あたしが守るから その一
新章突入。久しぶりの日真理です。
1
シャロは泣きじゃくりながらも、あの日何があったのかをあたしたちに話した。
たどたどしくて、時折理解出来ない部分もあったけど、どれほど残忍で卑劣なことが起こったのか、あたしたちは充分に理解した。
許せなかった。
自分のことじゃないのに、胸が苦しくて仕方がなかった。
涙が、溢れてきた。
あの子が受けた痛みが、あたしの胸に流れ込んできた。
あの子の痛みを包みこむように、きつく抱きしめた。
時間が経って、とっくに日が暮れた頃、あの子は魂が抜けた様に意識を失った。
息は当然あったけど、どれだけ呼びかけても、あの子は何の反応も示さなかった。
あたしは慌ててシャロを抱きかかえて学校へと引き返した。
保健室にシャロを運ぶと、あたしと夏海はあの人の元へと向かった。
あたしたちは、校長室をノックもせずに開けた。
江村先生は初めこそ驚いたようだったけど、すぐに事態を把握し、あたしたちの話を聞いてくれたのだった。
「シャロを守ってくれてありがとう。武内さんに、吉岡さん」
ナイスミドルの男性こと、この学校の校長、江村正樹はあたしたちに、まだまだたっぷり髪の毛が残る頭を下げた。
校長室はあの日、シャロが逃げ込むはずだった場所だ。そこに今、あたしたちはいた。
シャロは今日の放課後、坂上瞳子の殺害現場で、失われていた全ての記憶を取り戻した。
あまりに残酷で、心を切り裂く、あの記憶を……。
あんなシャロ、あたしは見たことがなかった。
いつもバカみたいに笑って、悩みなんて一つもなさそうだったあの子が初めて見せた姿。
迷子になって、どうしたらいいのか分からない子供の様に、所在なく泣きわめき、暴れた。
あたしは必死にあの子を抑えつけた。抱きしめて、無理やり身体を拘束した。
「いえ、守ってくれたのは、むしろあの子の方です」
シャロがいたからここまで来られた。あたしはあの子に、まだ何も返せていない。
「そうか。本当なら、俺があの子を守ってあげなければならなかった。あの日も、俺が迎えに行ってしかるべきだった……」
江村先生は、あの日のことを話してくれた。
「あの日、いくら待ってもシャロはやって来なかった。俺は焦った。何か大きなトラブルに巻き込まれたのではないかと。俺はシャロの父親、真壁晃一郎に見つかるリスクを冒してでも、シャロを迎えに行く決心を固めた」
外は冷たい雨が降りしきっていた。
あの日のことははっきり覚えている。
あたしは、物資が尽きて買い物に出かけたのだ。
そこであたしは、あの子を見つけた。
あの日があたしの人生の第二幕の始まりだった。
「外に出てすぐのことだった。なんと、あの真壁から俺の携帯電話に連絡が入ったのだ。俺は恐る恐る出た。するとあいつはこう言った……」
――シャロは元気か?
「俺はこう答えた」
――俺は知らない。家じゃないのか?
――家にはいない。逃げられてしまった。
――バカな……。それで、お前は今何をしているんだ?
「僅かに訪れる沈黙。だが、すぐに……」
――取り返しがつかないことをしてしまった。もう、ここにはいられない。
「途端、背筋に凍りつくような悪寒が走った。最悪の予感が頭を過った」
――一体、何をしたって言うんだ……?
「俺は携帯電話を握りつぶさんばかりに力を込めた。だが、真壁の返答は俺の予想とは大きく違っていた」
――人違いだったんだ。あの子に危害を加えるつもりはなかった……。
「人違いとやつは言った。だが何のことだか俺にはサッパリ分からなかった」
――何を、言っている……? あの子とは、誰のことなんだ?
「俺は震える声をなんとか抑え、真壁に問うた」
――江村、シャロを頼んだ。
「だが真壁は答えず、そう言い残したきり、電話は途絶えた。俺は嫌な予感がして、雨の中、傘もささずに走りだした。そこで、あの子を見つけた……」
雨でほとんど流されていたが、そこには血だまりがあったのだそうだ。そして、その先には……
「女の子の死体があった……。シャロかとも思ったが、違っていた。髪が銀じゃなかったんだ。しかし、今思い出してもゾッとする。全身に刺し傷があった。顔も誰か分からなかった。正気の沙汰じゃないと、俺は思った……」
女の子は、衣服を身につけていなかった。シャロに借りた、エアのコスプレを身に纏っていたはずなのに。
「恐らく、遺体の身元の判別を遅らせたかったのだろう。それに、あれがシャロの衣装だと知っていたのなら、自らが捜査線上に浮かぶのを防ぐ狙いもあったはずだ。狂ったように人を殺しておいて、恐ろしいほど頭が冴えている。恐ろしい男だ。真壁晃一郎という男は……」
女の子の衣服はなかった。
だが、そこから数メートル離れた所に、別の服が散乱していたのだ。
「初め、これがあの死体の子の服なのかと思った。だが、すぐに違うと思った。その服には破れた様な痕が全くなかったんだ。その服は誰かが脱ぎ散らかしたように、その場に散らばっていたんだ。服には血が付いていた。なぜそんなことになっていたのか、俺には分からなかった。そんな時だ。人がこちらに近づいてくるような気がしたんだ。俺は動転していた。だから、俺はその散らばる服を、持っていた袋の中に押し込んだんだ」
第一発見者の老人が死体を発見したのはそのすぐ後だ。
もっとも、実際は第一ではなかったのだが。
「身元の判別を遅らせたのは、俺が服を持ち去ってしまったからだろう。遺族には申し訳ないことをした。あの時は、シャロに関する情報、真壁に関する情報を可能な限り集めたかったから、ことの重大さに気付いていなかった。全てが解決したら、俺は遺族に謝罪に行くつもりだ。許してもらえるとは思っていないがな……」
江村先生は、厳しい表情でそう言った。
「あたしがあの子を見つけたのは、江村先生が服を持ち去ったすぐ後くらいですかね」
何もかも忘れてしまったシャロを背負い、あたしは家路を急いだ。
途中、運よく誰とも会わなかったから、あたしは難なくあの子を家に運び入れることが出来た。天気が雨だったことと、裏道を多用したことが幸いしたのだと思う。
「そうだろうな。俺はあれから不審がられないように急いでシャロを探した。だが見つからなかった。騒ぎが大きくなってしまったから、俺はやむを得ずその場を離れた。だがその翌日、驚くべきことが起こった……」
その翌日、あたしは唯さんに脅されて家を飛び出した。
シャロにメイド服を着せたまま、学校に連れて行った。
つまり、その時……
「シャロが、元気いっぱいの姿で俺の前に現れたんだ。しかもなぜか、メイド服の格好でな」
江村先生は苦笑いを浮かべて、そう言った。
続きます!




