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ルナティック・ブレイン 【-特殊殺人対策捜査班-】  作者: 橋依 直宏
Consider 2  憂愁のソーンクラウン
10/97

File:2 顔無し



 PM11:22


 蕗二ふきじ竹輔たけすけ紺色こんいろのセダン、通称・覆面ふくめんパトカーに乗っていた。

 日本で販売されている自動車7割についている自動運転システム(ADS)搭載とうさいしていない、慣れ親しんだ手動運転の車だった。

 久々のドライブに、蕗二は子供のようにはしゃいでいた。

 こんな状況じゃなければ。


 喫煙所から事務所に戻った蕗二は、部下でもある同僚の坂下竹輔さかしたたけすけに井上の一件が終わったことを告げ、他愛たあいのない談笑に花を咲かせたのも束の間、柳本やなぎもとからの電話があったのだ。


『本日発生した殺人事件の現場に、【特殊殺人対策捜査班】として極秘に臨場りんじょうしてもらいたい』


「……って、こっちに情報くらい寄越せよな、あのタヌキ野郎」


 互いに押し黙り、静かだった車内に蕗二の歯が音を立ててきしむ音がやけに大きく聞こえた。蕗二の隣、助手席で深く腰を落ち着かせた竹輔はうなった。


「【特殊殺人対策捜査班】って、ほんとどこまで秘密なんでしょう?」

「さあな。けど、捜査会議には出られねぇわ、情報は回ってこねぇわ……やりづらいったらありゃしねぇ」


 盛大な舌打ちをする。蕗二から漏れ出すピリついた空気が車内にただよっていた。が、それを打ち消すように竹輔がのんきに口を開いた。


「蕗二さん。同時に休暇きゅうか取れたらドライブ行きましょうよ、うまい物食べに」

「……んだよ急に。てか食いもんかよ」

「そりゃもちろん! あ、どうせなら大阪まで連れてってくださいよ」

「アホか、6時間はかかるやろ。名古屋なごやまでにしろ」


 竹輔との会話が、蕗二の鋭く吊り上がっていた目元をわずかにゆるませる。

 紺色のセダンはおだやかに道を進んでいった。













 PM11:44分。新宿しんじゅく某所。


 トタンの壁とフェンスに挟まれた、車がすれ違うには少し気を使う道路。

 端から端まで歩いて2分ほどの短い通り道は、黒と黄色で配色されたアコーディオンゲートで隔離かくりされていた。そのゲートの真ん中、石像のように微動びどうだにしない青い制服の警官がたたずんでいる。

 路肩ろかたに車を止め、蕗二と竹輔は同時に降り立った。

 見張りばんの警官は二人を見ると「お疲れ様です」と静かに敬礼けいれいし、大きく一歩横にそれた。

 警官の背に隠れていたゲートのつなぎ目がひとりでに動き、一人が通れる程のスペースが開けられる。

 礼を告げ、ゲートを潜り抜けた蕗二は周囲を脳裏のうりに焼きつけるように見回した。

 すでに鑑識かんしきや刑事は現場検証げんばけんしょうを終え撤退てったいしているため、事件があったとは思えないほど静かだった。

 フェンスの向こうはコンクリートの太い柱が並んでいる。

 その上には同じくコンクリート製の橋がかかっていて、鉄骨の柱が等間隔で生え、その間を黒い電線が繋いでいる。反対側のトタンに囲まれた場所は、防音とプリントされた灰色のシートが何枚も壁のように貼られ建物をおおっている。

 人通りは、規制きせいされていなくても少ないだろう。


「『いかにも』って感じだな」


 蕗二ふきじの呟きに、隣に並んだ竹輔たけすけが液晶端末を取り出し、親指で操作する。


「治安もあまりよくないですね。K-10(ケーテン)も警告してます」


 覗き込んだ画面には、毒々しい色合いで犯罪発生率79%と仰々《ぎょうぎょう》しく書かれている。

 KOMOKUTEN(こうもくてん)。通称・K-10(ケーテン)

 過去に犯罪発生した場所や季節・天候などの情報をデータベースし、犯罪遭遇率はんざいそうぐうりつが高い場所を事前予測するアプリだ。

 5年前の2037年、試供版しきょうばんが無料配布された直後は、人権や個人情報保護だとかで物議を呼んでいたが、結局【犯罪防止策】のある日本では意味は無い上、いまだ消えない犯罪から子供を守りたいという親から人気を呼び歓迎された。

 そして半年後、アプリは無料で本格導入ほんかくどうにゅうされ、今ではほとんどの日本人が利用している。


「えーっと、更新情報によると、ここ3ヶ月くらい不審者ふしんしゃ情報が相次あいついでるみたいですよ」

「生活安全課に聞いたほうが早いかもしれないな」


 トタンの壁を伝うように足を進めると、出入り口らしきものが見えてきた。

 その前に、鑑識かんしきと書かれた腕章わんしょうをつけた男が一人立っていた。

 横顔と同じ凛々(りり)しい視線を、手元の液晶タブレットに落とし、時々指をなめらかに滑らせている。蕗二は少し声を張り上げた。


「お待たせして申し訳ない。【特殊殺人対策捜査班】の三輪と、こっちが坂下じゅ」

「お待ちしておりましたッ!」


 蕗二の言葉を遮り、鑑識の男は俊敏しゅんびんすぎる動きで敬礼した。


「私、鑑識課現場鑑識第2係、桑原亮くわばらりょうと申しますッ! 以後よろしくお願いいたしますッ! 話は聞いておりますので、中へどうぞッ!」


 勢いよく頭を下げたかと思うと、飛び込むようにトタン壁の向こうへ入って行ってしまった桑原に、蕗二と竹輔は目を瞬かせ、「元気だな…」「元気ですね…」と同時に呟いた。

 桑原の背を追い、入り口の奥へ進むと工事現場かと思っていたその場所は、解体作業現場だった。

 3階建てが砂の城を手で崩したかのように半分ほどえぐられていて、き出しのコンクリートの壁から突き出した何本もの鉄骨が、干からびた枝を突き刺したようにも見えた。

 作業道具や崩したコンクリートのかたまりが転がる中、ある一辺だけがみょうに片付いている。そこが現場なのは、見て取れた。

 そこで二人を待つ桑原の元に駆け寄ると、地面に白い紐が意図的に置かれていた。

 一筆書ひとふでがきされたような人型だ。

 何かから逃げようと走り出した直前を書いているようなそれは、見ようによれば滑稽こっけいで意味を知らなければ笑っていたかもしれない。


被害者マルガイは?」

「はいッ! 被害者は飯田美穂いいだみほッ。十七歳ッ。身元は手持ちの身分証明者から、近くの都立とりつ高等学校に通う女子学生だと判明いたしましたッ」


 滑舌かつぜつ良く早口で告げると、素早くタブレット型液晶端末を蕗二に掲げて見せた。

 画面いっぱいに映し出された画像に蕗二は顔をしかめ、竹輔がうめいた。

 先ほどの人型と同じ格好をした少女が地面に横たわっていた。しかし、少女と『判断』できたのは服装と、飯田美穂という名前を聞いていたからだった。

 飯田美穂という少女がどんな顔をしていたかは、もうわからない。それほど顔の損傷が激しかった。

 特に口から上は正直見れたものではない。

 穴だらけになった顔の骨にミンチ肉を貼り付けたような有様で、唯一ゆいいつ残った白く細い下顎に、紫色の舌がだらりと引っかかっているせいで、血肉の色が際立きわだって見えた。

 異常だ。ここまでしなくてもいいだろうに。


可哀想かわいそうですね……」

「ああ、人間のやることじゃねぇな」


 蕗二は飯田の潰れた顔から目をそらし、遺体の身体を観察する。

 身体からだに関しては、ブラウスに生々しく飛び散った血痕けっこんが見られるくらいで、きっちりと着込まれた制服にこれといった乱れはなかった。

 首にはビニールひものようなものが巻かれていた。先端せんたんは引き千切ちぎれている。


「……被害者マルガイは、首を絞められた後に顔をやられたのか?」

「はいッ。検視官によると、犯人は被害者を絞殺こうさつ後、顔面を破壊し、なぜか身体をあそこへ」


 桑原くわばらが頭上を指差し、それに導かれるように視線を上げると、人型の真上に突き出した鉄骨が見えた。


り上げたようですッ。しかし、紐の耐久性たいきゅうせいが弱かったようでッ」

「で、落ちたと」

偽装ぎそうのつもりだったんですかね?」


 いつもよりしかめた表情で液晶を見つめる竹輔の目に、静かな怒りが浮かんでいた。


「凶器はなんだ?」

「持ち帰ったようでまだ見つかっていませんッ。詳細は科捜研からの結果待ちですッ」

「所持品とかはどうだ?」

「はいッ。金銭などの貴重品は全て、手付かずでしたッ」

「そうか。発見は何時だ」

「第一発見は本日の朝9:02ごろッ。現場作業員が出勤、発見いたしましたッ。ご遺体は金曜日の時点では無かったとのことなので、犯行が行われたのは、金曜の夜の可能性が高いですッ」


 蕗二ふきじは腕を組んだ。

 頭の中で過去に遭遇そうぐうしたことのある事件と照らし合わせてみる。

 首をめた上、顔面への執拗しつような攻撃。金銭目的じゃない。

 考えつく動機は、彼女への個人的な殺意だろう。

 顔見知りか。にしても容赦ようしゃないな。

 ふと、思い出す。K-10(ケーテン)によれば、この近くで不審者がうろついていた。そいつの犯行の可能性はどうだろう。そうなれば、当然≪ブルーマーク≫がついているはずだ。なんたって人を殺せるような精神状態だ。定期検査で必ず引っかかる。

 どっちにしろ、もう犯人は判ったも同然だ。

 しかし、蕗二の頭の奥で問う声がした。

 じゃあなんで、柳本はわざわざ【特殊殺人対策捜査班】に声をかけた?


 沈黙の中、突然蕗二のスラックスのポケットで液晶端末が振動する。

 表示された名前を認識すると同時に、指先で画面をスライドし、目線まで持ち上げた。

 画面が切り替わり、菊田きくたの顔が映し出される。壁にもたれているのか、菊田の後ろには誰もない。だが大勢の気配がする。足音も多い。

 蕗二は少し声を張った。


「お疲れ様です、菊田係長」

『ああ、お疲れ』

 喧騒けんそうまぎれることなく、低い声が蕗二の鼓膜に届いた。


『現場は見たかね。君の見立てを聞きたいんだが』

「はい。犯人は≪ブルーマーク≫だと思います。それと、連続殺人になる可能性があります」


 蕗二の言葉に菊田は口角を小さく上げた。


『正解だ。こちらの捜査会議でも、被害者マルガイは≪ブルーマーク≫による行きずりの犯行が濃厚という結論になった。君の言うとおり、犯行の残忍ざんにんさから第二の被害者が出る可能性も高い。すでにこちらも動いているが、今回、現場の場所が悪すぎる』

「目撃情報がないとか、ですか?」

『それもある。がもう一つ、厄介やっかいなことにどうやらその道は、大通りへ抜ける裏道のようで、日常的に通過した≪ブルーマーク≫があまりに多すぎる。一人一人当たっていればいずれ行き着くかも知れないが……』

「それでは遅すぎる、ってことですね」


 眉をひそめた蕗二に、菊田が深く頷く。


『その通りだ、三輪班長。君が【特殊殺人対策捜査班】の指揮権しきけんを持っている。事件の解明に、全力を尽くしてくれ』


 菊田の声を聞きながら、蕗二の脳裏のうりに、目を見張るほどの高価な机に座り、顔の前に指を組んでこちらを見据みすえる柳本の姿が浮かんでいた。その口が動いた。


“今回も”期待しているよ。


 不意に聞こえた重い溜息が、蕗二ふきじの意識を呼び戻した。

 画面に視線を送ると、疲れたように目頭をむ菊田の姿が映っていた。


『すまない、蕗二君……』


 溜息と共に張り詰めていた緊張まで抜けたのか、低い声に覇気はきはなかった。


「いえ、菊田さんが謝る必要はありません」


 蕗二の声に顔を上げた菊田は、瞬き一つで表情を引き締めた。


『ありがとう。君たちの健闘けんとういのるよ。また何かあれば連絡してくれ』


 画面が真っ黒になり、『通話終了』と白い文字が浮かんだ。

 液晶端末から、こちらをうかがっていた竹輔と桑原くわばらに視線を送る。


「桑原さん、ご遺体はまだ解剖かいぼう前か?」

「はいッ。ご遺族への身元確認がありますので、まだしばらくかかると思いますッ」

「じゃあ、すまないが、検視官けんしかんにウチの≪捜査員≫がそっちに向かうからよろしくと、伝えてくれるか?」

「はいッ!」

「竹、聞いてた通り、状況は最悪だ。目撃情報マルモクなし。≪ブルーマーク≫も多すぎて特定に時間がかかる」

「じゃあ……」


 目を輝かせた竹輔に、蕗二はわざとらしく溜息をついてみせた。


「竹、お前ならまず、≪誰≫にかける?」










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