52.カレーライスと妖精さん
52.カレーライスと妖精さん
さて、俺たちは妖精が住まうというカラビル山の頂上までやって来た。
頂上は開けた高原である。
今の時刻は朝一で出発してちょうどお昼頃だ。
そう、そろそろ孤児院の少女たちの腹ペコの虫が騒ぎ出す時間である。
ポーション作りは一旦休憩。
俺は早速持ってきた荷物の中から、コッヘルを広げて弱火にかけ始めたのだった。
今日の料理は俺が元いた世界でも大人気だったアレだ。
「ご主人様、すごく強い香辛料の匂いがしますねっ! しかも沢山!!」
と、早速鼻の良い犬耳族の獣人リュシアが嗅ぎつけてやって来た。
尻尾をパタパタとふって、俺にじゃれつくように隣へ並ぶ。そして、興味深そうに火にかけた鍋を覗き込んだ。
そう、今回の料理にはいろんな種類の香辛料を大量に使う。
だから、鼻の良い彼女は、この調理中は近づいて来ないかと思ったのだが・・・案外大丈夫そうだな。
むしろ、鍋の上の香辛料と、俺の顔を熱心に見つめている。
・・・俺の方を見てくる理由はよく分からないがな。
「これは何を作ってるんですか、マサツグ様?」
そう言って、エリンもひょこっと、リュシアの反対側から鍋を覗き込むと、俺に質問して来た。
彼女もいちおうエルフのお姫様のはずなのだが、こういう強い匂いの料理にも全く頓着しないらしい。
むしろ好奇心からか、長い耳をぱたぱたとさせながら、やはり俺に密着するようにして来る。
・・・俺にくっついて来る意味は無い様な気もするが、恐らく初めて見る料理に興奮しているのだろう。
「おいおい、あんまり近づくと、香辛料が跳ねた時に危ないぞ?」
俺はそう言うのだが、二人は一向に離れようとしない。
それどころか、「じゃあ守ってもらわないとですね」「わたしも怖いです」などと言って、ますます俺の腰にしがみつく様にするのであった。
やれやれ、俺の言い方が悪かったのか、離れたほうが良いという指摘が、あんまり伝わらなかったらしい。
まぁ今回は油を使っている訳でもないし、それほど危険という訳でもないから別に良いんだがな。
ただ、料理の様子を見るために、どうして俺にしがみつく必要があるのか、そもそも謎ではあるのだが・・・。
と、そんな事を考えていると、精霊状態になったシーがフヨフヨと飛んで来て、
「マサツグさん、今日は何を作ってるの~? そう言えば、少し前から色々な香辛料を集めてたよね~?」
そんな事を言いながら、俺に負ぶさるようにして来るのであった。まったく、人懐っこい女神様である。誰に対してもこうなのだろうか?
・・・ふむ、それにしても、一瞬で俺の周りの人口密度が上がってしまったな。
まぁ当然か。そうしないと大好きな料理を観察出来ないもんな。
だが、香辛料を炒っていることもあって、ちょっと暑苦しいくらいだ・・・よし。
「なぁ、お前たち、そんなにくっついてたら暑苦しいだろう? 少し離れ・・・」
「いえ、ここがいいです!」「わたしもです!」「わたしも~」
全部言い切る前に却下されてしまった・・・。
やれやれ、やっぱり食べ物に対して、相当ご執心らしい。
俺は苦笑すると、先程シーからあった、
「なんの料理を作っているのか」
という質問に答える。
「今、作っているのはな、カレー、っていう料理だ。俺が元いた世界でも、大人気の食べ物だったんだぞ?」
そう言うと少女たちは、思わず一斉に喉やお腹を鳴らした。
みんな顔を真っ赤にするが・・・ふふふ、食欲旺盛で何よりだ。何せ孤児院の最優先目的は、腹ペコ少女たちをお腹いっぱいにすることだしな。
と、そんなやりとりをしていると、今の話をこっそりと聞いていたラーラも近づいて来て、
「そ、その、マサツグ殿。だ、大人気という事は、もしやそなたの世界で一番美味しい料理ということか!?」
と、何だか必死な調子で聞いて来るのであった。
ちなみに、なぜか服の裾を申し訳程度に掴みながらである。何か意味があるのだろうか?
まぁいいか。それにしても、一番ねえ・・・? うーん、確かにそう言って良い料理の一つかもしれないなあ・・・。
なので俺はいちおう、
「まぁ、そうかな?」
と曖昧に返事をしておくのだった。
だが、少女たちの反応は劇的で、
「ご、ご主人様の手で、ご主人様の故郷で一番美味しい料理を作って頂けるなんて・・・!!」
「森の神様、本当にありがとうございます! エリンは幸せです!!」
「わたしも10万年生きてて良かったよ~」
「ま、待ちきれんのじゃ! 早く食べたいのじゃ!!」
と、興奮気味に口を開くのであった。
「おいおい、たかだかカレーだぞ、お前たち? ほら、冷静なクラリッサを見習ったらどうだ?」
俺は呆れながら、いつも落ち着いている彼女の方を見る・・・が、
「ドワーフは今後、工房にこもってアイテムを作るだけでなく、マスターに学んで、料理も作って行くべき・・・」
と、淡々とした口調ながら、何だかドワーフの存在意義に関わるような事を口にしていたのであった。
うん、戻ってこい。
はあ・・・まぁ何はともあれ楽しみにしてくれているようだ。俺としてもその方が料理しがいがあるしな。ありがたいことだ。
よし・・・と俺は気合を入れ直して、改めて鍋で炒られている香辛料たちへ目を向ける。
今回使っている素材は全部で7種類。
カレーの基本的な味を出すクミン、カルダモン、シナモン、コリアンダー、ガーリック。
それから、色つけのためにターメリック、辛味をつけるためにチリーペッパーである。
「ふうむ・・・。目が回りそうなほど多くの種類を使うのじゃなぁ・・・」
ラーラが感心した表情で言う。
だが俺が、
「いや、実はもっと沢山香辛料を使うんだけどな」
と言うと、今度は目を丸くするのであった。
そうなのだ。実はこの間、色々と料理の素材をを探していたのだが、先日になって、ようやくカレーを“最低限”作れるだけの香辛料を入手することが出来たので、とりあえず今回チャレンジしてみようと思い立ったという状況なのである。
本来ならば、ジンジャーやブラックペッパーなど、もっと色々なスパイスを使いたかったのだが、今の所、この異世界では発見できていないのだ。
だがいちおう、今回そろえた香辛料があれば、カレー粉が出来るはずなのである。
「難しそう」
と、そんな状況を見てクラリッサが呟いた・・・が、
「いや、そんなことはない」
俺は首を横に振る。一見難しそうに見えて、実は簡単である。
というのも、カレーのルーの作り方とは、今俺がやっているみたいに、幾つかの香辛料を混ぜてフライパンや鍋で焦がさないように弱火で炒れば良いだけだからだ。
それでカレー粉が完成するから、あとはそれを固めればルーになるという訳である。
そう、こんな風にしばらく火にかければ・・・、
「うん、そろそろ良い香りがしてきたな!」
たちまち香辛料が混ざり合って、独自の香りが立って来る。
「よ、ヨダレが止まりません!」
「リュシアちゃん・・・・・・・・・わかるよ!!」
少女ふたりが獲物を狙うかのような目で、カレー粉を見つめた。おいおい、まだ食うなよ?
まぁ気持ちはわかるがな。既にカレーらしい良い匂いがし始めているしな。
ちなみに、これは主にクミンという香辛料の香りだ。
これ無くしてカレー無しというほど重要なスパイスであり、こいつを発見した時、俺は勝利を確信したのである。
うーん、それにしても良い香りだな。
何だか俺もお腹が減ってきたぞ。
っと、いかんいかん、料理の続きをしなければ。
「えっと、後はさっきから煮込んでいた肉や野菜に、このさっきのカレー粉に油と小麦粉を混ぜたルーを加えれば・・・」
とろみも付いて、綺麗な黄色に早変わりだ。
そして、しばらく煮込んで・・・完成だ!
思ったよりもうまくいったな。見た目も匂いも、完全なカレーになったぞ!!
「わ~、早く食べよ~、早く早く~」
シーが急かすように首筋に腕を回してくっついてくるが・・・まぁちょっと待て。肝心のお味の方は、っと。
俺はスプーンで一口すくって味見をする。・・・すると、
「うまい!!」
完全にカレーだ! 初めてでここまでうまくできるとは思ってなかった。嬉しい悲鳴である。
まぁ、ちょっとばかり味に深みが足りないような気もするが、多分香辛料をケチっているせいだろうなあ。
ローレルとかオールスパイスといった、味に深みを与えるためのスパイスが見つけられなかったのが原因だろう。・・・が、仕方ないか。発見出来なかったものはどうしようもない。
まぁ、何はともあれちゃんとカレーの味である。
異世界でこれだけ再現できたのだから、十分というべきだろう。
こっちに来て以来、別に日本を恋しいと思ったことは無かったが、カレーを食べると久しぶりに日本の事を思い出してしまったな。別に戻りたいとは思わないが。
さて、ところで肝心なのは、孤児院の腹ペコ少女たちだ。果たして彼女たちの舌を満足させられるだろうか?
俺はそんなことを心配しつつ、人数分のお皿に、持ってきたご飯を温め直して盛ると、その上にカレーをかけて行くのであった。
異世界初のカレーライスのお披露目である。
「よーし、食べていいぞ!」
ずっと待っていた少女たちは、それこそがっつく様に食べ始める。そして、
「!? ご、ご主人様、凄いです!! こんな美味しいものが世の中にあったなんて!!」
「今まで食べたものの中でも、一番です!!!」
「何だか辛いけどクセになる味ね~。こんなの初めてよ~」
「うまいのじゃ! 何杯でも食べられるぞ! 是非、魔王国に伝えねば!!」
「素材を教えて欲しい。ドワーフ族にも、製法を伝えて広く普及させる」
と、口々に言うのであった。
俺はそんな彼女たちの大げさな反応に苦笑しつつ、
「口にあって何よりだが、ただのカレーだぞ?」
そう言ってみるのだが、夢中で食べる彼女たちの耳には届かないらしく、
「もぐもぐ! ぷはっ!! スプーンが止まりません!!」
「こんなに美味しいお料理が食べられて本当に幸せだね、リュシアちゃん!!」
「毎日これでもいいわね~」
「賛成なのじゃ! 毎日カレーパーティーなのじゃ!」
「積極的賛成。毎日いろんな楽しみ方をする。明日はパンにつけて食べたい」
と絶賛の声が続くのだった。
やれやれ、大げさだなあ。
だが、まぁ彼女たちがうまいと言ってくれるのが一番である。俺は満足しつつ、自分のカレーに手を付けようとした・・・その時であった。
「お、お助けください、旅の方たち・・・」
そう言って、一匹の高貴な感じのする妖精がフラフラと飛んできたのである。
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