42.ドワーフの少女に鏡作りを依頼しよう!
42.ドワーフの少女に鏡作りを依頼しよう!
鏡作りの目処が付いた俺たちは翌日、早速、商店の並ぶ目抜き通りへとやって来たのだった。
「ご主人様とお出かけうっれしーなー♪」
「あー、マサツグ様、あれ見てください。猫ですよ~、可愛いですね~」
「ね~マサツグさんマサツグさん、手握ってもいい~?」
「やけにジロジロ見られておるのう。やはり、マサツグ殿がカッコ良いからじゃろうなぁ」
少女たちが、なぜかキャッキャとはしゃいでいる。
まぁ楽しそうでなによりだ。とはいえ、俺が今回こんな所まで足を運んだ理由は、別に少女たちと散策を楽しむためではないので、ややスルー気味に対応する。
悪く思わないでほしい。
ここまで来たのには別の理由があるのだ。
「えーっと、ああ、ここだな。ドワーフの店というのは」
俺はシルビィから貰った地図を見て、目的地を確認する。
ちょっとボロボロだが、薄汚れた看板に、「ドワーフ道具店」とあるから間違いない。
「ここのドワーフさんに、鏡の生産をお願いするんですよね?」
俺の様子を見て、リュシアが早速質問してきたので、俺はやや曖昧に頷く。
「まあ、その予定だが、こちら側の要望に答えられるかどうか、見極めてからかな。製造レシピの秘匿や、委託経費がいくらかかるかとか、契約内容を詰めていってみないと、どうなるかは分からない」
俺が淡々とそう言うと、少女たちはなぜか感心した様子で、
「なるほど、難しいんですね」
「マサツグ様って本当に何でも出来ますよね。こういう交渉事も手馴れてて凄いです」
「私そういう難しい契約協議とか絶対できないから尊敬する~」
「わ、わしもじゃ・・・。ちょっとその才能を分けて欲しいわい・・・」
などと言うのであった。
「まぁこういうのは慣れさ。みんなも俺みたいに場数を踏めば自然と出来るようになる」
だが、そんな俺の言葉に少女たちは溜息を吐くと、
「そうでしょうか・・・?」
「マサツグ様の欠点はその自己評価の低さですね・・・」
「無理よ~絶対無理~」
「間接的なイジメじゃなあ」
と言うのであった。
やれやれ、買いかぶりすぎというか、そんな大したものでは全然ないんだがなあ。
まあそもそも、少女たちのお世辞の言葉を間に受けるほど俺は馬鹿ではない。
立ち話はほどほどにして、早速中に入るとしよう。
ボロっちい店だが、とりあえず営業はしているみたいだ。
俺はノブを引いて、ぎぃ~、という錆びた蝶番のきしむ音を聞きながらドアを潜ったのであった。
すると、
「だれ? 借金返済の期日は明日のはず」
そんな静かだが、よく通る綺麗な声が聞こえて来たのである。
俺がその声の方に目を向けると、奥のカウンターにまだ幼い少女が座っているのが見えた。
リュシアと同じくらいの歳だろうか?
ピンク色の髪が無造作に伸び、目を隠すほどになっている。どうやら、手入れなどはしていないらしい。
また、微かにのぞく大きな瞳は眠たげに細められ、口元はむっつりとしている。
ただ、よく見てみると、ぼさぼさ髪に隠れされた容姿は稀に見る美少女で、その気だるげな表情と相まって、どこか愛嬌のある雰囲気を醸し出しているのであった。
と、孤児院の少女たちの方を見ると、なぜか頭を抱えてブツブツと言っていた。
耳を傾けてみると、
「また女の子・・・。どうしてこうライバルが増えて・・・ブツブツ」
と言う声が聞こえるのであった。
どうして女の子だと支障があるのだろうか?
俺は首を傾げるのであった。
まあ、大したことじゃないだろう。さ、そんなことより話を先に進めるとしよう。
「借金取りじゃない。生産してほしいものがあって依頼しに来たんだ。すまないが、お父さんかお母さんはいるか?」
だが、俺の質問に少女は首を横に振ると、
「どっちも、もういない。お店は私一人でやっている」
と答えたのであった。
どうやら、この子も孤児のようだ。
と、リュシアたちが、お店をこんな幼い少女が一人でやっていると聞いて、
「ええっ!?」
と驚きの声を上げる。だが、俺は反対に、この国にいるドワーフは、祖国を追い出されたワケありが多かったことを思い出し、
「そうか」
と、だけ答えるのであった。
すると、ドワーフの少女はやや驚いた風に、その気だるげな瞳を見開いて俺の方に向けると、
「私はドワーフのクラリッサ。あなたは驚かないんだ。珍しい人・・・。普通の人は私みたいな小娘がお店をやっていると聞くと馬鹿にしたり、商品を盗んでいったりするから、とても困っていた。あなたはそんな人たちとは違うみたい」
そう言って、微かに唇の端を動かしたのであった。
・・・もしかして、今のは微笑んだつもりなのだろうか。
めちゃくちゃ分かりづらいな!
俺くらいの観察眼がないと、無表情と見分けが付かないぞ?
話を聞くと周りとうまくいってないらしいが、それはこの少女の分かりづらい仕草のせいもあるのかもしれない。
と、そんなことを思っていると、クラリッサが口を開き、
「でも、依頼は受けられない」
そう言って静かに首を横に振ったのだった。
「えっ!?」
とリュシアたちは驚くが、俺は冷静に、ふむ、と頷き、
「なんで依頼を受けてもらえないんだ?」
そう淡々と問い返したのだった。
俺が余りに冷静なので、クラリッサは少し驚いたようだ。やや慌てた様子で、
「悪いことは言わない。他のお店に行った方がいい。さっきも言ったとおり、私は色々と嫌がらせを受けている。特に近くのお店の同業者からは、目の敵にされている。私が依頼を受ければ迷惑をかけることになる」
と言ったのである。
そういうことか。
・・・だが少し腑に落ちないな。
「なぜ俺に、わざわざその事を? 収入がなければ、クラリッサだって困るだろう?」
そう問うと、彼女はやや言葉に詰まったようであったが、
「・・・それはあなたが他の人とは違ったから。だからこそ、迷惑をかけたくなかった」
と、なぜか表情を隠すように俯きながら言ったのだった。少し見える頬が少し赤くなっているようだが・・・。
ふむ? よく分からないな・・・。まぁ、俺のことを心配してくれたということだろう。
そんな風に考えながら俺は、
「心配するな。俺もいちおう冒険者で、腕には多少覚えがある。嫌がらせで被害をこうむるような事はないさ」
とクラリッサを安心させるように言ったのである。
その言葉にリュシアたちが、
「た、多少・・・」
と、なぜか困惑した声を上げるのであった。
一体どうしたのだろう?
とクラリッサが不思議そうな表情で俺を見つめ、口を開いた。
「どうして私にそれほどこだわる? あなたが強いのは何となく察することが出来る。でも、わざわざ面倒事を招く理由はないはず」
だが、俺はその言葉に逆に頭を振り、
「いや、クラリッサ、俺は君を信用できる職人だと思った。俺からの依頼内容は、材料や製法の秘匿が重要な契約事項になる。だから取引相手は君のように、自分のことを捨ててでも、客である俺の身の上を案じてくれるような相手でなければならないんだ。ああ、もちろん、職人としての腕が確かな者でなければならないが、それも確認できた。嫌がらせを受けているのは、君のような少女が余りに高い技術を持っているからだ」
だから、と続ける。
「君に依頼することで受ける嫌がらせなどは面倒事などではないさ。君に依頼して得られる成果に比べれば、そんなことは最初から看過できるちっぽけなリスクに過ぎない」
俺がそう言うと、クラリッサはなぜか酷く焦ったように顔を真っ赤にしてアタフタし出すと、
「と、当然。私の腕はこの国で一番。誰にも負けない。かつてドワーフ国で宮廷職人だったお父さん、お母さんから全ての知識は受け継いでいる。損はさせない」
と言ったのである。
「うわぁ・・・マサツグ殿ときたら、よくも職人に対してあんな口説き文句を・・・ありゃ落ちとるぞ・・・」
「浮気ものよね~・・・」
と、そんなことをラーラとシーが呟いているが、どういう意味だろう?
俺は単に事実を告げただけなのだが。
「そ、それで、こほん・・・。・・・それで、あなたは私に何を作って欲しい?」
咳払いをしつつ、いつもの調子を取り戻すと、クラリッサがそう言った。
なぜか先程よりも俺を見つめる瞳が熱いような気がするのだが、きっと職人としての血が騒いでいるのだろう。
「ああ、実はな」
俺が依頼内容を告げようとした、その瞬間である。
「おらぁ! ドワーフの小娘!! 金の工面はできたか!!」
「返済は明後日だぞ!! おう、クラリッサ、てめぇ、わかってんのか!!」
そう言って、扉を乱暴に開け、チンピラ二人組が怒鳴り込んで来たのであった。
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