(8)従兄弟
親子を乗せた馬車は、ボナリー家宅へと続くポーチの手前でゆっくりと停まった。
「別の国に来たみたい……」
馬車を降りたトレーズの目に飛び込んでくるのは、異国情緒あふれる白亜の建物。
家の周りには沢山のヤシの木が植えられ、夕暮れの微風にさわさわと揺れている。
庭に向かって大きく解放されたテラスからは、魚料理に使う濃厚なソースのにおいが漂ってきていた。
「こことぼくらが住んでる場所とでは、ずいぶん違うんですね、父さん」
「ここは南の方だからね。挨拶の仕方なんかも、東地区とは異なるよ」
トレーズは父より少し遅れて玄関ホールに入る。
壁掛けランプの形状から、幾何学もようのカーペットまで、彼には目に見えるもの全てが新鮮だった。
パーティの開始までまだ少し時間があり、家の中は飾り付けられたまま、がらんと静まりかえっていた。
ときおり2階からはバタバタと走る音がきこえる。今夜のために実家に帰って来たカミラ除くボナリーの娘たちが、ああでもないこうでもないと、衣装選びに尽力しているのだ。
「わたしはボナリー夫妻に挨拶してくるから、お前は好きなところにいなさい」
ネクタイを引き締めたジョーンズは、向かいの螺旋階段を上がって行った。
トレーズは言われたようにしようと、まずは良い匂いがしてくるテラスの方に向かった。
(あ……)
ポーチからは見えなかったが、テラスに出る手前の椅子に浅く腰をかけて、青年が本を読んでいた。
歳は20代後半といったところで、前ボタンを3つほど開けたシャツにシルバーグレイのジャケットを羽織っている。目鼻立ちの整った青年だ。
青年はトレーズの存在に気づくと、まるで兄弟のように名前を呼んで手を振った。
「……えっと……どなたですか?」
このような青年と面識はないはずだった。
「ひどいな、覚えてないの?」
「すみません……」
「まあ無理もないか。ぼくと会ったときはまだこんなに小さかったもんね」
そう笑って、青年は膝下のあたりで掌を床と平行にした。
「え、ええと……」
「ぼくはアルフレッド。君のいとこだ」
「い、いとこ!」
トレーズは自分のいとこと名乗る青年と、おずおず握手を交わした。
「すみません。よく覚えてなくて……」
「いいよ、気にしないで。それより、大きくなったね?」
そう言ってトレーズの頭に手を乗せる。
彼にとっていとこと言えばボナリー家の四女か末っ子のカミラだったので、トレーズは急に兄ができたような不思議な気分になった。
椅子に座るように促され、トレーズはいとこから近い場所にあったテラス席を陣取った。テーブルには海の幸がふんだんに使われた南地区特有の料理が並んでいる。
「ええと、アルフレッドさんは……」
メイドが持ってきてくれたグレープフルーツを口にしながら、トレーズは話しかける。
「アルでいいよ」
「アル……は、最後にぼくと会ったのはいつ?」
「うーん、いつだろ。君の4歳の誕生日だったかな?定かじゃないけど」
アルフレッドは足を組み直して、考える姿勢をとった。
「確か、そのときは家族全員で行ったよ」
「そうなんだ……全然覚えてない」
トレーズは無意識のうちに、濃緑色のストローをきしきしと噛んでいた。
叔母が娘を連れて自分の家に来ることはあっても、トレーズからは一度も訪問したことがなかったのに気づき、彼は肩身が狭い思いをした。