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まっしろなまっくろ その五

久しぶりの更新です。

5


 走る。江村先生の学校を目指してただひたすらに走る。

 そんな中、ぼくはぼくの代わりにお父さんを待つ瞳子を思いやる。


「声も結構似てますし、背格好も遠目から見れば大差ないみたいですから、私がシャロさんになりすませばいいんです! そして、お父さんを私がおびき出します。その隙に、シャロさんは目的の場所まで逃げてください」


 瞳子はさっき得意げにそう言った。


「それは危ないと思うよ。お父さんは凄く怒ってる。ぼくに報いを受けさせるって言ったんだから」


 ケータイ越しのお父さんに、ぼくは言いようのない怖さを感じていた。


「大丈夫ですよ! 悪いことをした子供を叱るのは、親として当たり前のことです。それに、さすがに家の壁をボロボロに壊しちゃったら怒られても仕方ない気がしますし……」


 瞳子は苦笑いを浮かべた。


「だから大丈夫です! そんなことをしたらまた怒らせてしまうと思うけど、今は非常時です。謝るのは事が落ち着いてからにしましょう! 今はとにかく、シャロさんが自由を手にするのが最優先事項です! そのために、この坂上瞳子が一肌脱がせていただきます!」


 そう言って瞳子は、ぼくに早く逃げるように促した。

 瞳子はぼくのエアのコスプレをして、ぼくは瞳子のコスプレをしている。なんだか変な気分だった。

 まるで、ぼくと瞳子が繋がっているような、そんな気がしていた。


 学校まではもう少しだ。

 瞳子から連絡はない。

 瞳子の変化は感じられない。多分、まだお父さんには会っていないんだと思う。


 空気が少し湿っぽい。

 雨が降るのかもしれない。

 こんな寒いのに雨が降ったら、瞳子が風邪を引いてしまう。


 ぼくは心配になってケータイを取り出した。


「そっか、ぼくのと交換したんだった」


 人のケータイは使いづらい。

 ぼくはなんとか電話帳を開いて、さっき登録したばかりの「シャロさん」の項目をタップした。


「もしもし」


 瞳子はワンコールで電話に出た。


「シャロさん、お父さんには会えましたか?」


 瞳子っぽく喋る。


「……えっとですね、おっほん……いや、まだだね。この辺は似たような建物が多いし、道に迷ってるのかも」


 瞳子も負けじと頑張る。でも、


「シャロさん、あなたは今エアリエルなんですよ! ちゃんとエアっぽく喋ってくださいよ!」

「あ、なんか凄く私っぽいです! あ、じゃなくて……敵はまだ近くにはいないみたいだけど、警戒は怠らないわ。現れたら、容赦せずに撃ちぬくわ!」

「出会い頭にお父さんを撃ちぬかないでね、瞳子」


 それからしばらくの間、ぼくは瞳子と話をしていた。

 ぼくは思わず歩くことすらやめて会話に没頭していた。

 瞳子と話すと時間を忘れた。

 瞳子と、友達と話すことがこんなにも楽しいなんて、ぼくは知らなかった。

 もっと早く知りたかった。これが江村先生の言う自由なんだ。

 それを、ぼくはようやく手に入れた。

 まっしろな世界にはない、あったかい色の贈り物。

 これがぼくが欲しかった、世界のカケラ。


「……どうかしました?」


 瞳子の心配そうな声で我に返る。


「ううん、なんでもない。なんか、胸のあたりが温かくなった気がして」

「おっぱいがですか? まさかこの私と話をして興奮してるんですか!? まぁいやらしい! そんなエッチなシャロさんのおっぱいは私が揉んであげますから、今は我慢してください!」

「黙りなさい変態」

「うぐっ! ……わ、私は変態じゃありません! 変態という名の、」

「紳士でもない……瞳子はホント、バカだなぁ」

「そんなハッキリ言われたらぐうの音も出ません……」


 ケータイ越しに瞳子がションボリしているのが分かる。

 ちょっと言いすぎたかな?

 友達との付き合い方を、ぼくはまだあまり分かっていないから加減が難しい。


「どうせバカですよぅ……」


 尚も瞳子はイジける。


 やっぱり少し言いすぎたみたいだ……。

 こういう時は、謝った方が、いいんだよね……?


「ね、ねぇ瞳子」


 ぼくは少し心臓の鼓動を早める。


「……なんですかぁ?」


 相変わらずの様子の瞳子が応える。


「おっぱい揉んでもいいから機嫌直して」

「いいんですか!? って、そんなの冗談に決まってるじゃないですか!」


 瞳子は妙に慌てている。そんなに変なこと言ったかな?


「揉まないの?」

「そ、そりゃ、それだけ大きかったら揉みたくもなりますが……。で、でも駄目です! シャロさんの処女を私が奪うなんて、そ、そんな大それたこと私にはできません!」

「瞳子はホントバカだなぁ」

「デジャヴ!?」


 瞳子は殊更(ことさら)"V"の音を強調させるようにして言った。

 やっぱり瞳子は面白くて変な子だった。


 ぼくたちは可笑しくなって、どこからともなく互いに笑い出した。

 いつまでも、いつまでも笑い声は続いた。


 不意に気配が変わった。


 ぼくは分かった。


 お父さんが来たんだ、と。


 瞳子の息遣いが遠のく。瞳子がケータイを下げたのだろう。

 でも、通話は切れていなかった。


「シャロット」


 遠くから、でもはっきりとその声は聞こえた。

 まっしろな、お父さんの声だった。


「シャロット、なんて格好をしているんだ? それに外に出てはいけないとあれだけ言ったじゃないか? 早くしないと、皮膚が紫に変色して、肺が破裂して、脳漿をブチまけながら死んでしまうぞ。聞いているのか? こっちを向きなさい。今から家に戻るなら、壁を壊したことは許すから、だから……」


 死ぬなんて、そんなのは全部嘘だ。今ぼくは外でも何も変わらず呼吸をしている。

 それに江村先生も教えてくれた。

 お父さんは、ぼくを籠から出したくないだけなんだ。


「「お父さんは、嘘つきだ」」


 二人の声が共鳴する。

 ぼくが瞳子で、瞳子はぼくだ。

 二人の思いが繋がって、まっしろな嘘を打ち払う。

 お父さんのペットはもう嫌なんだと、宣言するために。


「う、嘘つきだって……? どうして、そんなことを言うんだ?」


 それは初めて見せたお父さんの動揺だった。

 ケータイ越しだけど、それはリアルにぼくに伝わってくる。


「ぼくは外でこうして外の空気を吸ってるけど、何も変わったところはないよ。それに、もう何もないのは……自由じゃないのは嫌なんだ。ぼくは、友達と自由に生きたいんだ!」


 ぼくの気持ちを瞳子が代弁してくれる。

 きっと瞳子もそう思っていてくれていたんだろう。


 お父さんは何も言わない。


--ポツリ。


 ついに雨が降ってきた。

 凍えそうなほど冷たい空気が辺りを覆い尽くす。


 足音が聞こえた。

 瞳子が歩き出したんだ。

 振り返る必要はない。

 お父さんには悪いけど、ぼくはこの世界で生きていくよ。


「はは、そうか、やっぱりそうなのか……」


 唐突に、闇の中からくぐもった笑い声が響き渡った。


「……?」


 瞳子は歩みを止めた。

 動揺の色を隠せない。

 そんな彼女に向かって、尚もお父さんは続ける。


「いつも、こうなるんじゃないかと思っていた……。どんなに私がお前を愛したとしても、お前は私をいつか捨てようとするんじゃないかって、ずっと疑っていた」


 お父さんは、ぼくが見るDVDは全てぼくより先に一度見ていた。

 ぼくのケータイを勝手に見ている時もあった。

 江村先生の授業をずっと見ている時もあった。

 何も言わず、ただ黙々と、何かに取り憑かれたかのように見つめていた。


「……あの人は私を捨てようとした。そして、やっぱりお前も……ふふ……私を捨てようとしている……くくく」


 ()ねるように言っているのに、その端々でお父さんは笑った。


「どうして、笑っているの……?」


 瞳子が呟く。あまりの狂気を彼女は理解できない。

 もちろん、それはぼくだって同じだ。


「ずっと恐れていたよ。いつかお前が私を裏切って外へと出て行ってしまうんじゃないかと。私のものじゃなくなって、他人のものになってしまうんじゃないかと」


 別の足音が、吸い寄せられるようにこちらに向かって来ていることが嫌でも分かった。


「こんなに愛しているのに、大切に思っているのに、裏切るなんて……。そんなことをするような人間を、私は……」


 まずい。

 直感的にぼくは悟った。

 この人は危険だ。

 だからぼくは、


「瞳子! 逃げて!」


 ケータイに向かって、ありったけの力を込めて叫んだ。


 逃げて欲しかった。

 間に合って欲しかった。


 やめさせればよかった。

 あの時、あの子の意見に反対しておけば、ぼくがあの場に残っていれば……!


 だから、全部、ぼくのせいだ。


 ぼくしか、友達を助けられなかったっていうのに……!


「絶対に、許さない」

「……!?」


 瞳子は多分、「エアの銃」を構えたんだと思う。

 でも、その時にはもう何もかもが遅すぎた。


 ぼくは結局、何もできなかった。


「う、そ……?」


 何も分からないまま、何も告げられぬまま、エアのコスプレに、まっかな染みが広がっていく……。


 見なくてもわかってしまう。

 瞳子の中に広がる最悪の感覚を、ぼくも体感したのだから。


 そう。


 まっしろな男が、狂気を刃に変えて、まっくろな悪意を、ぼくの友達に浴びせかけたのだった。

瞳子の運命は……?

続きます!

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