招かれざる者 その四
4
「何を、言っているんですか? そんなことあるわけないじゃないですか! シャロは怪我なんてしてないし、倒れてなんて……」
そう言いかけて、あたしの中である記憶が呼び起こされた。
二月のあの雨の日、あたしは裸で倒れているあの子を見つけた。
でも、シャロには血なんてついていなかったし、傷だって一つもなかった。
街灯の下でもよく分かるほど、ホントに綺麗でしっとりとしていて、真っ白な肌だったんだ。
もし血なんてついていたら、あたしは怖くなってあの子を家に連れ帰ったりなんてしなかったはずだ。
だから、この人が言っていることは絶対に間違っているんだ!
間違っていると、あたしは言わなければいけないんだ!
「確かに倒れているこの子を拾いましたけど、この子は血だらけになんてなってません! なのに、どうしてそんなことを言うんですか!?」
あたしは声を荒げる。
だが、男性は一歩も退く様子がない。
「私は確かに見たんだ! あの日、女房から買い物を頼まれてあの道を歩いていたら、裸で、血だらけで倒れている女の子を見つた。それで私は警察に連絡したんだ! 街灯が切れかかっていて確かに薄暗かったが、その顔つきは間違いない! あの時倒れていた女の子だ!」
「おじさん、そろそろいい加減にしてくださいよ! さっきからひまが違うって言ってるじゃないですか! もしこの子が血だらけで倒れてたんだとしたら、どうしてそのあとに何の怪我もないこの子をひまが拾ったりするんですか!? それ以上酷いこと言うなら警察を呼びますよ!」
夏海も珍しく怒り心頭のようだ。
興奮しているせいか、目が少し涙目になっている。
「三室さん、確かあんたこの前血だらけの女の子を見つけて警察に届けたって言ってたけど、あの事件の被害者はもう亡くなったって言うじゃないか? だったらその子は関係がないよ。その子はどう見たって健康そのものって感じじゃないか?」
「あの事件って、この前の殺人事件のことですか?」
あたしが尋ねる。
「それって、ナイフで十数カ所を刺されて殺された、身元不明の遺体が発見されったっていう……? でも、あれって確か、そのあとに遺体の身元は明らかになったんじゃなかったっけ?」
夏海が首を捻る。
「うん。確か被害者は隣の街に住んでた子で、名前は、坂上、なんとかって言ったっけ……?」
普通の事件の被害者ならわざわざ名前なんて覚えてないけど、この事件はこの付近で起こったことだし、犯人が未だに捕まっていないということもあって、いつもよりもはっきりと記憶に残っていた。
「そうそう、あの殺人事件。実はこの人が第一発見者なんだよ」
男性を抑えながら、七十歳くらいと思われる老人が言う。
「第一発見者……」
「ああ。だが、その後くらいからこの人はどうも様子がおかしくなってしまってね……。多分、死体の状態があまりに惨たらしくて、精神的ショックが大きかったんじゃないかと思うんだが……」
「違う! 私は何もおかしくない! その子はどう見てもあの時の女の子だ! 見間違えるはずはない! きっと何かを伝えに私の元へ来たんだ!」
失礼だとは思うけど、男性の様子は、半狂乱、という言葉がピッタリ当てはまると思った。
自分の言葉があまりに荒唐無稽なことに気がついていないのだろうか?
死んだ人間がどうしてあんたの元へ来たりするんだろうか?
「三室さん! そろそろいい加減にするんだな! このままだとホントに警察のご厄介になることになるよ。ささ、とりあえず僕の家に来なさい。話はそこでゆっくりき、」
「思い出した……」
男性の言葉を遮るように、何の言葉も発していなかったシャロが、突然口を開いた。
「シャロ?」
シャロはあたしの後ろから出てきて、三室の方へと足を踏み出す。
「私が君を見つけたんだ! あの夜のことを覚えているだろう!? 君は確かに、あの日血だらけで倒れていたんだ!」
引っ張られながらもなお三室は声を振り絞る。
すると今度は、シャロが放心状態になったように動かなくなった。
「シャロ!」
「シャロちゃん!」
あたしと夏海は、明らかに様子のおかしいシャロの元へと駆け寄る。
シャロは小刻みに震えていた。
目をカッと見開き、口を開けたまま、恐怖に身を引きつらせるように、震え続けていた。
「シャロ……?」
あたしが立ちすくむシャロに手を差し伸べようとしたその時、彼女は言った。
「ぼくのせいで、ぼくのせいで……」
「シャロちゃん落ち着いて! 大丈夫だから、だからこっちに……」
「ぼくのせいで、あの子はあんな……。ぼくが、逃げたりなんてしたから、あんな、酷いことに……」
「シャロどうしたの!? しっかりして!? 一体あの日、あんたに何が!?」
「ぼくじゃない! ホントはぼくがああなるはずだったのに、ぼくの代わりに、あの子が……」
永遠ともつかない沈黙のあと、
「お父さんに、殺されちゃったんだぁぁぁぁ!!」
シャロははっきり、そう言ったのだった。
続きます!