先輩、帰宅部を尊敬するでござるの巻
「まあ、兎にも角にも、現状のままだとダメですよね」
先輩のことは信頼しているし、自分に魅力がないことは理解している。 それに先輩の分の家事をするのもゴールデンウィーク中ならば全然問題ないけれど、外聞を考えれば高校生の男女が同棲しているというのはあまり風聞がよくない。
ただでさえ、僕と仲良くしているせいで「ロリコン」などと呼ばれたりしている先輩にこれ以上汚名を着せるのは避けたい。
なので、今日や明日は仕方ないとしても早めに解決しなければだめだろう。
「そうだな。 早いとこ帰らないと金が……。
あっ、それは新がいるから問題なかった」
「どういう意味ですか。
……ここに長居されても、困るじゃないですか」
本日何度目になるかも分からないため息を吐き出す。
「とりあえず、帰ってもそれからこっちに降りてこられなければ困るからな。 当面の問題は……あれ? 問題なくね」
「いや、ありますから。 面倒でもちゃんと計画立てましょうよ」
「計画ねえ。 とりあえず、明日は服とか家具とか買いに行くか」
「住む気満々ですか!」
近くにホテルはないので、それも仕方ないのかもしれないが、やはり外聞が気になる。
どうしたものかと頭を悩ましていると点けっぱなしテレビが異様な言葉を流していく。
「六曜町に魔王が出現しました」
テレビの方を見れば、人影らしきものが緑に光っていてよく分からない人が映っていた。
六曜町とはどこか、考えなくても分かる。 ここだ。
そして、魔王。 魔王。 魔王……?
魔王ってゲームとかの魔王? 具体例はよく知らないけど、ゲームの敵キャラの親玉的な存在だったような。
「先輩、魔王って何でしたっけ?」
「んぁ? 魔王?」
僕が突然素っ頓狂な事を言ったからか、先輩が少し呆気にとられたように首を捻る。
先輩は残っていた野菜ジュースを口に含み、すぐに嚥下して話す準備を終える。
「魔王って言えば、RPGでは王道中の王道のボスキャラだな。
そうだな、新に分かりやすいように言えば……部活動の部長みたいな?」
「そんなほんわかな存在ではないことぐらい知ってますよ。
というか、それでは僕が魔王的な存在ってことになるじゃないですか」
洗い物をしにすぐ近くのキッチンに向かいながら「具体例をくださいよ」と先輩にダメ出しする。
わざとらしく、首を捻って「なにいってるかわからない」の動作をしている先輩を睨むと、やれやれと説明を始める。
「さっきのニュースの魔王のことだろ?
なんか緑色の光を放っていてよく見えないやつ」
「はい。 恥ずかしながら、今の今まで魔王が本当にいるって知りませんでしたから、魔王がよく分からなくて」
「なんだお前、恥ずかしい奴だな」
偉そうに言う先輩に腹が立ったが、聞いてる立場として怒るに怒りにくい。
「魔王ってのはな、なんか黒いオーラを放ちながら残虐な世界征服ことをする……」
「さっきの緑のオーラでしたよ」
「なら、さっきのは緑色のオーラを放ちながら緑を大切にする傾向のある魔王なんだよ。
休日には家庭菜園をしたりする」
「家庭菜園は休日だけではなくて、毎日してください。
近所の土田さんも休日しか水やりしなくて全滅させてましたよ。 水やりをちゃんとして、緑を大切にしてくださいよ」
「魔王も土田さんも地球の緑のために頑張ってるんだよ、たまたま水やりの時間がなかっただけじゃないか」
「なら家庭菜園なんて初めからしないでください。
あ、そろそろお風呂入れると思うので、入ってきてください。 タオルは洗い物終われば持っていくので。
お風呂の場所って分かりますか?」
「タオルを後で渡すのっすげえラッキースケベフラグ……!!
だいたい分かる、何度かここ来てるしな」
残りの野菜ジュースを飲み干した先輩は気だるそうに立ち上がって部屋から出て行く。
さっきまで先輩が飲んでいたコップを洗い、洗い物を終える。
先輩がいなくなったおかげか、少し気が抜ける。
やっぱり、長居してもらうのは困る。 胸を少し押さえてそう思った。
苦手な人と、好きな人って、少し似てる気がする。 近くにいたら心臓が変に動く、いなくなったらなんとなくほっとする。
タオルを取ってきて、お風呂の前にある脱衣所に行く。
音で先輩が脱衣所にいないことを確認してから、扉を少しだけ開けて手前に置く。 逆ラッキースケベなんて起こさない。
そろそろ、先輩の寝る部屋に掛け布団でも持っていった方が良いだろうかと考えていると、お風呂場から声がかけられる。
「シャンプー使っていい?」
「あ、はい、使ってください。 お風呂出てから何か飲みますか?」
歩いて1分ほどの場所に自動販売機があるので、だいたいの物なら用意出来ると思う。
「いや、いいよ。 ありがと」
「それより背中流してくれ」などと馬鹿なことを言う先輩を後で殴ろうと決意して、掛け布団を取りに向かう。
5月にもなって冬用の掛け布団は暑いだろう。 夏用の掛け布団は僕の部屋にあるのでそれを先輩の部屋に入れてしまう。
代わりに冬用の掛け布団を僕の部屋に入れる。 枕は一つしかないし、僕の分を渡せば匂いを嗅かれそうである。
カバーを取り外して、代わりにタオルでも巻けば大丈夫と判断して、そのタオルを巻いた枕をソファに設置する。
とりあえずこんなものでいいかと戻ったところで、先輩がお風呂から出てきた。
さっきまで着ていた服を着直していたけど、上着とネクタイはしておらずに手に持っている。
「あっ、上着ハンガーに掛けておきますね」
先輩から受け取って、それを掛けに部屋に向かう。
戻ってきたら、先輩が目を少し擦っていた。
「もう寝ますか?」
「いや、せっかくだし、もうちょっと話さないか?」
「んぅ……はい、そうですね」
先輩の買ってきていたお菓子を投げ渡される。 スナック菓子は歯に引っ付いてあまり好きじゃないんだけど。
そう思う前に、袋を開けてしまっていた。
先輩といると調子がおかしくなる。
「魔王のことなんだけどさ。 実在しないし、普通にニュースで流れるのはおかしい」
「あっ、実在しないんですね」
「そりゃそうだろ。 それに、空に土地が浮いてニュースにならなかったりさ。
世界が、改変されてるように感じる」
短い話だったのに、僕にはついていけなかった。 意味が分からない。 そんなことを頭にうかべる。
「世界は異世界になっていっている」
僕は言葉が見当たらない。 呆気に取られたわけでもないけれど、なんて反応したらいいのかが分からない。
先輩が言うのならそうなのだろうと、頷くのが精一杯だった。
「まぁ、明日起きたら治ってるかもしれないし、そんなに考えなくていいだろ。
それより、今日は色々とありがとな」
「明日もどうせ泊まっていくんですから、かしこまらなくていいですよ。 反応に困るんで、いつも通りでいいです」
「あらたん添い寝しよう」
「変わり身が早いです! しませんからね!」
僕と先輩は眠気が我慢出来なくなるまでそんなことを話していた。
楽しい、素直にそう思っていたのは僕だけでなければいいな。
◆◆◆◆◆◆◆
目が醒める、そういうには微睡んでいてまだ夢の中にいるようだ。
そんな心地がよい中でも、僕は起きなければならない。 起きて先輩のご飯を作らないと。
小さく伸びをして、無理矢理起きる。 7時か、昨日は12時まで話していたから、7時間寝ていたことになる。 いつもより少ないけど、充分な量は寝ている。
先輩が部屋の中に忍び込んでいないかを確認して、寝巻きから服に着替える。
あまり洒落っ気がないのが残念だけど、それも今更だ、仕方ない。
下に降りて、洗面所で顔を洗って歯を磨き、髪を溶く。
朝ごはんはどれぐらい食べるのか分からない。 朝からガッツリと食べるのもしんどいかなと、目玉焼きとご飯ぐらいでいいと決めつける。
少し眠い目を擦りながら目玉焼きを焼いていると、先輩が首を抑えながらリビングに入っていった。
リビングとキッチンが繋がっているのは料理中の匂いが移りそうで不便だと思っていたけど、なるほど、一人暮らしでなければなかなか便がいい。
「おはようございます。 朝ごはん目玉焼きでいいですか?」
「ああ、おはよ。 朝早くから悪いな」
「一人分も二人分も手間はそう変わりませんよ。
何か飲みます?」
「あー、コーヒーある?」
「インスタントのでよければ」
コーヒーと目玉焼きは合わないんじゃないかなと考えながら、皿に入れて先輩の元に運ぶ。
可愛らしくぴょこと跳ねた寝癖を見て少し笑い、目玉焼きに何をかけるかを尋ねる。
「愛か醤油で」
とりあえず醤油を机の上に置いて、ご飯を盛って先輩の前に置く。
インスタントのコーヒーを二つ用意する。
「先輩は何か入れます?」
「あ、砂糖ちょっと入れて」
パパッと砂糖を入れて、自分の分のご飯と共に机に運ぶ。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます。 ありがと」
コーヒーが冷めるまでに、目玉焼きを食べる。
「新は相変わらず何もかけたりしないよな」
「んぅ、まあ、そうですね」
言葉を濁して、先輩から目を背ける。
そういえば、まだ昨日のが直っているかどうか確認していないと思っていたら、先輩が僕に声をかける。
「今日はどうする?」
「とりあえず、昨日の夜話した通り、先輩の日用品を買いに行くしかないですかね……」
避けたいことだったけれど、空に飛んでいる以上先輩が家に帰る方法はない。 もしかしたら何かあるのかもしれないけど、それを探していてなかった場合また先輩が制服着っぱなしなるなど色々不都合があるので仕方ない。
とりあえず、僕が出すなり立て替えるなりする必要があるけど、両親が残しているお金は沢山あるので少々のことでは不都合は起きないだろう。
ご飯と目玉焼きを食べ終わり、二人でゆっくりコーヒーを楽しむ。 テレビをつけるても、やはり浮いてる土地についての言及はない。
「あー、なんか妙な感じだな。 どうなるんだろなこれから」
「どうにかなりますよ。 たぶん」