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まっしろなまっくろ その三

3


 扉には見渡す限りの鍵の山。

 全部、外側からロックがかかる特殊な鍵。

 いくら足掻いたところで開けられやしない、鋼鉄の防壁。


 そして、トドメはこれ。


 ――チェーン


 扉には何重にも太いチェーンが巻かれていて、扉をガッチガチに固めていた。


 この家は、中のインコを逃さないための鉄の檻。

 ぼくはお父さんにとって、檻の中のペットでしかなかった。


 お父さんはこれまでぼくの世界のほとんど全てだった。

 優しいお父さん。

 ぼくがこんなことをしたのは、お父さんが嫌いになったからじゃない。


 まっしろなキャンバス。

 そこに、ぼくはしろい絵の具で絵を描いた。

 何もないのに、何も生み出せなかったのに、お父さんはすごいと褒めてくれた。


――何がすごいの?


 またぼくはキャンバスに向かう。

 お父さんは、またすごいと言った。


――何も描いてないのに?


 そう、ぼくは何も描かなかった。

 描くふりをしてただけ。

 でもお父さんは、それをすごいと言った。


 つまんないって思った。


 お父さんはぼくが何をしようが興味はないんだ。

 ただまっしろな、自分に都合の良い娘がいればいいだけなんだ。


 「エアの銃」があれば、ぼくは好きな絵を描ける。

 これが江村先生の言う自由。

 ぼくはもうこんなまっしろ空間には飽きちゃった。

 ぼくは、ぼくの世界を切り裂き、外の世界を見に行く。

 夢にまで見た、色のある世界へ。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 まっくろな世界で、ぼくは息を切らす。


 ぼくは、ただ色が欲しかっただけだ。

 確かにやり過ぎたけど、まさか、ここまでのことになるなんて……。


「報いって、どんなことなのかな……? それに、あの人って、誰……?」


 わからないことが多過ぎて頭が回らない。

 それに優しかったお父さんの、とても静かだけど怒り狂ったあの言葉。

 悪いのは当然ぼくだ。お仕置きなら受けるのもしょうがない。

 でも、さっきのは、そんなレベルのことじゃなかったような気がする。

 もっと大変で、取り返しがつかないような何か……。


 ぼくは、怖かった。

 ぼくは、どうしたらいいんだろうか……?


 辺りに他に人はいない。

 道路には車もない。

 ぼくが思っていたより、世界は静かだった。


 でも……


「あっ……」


 アニメで見たような、高校生くらいの男の子の集団がぼくの前からやって来る。運動部の帰りなのかな?

 少し興味があった。でも、見つかるのはよくない。だからぼくはとっさに狭い路地裏へと隠れた。


 のんびりした足取りで男の子たちが通り過ぎる。

 ぼくは一度深呼吸をしてから、そこを出ようとした。


「ねえ」


 いきなり誰かに呼ばれた。多分女の子。

 江村先生の学校まではまだ少し距離がある。これ以上誰かに見られるのは、絶対に良いことじゃないのに……。


「ねえ、ちょっとちょっと、無視ですか? あなたですよ! フードを被っていても隠し切れない可愛さを振りまくあなたですよ!」

「ぼく、いや、わ、私のことですか?」


 今の口調のイメージはエアだ。

 この場はエアのフリをして乗り切る。

 ぼくは女の子を見るために振り返った。


 ぼくは思わず言葉を失った。

 その女の子は、ぼくと同じセミロングの髪の毛で、背格好も、声のトーンも、そして顔すらも、みんなぼくにそっくりだったからだ。

 その中でも特に特徴的だったのは、その大きな目だ。正直、目はぼくよりも大きいんじゃないかな。あんなに大きくて乾いたりしないのだろうか?


「そうそう、あなた! エアのコスプレをしてるあなたです!」


 ぼくにそっくりの女の子は、目を見開いて興奮した様子で言う。


「こ、これは、コスプレなんかじゃ……」

「うわー綺麗なウィッグ! それに、制服も完成度高いなぁ」


 いつの間にかコートを脱がされていた。


「ちょ、ちょっと、あなた、」

「あれぇ、ちょっとエアにしては胸が大きすぎますよぉ。ダメですよ、こんなパット、つける意味なんて……」


 ガシッと、いきなり胸を掴まれる。


「ひゃぁぁぁぁ……」


 胸がビリッと痺れて変な声が出た。


「あ、あれ? これもしかしてパットじゃないんですか……? うそぉ! なんで私と同い年くらいなのにこんなに胸が大きいのよぉ!?」


 今度はおっぱいをめちゃくちゃに揉んできた。


「あ、あ、ちょ、ちょっと、や、やめ、て……」

「うわぁ! 感度もすごーい! なんかこっちまで興奮してきますね!」

「や、やめなさい! ぼく、いや、私の胸を触るなんて、あなた、一体どういうつもりかしら?」

「うわぁ! この銃も完成度高ーい! こんなエアガン売ってるものなんですね!」


 女の子はエアの銃を手に取ると、引鉄に指をかけ、


「危ない!」


 そのまま引鉄を引いた。


「うわぁぁぁ!?」


 放たれた弾丸が街灯に命中し、破片が雨のようにこちらに降ってくる。

 ぼくはエアのように高速で走り、そこで固まってしまっている女の子を助け出した。


「す、すいません。ありがとうございます、コスプレの方」

「だ、だからコスプレじゃなくて、」

「お名前、聞いてもよろしいですか?」


 女の子は打って変わって真面目な表情で尋ねる。


「名前? だから私は、篠崎・エアリエ、」

「そうじゃなくて、本名ですよ!」


 う、バレてる……。


「えーと、本名は、真壁・シャロット・グレンフェル。人によってはぼくのことをシャロって呼んだりもするよ」

「カッコ良い名前ですね! もしかしてハーフですか?」

「うん。ぼくのお母さんはイギリス人なんだって」

「そうなんですか! ところでシャロさん、あなたはどうして一人称が『ぼく』なんですか?」

「ど、どうしてって言われても、まぁ、なんとなく、かな……? もしかして、"ぼく"って言うの、変なのかな?」

「変ですね」

「うわぁ、なんか酷い……」

「いいんじゃないですか? 変ですけど、個性的で面白いですし」


 変なんだ……。どうしよう、今更だけど呼び方変えた方がいいのかな?


「そ、それより、君の名前は何て言うの?」


 とりあえず話題を逸らす。


「私ですか? 私は…………篠崎・エアリエル・フレンディ、です!」

「お・な・ま・え・は?」

「あ、怒ってる! 顔は笑ってるけど今絶対怒ってる!」


 女の子はやっぱり目を輝かせながら、落ち着きなくぼくの全身を眺め回している。


「もしかして、これ、着たいの?」

「ひ、人の物を欲しがるほど落ちぶれちゃいませんよ! で、でも、シャロさんがどうしても着て欲しいと言うのなら、着てあげるのもやぶさかではないですねぇ」

「わかった。ならいい」

「ひくのはや!? ちょっとは構ってくださいよ!」


 結局ぼくはエアの衣装を女の子に渡した。

 代わりにぼくは、女の子が着ていたピンク色のセーターと白のロングスカートを借りた。

 外で下着姿になるのは、あの子は少し恥ずかしいようだったけど、街灯が一部さっき壊れたせいで薄暗かったから、「これくらいなら我慢できますね!」って言っていた。


「うわぁ! よく見たらシャロさんの髪の毛って銀色なんですね! いいなぁ……銀髪に青い目、そして巨乳……。くぅ〜、同じ人間なのにここまで格差があるのかぁ!?」

「でも君、ぼくとすごく顔が似てる気がするけど。それに目は君の方が大きくて綺麗だよ」

「き、綺麗だなんて恐れ多い! それに、確かに少し似てはいますが、細かな部分は決定的に違ってます! 私とあなたを比べるのはおこがましいというものです!」

「そ、そうなの?」


 高すぎるテンションに押されてぼくはタジタジになる。


 女の子はついにエアの衣装を身にまとった。


「装着!」

「似合ってる!」

「これは、照れてしまいますなぁ」


 満更(まんざら)でもないのか、その子はとても嬉しそうな顔をしている。

 両手でエアの銃を持ち、大きな片目をつぶって照準を合わせる素振りを見せる。

 その様子があまりに楽しそうだったから、ぼくは思わず言った。


「ほしいなら、あげようか?」

「え? マジですか!? もしくれるならほしいです! 一回もらったら絶対返品しないですが、それでもいいですか!?」

「うん、いいよ。それよりも、そろそろ名前教えてよ」

「な、名前ですか……? しかし、こんな素晴らしいものをいただくのにこれ以上名前を伏せるわけにもいきませんね……。わ、わかりました! こちとら家出中ではありますが、名前を特別にお教えしちゃいます!」

「家出中だったの!? あ、まぁとりあえず名前をお願い」


 突然のカミングアウトに驚いたけど、ここはひとまず続きを促す。

 いい加減に謎の女の子扱いするのは疲れたからね。


「私の名前は、坂上瞳子さかがみ とうこと言います。シャロさんほどじゃありませんが、生まれた時から目が大きかったので、母親が瞬間的に名付けたそうです」


 瞳子は言った通りの大きな目を瞬かせて、苦笑いを浮かべてそう言った。


瞳子登場!

続きます!

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