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あたしが守るから その四

4


「どうもはじめまして。あなたは、武内日真理さんですよね?」


 男は笑顔でそう言った。


 なぜあたしのことを知っている?

 そしてなぜ、こんな時間にこんな所にいる?

 あたしと言葉を交わすことに、どんな意味があるというの?


「あれ、もしかして違ったかな? 『武内』と書いてある表札のある部屋の前で立ち止まっていたから、てっきり君が武内さんなんだと思ったんだけど」

「……あ、いえ、すみません。あたしが、武内、日真理です。あの失礼ですが、あなたは一体……?」


 言葉がたどたどしくなる。

 この男の鋭い視線の前では、自分自身が丸裸にされたような気になってしまう。

 悟られてしまうような気になってしまう。


 このままではダメだ。気を強く持たなければ。この男の空気に飲まれてはいけない。


「ああ、申し訳ない、名乗りもしないで突然話しかけてしまって。私は真壁・シャロット・グレンフェルの父親の真壁晃一郎といいます。娘がいつもお世話になっているようで」


 愛想良く笑顔を作る男。やはり、この人がシャロの父親。


 心臓が飛び跳ねるのが嫌でも分かる。

 分かってはいたが、いざ名乗られると、やはり衝撃を受けてしまう。


 あたしはグッと、握りしめている手に力を込めた。


 気付かれてはいけない。

 シャロが近くにいることを勘付かれてはいけない。


「い、いえ、こちらこそお世話になってます。あ、あのすいません、あたし、もう学校に行かないといけないので、また……」


 あたしはそう言うと、真壁晃一郎の横を抜けようとする。

 だが彼は、


「ちょっと待って。実は君に一つ聞きたいことがあってね」


 と、あたしの進路を塞いだ。


「聞きたいこと……?」


 あたしは恐る恐る尋ねる。


「娘がどこにいるか知らないかい? 先日海外から帰ってきてから連絡がつかなくてね。色々聞いて回ったら、どうやらあの子が君と同じクラスに通っているという話を聞いたんです。それで、君のクラスメイトに尋ねてみたら、あの子は君と仲が良いという話を聞いてね」


 気付かれないようにゴクリとツバを飲み込む。あたしとあの子の仲が良いことは誰の目にも明らかなかことだ。

 しかもあの子の容姿はとにかく目立つし、言動も奇天烈なせいでなおのこと目立ってしまうんだ。


 この男は初めから確信めいたものを持ってあたしのところにやって来ている。

 あたしがシャロを匿っていることを分かっている。

 それでも、それでもあたしは隠し通さなければならない。

 じゃなきゃ、シャロを守れない。


「だから、あの子と仲の良い君なら何かを知っているんじゃないかと思ってね。例えば……」


 男の眼の鋭さが増す。

 ほんの一瞬があまりに長く感じる。

 そして、


「昨日あの子がどこに泊まったのか……とかをね」


 はっきりとそう言った。

 心臓が止まりかける。

 吐きそうなほどの緊張があたしを駆け巡る。


「確かに仲はいいですけど、あの子が昨日どこに泊まったかまでは、知らないですね……」


 必死だった。必死に言葉を紡いだ。

 演技できているのかはわからない。

 だが、ここは下手でも嘘をつき続けなくては、


「……!?」


 気付くと腕を掴まれていた。

 突然の出来事にあたしの精神は錯乱に近い状態になる。


「は、離して!」


 振り払おうとしても、男は決して離さない。


「……本当に知らないのかな? だったら君はなぜ、こんな時間に『自宅に帰ろうと』しているんだい? 君はさっき、これから学校に行くと言ったね。でも、それは嘘だ。君は自宅から出てきたんじゃなくて、自宅に入ろうとしていた。私はこの目で見た。……武内さん、本当のことを言ってほしい。君は昨日、どこで誰と泊まっていたんだい?」


 男は冷酷な目をあたしに浴びせかける。

 静かだけど、泥酔して暴れまわる親父とは比較にならないくらい恐怖を感じた。

 恐らく、シャロの話、この男が坂上瞳子を殺した、という事実があたしの恐怖に拍車を掛けているのだろう。


「もしかして君は、あの子と一緒にいたんじゃないかい? ねえ、どうなんだい?」


 あくまで紳士的な姿勢を崩そうとしない男。

 子供など、この程度の圧力で屈するだろうと、思っているのだろうか。

 舐められているのなら、まだ抵抗の余地はある。

 少しずつ、勇気が湧き上がる。


 あたしは、相手の神経を逆なでするように、


「知らない」


 と、言い放った。


 本音を言うと、やっぱり怖かった。あまりに怖くて心臓が飛び出しそうだったけど、あたしはなんとか、さも迷惑そうに男を見返した。


 チッと、短くて不快な音があたしの耳に入る。

 真壁晃一郎が苛立ったのがよくわかった。


「……どうして君はそんな嘘をつくんだ? これ以上、大人を舐めてもらっては、」

「知らない」


 つけいる隙なんて与えるつもりはない。

 恐怖よりも、シャロを守りたい気持ちが勝る。


「……どうしてこうも、私の周りには嘘つきが多いんだろうか?」


 不意に、男の雰囲気が変わったのがわかった。


 あたしの腕を握る男の手が、一瞬にして冷気を帯びたような気がした。


「彼女もそうだし、あの子もそう……。そして、君も。嘘つきはいけないなぁ。嘘をつく子は、それ相応の報いを受けなければならないな」


 報い。男は、自身の娘にもその言葉を使った。

 ゾクリと悪寒が背中を走る。

 それと同時に、シャロを苦しめ続けるこの男に怒りを覚えた。


 でも、そんな時だった。


「そこで何をしているんですか?」


 突然現れた声の主の方に、あたしの腕を掴んだままの男が振り返る。


 そこに立っていたのは、


「唯、さん……」


 仕事用のスーツに身を包み、男に不審な目を向けている義母であった。


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