まっしろなまっくろ その一
それはシャロの世界。
1
まっしろなへや。
ぼくのはだも負けじとまっしろ。
壁紙もまっしろ。
ソファーもまっしろ。
時計もまっしろ。
テレビも、みーんなまっしろ。
ぼくの手はそこそこまっしろ。
ドレスもまっしろ。
まっしろな床に手を伸ばす。
長くて、でもまっしろじゃない髪の毛が一本。
銀色の、ぼくの髪だ。
お父さんはそんなぼくの髪の毛を褒めてくれる。
お母さんにそっくりだって言ってくれる。
お母さんは美人だったってお父さんは言う。
お前はお母さんに似て良かったって言う。
まっしろな服を着てそう言う。
でも、ぼくはお母さんを見たことがない。
小さい時から、一度も見たことがない。
会ってみたい。でも、会えなくてもいい。
どっちなんだろ? ぼくの気持ちはどっちなんだろ?
お母さんはイギリス人。
お父さんは日本人。
じゃあ、ぼくは?
ぼくは、何人なの?
「シャロットはシャロットだよ」
「お父さん、ふざけるのはやめて」
「ふざけてなんていないさ。シャロットには日本もイギリスも関係ないだろ? 関係のないことは、存在しないのと同じさ。君はシャロットだ。そして、お父さんの子供だ」
お父さんは時々よくわからないことを言う。
あいきゃんとあんだすたんど。
「ねぇお父さん、ぼくも日本を知りたいよ」
「アニメの中の世界と何も変わらないよ。萌え萌えの女の子たちが、たいして価値もなさそうな男を取り合うのが日本さ。そして、軽音部の5人が行ったところがイギリスさ」
お父さんはオタクだ。そして、ぼくもオタクだ。
魔法少女フェイラが一番のお気に入りだ。
「それに、シャロットには外の空気は汚すぎる。あんなものを吸っていては、すぐに皮膚が紫に変色して、肺が破裂して、脳漿をブチまけながら死んでしまう」
お父さんは時々怖い。
「じゃ、どうしてお父さんたちは平気なの?」
「私たちが変なんじゃない。私たちにとってそれは普通なことなんだ。普通なら、わざわざ驚いたりしない。わざわざ脳漿をブチまけたりはしないさ。シャロットが弱いのさ。シャロットは弱くて貴くて純粋だ。シャロットには外は汚すぎる。だから病気なんだ。透き通った水は、簡単に濁ってしまう」
へやはまっしろ。
ぼくもまっしろ。
世界はまっくろ。
しろいぼくはどこにも行けない。
ぼくは病気だから、純粋っていう病気だから、だからどこへも行かない。
行きたいけど、行けない。
そのことを、信じて疑わなかった。
「な、なぁシャロ、君はおかしいって思わないのか?」
ある時ぼくの先生である江村先生がぼくに聞いた。
「なにが?」
「君の病気がだよ」
「どうして?」
「純粋なんて病気は……ない。君は騙されてるよ。君のお父さんは、う、嘘つきなんだ。騙されてはいけない」
まっしろなぼくに、くろを一滴。
「今まで、あの人には世話になってたから、黙って君に勉強だけを教えてきた。だがもう我慢ならない! 君が不憫で仕方がないんだ。こんな、こんな監禁生活は間違ってる! きみには自由があるべきだ。俺は君を救いたい!」
差し出されたのは、まっくろな銃。
「エアガンだ。だが、改造してあるから威力は本物とほとんど同じだ。デザートイーグルっていうんだ。かっこいいだろ?」
見事にまっくろ。これが、汚い外の象徴?
「もう目を覚ませ! 外に出たって、誰の皮膚も紫にはならいし、肺も破裂しない。脳漿もブチまけない。外は真っ黒なんかじゃない。外は自由だ。これで君は、自由を勝ち取るんだ」
「外には何も邪魔をするものはないの?」
「ああ、ない」
「好きなことをやらせてくれるの?」
「もちろん。好きなように、やりたいことができるぞ!」
まっしろなへやに、まっくろな銃。
江村先生がくれた、ぼくの自由。
さしずめ、それは……
「エムラの銃」
「もっとかっこいい名前を頼む」
「外の世界を教えて」
「ああ。萌え萌えの女の子もいないし、ナゼかモテるヘタレ主人公もいないぞ」
「じゃあ江村先生はモテない」
「俺はモテる。今年で五十五歳になるが、二十代の恋人がいるぞ」
「あはは! 江村先生気持ち悪いね!」
「はっきり言うなよ!」
まっしろの中にまっくろ。
ぼくは、くろに染まることにした。




