40.石鹸とホットケーキを作ろう! 後編
40.石鹸とホットケーキを作ろう! 後編
俺と孤児院の少女たちは、ある建物の一室から見える、とある店舗に注目していた。
その店が定刻になって開店する。するとたちまち、深夜から行列を作っていた者たちが雪崩のように突入し、しばらくすると手にいくつもの小さな紙包みを持って、ホクホク顔で出てくるのであった。
だが、一方で、行列の後ろにいた者たちは、どうやらその商品を入手することが出来なかったのか、悔しそうな顔をして悪態を吐きながら店を後にする。作れる数量が限られているため、需要に供給が追いつかず、すぐに売り切れてしまうのだ。
と、そんな状況を見ていたリュシアが、
「ご主人様の作った石鹸は大好評みたいですね!! さすがご主人様です!!!」
と、興奮気味に俺に向かって言うのであった。
そう、俺たちが随分前から試作品作りに勤しんでいた石鹸だが、数日前にとうとう完成し、つい昨日から委託販売を開始したのである。
今日はその商況を観察するために、とある建物の一室を間借りしているというわけだ。
「マサツグ様は強くてお優しい上に、商才もお持ちなんですね! 本当にすごいです!!」
「絵本も大ヒットを続けてるし~、こんなにいくつも人気商品を開発できるなんて天才だと思う~」
「魔王国でも、これは絶対流行ると思うのじゃ!! いや、瞬く間に大陸中から需要が殺到するじゃろう!」
そんなことをエリンたちが言う。
だが、俺は首を横に振ると、
「元いた世界での知識を活用しただけだ。大したことじゃない」
と言ったのである。
だが少女たちは顔を見合わせると、俺の言葉にくすりと笑い、
「うーん、でもご主人様は何が売れるかを見極めて作るものを決められてますよね? そういうのを商才と言うんじゃないでしょうか?」
「そのとおりです。マサツグ様の応用力と発想力は普通じゃありません。それに現在の孤児院の資金力で開発可能な商品を選択して作っていらっしゃいますよね? 私もいちおうエルフのお姫様をやっていたので分かるのですが、そういう収支のバランスを直感的に理解する能力というのは、組織を運営するための最も重要な資質なんです。その才能をマサツグ様は誰に習わずともお持ちなのです」
「いきなり異世界に来て戸惑うどころか、いきなりこうして経済の地盤を築いて行くなんて~、普通の人には絶対に無理なことよ~?」
「うむ、魔王国にもしマサツグ殿がいてくれたら、何百倍もの経済力をほこっていたじゃろうな」
などと言うのであった。
うーん、俺は単に直感的にやっているだけで、別に意識してやってる訳じゃないんだけどなあ。
俺が改めてそう言うと、少女たちから、「それが才能なんです!」と否定されるのであった。
やれやれである。
「まぁ、俺に才能があろうが無かろうが、どうでも良いことさ」
少女たちは溜息を吐くが放っておく。
既に様々な分野で突出してしまっている俺にとっては、逆に余り才能がありすぎることが煩わしいのだ。
まったくもって、普通であることが羨ましい。
誰かに才能を分けてやることが出来れば、俺一人が世界を引っ張る必要もなくなるというのに。
心からそう思うのである。
何はともあれ、とりあえず販売状況は好調のようだ。いつまで製法を秘密にして置けるかは分からないが、類似品が出るまでは孤児院の安定的な収入になってくれるだろう。
そう考えていた時であった。
「何だと、貴様!!! 王の勅命に従えぬというのか!!!!!」
そんな怒声が窓の外から聞こえてきたのである。
見下ろしてみれば、肩をそびやかした、ちょび髭顔の男がいた。上等そうな鎧を付け、人を見下す姿を当然とした高慢めいた王国兵であった。
その兵士は一人のようだ。
店主を玄関先に呼びつけ、胸ぐらをつかんで問い詰めているようだ。恐らく、話題になっている石鹸を購入しに来て、売り切れだったから逆ギレしているのだろう。子供が駄々をこねるのと違い、可愛らしさの欠片もない、実に醜悪な光景だ。
「貴様~、どうしても石鹸を出せないというのか!?」
「ひい!?!? お、お許しください!! 新しい石鹸の入荷はまだ先なのです!! もう数日お待ち頂ければ用立てさせて・・・」
「黙れ!! 私は近衛騎士団、団長のレーソン様だぞ!! 王よりすぐに話題の石鹸とやらを持ってくるよう勅命が下っておるのだ!! 貴様が俺のの命令に従えぬならば、王命に背いたも同じ!! 即刻死罪とする!! いや、貴様だけではない。一族郎党皆殺しだ!!!」
「ひ、ひいいいいい!?!? そ、そんな、お、お助けを!? 私には妻と10歳になる娘がいるのです!!」
「黙れ黙れ!! 言い訳は聞かぬ!! 死刑と言ったら死刑だ!!」
やれやれ。
「おい、いい加減にしないか」
「ぷげらっ!!!!!??」
2階の窓から一瞬で移動した俺は、店主を脅しつけていた兵士の後頭部を掴むと、そのまま地面へと叩きつけたのであった。
土埃の上に顔を押し付けられ、
「んぎいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?!?!」
という、聞くに耐えない悲鳴が、男の口から轟いた。
「ぎ、ぎざまっ!? な、何のづもりだっ!! ご、ごのわだじを誰だと思っておる!!?? 近衛騎士団長のレーソン様だぞ!!! は、離せ、離さんがああああああああ!?!?」
そう兵士が絶叫しながら、地面をのたうち回る。
だが、俺はその余りに不快な声に耐えられず、
「やかましい!!」
と言って、思わず反射的にそのレーソンとか言う男の顔面を地面に再度叩きつけたのであった。
「ぎゃっ!?」
顔面を強く打ち付けた男は、鼻をひしゃげさせて鼻血を吹き出す。
そして哀れなうめき声が上げたのであった。
「まったく・・・おとなくしないか。この犯罪者が」
俺は悲鳴を上げる近衛騎士団長のレーソンとやらに、心底呆れつつ告げたのである。
すると、男は一瞬驚愕した後に、勝ち誇った表情でこちらを見ると、
「わ、私は近衛騎士団長だぞ!? この国の法で私を裁くには、王の審問が必要なのだ!!!」
と、唇の端を釣り上げていやらしく笑いながら、大声で反論するのであった。
恐らく自分の優位を確信したような笑みである。
しかし、
「何を言ってるんだ? その法律は無効だぞ? 俺の言葉の方が、国の定めたルールよりも優先されるんだから」
そう言って俺は、犯罪者レーソンが逃げ出さないように、改めて顔面を地面に押し付けて拘束したのである。
「んぐうううううううううううう!?!?!?」
レーソンは顔を土の中に埋もれさせ、窒息しそうになりながら、くぐもった声で悲鳴を上げるのであった。
もはや、その顔は泥にまみれ、ひしゃげた鼻とそこから溢れ出す鼻血、そして涙でぐしゃぐしゃとなっており、しかもキラキラとした鎧も地面でのたうち回ったことにより汚泥が大量に付着しているような状況で、一見みすぼらしい浮浪者のような有様であった。
「ご主人様!!」
と、そんなやりとりをしている内に、孤児院の少女たちが駆けつけて来た。
・・・ふむ、たまには反面教師に学ぶことも必要か。
犯罪者がどんな罰を受けることになるのか、少し見せておくことにしよう。
「おい、”元”近衛騎士団長、犯罪者レーソン」
俺がそう言うと、レーソンは驚愕した表情で俺を見て、
「ば、バカな! 私は栄えあるワルムズ王国の近衛騎士団長だぞ!!」
と叫ぶ。
だが、俺は首を横に振ると、
「恐喝に殺人未遂・・・。そんな重犯罪者を近衛の役に付ける訳にはいかない。よって先ほど罷免とした。また、兵士にしておくわけにもいかんだろう。よって、解雇する」
と言ったのである。
「ば、バカな!? バカなバカなバカな!!! 誰の断りがあってそのようなことをっ!? 代々、近衛を輩出するこの名家ホールデン家をつかまえて・・・っ!?!? お、王が! 王が許さんぞ!?!?」
「処分は平等に下される。誰であろうと関係がない。そもそも、今回の一件は王の管理不足だ。後ほど王にも罰を与えに行く。さあ、それよりも犯罪者レーソン。お前はもう兵士ではない。ただの一般人なのだから、その腰から下げている剣は分不相応だろう。それらは没収とする。さっさとこちらへ差し出せ」
俺がそう命じると、男は驚いたように目を剥き、にわかに暴れ出した。
「け、剣は騎士の命だぞ!! しかも、この剣は王より賜り、代々我が家に伝わる銘剣!! 貴様などが触れることすら許されん!!」
そう言って、何とか俺の手から逃れようと、必死に抵抗するのであった。
だが、
「別にいいだろう。こんな剣くらい。はい、没収ね」
と、俺は軽くそう言って、男の頭を押さえつけながら、もう片方の手であっさり剣を取り上げたのである。
「き、貴様ぁぁぁあああああああああああああああ!!! 我が誇りに触るなああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
そうレーソンは絶叫するのであった。
俺はそんな男の態度に、心底がっかりし、
「反省の色もなしとはな。更にペナルティが必要か・・・気は進まないんだがなあ。仕方ない、剣はこの場で処分することにしよう」
俺はそう言って剣を鞘から抜き放つと、真ん中からグニャ!!と折り曲げたのであった。
うん、何だか輪っか状のアートな剣が出来上がったな。
「う、うわああああああああああああああああ!!! わ、私の魂が!!! お、王より賜った神剣があああ!??!?!」
それを見たレーソンはたちまち泣き叫ぶ。
かわいそうに・・・。自業自得とは言え、彼が犯罪行為にさえ手を染めなければ、このような悲劇は回避出来たというのに・・・。
だが、一方で俺という上位の者から適正な罰を受ける事が出来たからこそ、彼は今後更生出来るチャンスを得たとも言えるのだ。
機会は与えた。あとは彼次第である。
俺はそんなことを思いつつ、少女たちに向かって告げた。
「見たか、お前たち。これが犯罪者の末路だ。このレーソンとかいう哀れな犯罪者を反面教師にするんだぞ? 悪ことをすればこの男の様に、犯罪者として処罰され、社会の落伍者になってしまうんだ」
すると、俺の言葉に少女たちは素直に頷くと、
「はい、ご主人様! 要するに人の嫌がることはしないようにすれば、ご主人様に好きになってもらえるんですよね? 気をつけます!!」
「ちゃーんとマサツグ様に愛してもらえるような、いい子でいるようにします!」
「私も~。マサツグさんに嫌われたくないも~ん」
「わしもじゃ! マサツグ殿に好かれるように努力するとしよう」
と口々に言うのであった。
うーん、なんだか、ちょっと俺の言っている趣旨とずれているような気がするのだが・・・。
気のせいだろうか?
俺はしばらく首を傾げるのであった。
「ま、まあいいか。さ、じゃあ次は王を処罰しに行こう。おい、レーソン、お前は元近衛だったな? 詳しいだろうから、案内しろ」
俺がそう命令すると、男は最初恨みのこもった視線をこちらへ向けた。
「ふうむ、まだ反省が足りてないようだな・・・。ラーラ」
俺がそう言うと、ラーラは心得たとばかりに闇魔法、全てを溶かす水をレーソンへ放つ。
すると、男の銀製の鎧が溶解し、どろどろに溶け始めたのであった。
「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
苦痛に満ちたレーソンの悲鳴が街中に轟いた。
だが、俺はそんな犯罪者のたうち回るといった下らない光景は眼中になく、地面に流れ落ちた銀の様子を「はっ」とした思いで見つめていたのだった。
そんな俺の様子を眺めていたリュシアが、
「どうかされたのですか、ご主人様?」
と心配そうに聞いてくる。
俺はリュシアの頭を撫でながら、
「いや、少し理科の実験を思い出してな」
と言ったのである。
「銀鏡反応・・・」
そんな俺の呟きを、リュシアを始め、他の少女たちもよく理解できず、首を傾げるのであった。
まぁ、無理もないか。
・・・ふうむ、だがともかく、無能な王へ処罰を与えるのは少し後になりそうだ。
これは新しい孤児院の大ヒット商品になりそうだぞ。
俺はそんな確信を抱き、逸る気持ちおさえ、帰り支度を始めたのであった。
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