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ルナティック・ブレイン 【-特殊殺人対策捜査班-】  作者: 橋依 直宏
Consider 1  開幕のフラワーシャワー
6/95

File:5 理由と根拠と証明





 蕗二ふきじの言葉に三人は目を丸くし、顔を見合わせた。

 野村と片岡が戸惑う中、芳乃ほうのが盛大で大げさな溜息をついた。


「急にクサイ台詞せりふ吐かないでもらえますか、気持ち悪いです」

「てゆーか熱血ドラマっぽーい! でもリアルだと寒いよぉ?」

「定番的王道の台詞せりふだが、私は好きだよ」

「てめぇら、好き放題言ってくれるなぁおい……」


 頬を引きつらせた蕗二に、スラックスのポケットに手を突っ込んだ芳乃が視線を合わせず呟いた。


「いいですよ、刑事さんに協力します。嫌ですけど、何日も付き合わされるよりは何倍もマシです」


 まるで独り言のようで聞き逃しそうになった言葉に、野村と片岡も頷いた。


「そうだねぇ、疲れたから早く帰りたいしー?」

「そうとも。何でも言ってくれ給え、警部補殿」


 手のひらを返すような三人に、今度は蕗二が目を丸くした。竹輔が満面の笑みで蕗二の肩を叩く。


「よかったですね、満場一致まんじょういっちじゃないですか」


 蕗二が羞恥しゅうち誤魔化ごまかすように、現場であった草むらを見つめる。

 すでに本格的な撤収作業が始まっていた。

 事件現場を覆っていたブルーシートが外されて徐々にひらけていく視界に、菊田の姿は見えない。


「で、刑事さん。どうやって犯人を突き止めるんですか?」


 芳乃の問いに、蕗二は言葉を詰まらせた。


「い、今から考える……」

「あれだけ大見得切おおみえきってノープランですか」

「だから協力してほしいって言ってんだよ。何回も言わせんな!」


 蕗二もただ無計画で発言したわけではない。柳本が≪ブルーマーク≫をわざわざ強引に引き込んだ理由が何かあるはずだ。だから、この三人は持っているはずだ、捜査の鍵を開く何かを……


 蕗二を見上げていた芳乃が、ふと口を開いた。


「刑事さん、ぼく達のことは、何か聞いてますか?」

「え? いやまったく。部署名だって今日知った」

「なんですかそれ、警部補と聞きましたが、使えなさすぎて飛ばされたんですか? ああ、だからさっき簡単に投げられてたんですね、納得しました」

「んだとコラ!」

「まあまあまあ、ここは仲良くしましょうよ、ね?」


 竹輔になだめられ、蕗二と芳乃は視線をそらし合う。視線を投げた丁度その場所から、最後の鑑識車が走り去ろうとしていた。

 現場は規制線とわずかな警備員、蕗二たち五人とパトカーの一台となる。

 しばらくすればマスコミが駆けつけ、違うにぎわいが出るだろう。

 潮時しおどきだ。蕗二は手を叩き、全員の視線を集めた。


「ともかく。今わかっていることは、被害者は二人。原型があった方は森慶太という男、死因は恐らく撲殺。もう一人は一ヶ月以内に遺棄された可能性が高い」


 蕗二は用済みのキャップを手の中で遊ばせている野村を呼ぶ。


「野村、ぼーと遺体見てたわけじゃないんだろ? 何か気が付いたことないか?」


 長い睫を瞬き、顎に人差し指を当て首を傾げた野村は、ゆっくり口を開いた。


「うーんとねぇ、森さんって人の死体はねぇ、昨日殺されて、昨日捨てられたと思うのぉ」

「そうか」


 新しい死体だとは思っていたが、やはりそうか。

 が、蕗二は次の言葉に言葉を失った。


「あとねぇ、食べられてたのぉ」

「は?」

「裏返してもらったらぁ、背中が食べられてたのぉ。そんな酷くなかったけど、魚とかじゃなくてぇ、歯が生えてて、犬歯がある系。でも、死んだ理由はそれじゃなくてぇ、頭だねぇ。後ろから丸いものをぶつけられたんだと思うよぉ? しかも、結構な勢いでぇ」


 これくらいの、と開いた両手の指先を合わせて表せてみせる野村に、蕗二は動揺を隠すように深く息を吸う。


「他に、気付いたことは?」

「あとはねぇ、もう一つのぐちゃぐちゃだった方も棒みたいなので頭殴られてたぁ。でも、そのまま捨てられたんじゃなくて、それなりにバラバラだったんだと思うよぉ? もしそのまま一ヶ月置いてたとしてもぉ、もうちょっと形残ってるはずだしー?」

「そしたら、同一犯が違う方法で遺棄したってことか」


 なんでだ。連続殺人なら、殺害方法も遺棄方法も同じ方法を取る。だが、この件は違う。何も考えてない無計画の犯行か、もしくは同じところに違う人間がたまたま死体を遺棄いきしたのか。


「くそ、可能性が増えちまった……」


 頭を掻きむしる蕗二に、片岡は眼鏡を指で押し上げた。


「これじゃらちが明かないね。私も、出ししみなしでやろうじゃないか」


 見せつけるように片岡は左腕を持ち上げた。左薬指には品のあるシルバーリング。その二つ隣の人指し指に太く黒いシンプルな指輪がはまっている。それを見た竹輔が突然目を輝かせる。


「最新の携帯端末じゃないですか! まだアメリカでしか売ってないはずですよ!」

「無論、アメリカに直接(おもむ)いた。待ちきれなかったからね。Hey、A.R.R.O.W.(アロー)


 片岡の声に小さな電子音が返事をする。

 指輪から光が溢れ、宙に真っ黒な画面が展開される。その中央に浮かぶ一本の白線が波のように揺れながら、んだ女性の声を響かせた。


『ごきげんよう、藤哉ふじやさん。午後からの予定は特にはありません。現在地からご自宅までのルートを検索いたしましょうか?』

「いや、それはいい。代わりに森慶太もりけいたという人物を調べてくれ。あと、昨日ここを通った≪ブルーマーク≫を検索してくれるかな?」

『かしこまりました。』


 画面の波線がSEARCHと白い文字に変わった。


「あれ、搭載とうさいされているAIってこんなに話せましたか?」


 首を傾げる竹輔に、片岡は眼鏡の奥で満足そうに目を細めた。


「私なりに改良してしまったからね、もはや別物だ。海外映画のAIをモデルにしてみたんだが、どうだろう?」

「わぁ、僕もあれ憧れなんですよ!」


 鼻息荒く歓喜の声を上げる竹輔を遮って、蕗二は声を荒げた。


「おいちょっと待て、もしかしてお前≪リーダーシステム≫を覗く気か」


 発信機やGPSほど完璧ではないが、≪ブルーマーク≫を24時間監視する≪リーダーシステム≫と言うものが存在する。道端の街頭やアーケード、店の入り口など数えれば切りが無いほど設置されていて、≪ブルーマーク≫が≪リーダーシステム≫のある場所を通ると、いつ誰がそこを通ったか自動で記録されるシステムだ。その情報は警察が管理している。しかも、閲覧するには正式な警察官のIDが必要で、一般人がおいそれと簡単に見ることはできないはずだ。


 できるとすれば、ただひとつ。

 蕗二が出した答えに予想がついたのか、片岡はいたずらが成功した子供の笑みを浮かべる。


「覗き見が趣味でちょっと機械に詳しいだけさ。なんなら、この事件の捜査会議資料を覗き見しましょうか」

「やっぱりハッカーか」

「そんな邪険にしないでくれたまえ。君が協力しろと言っただろ?」


 蕗二が口を開く前に小さな電子音が遮り、再び女性の声が響いた。


『藤哉さん、検索終了致しました。モリケイタ、は、ニコニコスーパーマーケットの従業員です。昨日午後20時に販売店を退社する様子が防犯カメラで確認できました。

 もうひとつ、モリケイタ、が通った予測時間前後に、ここを通りかかった≪ブルーマーク≫は以下三名です』

「そうか、三人の職業は?」

『はい。ニコニコスーパーマーケットの支店長 三好豊みよしゆたか

 オークションオーナー 井上基一いのうえきいち

 帝都大学の三回生 宮崎生斗みやざきいくと、です。

 内、三好豊のみ、モリケイタとの接点があります。現在三名とも在宅中のようです。住所も調べましたが、不要ですか?』

「さすがだよ、私が手を加えたと思えない」

『いえいえ、藤哉さんに組み替えて頂いたことに間違いございません。お役に立ててうれしいです。お仕事頑張ってくださいね』


 画面が指輪の中に納まり、片岡が鼻息とも溜息とも付かない息をついた。


「さて、警部補殿。どう致そうか」

「決まってんだろ、行くぞ」


 パトカーに向かって足早に進む。後ろについてくる気配を感じながら、蕗二は声に出さず「なるほどな」と呟いた。

 なんで≪こいつら≫を捜査に加えたか、やっとわかってきた。


 野村は遺体への興味は異様だが、死体を見るのが好きというただの変わり者ではない。実物の死体を見て分析まででき、しかも鑑識に負けずおとらない。

 また、片岡は優秀なハッカーだ。加えて自ら改造までするほどだ、きっと機械工学全般に詳しいのだろう。


 これは大きく、強力な戦力だ。≪ブルーマーク≫じゃなかったら埋もれていた才能。悔しいが、認めざるを得ない。


 運転席側のドアノブを掴んだところで、蕗二ははたと思う。

 じゃあ、芳乃はなんだ。

 糞生意気でちんちくりんのガキ。

 一体なぜ、≪ブルーマーク≫がついているのか見当もつかない。


 投げた視線の先に、何もなくなった現場を見ている背が見える。肩の落ちた学ランからはまだ幼さを感じる。芳乃がふと振り返った。

 瞬目があった気がしたが、特に言葉を交わすことなくパトカーに乗り込んだ。蕗二はどう声をかけるか悩んだが言葉は出ず、竹輔に促されてやっと運転席に乗り込んだ。


 シートベルトを装着し、蕗二はハンドルの右斜め下、STARTと書かれた青いボタンを押し込んだ。目の前の真っ黒だったセンターメーターがカラフルに点灯し、運転席と助手席との間にめ込まれた液晶画面にHELLOの文字が浮かんだ。

 「目的地を入力してください」と車内に響く柔らかな女性の声に、そっと安堵の溜息をつく。


 蕗二は自動運転システムADSを搭載した自動車が好きじゃなかった。運転している気にならなかったし、なにより現場に早く着きたい一身で、異動前の淀川警察署でも人気のない鍵でエンジンを回すタイプのマニュアル車に飛び乗り、一番で出動していた。

 だからADSについては、なんとなくどころか、初心者と言っても過言ではない。自動車の始動方法でさえ、ついさっき菊田の動作を見様見真似でやっただけだった。


 ここに住所を入れればいいのか……?

 蕗二の指が液晶画面の上を迷う。が、そもそも容疑者の住所を聞いていなかった。片岡に尋ねようと振り返る。

 すると突然、芳乃が身を乗り出した。

 蕗二の首を反対側に押し退け、素早く文字を打ち込みセットボタンを押した。前へ押し出されたような反動に、パトカーが動き出してしまったことを知り、蕗二は悲鳴を上げる。


「うお! 何しやがるてめぇ!」


 後部座席にすっかりと収まった芳乃が、あきれたように溜息をついた。


「遅いんですよ、今どきナビくらい小学生でも操作できますよ。まさか、運転初心者ですか?」

「な訳あるか! ADS付きは普段使わねぇんだよ、つか久々に乗ったわ!」

「それなのに運転席乗ったんですか? ださいですよ」

「うるせぇ、とりあえず止め方教えろ!」

「嫌です、教えません」

「ああもうくそ! 竹、お前は?」

「すみません、運転あんまりしないんで……」


 単純に自動車なんだからブレーキを踏めば止まるだろう。

 蕗二はブレーキペダルに足をかけた。が、それ以上動けなかった。

 ほとんど乗ったことのないADSでは何が起こるかわからない。無理やりブレーキを踏んでエンジンが動かなくなったら最悪だ。お笑い種にされるどころの騒ぎじゃない。


 ああくそ、こんな事になるなら乗っとけば良かった。

 座席に頭を押し付け、蕗二は盛大に唸り声を上げた。













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― 新着の感想 ―
[良い点] 【物語は】 ある事件現場から始まる。ある人物の記憶の一部によって。書き出しから凄く引き込まれる本格派ミステリーだと感じた。本編に入ると、情景描写などから入り、推理モノ、サスペンスもののドラ…
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