108.運命のマサツグ
108.運命のマサツグ
「こ、これはすごい。さすがマサツグ王です」
内政官の一人が言う。
その言葉に、他の内政官たちも次々に頷いた。
だが、俺は、
「はあ」
そう、ため息をつく。
「俺がやったのは識字率の向上だ。大したことじゃない」
そう言って首を横に振る。
「何をおっしゃいますか!? これほどの大事業を!? いいえ、むしろ神の御業とも言えるほどの御業ですぞ!?」
大声を上げたのは、この内政官たちの筆頭であるバエンバスだ。
優秀な男であり、無能な前の王のもとでこの国の経営が成り立っていたのは、こういった隠れた逸材がいたからに他ならない。
この国の宰相は極めて無能だったので、俺の一言で罷免され、更迭されている。
実質的にはこのバエンバスが、事務官僚としてはトップということだ。
そんなこの国の幹部中の幹部である男であるが、ともかく思ったことをすぐに大声でがなりたてるという欠点がある。
やれやれ、例え本当に思っているのだとしても、耳元で「神だ」何だとがなりたてられるのは迷惑以外のなにものでもない。
「神かなにか知らんが、人を救えるのは人だけだ。逆もしかり。無能な前の王が国を滅ぼしかけたようにな。いい加減、自国のことは自分たちで面倒をみるという気概が必要な時期なのではないか?」
筆頭内政官であるバエンバスはハッとした表情になると、
「おっしゃる通りです」
そう言って平伏し、こうべを垂れる。
「我々国政を預かる者に一番かけていたのは、まさにマサツグ王がおっしゃっるそうした決意だったのでしょう。国を守り、民を安寧に永らえ、平和に治めんとするそうした基本ができていなかったのです。マサツグ王がもっと早くいてくだされば、この国の舵取りはここまで大きく曲がることもなかったのにっ!」
俺は頷きつつも、
「無論、そうだろう。だが、ないものねだりをしても国政は始まらん」
そう言って、肩をすくめる。
「俺がいれば、と思う気持ちもわかるが、むしろ逆だ。今、ここに俺という人間がいることが、そもそも万に一つの幸運であると考えるべきだろう」
「わかっております」とバエンバスは無念そうな表情で頷き、
「マサツグ王が玉座に常にいらっしゃればなどというのは、まるで子供の駄々というもの。奇跡を常に願うようなもの。そんな都合の良い話があるわけがありません。そもそももしマサツグ王が常にいらっしゃれば、この国の形は、民の表情は、もっと違っていたでしょうからね」
ゆえの無念といったところか。無論理解はできる。だが、俺は一人しかいないし、俺に頼り切りになることは、人々が自らの足で立ち、自らを成長させていくことを阻害することにつながる。
それは人々が生きているということになるのだろうか?
手を出しすぎてもいけないのだ。
例えば神が人を助ける存在だとすれば、人は自らの足で歩もうとはせず、進歩もなかっただろう。
俺のこともそれと同じ。
俺という人間が助けてしまえば、人間は俺に甘えきってしまう。それは世界という天秤を俯瞰した時、避けなくてはならない上位者としての責務のようなものだろう。
人と一緒に歩みつつも、その隣にいることはできない。
大きな運命の中に俺はいるのだからなあ。
と、そんなやりとりをしていた時である。
「た、大変です‼」
バタンと扉を開けて、斥候兵が勢いよく玉座へと飛び込んできた。
「なにごとかっ! マサツグ王の御前だぞっ!」
バエンバスの怒号が飛ぶ。
・・・・・・が、それは悪手だな、バエンバス。
まだまだ教えるべきことが多い。
いくら内政のトップだとしても、まだまだだ。
その斥候の表情を見れば、相応のことが起こったことがわかるというもの。
何より、
「いや、いいんだ」
俺はバエンバスに抑えるように言って立ち上がる。
「で、ですが」
「よい。儀礼にこだわって国が滅ぶほどバカバカしいことはない。俺は形式より質を取るタイプの王だ」
それは貴様も認めるところであろう?
そう言うとバエンバスは敬服したように、ふたたび頭を垂れたのであった。
こうして一挙手一投足をもって、この国を鍛える。やれやれ、難儀なことだ。俺のような一介の高校生が、できるから、というだけの理由でこの国のおもりをしなくてはいけないのだからなあ。
「それで、何があった?」
ははっ、と斥候兵は俺に平伏してから、
「国境近くの街が突如として消滅いたしました! なんとか生き残った住民の言葉によれば、生真面目そうな女が歩いただけで、周囲の物が腐り、息を吹きかけただけで、家屋が燃え上がったそうです! その様子はまるで・・・・・・まるで・・・・・・」
「まるで世界の終わりのようだった、とでも言ったか?」
俺の言葉に斥候は驚愕の表情を浮かべると、
「ど、どうしておわかりになったのですか! お、王よ!?」
と叫んだのである。
「さてな。どうしてだろうか。ただな」
俺はマントをひるがしながら玉座を立つ。
「感じるんだ」
「か、感じる?」
「な、何をでございますか?」
斥候とバエンバスが問うてくる。
この不可解な状況をなんとか理解したいと、俺の次の言葉を懸命な表情で待つ。
やれやれ、そんなことは決まりきったことだろうに。
「もちろん、この世界の命運が、近々決まるだろうということだ」
あっ、と、バエンバス、斥候、そして同じ部屋にいるすべての部下たちが、ハッとした表情を浮かべた。気づいたのだ。そう、目の前の人物はただの王ではないことに。
世界の命運を握る、異世界からの救世主であることに。
まあ、無論のことながら。
俺は内心で思う。
「孤児院を守るついでに、この世界を救済するだけなんだがなあ」
そんなことを考えつつ、俺は急ぎ出立の準備にかかるのだった。
この世界の命運が・・・・・・いや、孤児院の命運が・・・・・・俺を中心に巡ろうとしていた。






