39.石鹸とホットケーキを作ろう! 前編
39.石鹸とホットケーキを作ろう! 前編
魔王ラーラが孤児院に来てから数日がたった。
水面下で邪神の部下、序列7位エイクラムのことや、それと歩調を合わすバルク帝国、そして魔皇たちの動向を、シルビィを通じて大陸を横断するギルドネットワークで調べさせているが、さすがにまだ報告はない。
まぁ、そのことは良い。俺にとってはあくまで孤児院の運営こそが最優先だし、何より今は待つしかないのだ。
そんな中で俺が今取り掛かっているのは、いわゆる石鹸作りである。
そのために、俺は油と重曹を購入し、綺麗な水をシーに魔法で出してもらったのだ。
石鹸作りは割と簡単で、極論すればそうした自然にある天然の素材を混ぜて温めれば完成する。
小学生の頃の自由研究様様だな。
・・・しかし、俺は今、予想だにしなかった恐るべき敵に出くわしていたのだった。
「ご、ご主人様、そ、そのフワフワで幸せな匂いがする平べったい存在は一体何なんですか!?」
「マ、マサツグ様、もう、もう出来上がりですか!? お、お皿の用意はできてますよ!!!」
「はちみつも用意できてるよ~。早く早く~」
「そ、そなたたちヨダレ垂らしすぎじゃ! はしたないぞ!!!」
「「「ラーラちゃんもでしょ!!」」」
そう、今や石鹸は、美味しそうな「ホットケーキ」へと生まれ変わろうとしていたのである。
なんでだよ! と自分で突っ込みを入れたくなるが、いや、理由はちゃんとあるのだ。
石鹸を作る際に使用するこの「重曹」とは、要するに、料理に使う「ふくらし粉」のことだからな。
2つはまったく同一の存在なのだ。
それはつまりどういうことか?
重曹と水さえあれば、あとは卵、牛乳、そして小麦さえあればホットケーキが出来てしまうのである。
石鹸作りの工程の途中まではホットケーキ作りと一緒というわけだ。
で、まあ俺がそういう話を何となく孤児院の少女たちにしてしまったのが失敗だった。
俺の料理を、なぜか飢えた狼の如く楽しみにしている彼女たちが、そんな美味しい話に飛びつかないはずがないのである。
案の定、少女たちはたちまち目を爛々と輝かせ始めると大急ぎで街まで買い出しに向かったのである。
そうして一瞬で帰宅すると、購入してきた食材を俺に渡して、周りで実に嬉しそうにキャイキャイはしゃぐのであった。
やれやれ、どうして俺なんかの料理がそれほど楽しみなのやら。
だがまあ、俺としては少女たちがお腹いっぱい食べてくれれば満足だ。
そんな訳で、俺の石鹸作りはホットケーキ作りへと変更になったのである。
さて、今はちょうど、フライパンで生地を弱火で焼いているところだ。
生地の表面にぷつぷつと小さな気泡が出来ては消えて行く。
・・・あまり加熱し過ぎるとまずいな。重曹は焦げ付きやすいからな。
そろそろひっくり返すべきだろう。
この辺りは地球にいた頃の料理の経験が役に立つ。
俺はフライ返しを使って生地を器用に裏返す。慣れたものだ。
ジュッという音を立てて、うっすらとした狐色の生地が姿を現す・・・と同時に甘い匂いが広がった。
よし、狙い通りの焼き色だな。
すると、それを見ていた少女たちから、
「ご、ご主人様の作るホットケーキ、すごく美味しそうです!!」
「こ、これにハチミツをかけて食べるなんて、きっと美味し過ぎて死んじゃいます!!!!」
「はやく食べよ~、はやく~はやく~。封印されてた1000年よりもこの待ってる一瞬の方が長いよ~」
「マサツグ殿は軍師の才能の他にも一流のシェフの才能もあるのか。実に多才なのじゃな!」
という声が上がるのだった。
ふーむ、これくらいの料理でオーバーだなあ。
まぁ確かに地球にいた頃もお店で買ってくるより、俺が作ったものの方が美味いことが度々あったけど、あれは多分お店の人の調子が悪かっただけだろうからなあ。
今回にしても、きっと単に彼女たちのお腹が特別減ってるだけだろう。
俺はそんな風に思うのだった。
と、そんなことをしている間にも、火が通ったようだ。
「よし、出来上がりだな! みんな食べて良いぞ!」
俺は完成したホットケーキを少女たちのお皿に乗せて行く。
少女たちが華やいだ声を上げて、ハチミツやバターを慌ただしく塗る。そして、待ちきれないとばかりに一斉にフワフワの生地へとかぶりつくのであった。
「んんんんんんんんん!??!?!?」
「こ、これは、すごいです!?!?!?」
「は~幸せすぎて、昇天しちゃいそう~」
「魔王国で一番のコックに作らせたより美味いのじゃ!」
少女たちの口から絶賛の声が漏れる。
「お世辞がうまいな。だが、さすがに大げさじゃないか? これくらいの料理誰だって作れるだろう?」
だが、俺の言葉に少女たちは目を丸くして、首を横に振ると、
「そんな訳ありません! はぐはぐ! こんなに美味しい料理に出会ったことありません!!」
「私がエルフの王女だった時も、もぐもぐ! これほどの料理を食べたことはありませんでした!」
「私も神話の時代から存在しているけど~、はむはむ、こんなにホッペが落ちそうなのは初めてよ~?」
「魔王国が復興した暁には、むぐむぐ、是非とも国中にマサツグ殿のレシピを広めさせて欲しいのじゃ!」
などと言うのであった。
どうやら食べるのが止まらないらしい。
やれやれ、本当にお世辞がうまいな。まぁ、それでもこんな美少女たちにそう言ってもらえると、嘘でも嬉しいもんだ。
俺が改めてそういった事を言うと、少女たちはなぜか溜息をついて、
「どうすればご主人様はご自身の凄さを理解して下さるのでしょうか?」
「謙虚すぎるというのも考えものですよね・・・」
「多分まだ全然本気じゃないからなんでしょうね~。は~、本当に凄いわ~」
「自然と何でも出来てしまうから、逆に意識できないのじゃろう。うーむ、とてつもないのじゃ」
といった言葉を漏らすのであった。
うーん、一体どういう意味だ?
何はともあれ、俺も食べてみる。
もぐもぐ・・・お、自分で作っておいて何だが、確かにこれはかなり美味いな!!
俺は日本でもあっさり味が好きだったので、今回は油と砂糖は少なめにしたのだ。そのこともあって、かなり、軽い食感に仕上げることが出来た。
生地はふっくらで、甘く美味しい。齧るとミルクのほのかな香りが口の中にふわっと広がるのだ。
なかなか上品な味に整えることが出来たようだ。
これなら幾らでも食べられるぞ!!
それに、異世界のハチミツも地球と同じく美味い!!
ハチミツはバターと余り絡まない印象だったが、そうでもない。十分に混ざってホットケーキをより美味しくしてくれている。
口に入れた時に花の香りがするような気がするのは、きっと養蜂家さんの苦労の賜物だろう。
俺は見知らぬ養蜂家さんに感謝しつつ、自分で作った極上のホットケーキに舌鼓を打つのであった。
さて、そんな感じでおやつの時間は終了する。
ともかくみんな満足してくれたようで、恍惚の表情を浮かべている。
ふむ、それほど感動してくれるようなら・・・、
「そんなに美味しかったか? それなら、別に難しい料理じゃないから、また近いうちに作ろうか?」
俺がそう言うと、少女たちから大賛成の合唱が巻き起こるのであった。
やれやれ、オーバーだなぁ。
しかし、そんな中、ラーラがふと気が付いたとばかりに口を開いたのである。
「じゃがマサツグ殿・・・。孤児院の経営は大丈夫なのか? 食費がかさんだりはせぬじゃろうか?」
そう心配そうに言うのであった。
だが俺はあっさりと、
「いや、別に心配しなくて良いぞ。それは俺がなんとかするからな」
と返事をしたのである。
「マ、マサツグ殿・・・」
ラーラが驚いたように目を見開く。
やれやれ、何をそんなにビックリしているんだ?
「孤児院がお前たちに食事を与えるのは当たり前だろう? そんなことは心配しなくても、院長の俺がなんとかする。お前たちは友達と遊んだり、勉強したりしていれば良いさ」
その言葉に、ラーラをはじめ、他の少女たちも感動した面持ちになると、
「ご主人様は本当にすごい方です」
「はい、本当にそうです。エルフの森よりも広い心をお持ちだと思います」
「やっぱり私の伴侶はマサツグさんしかいないわ~」
「国を・・・いや、世界を治める程の器の大きさを感じるのじゃ・・・」
などと言うのであった。
「やれやれ、俺は当然のことをしているだけだぞ?」
俺はそう言って否定する。
しかし、少女たちは顔を見合わすと、
「ご主人様の“当然”はレベルが高すぎますね・・・」
「はい。リュシアちゃんの言うとおりです。ほかの方全員が自信をなくしちゃいますよ?」
「本当なら国がやらないといけないことを~、自然とその才能ゆえに担っちゃうんだろうね~」
「今更マサツグ殿に普通という言葉を当てはめても仕方ないが、他の者が出来る範囲はとうに超えておるのじゃ」
などと言うのであった。
おいおい、大げさだぞ?
だが、まぁ確かに、国がもっと努力するべき部分ではあるのだろう。
その辺りは俺が今後、国を指導して行く中で是正させる事としよう。
「じゃが、具体的にはどうするつもりなのじゃ?」
ラーラがそんな問いかけを俺にしてきた。
俺は首を横に振りつつ、
「それは、お前たちのお腹におさまったものが答えかな」
そう答えたのである。
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