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(6)父の願い


ジョーンズは一人書斎に籠って、昼食時になっても帰らない愛息子のことを考えていた。


自分がただの電話に呼ばれて席を立ってしまったことを、ジョーンズは後悔していた。


そして、それよりも、


(あの子には、一緒にスポーツや狩猟をして遊ぶような友だちが、いないのではないか?)


と心配になった。


乗馬は喜んでやるものの、トレーズは室内で本を読んだり絵を描いたりする方が好きだったので、ジョーンズは、彼が誰かといっしょに遊んでいる様子を、あまり見たことはなかったのだ。


そんな彼が最近よく外に出るようになったので、ジョーンズは内心喜んでいたが、実際に訊いてみれば、なんとトレーズは「本を読むため」に外出していると言うではないか。


ジョーンズには、トレーズ自身から友だちを欲していないように見えたのだ。


領主たるもの仲間同士のつながりは必須だ。リドル家の時期当主は家の中でままごとばかりやっているなどと揶揄されても困る。


(遊び相手、そう、弟でもいれば……もう少し、活動的なところもあっただろうか?)


しかし、妻ソーリエが亡くなった時点で、そんなことを言っても仕方ない。彼女だけに愛を貫いた結果、新しく妻を娶る気にもなれなかった。

窓に映る自分も、すっかり老け込んでいる。


(無い物ねだり、だな……)


ジョーンズは、デスクにうず高く積み上げられた書類やノート、手紙の数々を眺めて、ため息をついた。


こういう、今月は何にいくら使ったとかを書き留めたり、どこどこ家のだれだれを接待する予定を立てたりなど、内職的な仕事はすべて、ソーリエの仕事だった。


しかし、彼女亡きいま、それらはすっかりジョーンズがする仕事となった。


男は外で、狩猟に興じ、近々起こるかもしれない戦争のことや、新しい武器について、仲間と情報を交換しあえばそれでよかった。

それでいて家族のこともしっかり顧みていれば、充分だった。


目の前にいなくなってからはじめて気づく、その人の有難さ。

ジョーンズはしかと感じとっていた。



時計が午後3時を知らせると同時に、書斎の扉がノックされた。

ジョーンズは椅子から立ち上がる。


「入れ」


ジョーンズはわざと声のトーンを下げて答えた。

おずおずと入ってきたのは、トレーズだった。


「父さん……ただいま」


「他に言うことがあるだろう?」


「……ごめんなさい」


「何処へ行っていた?」


「ここよりもずっと先の……川のほとり」


「何をしに?」


「……本を、読みに」


トレーズは、ジョーンズの気持ちを知ってか知らずか、最後はほとんど消え入りそうな声で答えた。


「『レディと囚われのユニコーン』かい?」


正式には『ユニコーンと囚われのレディ』だったが、トレーズは敢えて訂正せずに、首を縦に振った。


「父さんは、お前に立派になって、この地の領主になってもらおうと思っている」


「……知ってるよ、父さん」


「そのためには、どんなことをすれば良いかわかるかい?」


ジョーンズは、一歩踏み出して、いつかのように、トレーズと同じ目線になる。

今回はあまり膝を折らなくてもよくなっていたことに、ジョーンズは多少の喜びを感じた。


「ぼく、ごちそうさまも言わずに出て行ったりしない、みんなに黙って外出したりしない!」


「うん。それはむしろ、どんどんやってもらいたいのだよ」


「…………へっ!?」


「特に、後者のほうをな」


「え……?」


トレーズは目をまん丸にし、完全に呆気にとられた様子だ。

ジョーンズは無理もないだろうが、と言って一人うなずく。


「お前が自分の意志でその身を偽っていると言うのなら、もう少し活動的になってほしいのだよ、トレーズ」


言い聞かせるようにして、トレーズの肩に手を置く。


「それは、もっと男の子らしいことをしろ、ってこと……?」


ジョーンズはより深くうなずく。


「立派な領主になるためには、人付き合いが肝心だ。もちろん教養があってこそ、それらはスムーズに上手くいくのだが……お前はもう少し、能動的な人物にならないといけない」


「のうどう……てき……?」


「つまり、本を置いて、たまには近所の男の子たちと一緒に遊んでみるのもいいんじゃないか?」


そう言ってジョーンズは、まだ少し放心気味の息子にウィンクをした。


「でも、父さん」


トレーズはなんとか声を出した。


「近所の男の子たちはみんなどうしようもないんだよ……ぼくは気にしていないのに、いちいち家柄のことを悪く言ってくるんだ」


「まだそんな奴がいたのかい?」


聞くところによれば、だいたいポーター家のグラエムを中心として大勢で侮辱の言葉をぶつけてくるようだ。

それでも、トレーズは自分との約束を守ってその誰にも手をあげていないことを、ジョーンズは誇りに思った。


「それじゃあ、良い考えがあるぞ」


息子があまり友だちと遊ばない理由がわかったジョーンズは、くるりとデスクに振り返って、その引き出しの中から、一通の封筒を手に取った。

中には、1週間後にボナリー家で行われるホームパーティーの招待状が入っている。


彼はこれをトレーズに手渡した。

差出人の名を見たとたんトレーズは少し嫌な顔をして、「父さん、これは?」と質問をする。


「嫌がるだろうと思って渡さなかったが、社交会への招待状だよ。昨日の電話は、そのことについての打ち合わせ」


トレーズは、そのような得体の知れないものが同封された白い便箋と、父親の顔とを何度も見比べた。


「ちょうど良い機会だから、これに行って人付き合いの大切さというものを知っておいで、トレーズ」


ジョーンズは、もう一度ウィンクをした。


また姉がトレーズに集中砲火を浴びせるのは目に見えていたので心が痛むが、自分の子どもが立派な領主になるのも時間の問題だ。

ジョーンズは確信した。





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