まっしろなまっくろ その六
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やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて!!
瞳子のケータイから聞こえるのは、まっしろなまっくろと、真っ赤に染まる瞳子の声にならない叫びだった。
どれだけ叫んでも、泣き喚いても、ぼくの声は届かない。
「シャロットが、シャロットが悪いんだ! お前がお父さんを裏切ったから! お前さえ、私のものでい続けさえいれば!」
まっしろなまっくろが声を荒げるたびに、ぼくの全身を切り裂くような痛みが襲った。
でも、この痛みはぼくのものじゃない。
ぼくじゃなくて、この痛みを受けているのは……
「やめてぇ!! 瞳子を殺さないでぇ!! ぼくが代わるから!! 代わりにぼくが、お父さんの好きなようにさせるから!! だから、だから、瞳子は絶対に殺さないでぇ!!」
喉が張り裂けるほど叫んだ。懇願した。でも届かない。止まらない。繰り返される。
殺され続ける。
「裏切り者がぁ!! 裏切り者がぁ!! お前は一緒だ!! お前の母親と同じように、死んでしまえぇ!!」
そしてついに、
「……あぁ」
何かが切れた音がした。
そこに辿り着いた時には、もうお父さんはいなくなっていた。
あったのは、さっきまでハイテンションで楽しそうに話していたはずの瞳子の変わり果てた姿だった。
息ができなかった。
目を反らせなかった。
声も上げられなかった。
ぼくは力なく事切れた瞳子に近付く。
あの人が言った通りだ。
外に出たら、皮膚が紫に変色して、肺が破裂して、脳漿をブチまけながら死んでしまう。
ホントだ。
ホントにそうなんだ。
きっとこの子は、そのせいでこうなったんだ。
だから、ぼくも早く家に戻って……。
「うっ……」
お腹の底から苦いものが湧き上がり、ぼくはそれを地面へ吐き出した。
そんなわけない。
そんな病気はないんだ。
そんなんで、瞳子がこうなったんじゃない。
「なんでよ……」
目から何かが零れ落ちる。
雨で湿った地面に落ちて、すぐに見えなくなる。
ギリッと、奥歯を噛みしめる。
僅かに残った思考で、必死に考えを巡らせる。
どうして瞳子がこんな目に遭わないといけないの!?
瞳子が何をしたって言うの!?
どうして、どうしてこんな酷いことをされないといけないの!?
「とう、こ……」
--パシャ
瞳子から借りた靴に、まっかなものが付着する。
「うわぁぁぁぁ!?」
気付いた時は叫び声を上げていた。
瞳子から流れ出したものに足を取られ、思い切り転倒する。
全身、瞳子の命に塗れる。
瞳子は何も衣服を身につけていなかった。
エアの衣装が、一つたりとも見つからない。
そもそも、もうこの人が瞳子だったのかさえ分からない。
ぼくは、自分が血だらけになったところで、理性が吹き飛んでしまった。
何を言っているのか自分でも分からない。
ぼくは大切な友達の命の雫が恐ろしくて、身につけていたくなくて、身に纏った血だらけの彼女の衣服を全て身体から剥ぎ取った。
それをどこへやったのか、もうぼくには分からなかった。
どこをどう歩いたのか?
そもそもなんのために外に出たのか、それすらもぼんやりとしていった。
そしてやがて、全てが記憶の彼方へと沈んでいった……。
残酷すぎる結末。
瞳子を失ったシャロは、雨の夜へと溶けていく。




