しないといけないのに、わがままにつきあってあげるなんて!」
「その通りじゃ! 軍議の場には不釣り合いな者は玉座の間から即刻退室させておけばよいというのに」
リュシアとラーラからも怒られてしまう。
まあ、甘すぎるからな。
「ぐ、ぎぎぎ。わ、分かった」
「それが王に対する言葉か? いい加減にしないと本当にその首を刎ねるぞ?」
俺もいい加減、若干の怒気を込めて言う。
ミヤモトは少し息をのみ、
「は、はい。く、わ、分かりました」
そう言って頭を下げたのであった。
やれやれ、どうしてそんな目をされなければならないのか理解に苦しむ。
当然のことを、当然の様にしているだけだというのに。
だから、恵まれた環境でぬくぬくと育ってきた奴と話すのは嫌なのだ。
常識が通用しない。
さて、ミヤモトのことはこれでいい。
が、当然ながら皆が皆、俺の戴冠を支持しているわけではない。
特に貴族どもはそうだ。
辺境伯メジャを代表に、この国家存亡の危機の影響をモロに受ける者たちは、実行力のある俺に支持を寄せている。
一方で、そうでない者たちは、当然ながら……、
「待たれよ! わしらはまだ戴冠を認めたわけではないぞ!」
「その通りじゃ! 次の王にふさわしいのは第1皇子であらわれるバルバロッサ様をおいてほかにない!」
「いいや、ケイリグ第3皇子こそがッ……」
「いやいや……」
いやいや、いやいや、とピーチクとさえずる。
下らない上に醜怪ですらある。
「貴様ら、この危機が理解できておらんのか! 今はマサツグ新王の元、ワルムズの貴族が一丸となってことにあたるべき時なのじゃぞ⁉」
「左様! 国が滅びれば後継も何もないことがなぜ理解できん! これじゃから沿岸部の国は田舎者じゃと言うのじゃ!」
「なんじゃと! 戦争じゃなんじゃと品位のない者どもが! イノシシはイノシシらしく、戦場にさっさと帰れ!」
「その通り! そもそも我が国は死者どもの行進ルートに入ってはおらん! 国が滅びたとしても、その時は独立するだけのことよ!」
「貴様程度の国が独立して経済が成り立つと思っておるのか! 冗談も休み休み言え!」
「貴様らこそ我が国の海産資源がなくては国が立ち行かんことを理解しておるのか!」
「我らがこの国を防衛して来たのじゃ! その恩恵を受けておいて何を都合の良いことばかり申すか!」
「誰も頼んだわけではないわい!」
いつの間にか自然と二派が形成されている。
片方は俺を支持する派閥。
『マサツグ派』と言える貴族連合だ。
辺境伯や死者の行進ルートに入っている国境沿い、または内陸部に近い国が多い。
もう一つが『国王派』と言える貴族たち。
国王の親戚筋や、侵攻ルートに入っていない国で、沿岸部や王都後方など比較的安全な立地に当たる国が多い。
そのマサツグ派と国王派が玉座の間で激突していた。
この国家存亡の危機を受けて、利害の不一致が最も端的に表れているのだ。
双方が軍議をするはずの大テーブルを囲み、片側にマサツグ派、反対に国王派が陣取り、終わらない議論、という名の罵倒合戦を繰り広げている。
「ルナ・フェアリーの指輪をお持ちなのだぞ! 『星と同じ力を有している』と伝説にうたわれる神聖アイテムじゃ! そのような伝説の一品をお持ちであるマサツグ王を頂点にいただくのは当然じゃろうが!」
「星の力と同じなどとは只の伝説じゃろうが! なんじゃ星の力とは! まさか、天に浮かぶ月でも呼び出すとでも言うのか! わはははは!」
と、激突はそれだけではなかった。
「俺はマサツグ……マサツグ王を支持するぜ! この危機を乗り越えるにはアイツ……王の力が絶対に必要だ!」
クラスメイトの一人がそんな声を上げたのである。