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コスプレ少女は止められない(エピローグ)

最終話です。

夏海が語ります。

 あの事件からひと月あまりが経ち、わたしたちは三年生に進級した。


 真壁晃一郎は坂上瞳子さん殺害の容疑で逮捕された。この事件に関して、重要参考人として江村先生とシャロちゃんが事情聴取を受けた。

 さらに真壁家の敷地内から白骨化した遺体が発見され、それがシャロちゃんのお母さんであることが明らかになった。

 シャロちゃん自身はお母さんの記憶がなく、深い衝撃を受けてはいないとのことだったけど、自分の母親が父親に殺されていたとあれば、精神的な動揺がないわけがない。

 それでもシャロちゃんは気丈に振る舞い、涙を流すことはなかった。


 真壁晃一郎が送検されると、わたしたちは瞳子さんのご遺族の元へと赴いた。シャロちゃんはきっとご家族は自分を責めると思っていたようだけど、それに反してあちらのお母様もお父様も決してシャロちゃんを責めることはせず、友達のために行動した瞳子さんを誇らしく思うと言った。

 そこでシャロちゃんは初めて涙を流した。お二人はそんなシャロちゃんを優しく抱きしめてくれた。

 墓前で、シャロちゃんは瞳子さんが与えてくれた命の分まで生きたいと話していた。わたしはそんな彼女をとても頼もしく思った。シャロちゃんならきっと大丈夫。わたしはそう確信した。


 一方わたしは、あれから生活自体はそれほど変化はない。ただ、決定的に違うことがある。それは、


「ひま……」


 わたしの親友、武内日真理がいないということ。ひまのいない教室は味気なく、わたしの気分も冴えない。多分それはシャロちゃんも同じなんだと思う。二人でお昼を食べる時も、どちらからともなくため息が出たりするし。

 こんなことでは駄目だとわかってはいるんだけど、やはり大切なものの隙間を埋めるのは簡単じゃないみたいだ。


「はぁ、ひま……」

「さっきから何を呟いておる?」

「うわぁ! ひま!? い、今大切な説明をしているところなんだから!」

「何を!? ってか語りであたしが死んだ感じにするのやめてもらえる?」


 早速ひまに突っ込まれてしまった。さすがにこれ以上「ひまはもういないけど、あの子は確かに存在していて、わたしに色んなものをくれた。それを胸にわたしは……」的な展開は無理のようだね。あ、すいません。ちょっとした悪ふざけです。いや、もう、ホントです! だからわたしを殴らないでひまっ!


「ったく、何やってんだか……。そんなにあたしを殺したいの……?」

「違うよ!」

「うおっ!?」

「ひまが無事だったからこその悪ふざけだよ! ひまがホントに死んじゃってたら、わたし、わたし……」

「わ、わかったから! わかったから泣かないの!」


 これはラッキー。ひまに頭をナデナデしてもらっちゃった。てへ。


           ○


 気を取り直して、あの日のことを語ろうと思う。


 あの日、真壁晃一郎に刺されたあたしは意識を失い病院に担ぎ込まれた。傷は深かったけど、その後の処置がよかったおかげで命拾いすることができた。


 あたしが入院している間、シャロと夏海はほぼ毎日お見舞いに来てくれた。ただ、二人よりも多くお見舞いに来てくれた人がいた。それは、唯さんだった。

 唯さんはあたしが意識を取り戻してからというもの、一日も欠かさずにあたしの所に来てくれた。

 「母親なら当たり前よ」と本人は言うけれども、家族のいなかったあたしにとってそれは全く当たり前のことではなかった。

 そして驚くべきことに、あの親父もかなり高い頻度であたしのお見舞いに来たのだ。基本は唯さんのついでレベルだけど、それでもあの親父が娘を気にするようになった、ということだけでも十分な進歩だ。褒めてやるとしよう。


「ひま、もう準備できた?」

「あ、うん。大丈夫」


 今日はあたしが退院する日だ。シャロは唯さんと退院祝いの料理を作りたいと言って先に帰ったので、迎えには学校帰りの夏海が来てくれたのだった。

 まだ少し刺された箇所が痛むけど、「ぼくがついてるから大丈夫!」「わたしが全力でお世話させてもらいます!」と二人が宣言していたので、存分に二人にお世話してもらうことにしたのである。


 あたしと夏海は病院を出て、目的の場所へと向かう。


「外の景色久しぶり」

「そうだねぇ」

「何か楽しそうじゃない?」

「ひまと外を歩けるのが嬉しくてねぇ」


 照れることを言いよる。そして目的の場所である学校へと到着した。校庭では既に陸上部やサッカー部などがしっかりと活動を行っていた。

 あたしと夏海が昇降口まで行くと、


「よく来たね、武内さん」


 江村先生がお待ちかねであった。階段を昇るのが若干辛いあたしのために、江村先生は臨時で使用できるエレベーターを使わせてくれた。あたしたちはそれで三階の職員室へと向かい、そして職員室の応接間へと通された。そこには今年度もまた担任である中林先生もいた。


「傷はまだ痛むか?」

「まだ少し」

「そうか。まぁ命があっただけ儲けもんだと思わんとな」


 中林先生は豪快に笑った。


「でもまさか、また先生が担任になるとは思いませんでしたよ」


 あたしは少し口を尖らせて言う。


「それにわたしもシャロちゃんも一緒だなんてね」

「ホント、凄い偶然……」

「偶然じゃねえぞ。俺が意図的に選んだんだから」


 さりげなく凄いこと言ったぞこの人。


「それって、職権乱用なんじゃ……?」

「いいんだよ。武内は苦労しすぎてるんだから、少しぐらい特別扱いしたって誰も文句なんて言わないって」


 中林先生はケラケラ笑う。この人ってこんなに軽い人だったっけ?

 と思っていると、隣の江村先生が真面目な表情で言った。


「今回のクラス分けは、中林先生とよく話し合った結果決めたことなんだ。武内さん、君は今まで駄目な大人のせいで信じられないくらいの苦労を背負い込んで来たと思う。でも、これからは違う。君は大人なんてたいしたことないと思ってるだろうけど、大人には大人の意地があるんだ。これからは私たちや君のご両親が君を全力で守る。頼ってもらえるよう君の信頼を勝ち得てみせる。そして、君が無事大人になるまで守り抜いてみせる」


 そして、江村先生は立ち上がり、


「この世は戦場だ、戦わなければ生き残れないと、ある作家さんは言った。だが私はそうは思わない。戦場に出るのは大人の仕事だ。そして子供を守るのが大人の役目だ。だからね武内さん、君はもうしばらく子供でいなさい。他の人と同じように友達を作り、恋人を作り、そしていずれは普通に大人になりなさい。生きることは難しい。だが決して、悪いことではないのだから」


 と、笑顔でそう言ったのだった。


 学校からの帰り道、あたしはふと夏海に言った。


「なんか江村先生って、金八先生みたいだよね」

「古き良き時代の先生って感じかな?」

「うん。でもあたしはああいうの……」

「嫌いじゃないでしょ?」

「……うん」


 そして夏海は例の素朴な笑顔をあたしに向けた。


 夕暮れの帰り道を行き、狭っ苦しい我が家へと至る。

 チャイムを鳴らすと、メイド服のシャロが出てきた。


「おかえりぃ!」

「ただいま」

「お邪魔しまーす」


 夏海も我が家のように上がり込む。


「お帰り二人とも。日真理、疲れたならおんぶしてあげるわよ」


 シャロの後ろから唯さんが現れ、そんなことを言う。

 普段のあたしなら確実に断る。でも、今日はなぜか唯さんに甘えたい気分だった。だから、


「じゃあ、お願い……」


 唯さんの言葉に甘えることにした。


「なんか日真理子供みたーい」

「あたしは子供だからいいんです」

「あら、どうしたの日真理?」

「……いや、なんとなく」


 唯さんが(いぶか)しがるから、あたしは少し顔を赤くしてソッポを向いた。

 食卓まで辿り着くと、唯さんはあたしをテーブルの一角に座らせた。料理の準備はもうできているらしく、テーブルの上は色取り取りの料理で溢れていた。

 テーブルには、向こう側に唯さんとシャロ、こちら側にあたしと夏海が腰掛けている。シャロと唯さんが同じテーブルを囲うなんて少し前では考えられないことだ。だが、今はもうシャロはウチの子なのだから何もおかしなことはない。


 あの事件が終息し、真壁晃一郎が身柄を送検されると、シャロをウチで正式に引き取るかどうかという議論が持ち上がった。

 家計的には火の車のウチとしては引き取るのは現実的ではなかったが、彼女を一人にすることも当然問題があることだった。

 江村先生はシャロを引き取ってもいいと進言したけれど、シャロはあたしと一緒に暮らしたいと言って譲らなかった。そこで、生活費は江村先生が出すが、生活の拠点は我が武内家にするという案が出された。基本的に問題は金銭面だけだったので、唯さんも親父もその面が解消されるならば大丈夫だということで、話し合いの末シャロは引き続きウチで暮らすことが決定した。

 そして、あたしが入院している間実際にシャロと生活してみて、唯さんはシャロをいたく気に入ったらしく、将来的に彼女を正式に養女に迎えたいと考えているようだ。武内シャロットになるのもそう遠いことではないかもしれないな。その頃はあたしもバイトをして家計の助けになればと考えていたりする。


 あたしの退院祝いの名目の食事会が終わると、親父は夏海を家まで送り届けるために車を出した。帰り際夏海は、


「また明日学校でね!」


 と言って、見えなくなるまで手を振っていた。

 ダイニングでは既にシャロがテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。


「今日頑張ってくれたからね」


 唯さんはそう言うと、シャロをあたしの部屋までおぶっていった。あたしも少し痛む脇腹を摩りながら部屋へと向かった。


「お風呂入るときは言ってね」


 そう言い残し唯さんはまた台所へと戻っていった。

 部屋にはメイド服の女の子とあたしだけになった。


 二月のあの日とここにいる人間は同じなのに、ここまで気持ちの余裕が違うものなのかと、我ながら呆れてくる。

 女の子の身体にデカデカと傷跡を残しやがってとあの男に対して文句が言いたくなることもあるけど、今のこの痛みも決して悪いものじゃないのかもと思う。


 改めて、職員室での江村先生の言葉を思い出す。


 今までの十四年間、確かに生きるのはこれほどまでに難しいのかと思い続けてきた。

 でも、ほんの少しのきっかけで生活とはここまで変わるものなのだと知ることができた。素晴らしい人たちがあたしの周りには沢山いたことも知った。


 あたしは幸せそうに眠り込んでいるシャロの頬っぺたを突いてみる。

 それはあたしを幸福にさせてくれる柔らかさだった。


「確かに、悪くないかも」


 あたしはくすりと笑った。

 右脇腹が痛む。でも、これも生きる痛みなんだ。代わりにシャロを抱いて緩和することにしよう。


 明日からはまた日常が始まる。

 辛いこともきっと沢山ある。

 でも大丈夫。みんながいて、唯さんがいて、夏海がいて、シャロがいれば、きっと大丈夫。

 そうだ、たまにはフェイラちゃんの格好でもしよう。

 そうすれば尚更大丈夫だ。

 コスプレ少女は強いんだ。

 根拠のない自信があたしを包んでくれるのだから。


 あたしは服を全部脱ぎ捨て、魔法少女になる。

 そして、真っ黒な刀を構えてこう言う。


「スターライティング・ブレイカー!」


 コスプレ少女は止められない。止めさせやしない。

 右脇腹が痛む。生きる痛みを感じながら、あたしは今、幸福を噛み締めていた。


挿絵(By みてみん)

これにてコスプレ少女は止められない終了です。

長期の連載になりましたが最後までありがとうございました。

日真理の今後に幸多からんことを。

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