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あたしが守るから その三

3


 嫌な夢を見た。

 あたしはあの子を追いかけている。

 でも、どんなに走っても、あたしはあの子に追いつけない。

 呼んでも、叫んでも、泣きわめいても、あの子は振り向かない。


『シャロ! 待って!』

『ごめん! 瞳子が待ってるから』

『そんな……行かないで! シャロ!』


 もういない少女を追いかけ、あたしからシャロが離れていく、心が張り裂けるような、そんな夢……。


「……あれ? シャロ?」


 目を覚ますと、ベッドにシャロの姿はなかった。

 あたしは、急いで辺りを見回すと、シャロは保健室の窓際にいた。


「シャロ……?」


 思わず呟いたが、シャロは気付いていないようだ。

 あの子は、校庭側の窓の枠に手を置き、どこを見るでもなくぼんやりと外を眺めているばかりだった。

 あの子の銀髪が、朝の爽やかな風に吹かれ、小さく揺れていた。


 あたしは、その姿になんとなく見惚れてしまっていた。


 だが突然、あの子は窓枠に足をかけ出した。


「シャロ!? 何やってんの!?」


 あたしはすぐさま走りより、シャロの身体を抑える。

 すると彼女はこちらに振り返った。


 その瞬間、あたしは息を飲んだ。

 シャロは、あたしが見たこともないくらい険しい表情をしていたからだ。

 悲しみや、怒り、恨み、色んな感情がごちゃ混ぜになってしまったような表情。

 そんな顔で、彼女は言った。


「ここから逃げるんだよ」

「逃げるって、どうして? そんなことしたら、江村先生が心配するでしょ?」

「ここにいて、もしお父さんに見つかったら、今度は江村先生が酷い目に遭っちゃう。日真理だって、きっと酷い目に遭う。だから逃げるの。誰にも、迷惑はかけたくないから」

「迷惑だなんて……あたしは、そんなこと思わないよ。あたしは、あんたが勝手にいなくなって、心配かけられる方がよっぽど迷惑だよ」


 あたしはシャロの腕を掴み、彼女の顔を見つめたままそう言った。

 シャロも同じ様に、黙ってあたしを見つめていた。


 保健室はとても静かだった。誰の声も聞こえない。

 校庭から、いつもなら聞こえるはずの賑やかな朝練をする生徒の声も、今日に限っては聞こえない。

 聞こえるのは、2人の規則的な呼吸音だけ。


 不意に、静けさを切り裂く様に、シャロが言った。


「日真理、ぼくと一緒に、逃げる……?」

「逃げるって、どこに……?」

「わかんない」

「わかんないって、おのれは……」

「とにかく、ここじゃないどこか。日真理が行きたいなら、一緒に逃げてもいいよ」


 ただの中学生であるあたしたちが、一体どこに逃げられるというのか?

 お金もない、一人の立派な人間としても認めてもらえない、そんな社会的に一人で生きていけるはずもないあたしたちが逃げる?

 馬鹿らしいよ。そんなの。


 でも、シャロは本気だった。本気で、どこかに逃げようと思ってるんだ。


「逃げる……」


 その言葉を、あたしはもう一度噛みしめる。


 逃げたいと、いつも思っていた。

 いんらんの母親が死に、面倒な義母がやって来た。

 父親はあたしを殴った。

 唯さんはあたしを怒鳴った。

 居場所なんてなかった。

 でもあの子の、シャロの隣は、確かにあたしの居場所だった。

 あたしがあたしでいられる場所。


 ズキリと、胸が痛む。

 本当にそうだろうか?


 シャロの隣には、本当は瞳子さんがいるべきだったんじゃないか?

 死ななければ、いつまでもあの子の隣にいたんじゃないか?

 あたしの居場所なんて、なかったんじゃないか?

 考えれば考えるほど、胸が苦しくなる。


 あー、駄目だ。

 こんなんじゃ駄目だ。

 やっぱりいつもあたしは自分のことばかり。


 そうじゃないでしょ。

 今、この子には心の支えが必要なんだ。

 あたしは、その支えにならなければならないんだ。

 助けられるんじゃない。あたしが助けるんだ。

 瞳子さんは関係ない。あたしは、あたしなりのやり方でこの子を救う。

 ただ、それだけのことだ。


「……逃げよう。二人でどこか遠くに行こう」

「……うん」


 あたしたちは、窓枠を乗り越え、校舎の外に出た。

 息が白い。


「くしゅん……うー……」


 寒そうに、鼻をすするシャロ。

 あたしは黙って、持っていたマフラーをかけてやろうとしたが、


「大丈夫。我慢できるから」

「そ、そう?」


 シャロはあたしの申し出を断った。そして黙って歩き出した。

 あたしは、かけるあてのなくなったマフラーを、仕方なく自分の首に巻いた。


「取って来たいものがあるから、そこで少し待ってて」


 シャロにそう言い残し、あたしは自分の部屋のあるアパートに向かった。

 朝のアパートはとても静かで、誰もいない。部屋のドアを開けようとして、ふと思いとどまった。

 まだ部屋には唯さんも親父もいるはずだ。

 二人が出掛けるまで待とう、そう思った。

 でも、その時だった。


「おはようございます」


 あたしは声の主の方に振り返る。


 そこには、長身で、痩せ型の男性が立っていた。

 愛想良く笑顔を作っていたが、目が笑っていない。


 あたしはすぐに分かった。

 こいつが、こいつこそが、坂上瞳子を殺した張本人で、シャロを殺そうとしている悪魔、真壁晃一郎なのだと、直感的に理解していた。

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