第十八話 蜘蛛の結界
第十八話 蜘蛛の結界
☆
『……やられたの?…』
自らの支配下からゴブリンウォーリアの気配が消えたのを察知した梨花は、ジッと森の中をーー佐藤のいる方を見つめる。
『……さすがね…森の外に放つ筈だったのに』
まだ異世界に転生して数時間しか経っていないにも関わらず、あっと言う間に恐るべき実力を獲得し自らの企みに立ちはだかる佐藤に、梨花は畏怖の念を禁じ得ない。
『……さすがは[災厄の渦]の保持者だって言う訳なのかしら。相変わらず企画外ね☆ あの男は』
しかしあくまでも眷属を送り込んでいるだけでしかない今の状況では
『流石に不利ね』
まだ蜘蛛の呪詛は効果を保っている。それは間違い無いが、梨花は確信していた。
『……間違い無く来るわね〜☆ちょっとまずいかも☆〜』
♢♢♢
『見つけた』
森の中、隠密と忍足を使い佐藤はゴブリンキャンプを観察していた。
ジルとクリスはさらに一キロほど後方でアルマを従え待機している。
『くそ! 結界が完成してやがる』
既に蜘蛛の糸で結界が張られ、100メートル四方は近寄る事すらかなわない。そして、その中央に巨大な蜘蛛が鎮座しており、周囲には蜘蛛の呪詛に取り憑かれたゴブリンが徘徊している。
『つまり俺を警戒しているのか?』
その布陣は強固だ。奴等は蜘蛛の糸の結界の中でも動けるがこちらは捕らわれればお終いなのだ。そして蜘蛛の呪詛はゾンビなど足元にも及ばぬ程に強力な戦闘力と回復力を誇っている。感染力も凄まじい。
止めるならこの森の中でやるしか無い。しかしクリスの火術だけでは追いつかない。雷遁や氷遁でも足止めくらいならできそうだが、火遁は射程も短い上に火力も低い。せめて[忍術LV5]ならば範囲の広い火遁があるのだが、それは今はかなわない。
『あの大蜘蛛が呪詛の核になる魔石か何かを持っている筈だ。なら奴を倒せば少なくとも爆発的な拡大は止められそうだな』
佐藤は二人を呼び寄せた。
♢♢♢
『……遅いわね〜☆そろそろ来るころなんだけど☆』
周囲を警戒する梨花はさらに蜘蛛の結界を広げていた。呪詛に捕らわれたゴブリン達も配置し、佐藤達をここで始末するつもりのようだった。
『さて、どんな手で来るつもりなのかしら?』
その蜘蛛の結界に近ずく二人の女がいた。
『……あら、正面から来るの?』
そう、ジルとクリスは真正面から現れた。蠢く蜘蛛の呪詛に取り憑かれたゴブリン達だが、梨花は大蜘蛛を動かせ無い。何故なら、必ず佐藤が潜んでいる筈なのだから。
『……厄介ね。二人だけなら大蜘蛛の餌食なのにね☆』
そしてジルとクリスはどんどん間合いを詰めていく。梨花の意図を読み切っていると言わんばかりに蜘蛛の結界にギリギリまで近ずくと、クリスが火術を唱える!
「[ファイアーストーム]!」
『……そのくらいの火術でどうするつもり?』
そう、いくら炎の嵐とは言え100メートル四方を超える蜘蛛の結界に範囲効果があるとは言えその程度では余りにも細やかだ。
しかし、そこへ炎を増幅するように風水術が上掛けされた!
「[リーフフォール]!」
そう、それは視覚阻害の補助呪文でしか無い。しかし風邪を巻き起こし木の葉を乱舞させるその特性が炎の嵐を増幅し、舞い上がる木の葉を燃え上がらせ、広範囲に炎の雨を降らせた!
『!!! な!蜘蛛の糸を燃やせるの!』
それだけではない。
「[スペルバインド]![スペルブランチ]!」
そして燃え盛る森の草木が蜘蛛の化物に絡みつき、火に包まれた蔦や枝が激しく蜘蛛の糸を焼き切り、鞭打つ!
『風水術なの! ひねくれ者らしいわね!』
次の瞬間、焼け落ちる蜘蛛の結界を風の刃が切り裂き、黒い影が突撃していくのを梨花が捉えた! その影は蜘蛛の糸を斬り裂いた隙を突き、地面を覆い尽くす焼け残った糸の上を数十センチほど浮かび上がり駆け抜けていく! 初歩の時空魔術であるレビテイトを付与したのだ。
『!!! レビテイト! 時空魔術まで! させないわ!』
梨花は大蜘蛛に魔力を注ぎ込み蜘蛛の糸を大量に吐き出してその結界に捉えたかに見えた。が、それは〈ボフン〉空蝉の術による偽物だった。
『なっ! 忍術なの!』
「貰った!」
『!!!!!』
そう、佐藤は隠密と忍足を使い舞い上がる炎の嵐の中、樹上を移動し大蜘蛛の隙を突くべくその時を待っていたのだ!その為にギリギリまで接近し、風切り丸を持たせたジルに炎の嵐に紛れて風斬を放たせたのだ。
そして、梨花は咄嗟に直上から舞い降りてくる佐藤に再度蜘蛛の糸を吐き付けさせた! 燃え盛る森の中、大蜘蛛はその身を焼きながらそれでも蜘蛛の糸を佐藤に向け放った! しかしそれも〈ボフン!〉『!!! ま、またなの!』また空蝉の術だった!その隙を突いてジルとクリスがあらかじめかけられていたレビテイトを使い一気に大蜘蛛に間合いを詰めていく。ジルは仕込みの短槍を振り出し、クリスは射程の短い[フレイムランス]を放った!
遠隔操作している梨花は状況の変化に追いつかない。
そしてここで佐藤が背後に現れた。実際には樹上を後方にまで移動し、幾つもの空蝉を放っていたのだ。そして止めとばかりに燃え盛る木々に直接魔力を込め、全力の[スペルバインド]と[スペルブランチ]を放った!炎に包まれた木の枝や蔦や草木が次々と大蜘蛛に絡みつき拘束するところに、最大火力の火槍が深く抉る! そして再び糸を吐こうとする口にジルの短槍が直上から貫通し地面に縫い付ける様に突き通したのだった。
「ギギギイ!」
なす術もなく大蜘蛛は炎に包まれていく。
『やるわね! 』
「さあ梨花! お前はどうするんだ!」
『ふんっ☆ 用も済んだから今日の所はみのがしてあげるわ!』
「なんだと!」
俺は咄嗟に[サイコブラスト]を放っつ!しかし当然の様になんのダメージも与える事は出来なかった。
『またね☆ お兄ちゃん♡』
「「「!!!!!」」」
そう言って凶々し魔力の塊は虚空にまるで掻き消されるように消えていった。
「倒したの!」
「逃げられた?」
「……用が済んだだと?」
そう、確かに梨花は「用が済んだ」と言った。
「……負け惜しみ?」
「……よねえ?」
「……いや、そんな奴じゃ無い」
『ダメです。追えませんでした。恐ろしく遠い所から仕掛けていたようですね』
そう、佐藤は取り敢えず大蜘蛛は倒したものの、要の梨花を取り逃がしたのだ。その意図も掴む事は出来なかった。
ジルからの情報で、このユイナル大森林が幾つもの国に面する重要な場所であり、ここから呪詛を放つつもりだと言うのは理解出来るのだが
「……それだけとは思え無い」
『……ですね』
俺達は森の中で燃え尽きていく蜘蛛の化物達をジッと見ていた。
炎に包まれ蠢く化物達を
「というか…」
「ていうか…」
『といいますか…』
「……………」
「「『お兄ちゃんなの?』」」
「……………」
化物はいつまでも蠢いていた。