第8話 兎狩り
今日はいよいよ俺が屋敷の外に初めて出る日だ。
とりあえずコースは屋敷と村の往復である。
朝早く、俺に付けられた従士クリス・オルブライト、エリック・アキワンデ、キャス・マロリーが迎えに来た。
俺の外出する際の服装だが、万が一の事を考えたザヴィアー男爵が革鎧を用意してくれていた。
何年か前に退治された、大熊の硬質な皮革で出来た俺専用のもので、鎧以外にも全て同じ皮製で兜、篭手、脛当て、長靴が揃った特注品である。
従士達も当然、革鎧姿だ。
武器はクリスとキャスがショートソードを腰に付け、エリックがショートボウを背負っている。
俺も男爵から小型のハンティングナイフを貰って腰から吊るしていた。
そして今日の分の食料品や水筒など自分の手荷物を入れる小さな背嚢を背中に背負う。
他の3人もだが、クリスが俺を背負うので、その分、他の2人が大人用の背嚢を背負うのだ。
さあ、いよいよ出発だ。
ザヴィアー男爵夫妻とシンディ、乳母のボニーさん、そして執事のスピロフスさんが俺を見送っている。
シンディは、やはり寂しそうだ。
精一杯手を振って叫んでいる。
「おにいちゃん、おみやげ、お願い!」
俺は苦笑いしながら手を振って答えたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
屋敷を出ると周りは鬱蒼とした森だ。
あくまでも幼児の俺から見たらではあるが。
この前のオークの件が不安を伴い、頭を過ぎるが、クリスに聞くと、あれは例外中の例外だそうだ。
屋敷のすぐ外のこの森は、基本兎や鳥等の小動物しかいないと言う。
本来なら、俺みたいな幼児が入っても道に迷いさえしなければ全く危険は無いとの事だ。
「もう少し、先の横道から入って兎を狩ります」
成る程、まず狩りの訓練か。
クリスの言う通り、少し行くと横道があり、俺達は森の中へ入っていったのだ。
「ジョナサン様、狩を行う前にはまず風の動きを読むことが大事です」
「ジョーでいいよ、でもどうして?」
「はは、まず奴等は嗅覚、いわゆる鼻ですね。これで敵の動きを読むことに長けていますが、風の流れでその臭いがどう自分に近づくかを読み取るのですよ」
「ふ~ん、じゃあ当然風下から近づかないと駄目なんだね」
「え、ええ!? その通りです。でもよく風下なんて分りましたね?」
「クリスの説明を聞けば分るさ、それに弓を使う場合も風が影響を及ぼすんだよね」
「す、凄いですね! ど、どうして?」
「だって、矢が風にあおられて、狙った所からずれたりするからだよ」
「!」
脇で俺とクリスの会話を聞いていたエリックとキャスも驚きを隠せない。
「御免、全て本で読んだ知識さ、今日は実際にお前達の技を見たい、よろしくな」
「は、はは~っ!」
3人は思わず、俺に感嘆の声を上げたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いつもの兎を狩る所までもう少しです。こちらが丁度、風下ですからなるべく音をたてないように静かに近づきましょう」
「分った」
その時である。
ピンポーン
ああっ!
久々に出た!
二択の啓示だっ!
次のうち、ひとつを選択してください
異界者との会話
索敵E
ええっ!
異界者との会話…… って何?
スキルレベルがついていないから取得すればSランクの英雄スキルなのか?
凄く貴重なレアスキルかもしれない。
でもなあ、索敵も捨てがたい。
これも、持っていればいきなり、敵に襲撃される事が著しく減少する重要スキルだ。
『あと30秒です!』
例によってマリアンヌの機械的な声が鳴り響く。
「はあっ!」
いきなり俺が声を出したのでクリスは吃驚したようだ。
「あ、ジョナサン様、し~っ、静かに、兎が逃げてしまいます」
「す、すまん」
「どうしたのです?」
「な、何でも無い……」
言い繕う俺にクリスや他の2人も心配そうに集まる。
「本当に何でも無い、大丈夫だ」
『あと15秒です! 今回はどちらか選択しないと両方とも無効になります!』
はあっ! たんま! じゃあ異界者との会話を選択します、選択しますって!
『……二択の勇者様の選択は受理されました、異界者との会話を取得致しました』
俺は安堵のあまり地面にどっと座り込んでしまった。
「やはり気分でも悪いようですね、とりあえず休みましょうか」
「ご、御免」
俺は3人に苦笑いして謝るしかなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
10分後……
俺が落ち着いたと見るや、兎狩りは再開された。
クリス以下、3人は息を殺して気配を察知されないようにして三方から兎に近づいて行く。
俺は初回だし、碌に剣も弓も使えないので後方から見学である。
クリスとキャスの武器はショートソードだが2人はいわば勢子だ。
兎の退路を断って追い詰める役であり、仕留めるのはショートボウで待ち伏せするエリックだ。
やはり離れた距離から狙う弓は有効らしい。
兎がクリスとキャスに気がつくと逃げ出した。
それもエリックの方にである。
作戦は成功だ!
エリックが矢を番えて大きく弓を引き絞るとひょうと放つ。
しかし!
彼の矢は兎が居た所から僅かに外れて突き刺さった。
兎は身の危険を感じて違う方向に走り出す。
エリックは二の矢、三の矢と放つが、焦っているせいだろうか、全く兎に当たらない。
兎はじぐざぐに走り、俺達の囲みを何とか破ろうとするが、クリスとキャスは何度も兎を狩っているせいか、流石に脇から逃げられるようなへまはしない。
兎が俺の方に走って来る。
そして俺の脇を抜けて逃げようとした。
俺は咄嗟に飛んだ、横っ飛びに飛んだ。
当然、飛翔魔法が発動しているが、3人には分らないであろう。
俺の右手の指が兎の後ろ足を掴み、逃げようとしていた身体が、がくっと引き戻される。
俺は兎を暴れないようにする為に仮死状態にしようと、左手の指に弱い雷撃を発生させ、兎を感電させた。
兎は予想通り、びくびくっと四肢を硬直させると、動かなくなる。
俺は兎を持ち上げると3人に捕まえたとアピールしたのであった。