空のプロローグ
斜陽に目を覆い、ベッドに仰臥していた体をおずおずと起こす。そして、窓ガラスの向こうに意味もなく微笑んでみる。
これが理想的な起き方のはずだ。しかし、この世に生けとし生ける者、斜陽で目が覚めるなんてことは滅多にない。
寝起きの忌々しい余情をはらうため、事務的に水を飲み食糧をむさぼる。
数週間前この空中都市郡、通称セブンス・キングダムは冬を迎えたばかり。珍しく斜陽で目が覚めたのは雪が太陽光を反射して増幅された光の目覚ましが目を焼いてきたからだ。
髪の毛を整える。
こんなに寒い冬だが私のように「美しい」と感じる者もいれば、ただ「寒いだけの忌々しい季節」と思う者もいるだろう。
朝方に感じる世界の鮮明さ、そして、夜の星々が織り成す光の乱舞も相まって個人的に一番好きな季節だ。(皮膚の乾燥が毎年甚だしいことを口にするのは冬への冒涜なのでここでは自重)
それに、冬という季節はある程度怠惰に過ごしてもそれを許してくれる。
むしろ、怠惰に過ごすしか冬は生きていけないのだ。
なんという季節であろう。怠惰を誘発し人々をインドア派の道へと誘ってしまう。
冬といえば白のイメージが強いが先程のように考えてしまうともう紫にしか見えてこない。
まあ、そのギャップも冬が好きな理由の1つでもあるのだが。
冬の尊さに思いを馳せつつ手早く着替えを済ませる。食べ方がいい加減だったためか、まだ空腹は満たされていないようだ。10分間で二度の食事を済ませたあと、薪ストーブの火を静かに消し、木訥さの残る家をあとにした。
とりあえず外に一歩踏み出してみると辺りは白銀のベールに包まれていた。
目の前に広がる青の空は塵一つなく、この上ない鮮明さでついつい引き込まれてしまうものがある。
しかし、冬は大好きで尊い崇高な季節だがさすがにこの寒さは応える。
「寒さを見誤ったか」
一旦引き返し、コートと黒いハットを装着し完全防備で再び一歩。
「まだ、ちと寒い気がするがまあこの程度なら致し方ない・・・か」
自分の寒さ耐久値の低さが恨めしいことこの上ないがぐずっても時間の無駄だ。【ある目的】のためにとりあえず進むことにする。
私の家の隣には一つの大きなガラスケースが文字通り立っている。
中には小宇宙ができており、モノリスのような碑が当然のように浮いていて、違和感を感じているこちらをバカにしているかのようだ。
その碑にはこのセブンス・キングダム共通の禁忌目録と、上空に浮かぶこの国々に住むにあたっての在り方などがこと細かに記されている。
ぽわぽわと浮いているため、この上なく読みずらくイライラするので途中で読むことは諦めたが、この国々の王たちは、全て、一字一句記憶しているのだそうだ。
そして、この碑の場所というのが7帝都の中心。それぞれの王国の方角には人が3人ほど入れる広さの青白く光る場所がある。それは、各王国につながっているワープゾーンのようなもので、一歩でも足を踏みいれるとその方角に堂々と浮遊している王国に一瞬で入国することができる。
家がどんどん小さくなるにつれ、第二帝都、通称【憩いの都】がどんどん大きく見えるようになる。
私の家は世界の中心にあるために移動にはさほど苦労したことがない。【とある理由】があり、いやいやあんな場所に家を建てたものの、まさかこんなメリットがあるとは考えてもいなかった。
第二帝都の門をくぐり入国完了。国に入国するのにわざわざ入国審査はしない。上空にすむ私達は心が広いのだ。寛容なのだ。
憩いの町。その名の通り空気から雰囲気からアロマセラピーが淀みなく溢れている。
見渡す限りのレンガの建物、そして、それを彩る店の看板たち。
お店に飛び込みたい衝動を必死にこらえ目的である【目立った人影】を探す。
ここまで、私の家が碑の隣にある理由、私の仕事、目的の人物についての明言は伏せてきた。
それもそのはず。そうそう簡単には教えられないからだ。そして、幾年も前から私、いや、【私達】の物語は始まっている。