あたしが守るから その七
かなり久しぶりの更新です。
お待たせいたしました。
7
「武内さんお久しぶりです! またお会いできて光栄です!」
「ど、どうも……」
一ヶ月前と寸分変わらないハイテンションで渡井ミズキさんは言った。
「ミズキちゃん、感動するのはいいんだけど今回はそれどころじゃないからね!」
そのハイテンション娘を三つ編み娘が落ち着けている。ちなみにミズキさんとは以前あたしにフェイラちゃんのコスプレをさせた夏海のバイト先の先輩だ。
ってかミズキさんって高校生じゃなかったっけ? 失礼ながら、夏海に制されるなんてよっぽどだと思うよ……。
ここは一ヶ月前、シャロと夏海がグダグダの魔法少女フェイラを演じたあの伝説のステージ。
そして、あたしと夏海の仲直りのきっかけを作ってくれた思い入れのあるステージだ。
なんであたしたちはこんなところにいるのか。
その理由は……
「みんな集合! さっきちょっと電話でも言ったけどもう一度わたしたちがここに来た理由を説明します!」
「夏海の説明で大丈夫?」
「大丈夫! 問題ない! ひまは大船に乗ったつもりで聞いていて!」
「……へいへい」
どうやら夏海が説明するらしい。不安は隠しきれないけど、とりあえず話を聞くことにしよう。
予想に反して夏海はあたしたちの状況、シャロが彼女の父親に追われていること、そしてその男は実は先日の殺人事件の犯人であることを実に的確に説明してくれた。
あのハイテンションのミズキさんも固唾を飲んで見守っている。
まぁ、殺人犯に狙われてるとあってはふざけている場合じゃないだろうけど。
その途中、あたしは横で無言のままのシャロに視線を移した。シャロの瞳は恐らく誰の姿も捉えていないんだと思う。隣にいるのに、あたしはどうしてもシャロとの間に見えない壁を感じてしまった。
前に秋葉原に来た時はあれだけはじゃいでいたのに、今のシャロとあの時の彼女はとても同一人物には思えなかった。
「シャロちゃんが、あの事件の犯人の娘で、しかもそいつに命を狙われてるなんて……」
ミズキさんが不安げに呟く。するとバイトのみんなの視線がシャロに集まった。でも、シャロは俯いたまま何も言わない。
堪らずあたしはシャロの前に躍り出た。
「ごめんねみんな、いきなりこんなこと言われても混乱するよね。殺人犯からあたしたちを守ってなんて、ホントに無茶なこと言ってると思う……」
誰だってそんなこと頼まれたら怖いに決まってる。迷惑に決まってる。
それでも、それでも、あたしは……
「それでも、無茶を承知でお願いします! シャロを守ってください! シャロはあたしの大切な友達なんです! 夏海と仲直りできたのもこの子が背中を押してくれたからなんです!」
あたしにできることは、みんなに想いを伝えるだけ。どんなに拙くとも、あたしは想いを言葉に載せるだけ。
「そんなこの子を、あたしはなんとしてでも守りたいんです! だから、みなさんの力を少しでも貸してください! お願いします!」
「わたしからも、お願いします! シャロちゃんは日真理の親友なんです。それにわたしにとっても、彼女は大切な友達なんです。だから、みんな、どうかお願い! わたしたちを助けて!」
夏海もあたしたちに助け舟を出してくれる。
あたしたちの願いを聞いて、暗くなっていたみんなの顔も少しずつ光を取り戻しつつある。
もう少しだ。もう一度お願いすれば、今度はきっとうまくいく。しかし、そう思った時だった。
「もう、いいよ……」
そんなあたしの想いを止めたのは、他ならぬシャロ自身だった。
あたしと夏海は同時にシャロの方へと振り向く。
でも、その表情は銀色の前髪で隠されて窺い知ることができない。
「シャロ……?」
「もういいよ日真理、夏海。これ以上、ぼくのために頑張らないで……」
そう言い終わった途端、シャロが走り出す。
「シャロ!」
あたしは間髪容れずにシャロの後を追いかけた。
階段を駆け下りる。八階から狭い階段を降りているのに、シャロのスピードは全く落ちない。
「待ってシャロ!」
必死に呼びかける。喉が潰れんばかりに叫ぶ。
一階の商品棚、買い物客を押し退けて店を飛び出す。
もう夕暮れなのに未だに人通りは多い。
あたしは人混みの中で必死に彼女の背中を追った。
でも、スピードを緩めないシャロはどんどんあたしから遠ざかっていく。銀髪ツインテールを後ろになびかせ、その姿をどんどん小さくさせていく。そして、やがて完全にあたしの視界からその姿を消してしまった。
「どうして……シャロ……!」
あたしはただ、あなたを助けたかっただけなのに。辛い思いなんてこれっぽっちもしていなかったのに。なのに、どうしてあたしの気持ちを……
「ひまっ! シャロちゃんは?」
あたしは無言で首だけを振る。
「シャロちゃん、一人じゃ危ないのに……。ひま、早くシャロちゃんを捜さないと!」
「…………」
「ひまっ!!」
「あたしじゃ、無理なのかもしれない……」
「え?」
あの子が必要としているのは、あたしじゃなくて、やっぱり……
「しっかりしろ日真理!」
「痛っ!?」
背中に激痛が走り、ありとあらゆる思考が強制的に中断させられる。あたしは思わずあたしの背中を思い切り引っ叩いた友人を見た。
夏海はまるでカンカンに怒った時の唯さんのような形相で言った。
「またそういう風に弱気になる! わたしたちの他に誰がシャロちゃんを支えるって言うの?」
「それは、さ……」
「だーかーら! 坂上瞳子さんはもういないんだよ! それにひま、坂上瞳子さんはシャロちゃんと一日しか会ってないんだよ。それに比べてひまはどう? ひまはあの子ともう一ヶ月以上も一緒にいるんだよ。もう瞳子さん以上にあの子のこと理解してあげてるでしょ? 違う?」
「そりゃ、そうかもしれないけど……」
「だったらもっと自信持ちなよ! ひまがそんなんじゃシャロちゃんはもっと不安になっちゃうよ!」
思わぬ夏海の叱咤激励。でも、だったらどうして、あの子は逃げたりなんてしたの? 本当に頼りにしてくれているなら、あんな風に姿を消さなくてもいいんじゃないの?
「ひま」
夏海があたしの手を取る。そしてあたしの顔をじっと見つめながら言った。
「シャロちゃんはきっと、怖いんだと思うよ」
「どういうこと……?」
「シャロちゃんは多分、坂上瞳子さんとひまを重ねているんだと思う。自分のために頑張ってくれた人がまたいなくなってしまうのが、怖いんだと思う」
――これ以上、ぼくのために頑張らないで
シャロはさっきそう言った。何かに怯えたような、そんな様子で。
夏海が言った通り、シャロがあたしが坂上瞳子と同じようにいなくなることを恐れているというなら、それは間違っている。あたしは決していなくなったりしない。あんな男にむざむざ殺されたりなんてしない。それを伝えなければ。そして、安心させてあげなければ。
「ひま」
ビシッと、夏海は夕暮れの人混みを指差す。そして、
「追って!」
短く、それだけ言った。
あたしは、
「分かった……」
その言葉に従い、走り出したのだった。




