(4)トレーズと本
明くる朝、リドル家の玄関ホールには、ルーシー・ボナリーからのたくさんのプレゼントがところせましと並んでいた。
添付されていた手紙には、トレーズに贈り物という贈り物をしていなかったこと、今すぐではなくてもいいのでカミラとの婚約も考えてほしいことなどが、荒々しい字でかかれていた。
ルーシーは決してあの話を諦めてはいないようだ。
往生際の悪い叔母にうんざりしながらも、新しい本が手に入ったことには一先ず感謝したトレーズだった。
「父さん、いってきます!」
ルーシーから贈られた本を片手に、トレーズは意気揚々と外に出た。
この先にある小川のほとりで読もうと考えているのだ。
(グラエムには会いませんように……)
トレーズは早足で川を目指した。
荒れ地と化したとはいえ、10分ほど歩けば、豊かな木々がひしめきあう小径に出る。
青々と光る並木道をどんどん進み、ゆるやかな坂を下ってゆくと、しだいに川のせせらぎが聞こえはじめてくるのだ。
(ここも平和だ……)
トレーズは橋のたもとに腰を下ろし、重圧な装丁の表紙を開いた。
内表紙には、モノクロのユニコーンが印刷されている。この本は題名から想像して、どうやらこの伝説の生物がストーリーに絡んでくるようだ。
「…………」
家系という縄に束縛され、自由な恋も許されず、感情をなくした貴婦人と、それによりそう一頭の駿馬が織り成す王宮ファンタジーの世界。
(すごい……っ)
トレーズはざらざらの紙をまた一枚めくるたび、この本のとりこになっていった。
*
「最近よく出かけるようになったが、一体どこへ行っているんだい?」
姉との一悶着も忘れかけていたころ、ジョーンズは夕食の席で、お行儀良くスープを飲み干しているトレーズに問いただした。
「本を読んでるんです、父さん」
あの本にすっかり魅入られたトレーズは、いつも肌身離さず持ち歩くようになり、もうずっと同じものを読んでいた。
「『ユニコーンと囚われのレディ』……面白いのかい?」
青と銀で装飾された美しいデザインに目を細めながら、ジョーンズは本を手に取った。
「ぼく、もう6回も読んでるんですよ」
「それは……すごいな……。全く飽きないんだね」
「主人公だけじゃなくて、ユニコーンや王子の気持ちになって読んでるんです。何回読んでも、新しい発見があるから面白いですよ」
トレーズは、父にもこの本の魅力を教えてあげようと意気込んだが、それは電話の音によって遮られてしまった。
「旦那さま、ミスター・ボナリーさまからでございます」
「ボナリー!?」
トレーズは思わず叫びに似た声をあげてしまった。彼にとって久しぶりに聞くその苗字は、平和を脅かすモンスターのようなものだった。
現に父親との楽しい会話がジャマされた。
「ちょっと失礼するよ、トレーズ」
「……」
日ごろは穏和で争いごとを好まない彼も、このときばかりは我慢ならなかった。
席を立った父親のうしろすがたをうらめしく思うのはお門違いだったが、そうせずにはいられないトレーズだった。
トレーズは執事や父がいないのを良いことに、スパゲティを大急ぎでかき込み、ごちそうさまも言わずにダイニングルームを出た。