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ルナティック・ブレイン 【-特殊殺人対策捜査班-】  作者: 橋依 直宏
Consider 1  開幕のフラワーシャワー
2/95

File:1 赤と青と男






 2042年4月1日火曜日。AM08:20。


 白い建物が一つたたずんでいる。周りの建物はひれ伏すように、その背を越えようとはしない。建物に正面から向かい合えば、黒いガラス窓が口を開けて威嚇いかくし、踏み入ることを躊躇ためらわせる。




 東京の治安を守る、総本山。

 人はそれを、≪警視庁≫と呼ぶ。




 そこへ堂々とを進めるものが一人。

 正面からガラス張りの玄関を抜けた人物は、多くの人の目を引いた。


 膝を抱えた大人がすっぽり入るキャリーケース、その上にダンボール箱を無理やり縛りつけ、ガロゴロと重い音とともに引きずる男。


 見上げるほどの長身、眉間に刻まれた縦皺たてじわ。鋭く吊り上がった眼は、殺し屋と名乗られても納得してしまいそうだ。手続きなどで訪れていた一般人はもちろん、警備員たちが警戒けいかい好奇心こうきしんからじっと男を観察するのは無理もない。


 突き刺さる無数の視線をもろともせず、男は受付まで直進する。そこに座っていた女性が、近づいてくる男に笑顔を見せた。


「おはようございます。ごヨウケンをどうぞ」


 どこか無機質な印象を持つ女性だ。男は無遠慮ぶえんりょに女性を観察する。女性が首をかしげると、男はまばたきを一つし、スーツの胸元から白い封筒を取り出した。

 中から同じく白く上質な紙を取り出し、女性に差し出した。


「本日、本庁に異動になった三輪蕗二みわふきじですが」


 差し出された紙の上部には辞令の文字。その下に【三輪蕗二 4月1日より淀川よどがわ警察署 捜査一課巡査長の任を解き、警視庁捜査第一課 第三強行犯 警部補に就任することを命じる】と印刷されていた。


 女性はじっと紙を見つめる。きっかり三秒後、蕗二に愛想あいそうのいい笑顔を向けた。


「はい。カクニンいたしました。こちらでしょうしょうおマチください」


 そう言って何処からか受話器を取り出すと、右耳に当てて目を閉じた。

 蕗二は違和感の正体に気がついた。

 彼女は『アンドロイド』だ。

 その証拠に、女性『自身』から呼び出しの電子音がする。


 しばらくかかると判断した蕗二は受付の脇に移動し、壁にもたれかかる。

 腕を組んで目だけを動かし、新たな縄張なわばりを観察する猛獣もうじゅうのように周りを見回した。記憶にある警察署の中でだんトツに息がまりそうだ。

 

 重装備の警備員が十人。確認できる監視カメラは六台。受付だけでこの厳重体制だ。威圧するのは外見だけでも十分だが、上層部はやけに慎重しんちょうらしい。

 それもそうなのかもしれない。


 11年前。

 日本を揺るがす『ある政策』が施行しこうされた。

 もちろん、施行直後に抗議デモが起こった。そして、暴走した一般人が警視庁を襲撃しゅうげきしたのだ。

 事件はすぐに収拾しゅうしゅうしたが、世間をさわがせたのをはっきりと覚えている。

 そしてそれ以来、警視庁受付には「人」を置かないと聞いていた。

 興味もなかったこともあり、ただの冗談だと思っていたが、まさか本当だったとは。


 蕗二はふと手元に視線を落とす。

 さきほど女性に見せた白い紙、はっきりと印字された黒い文字を視線でなぞる。


 やっと、やっとここまで来れた。

 紙を握る手に力を入れる。紙が指に沿ってしわを作り、文字を歪めた。

 腹底から湧きあがる怒りが内臓を焼き、ゆっくりと吐き出した息が熱い。

 『あの日』から十年だ。あの瞬間の光景を、今でも鮮明に思い出せる。


 忘れるはずがない。


 閉じたまぶたの裏、暗闇に感覚を研ぎすませる。

 静かになった空間に、はっきりと浮かぶ赤と青。

 こびり付いた笑い声に、歯を食いしばる。

 絶対に許さない。≪お前ら≫だけは絶対に……













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