何でもフルカラーにすればいいってもんじゃない
興味に身を任せて、ベッドの下に手を入れて探れば本のような物を発見する。
これはあれだろうか。 あれだろう。 思春期以降の男性ならばかなりの割合で持っていると聞くアダルトなグッズ……。 いや、先輩に限ってそんないやらしい物を持っていたりはしないはずである。
先輩はそういうところは清潔な人間のはずだ。
それを確信するために本を明かりの下に晒しだそうとすると、異変に気がついたらしい先輩は僕の手を掴み止める。
「なんで止めるんですか、先輩。 やましいことがあるんですか?」
「いや、新。 よく考えろ。
もしこれがお前の危惧するやましい物だったとしたら、どう対処するんだ? 対処出来なくて泣き出すか逃げ出すだろ。
それてこれが違った場合、お前は俺を疑ったことで罪悪感を感じてしまう。
何にせよ取り出さない方がいい。 事実として、俺は決して小さな女の子に興味がある訳ではないんだ」
先輩の言葉に手は止まる。 確かに、取り出さない方がいいのかもしれない。 でも真実は知りたい。
どちらも取れずに僕は先輩に尋ねた。
「じゃあ、これは何なんですか? ベッドの下に隠すような物なんですよね」
「あ、あれだ。 日記帳だ。 ほら、見られるの嫌だろ?」
目を泳がせながら先輩は言う。
「触った感じ、雑誌とかのカラーページみたいな感じなんですが」
「あれだ、フルカラー絵日記なんだよ」
「フルカラー絵日記!?」
フルカラーの絵日記とは、また手の込んだことをしている。 頭のいい人の考えることはよく分からないことが多々ある。
「それにしても、なんでそんな物を作ってるんですか?」
疑いが晴れたのでフルカラー絵日記から手を離して、先輩の手の拘束を抜け出す。
「あれだ……あれ。 うん……ほら、宿題だ、宿題。
先生から出された宿題だ」
「受験生に何てものやらしてるんですか……。 というか、小学生の夏休みですか」
「まっ、敢えて受験生だからこそってのもあるよな」
「ないです。 提出するんだったら、僕にも見せてくれませんか?」
「……え、ヤダよ」
真顔で拒否されて少し狼狽える。 まぁ、日記帳見られるのは提出用のでも恥ずかしいのは分かる気がする。
荷作りを再び始めた先輩の方を見ながら僕は話しを続ける。
「まぁ、嫌なら仕方ないですね。日記って何にしても恥ずかしいですもんね、先輩」
「えっ、あっうん。 そうだな、小学生はどちらかと言うと新の方だよな」
「話聞いてないなら無理に答えなくていいですから。 それに全く脈絡がないです! 僕は高校生ですから!」
平気で人の気にしていることを言われて、思わず不快感に身を任せて、大きな声を出してしまった。
突然大きな声を出して怒られはしないかと怯えながら、逸らしてしまっていた目を先輩の方へと向けるが気にした様子はなく楽しそうに笑っている。
「すみません。 ちょっと大きな声を出してしまって」
「ん? いや、問題はないけど」
勝手に一人で気にしてしまったらしい。 羞恥のせいで上手く先輩と話すことが出来ず、目を部屋の中の物に向ける。
散らかっている訳でもないが、出しっぱなしの物もあったりするのであまり綺麗とは言えない部屋だ。 なんとなく先輩の匂いがして、羞恥と怯えがなくなって落ち着く。
机の上にあるパソコンに目がいく。
ベッドの下にアダルトな物はなかったが、今はデジタル社会なのである。アナログな本という媒体ではなくパソコンの方にあるのかもしれないと考える。
勝手に見るのはダメだと思い、先輩に許可を得てからにしようと考える。
「あの、先輩。 先輩のパソコンを少しお借りしてもいいですか?」
「あー、いや。 ……そのノーパソな。 今ウィルスに感染してるんだ。 機械音痴な新でも聞いたことぐらいあるだろ?」
パソコンがウィルスに感染。 何か大変な状態らしい。
「だから、ノーパソの電源を入れると新にも風邪が移るかもしれないから」
「えっ、人間にも移るんですか?」
「そりゃウィルスだからな。 ほら、鳥から移るウィルスとかテレビでやってただろ?」
荷物をまとめ終えたらしい先輩が僕の方へとやってくる。
少し焦り気味なのは、見たいテレビでもあるのだろうか?
「なるほど? そうですね。 わざわざ心配してくれてありがとうございます」
「いや、気にするな。 新が風邪引くのは俺も嫌だからな」
先輩が心配してくれている。 「えへへ」と馬鹿みたいな笑い声が漏れ出そうになったので、口を少し抑えて耐える。
先輩は荷物を下ろして、小さな冷蔵庫の方に行った。
「飲み物はコーラでいいか?」
「あっ、ありがとうございます。 コーラで大丈夫です」
やっぱり先輩はえっちな物を持っていない清潔な人間であることが分かり、分かっていたことではあるが嬉しい気持ちになる。
風邪の心配をしてくれたり、コーラを注いでくれたりもするし、優しい人である。
「んじゃ、飲んだら新の家に戻るか」
「そうですね。 先輩、持っていく荷物のところにタンス的な物があるんですけど……持っていくんですか?」
「おう。 荷物纏める時間もなくした方がいいからな。 いちいち必要最低限のものだけ集めるよりは大雑把にした方が早い」
ああ、そう言えば、危険かもしれないから僕の家に避難するという建前……んんっ、理由だった。
長居しないのは当然ではある。
「でも、こんな大きなタンス持っていくのは……。 引っ越し業者の人が運んでいるのも、普通は中身は入ってない状態ですし」
僕の背丈はありそうなタンスは、横幅もあって僕と同じ重さとは言えないぐらいには重いだろう。 当然持ちやすい形はしていないのだから運ぶのは容易ではない。
「これぐらいなら問題ない。
重さも新二人分ぐらいだ。 新一人分がりんご3個としたら、りんご6個分の重さだな。 バスケットに入れてスキップ出来るぐらい余裕だろ」
「その歳でりんごを入れたバスケットを持ってスキップしてたら余裕どころか致命傷です」
言い終わったところでコーラを急ぎ気味で飲んでいく。 先輩はもう飲み終わっているので早くしないと迷惑だろう。
「まぁその程度の負担で済むわけだ」
「問題あるじゃないですか……。 まぁ、僕も出来る限り手伝いますよ。 今のところ意味なく着いてきて部屋の中見回してるだけですしね」
自嘲するつもりもないけど、笑いが口から漏れ出る。
コーラを飲み干して、先輩が飲んでいたコップと一緒に台所まで持っていって、洗っておく。
「じゃあいくか」
「本当に持っていくんですね。 僕はこっちの鞄持ちますね」
タンスをおんぶしている先輩を見て言う。
僕ではミリ単位で動かすのが精一杯なそれを背負っても、先輩はそう辛そうな様子を見せることもない。
先輩がその他の物を入れた鞄を持ち上げる。 重い。
大雑把な先輩のことだ、適当に無駄な物も入れたせいで重くなったのだろう。
手で持っていては保たないと思い鞄の本来の持ち方、背中に背負ってから、先輩について外に出る。
「新、ちょっと手を離せないからポケットから鍵出して締めてくれ。 ズボンの右ポケットの中に入れてるから」
「あ、はい」
人のポケットの中を弄るのは初めての経験だけど、そう難しくはないだろう。
けれども、気恥ずかしさがあるので手を突っ込むのは嫌だ。
僕は先輩のポケットの端を持って、引っ張ってポケットをひっくり返すようにして鍵を取り出した。 結果として、ポケットが外側にだらんと出ているが、よしとしよう。
扉に鍵をかけて、先輩のポケットに鍵を戻そうかと思ったが、だらんと外側に出ているせいで右ポケットには入れられない。 左ポケットには財布が入っているせいで無理矢理入れたら途中で落ちてしまうかもしれない。
お尻の方についているポケットはタンスが邪魔で入れることは出来ない。
「仕方ないので、後で鍵を渡しますね。 先輩のポケットには入れれそうにありませんし」
「いや、ひっくり返したの戻せば入れれるだろ。 外にでろんと出たまま歩くのってなんか変だろ」
「タンス背負ってる方がはるかに変なので問題ないです。
新手のファッションだと思えば逆にオシャレですよ」
「逆にって付いてる言葉って実際には逆になってないもんだよな」
それでもまだ文句をいうので、先輩には触れないように慎重にポケットを元に戻す。
ポケットの役割りを果たせるところまで戻そうとしたら、手を突っ込む必要があるので鍵は持ちっぱなしである。
「なんか、すげー嫌われてるような……」
タンスを背負っている先輩と歩く。
先輩は出来る限り触れないようにしているのが嫌だったのか、少し落ち込んでいる。
「すみません。 人に触れたり触れられたりするの苦手なんです。
先輩が嫌いとかそういうわけでは……」
「あ、そうだったな、すまん」
話したことあったっけ? いや、普段から人には触れないようにしているのだから予想されていてもおかしくはないだろう。
ワープ装置を利用して外に降りてから、自宅へと向かう。
そう遠くにない距離なので、僕の肩が先輩の鞄で破壊される前には着くことが出来るだろう。
そういえば、今日は遊びに行く約束をしていたけれど、どうなったのだろうか。 いろいろおかしなことになってしまっているし、なかったことになっているかもしれない。
先輩の顔を覗くとキョロキョロと愉快そうに周りを見回している。
遊びに行くのはなくなっていても、一緒にいることは出来そうで、少し安心した。