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ハルくんと怖くないお化けの話し

ハルくんとおじいちゃんと酒呑童子

作者: 梅屋啓

 ハルくんはちょっと恥ずかしがり屋の小学一年生。そんなハルくんには他の小学生とはちょっと違う不思議な力がありました。


 それは、お化けや妖怪が見えること。


 冬休みに遊びに行ったおじいちゃんの家で、ハルくんは一人の男の子と出会いました。それは「ざしきわらし」という妖怪だったのです。ざしきわらしはハルくんとお友達になりたかったのですが、ざしきわらしの住んでいた家は壊されてしまったのです。ざしきわらしはどこかへ行ってしまいました。ハルくんはざしきわらしともう一度会うことはできるのでしょうか。ハルくんと妖怪たちの、不思議な物語が今日も始まります。


 長かった冬も終わり、春がやってきます。今は春休み。ハルくんとお父さんは、もう一人のおじいちゃんの家に遊びに来ていました。もう一人のおじいちゃんは、お父さんのお父さん。ハルくんの家からは、車で何時間もかかる遠いところに住んでいるのです。

 おじいちゃんの家に向かう車の中で、お父さんはハルくんに言いました。


「ハルくん。今から行くおじいちゃんの家の周りはね、お化けや妖怪のお話しがたくさんあるんだよ。もしかしたら、ざしきわらしもお友達を探しに来ているかもしれないね」


お父さんのその言葉を聞いて、ハルくんはとってもワクワクしたのでした。


 おじいちゃんの家についたのは、すっかり日も暮れた夜のことでした。家の前でおじいちゃんが待っていてくれました。


「おお。ハルくん、大きくなったなあ」


おじいちゃんはとても嬉しそうにそう言うと、ハルくんの頭を優しくなでました。

その夜のことです。お父さんは、ハルくんに言いました。


「ハルくんはお化けや妖怪が見えるから、一つだけ注意しなくてはいけないことがあるよ」


「なあに、お父さん」


「この町にはね、酒呑童子という妖怪が住んでいるんだ」


「しゅてんどうじ?それはどんなお化けなの?」


「酒呑童子は鬼の仲間でね。とても怖い妖怪なんだ。春が近づくとお花見をするためにたくさんのお酒が作られるだろう。酒呑童子はお酒がとても好きな鬼だからね。そのお酒を奪いにやってくるんだよ」


「そいつが来たらぼくはどうすればいいの?」


「もし酒呑童子がやってきたら、この家にはお酒はないぞ、一滴もないぞ、と言うんだ。そうすれば酒呑童子は諦めて帰っていくからね。酒呑童子はとても怖い妖怪だから、けっして近づいてはいけないよ」


「うん、わかったよお父さん」


お父さんも、昔はお化けや妖怪を見ることができたそうです。きっとお父さんも子供の頃はそうやって酒呑童子を家に入れないようにしていたのでしょう。ハルくんはお父さんの言いつけを絶対に守ろうと心に決めたのでした。


 次の日の夜のことです。ハルくんが一人でテレビを見ていると、庭の方からガサガサと音が聞こえてきたのです。

ハルくんは思いました。


「もしかしたら酒呑童子が来たのかもしれない。どうしよう」


ハルくんはちょっぴり怖くなりましたが、そうっと窓の方に近づいて、カーテンの隙間から庭をのぞいてみたのです。するとそこにはお父さんよりもずっと大きい体をして、真っ赤な顔をした大男が立っていたのです。よく見ると、頭には二本の「つの」が見えました。ハルくんにはわかりました。ああ、きっとこれが酒呑童子なんだと。

ハルくんは怖かったのでカーテンの隙間からずっと酒呑童子を見ていました。早くどこかへ行ってくれないだろうか。すると酒呑童子はギラリと光するどい目でハルくんを見つけたのでした。ハルくんはどきっとしてすぐにカーテンを閉めました。するとカーテンのすぐ向こうから声が聞こえてきたのです。


「なんだおまえ、オレの姿が見えるんか」


ハルくんはすぐにお父さんから教えてもらった言葉を言いました。


「ここにはお酒はないぞ!一滴もないぞ!」


すると窓の向こうの酒呑童子は言いました。


「そうか。もう、ここには酒はないのか」


その声は、ちょっぴり寂しそうに聞こえました。。

これで帰ってくれるはず。ハルくんはそう願いましたが、酒呑童子はこうも言いました。


「なあ。おまえはあのじいさんの孫だろう。じいさんはおらんのか」


ハルくんは怖くなりました。この酒呑童子はお酒ではなくおじいちゃんを連れていこうとしているのだと思ったのです。ハルくんはすぐに言いました。


「おじいちゃんはいないぞ!一人もいないぞ!」


すると、それっきり酒呑童子の声は聞こえなくなったのでした。ハルくんがそうっとカーテンを開けて隙間から外を見ると、そこにはもう酒呑童子の姿はどこにもなかったのでした。ハルくんは走って窓の近くから逃げました。そしてお父さんのいる部屋に行って、今起きたことをお父さんに話したのです。


「お父さん!酒呑童子が来たんだ!酒呑童子はおじいちゃんを連れていこうとしたんだ!」


するとお父さんは目を丸くして言いました。


「それは本当に酒呑童子かなあ。酒呑童子が奪っていくのはお酒と女の子だけじゃないのかなあ」


「間違いないよ!あれはきっと酒呑童子に違いないよ!」


ハルくんがそう言うと、隣の部屋からおじいちゃんがやってきてこう言いました。


「ハルくん、今の話しは本当かい?酒呑童子が来たのかい?」


「うん!そうだよ!酒呑童子はおじいちゃんを連れていこうとしていたから、ぼくが追い払ったんだ!」


するとおじいちゃんは言いました。


「なんじゃあいつ、まだあの山に住んでおったんかい」


ハルくんは驚きました。まるでおじいちゃんが、酒呑童子を見たことがあるような言い方だったからです。


「おじいちゃんも酒呑童子を見たことがあるの?」


ハルくんが聞くと、おじいちゃんはゆっくりと畳の上に座って、ハルくんに話し始めました。


「あれはじいちゃんが20歳の頃じゃったかなあ。あいつが近くの山に住み着き始めたのは。春の花見の季節が近づくとな、あいつは酒を盗みに山を下りてきては、いろんな家を荒らして回っておったんじゃ」


「おじいちゃんも酒呑童子を見ることができたの?」


ハルくんが言うと、おじいちゃんは「うん」とうなずいて話しを続けました。


「あいつがあんまりにも家を荒らして回るもんでな。あいつの姿を見ることができたのはじいちゃんだけじゃったもんじゃから、ここは一つわしがあいつを退治してやろうと思ってな」


「すごい!おじいちゃん勇気があるなあ!」


「そうは言ってもあいつは鬼の仲間なもんで、わしはあいつと相撲をとろうと言ったんじゃ。そして、勝った方が酒をやる。そういう約束でな。毎年花見が始まるその日に、勝負をしようと約束したんじゃ」


「それで、その勝負はどうなったの?相手は鬼でしょう?とても強いんでしょう?」


「そうなんじゃ。なんとかあいつを追い払おうと勝負をしたもんじゃが、最初の5年間、わしはあいつに一度も勝てんかったわ」


そういうとおじいちゃんは嬉しそうに笑ったのでした。


「うちの酒はぜーんぶあいつに持って行かれてしもうたがの、勝負に疲れたあいつは他の家を荒さんようになってな。うちの酒をやるだけですむならと、わしは毎年あいつと相撲をとるようになったんじゃ」


「それでそれで?その後はどうなったの?」


「ところがな。6年目の勝負から、今度はわしが5回続けて勝ってしまってな」


「すごい!おじいちゃん、とても強くなったんだね!」


酒呑童子が怖くて逃げてしまったハルくんはおじいちゃんがとてもうらやましく思ったのでした。ところがおじいちゃんは急にさびしそうな顔になって言いました。


「いいや。あれはわしが強くなったんじゃない。あいつが弱くなったんじゃ」


「そうなの?なんでなの?」


すると今までだまっていたお父さんが言いました。


「そのころというと、あの山から木を切り出して、住宅街を作り始めたころかな」


おじいちゃんは「うんうん」とうなずいて話しを続けました。


「そうじゃ。きっと人間が山を崩して家を建て始めたもんじゃから、あいつは弱くなってしまったんじゃ。あいつはもともと、あの山から力をもらっておったもんじゃからな」


「それでそれで?」


ハルくんはおじいちゃんに話しの続きをおねだりしました。


「わしもあいつも勝ちが5回、負けが5回。もう10年もそんなことの繰り返しじゃったからのう。10回目の勝負のときに、わしはあいつに言ったんじゃ。なあおまえさんよ。そろそろわしらの勝負も10年じゃ。ここらで終わりにしようじゃないか。来年の今日を最後の勝負にしようじゃないか。それで勝った方が最高にうまい酒を渡して終わりにするというのはどうか、とな」


「それで11回目の勝負はどうなったの?」


「11回目の勝負はな。できなかったんじゃ」


「どうして?なにがあったの?」


ハルくんは聞きました。


「わしが、あいつの姿を見ることができなくなってしまったもんでな」


ハルくんはお父さんの話しを思い出しました。お父さんもいつの間にかお化けや妖怪が見えなくなってしまったと言っていました。きっとおじいちゃんも同じだったのでしょう。おじいちゃんは話しを続けます。


「ずーっと待っていたんじゃが。あいつが現れないもんじゃから。わしは思ったんじゃ。ああ。あいつは10年も約束を守ってくれていたのに、今年になって急に来なくなるのはおかしい。きっと、わしがあいつの姿を見ることができなくなってしまったんじゃ。ってな。それからずっとあいつの姿は見ておらん。でもハルくんがあいつの姿を見たということは、あいつは毎年わしのところへ来ていたんじゃなあ。悪いことをしたなあ」


それを聞いてハルくんは、なんとかしておじいちゃんと酒呑童子を会わせてあげたいと思ったのでした。お父さんは酒呑童子は怖い鬼だと言ったけれど、おじいちゃんの話しを聞いたハルくんには、酒呑童子が怖い鬼だとは、とても思えなかったのでした。そこでハルくんは言いました。


「ねえお父さん、おじいちゃん、明日、酒呑童子のいる山へお花見に行こうよ」


お父さんとおじいちゃんは目を丸くして驚きました。でも、すぐにおじいちゃんは言いました。


「そうじゃなあ。あいつがまだあの山にいるのなら、一言謝りに行かねばならんなあ」


こうして、ハルくんとお父さんとおじいちゃんは、この町で一番美味しいお酒を持って、酒呑童子の住んでいる山に行くことになったのです。


 次の日、町ではお花見のお祭りが始まりました。家の近くの大きな公園ではたくさんの桜が花を咲かせて、たこ焼きやら、お好み焼きやら、クレープやら、たくさんのお店がにぎやかに並んでいました。そんなにぎやかな公園からはずっと離れた山の方へ向かって、ハルくんとお父さんとおじいちゃんは車に乗って出かけて行きました。途中、たくさんの家が並んだ町を抜けると、山のふもとに車を止めて、三人は一緒に山道を登って行ったのです。

 登り初めて30分も経ったころでしょうか。大きな桜の木が見えました。そしてその横に大きな岩がありました。

 それからハルくんには見えました。その大きな岩の上に酒呑童子が座っていたのです。酒呑童子はハルくんとお父さんと、おじいちゃんを見ると、驚いた顔で言いました。


「おやおや、こんな町がにぎやか日に、こんな静かなところへ来るやつがいると思ったら、この間のこぞうじゃあないか」


そして酒呑童子はおじいちゃんのほうを見るとこう言ったのです。


「こうして会うのは久しぶりだなあ。ずいぶん歳をとったもんだなあ」


ハルくんが大きな岩をずっと見ているので、お父さんがハルくんに言いました。


「あそこに酒呑童子がいるのかい?」


「うん。そうだよ。岩の上に座っているよ」


ハルくんがそう言うと、おじいちゃんが岩の方に向かって話し始めました。


「ひさしぶりじゃなあ、酒呑童子よお。今日は一言おまえさんに謝りに来たんじゃあ」


酒呑童子は驚いた顔で言いました。


「謝るとはどういうことかい」


その声はハルくんにしか聞こえません。それでもおじいちゃんは続けます。


「わしがおまえさんの姿を見えなくなってしまったばっかりになあ。最後の勝負をしてやれんかったからのお。おまえさんも、さぞさびしかったろうと思ってなあ。それを謝りにきたんじゃあ」


すると酒呑童子は言いました。


「それならば謝るのはオレのほうだ。オレの声は聞こえないんだろうが、どうか話しをさせてくれ」


それを聞いてハルくんは言いました。


「だいじょうぶ。きみの声はぼくには聞こえるよ。ぼくがおじいちゃんに伝えてあげるよ」


酒呑童子は「うん」とうなずくと、ゆっくり話しを始めました。


「おまえさんは、一つ勘違いをしておるぞ。11年目の勝負の日のことじゃ。おまえさんはオレの姿が見えなくなってしまったんじゃない。きっと、オレの姿が見えなくなったのは、そのあとのことだ」


酒呑童子のその言葉を聞いて、ハルくんは言いました。


「それはどういうことなの?」


「11年目の勝負の日なあ。オレはおまえの家には行かなかったからだ」


酒呑童子はゆっくりと話し続けます。


「オレはずーっと一人ぼっちだった。だれ一人オレの姿を見ることができる者はいなかったからなあ。この町の山に住み着いて、おまえさんと出会って、オレは初めて、人と会うのが楽しみになったんだあ。それが、おまえさんと出会って10年目のことだ。おまえさんは、もう次の勝負で最後にしようと言うじゃあないか。オレはさびしくなってしまってなあ。11年目の約束の日に、オレはおまえさんの家に行くことができなかったんだ。約束をやぶってしまったのはオレのほうだ。とても悪い気がしてなあ、次の年に一言謝ろうと思い立って、おまえさんの家に行ったんだがなあ、おまえさんはぜんぜん家から出てきてくれんもんだから、きっと、約束をやぶって怒っているもんだと思っていたんだあ」


ハルくんは酒呑童子の話しをおじいちゃんに伝えました。

するとおじいちゃんは言いました。


「そうだったんか。わしもな、どういうわけかおまえさんの姿が見えなくなってしまったようでな。約束を守ってやれんかったのはわしも同じじゃ」


それを聞いて酒呑童子は言いました。


「約束なんぞ、もうどうでもいいわ。おまえさん、覚えているか?毎年勝負のあとのことじゃ、負けた方が酒を用意して、毎年朝まで一緒に桜を見ながら酒を呑んだことをよ。10年目のあの日なあ、オレは思ったんだわ。オレは、おまえさんとの勝負なんてどうでもよかったんだってな。オレはただ、おまえさんといっしょに花を見ながら酒を呑みたかっただけなんだってなあ」


ハルくんがおじいちゃんにそう伝えると、おじいちゃんは寂しそうとも嬉しそうともとれるような顔をして言いました。


「そうかそうかあ。実はなあ。わしもそう思っておったわあ。あれから30年以上もたってしまったけどなあ、今日はいっしょに日がくれるまで酒を呑もうじゃあないか」


それからハルくんとお父さんとおじいちゃん、それから酒呑童子の四人は桜の木の下でお花見をしたのでした。おじいちゃんと酒呑童子は美味しそうにお酒を呑みました。ハルくんとお父さんはジュースを飲みました。

おじいちゃんには酒呑童子の姿は見えないけれど、とても楽しそうにお酒を呑んでいたのでした。



ハルくんがおじいちゃんの家から帰る日がきました。

ハルくんがお父さんの運転する車に乗ると、おじいちゃんが家から出てきて言いました。


「ハルくん。ありがとうな。これから毎年、あの山に行ってお花見をしようと思うから、来年もまた遊びにきておくれよ」


「うん。きっとまた来るよ」


ハルくんがそう言ったとき、反対側から酒呑童子の声がしたのでした。


「こぞう。ありがとうなあ」


ハルくんが振り向くと酒呑童子の姿がそこにありました。


「じいさんにはおれの声が聞こえんから、さいごに一言伝えてくれんか」


ハルくんが車の外をずっと見ているので、おじいちゃんはすぐに気がつきました。


「酒呑童子がそこにいるんか?」


ハルくんは小さくうなずきました。

そして、おじいちゃんと酒呑童子は声をそろえて言いました。


「来年も美味い酒を呑もう」


ハルくんは嬉しくなって笑いました。


「二人とも、本当に仲良しだなあ」


お父さんの運転する車が走り出しました。

家に帰る車の中で、ハルくんはお父さんに言いました。


「ざしきわらしくんには会えなかったなあ」


「そうだね。でもいつかきっと会えるよ」


お父さんは言いました。


「おじいちゃんと酒呑童子はとっても仲良しだったね。ぼくも、ざしきわらしくんにもう一度会えたら、おじいちゃんと酒呑童子みたいに、ずうっと仲良しになれるかな」


「なれるよ。ハルくんなら、きっとなれる」


こうしてハルくんの春休みは終わりました。ハルくんがもう一度ざしきわらしに会えるまで、このお話しは続きます。

次にハルくんが出会うのは、どんなお化けや妖怪なのでしょうか。そのお話しは、また今度。

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