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メンテナー

作者: 鹿島忠

SF作品です。

突然始まり、過不足有りで終了しますのでご注意を。

「爆破した、だと!? それが壊れることの意味が分かってるのか!?」

 その声には焦りが――いや、恐怖一色が乗っていた。

 惑星コロニーの中央区画爆破。直径300メートルもの巨大な穴を空けるように仕掛けられた爆弾が、一番派手な花火として交渉の切り札だった一群が男の手元にあるスイッチとは無関係に起爆した。

 こうなってしまっては人間の手で止められるはずはない。人工重力発生装置まで、導かれるように穴の上にあった物が落ちてゆくだけだ。

 その穴ギリギリ手前、無慈悲な切取線からは男は逃れていた。

 だが、だからこそ男は崩落現場を特等席で観てしまう。

 目の前の奈落と呼ぶに相応しい地下へ崩れ落ちるガレキの山はどこまでも鈍い金属の色を帯び、耳に不快感を残す金属音を発生させている。

 追加で紅い物と、嫌な音――声と呼ばれる波長。

 認識するなと心に現実逃避を促すが、なぜかそれは失敗した。

 金属の鈍い色や錆びた色に混じって、紅が線を引くように視界の上から下へ。

 耳に残る金属同士のぶつかり合う音に混じって、肉体がすり潰されたり、断末魔だったりが耳の片方からもう片方へ。

 足から力が抜けて立っていられなくなるが、背中を当てている金属柱のせいで体は起立したまま。こんな時に支えはいらない、必要なのはこの現実を許容しない為の精神防衛プロセス。

 だが、立っている間はその機能が働かないのか、目に見えるもの、耳に聞こえるもの、肌に伝わってくるもの、鼻に漂ってくるもの、口を満たすもの。その全てが現実を、現実だと認識させてしまう。

 目の前の、数億単位で被害がでるだろう惨劇を脳細胞1つ1つに刻みつけてしまう。

 植え付けられた人間の死に様のせいで自分が生きているのは間違いだと否定されている気分になる。

 地獄すら生ぬるいとか、そういうことではない。恐らく、目の前の風景が地獄に取って代わるのが相応しいのだ。


「たかが数億程度がどうなろうと、私には、私達には関係がない。それ以上の、もはや確実な統計すらとれない程に膨れあがった多数の人間を護る。私達はそれを至上命題として動き、あなたを捕獲しに来ただけ。私達には、たかが数億程度がどうなろうと、関係がない」

 高く澄んだ声が、目の前の光景を呆然と眺めていた男の意識を引きずり出した。

 数度の瞬きの後、男はようやく目の前の地獄が終わっていることに気づいた。なにかしらの機能が働き空気は漏れていないようだが、それにしてもコロニーが自壊しないのが不思議なほどに、絶望的な風景。

 それをまたいで三百メートル向こう側、男と対極に居る人影にも気づいた。

 聞こえてきた声は女の物だった。なら、向こうに見える人影は女……?

「犯罪ランクは……おめでとう、5に相当するわね。1万の大台に昇った気分はどう?」

 背中を冷気が駆けめぐり、全身が凍り付く。

「馬鹿なことを言うな! 俺は人殺しをした覚えはない。なのにランク5? 1万以上の大量虐殺者だと? ふざけるな! 冤罪にも程が」

「目の前の光景は誰のせい?」

 男の言葉を切るほどに鋭利な言葉が響く。その声に、男は一度目の前の穴を見て、しかし反論をするために視線厳しく対極に位置する人影に声を投げ返しす。

 それが失策だと理解するのに、ほんの数秒程度しかかからなかった。

「俺は仕掛けただけだ! 脅すために仕掛けた物で、起爆したのはそっちじゃないか!」

「証言として録音します。あなたは爆発物を仕掛けた、それだけで爆発させたのと同じです。ランク5の正式認定……承認されました。もう一度言うわね、おめでとう」

 女の声は、様々な情報を運んできた。事実と、女の喜びと、もう一つは300メートルの向こうにいる女の、見えるはずもない嬉しそうな顔。いや、嫌らしいまでにニタリと笑っているのが肌で知覚出来る。

 全てを処理して理解したとき、光の速さでもって1つの言葉が脳裏を駆けめぐる。

 はめられた……!!

「私としては、ありがとうかしら。さっきまでのあなたはランク1、銀行強盗と宝石店襲撃を20回だっけ? それだと私の罪は軽くならないから……本当に嬉しい」

「貴様、まさか」

「そっ、私もあなたと同じ犯罪者。私の居た惑星は倫理観が凄くてね……家族殺し程度で、ランク7まで上げられちゃった。まさか100万以上の殺戮者と同等とはね、あんなの殺すんじゃなかったと今では改心してるのよ?」

 喉で細かく、しかし次第に大きく発音としての嘲笑が波となって男を襲う。

 崩落よりもショックを受け、背にしていた金属柱にしたがってズルズルと大地へ落ちてゆく。

「犯罪者資源の有効活用法って素晴らしいわね。あなたはランク5なのだから……そうね、あと3人もランク5を捕まえれば私もランク6に下げて貰える。ふふふ、本当に素晴らしいわね」

 楽しそうに笑うのは女だけで、男は絶望に浸っている。


 いや、浸ろうとした。

 彼は既に三時間という時間を延々と逃げることに費やして来たのだ。疲労と、目の前の惨劇を見て肉体、精神的な疲労は極値に達している。

 死んでしまうと、心が折れたのはもうずいぶん前だ。いい加減にヤバイ仕事からは足を洗おうと、そんな事を思う年齢になってしまった。だからこそ、最後に遊んで暮らせるほどの金が必要になった。

 手に入れるのは簡単だ、馬鹿な国を脅して、終了。標的は中央政府から遠い田舎コロニーの、とりわけ金を貯蓄し人間だけは大勢いて巨大なコロニー。

 あとはそこに起爆装置付きの爆薬を仕掛けるだけ。

 三ヶ月かけて全長何十キロという場所の無数に、ある場所の爆薬は簡単に見つかるように、またそれを隠れ蓑にして見つからないように隠して回った。

 あとは交渉、そして逃走。警備体制の裏情報を金で買い、逃走ルートを金で買い、認証パスを金で買い、ありとあらゆる手段を金で買い切った。

 策を巡りに巡らせ、コロニーは男にしか見えない意図によってそのままローストビーフに成るか否かと問われる段階まで来た。

 そこへ、この女だ。

 もはや三時間前の事だというのに、その出会いはおぼろげ。いや、相手もその様に振る舞っていたのかもしれない。とにかく重要なのは、気づけば追われ、ランク五の犯罪者に仕立て上げられ、ローストビーフにされそうなのは自分の方かと疑わんばかりだった。

「あぁ、これで国家元首も満足でしょう」

「……なんだって?」

「耳が遠くなったかしら、それとも世界からの逃避? ふふっ、どちらでも好きな方で。この動き、全てが貴方のパペット劇場でなく、このコロニーの国家元首による二人羽織だった、ってことを知ったらこの二択に落ちてゆくでしょう?」

「…………」

 絶句という以前に、男は言葉の存在を忘れた。視界はどこも見ていない、耳はなぜか笑う女の声のみを拾い続け、口は吹きすさぶ風に渇き、肌は遂に膝付き大地を感じ取り、色が消えた世界であっても血肉のニオイだけは嗅ぎ分けられた。

「テロは金に換わる。保証金という換金制度は、誰もが虎視眈々と狙う金儲けの方法。舞台は簡単に作れる。どこかの宗教に反対し、それで居て警備の手を薄くし、爆弾を関知しない警備システムに変える。あとはやってきた馬鹿をひたすらに生かし続け、お前達を浄化の炎で燃やしてやると脅してきたところで、逆にその浄化の炎を使ってコロニーを新しく作り替える。そして余ったお金は懐へ……。いいわよね、一度権力を握ればやりたい放題の世界なんだから」

 女が男の元へと向かう。大穴へ一歩進み出でて、しかし落下せずに大地を踏みしめる様相で歩き寄る。

 男は打ちのめされたのか、そんな不自然な現象を目の当たりにしながら微動だにしない。力なく頭を垂れるのは、目の前の現象を避けるのではなく、ただ単純に力なく落ちただけ。

「そう、案外抵抗しないと。それも良いことです、これ以上はどうしたって無駄だと認識するのは、とても大切な事ですから」

 女は言い、空を歩く。その口調、物取りを終えたというに関わらず、どこか寂しげだ。

「あなたには生きる権利が与えられます。しかし、自由に生きる権利は与えられません。それが不服であれ、あなたは今この瞬間にも自由に生きる権利はありませんから、不服すら言わせません。ここまでを聞くことが最後の自由です」

 女が突きつけたのは最後になるだろう外の世界での言葉。言い終わり、それでも動かない男に向けられたのは拳銃の形をしていた。

『まだだ、もう少しだけ……』

 これが女の唯一にして、致命的なミス。

 男はだらりと大地へ落とした手の中に、小さな球体を投げつけるタイミングを計っていた。

 今にも激憤し女へと襲いかかりそうだが、それを最大級の理性でもって鎖にかけた。頭を垂れたのも、その怒りでドス黒い光を放っているだろう目を見せないためだ。頼みの足音も、今では空中を歩くという非常識によって使えない。だから、全ては感覚、勘といった曖昧さに頼りに頼った。

 ここまで来て、しかし男は生きようと足掻く。

 気づけない女、一歩前へ。空は終わり、男と同じ大地へと一歩、足音を響かせて、降りてしまった。

「――――――!!」

 声も上げず、死にたくない意地と、してやったりという嗜虐的な笑みが顔をグチャグチャにし

「遅い」

「……あ、あぁ…………あ、ぐぅ………………」

 手応えが伝わってこない。慌てて右手を見て、何故か目の前が真っ暗だった。いや、理性が拒否したおかげで、見せなかっただけだろう。

 時間は残酷で、その配慮も数秒後には現実の直視をさせるのだが。だから、見た。

 切断面の見えた、右手首。皮膚、脂肪、筋肉、骨。そのどれもが断面図として現れ、見たことのないそれに、現実感がない。右手がある場所に、なぜか大地が見える。

 でも、頭が分かってる。だから混乱し、声がわずかにでて、今にも叫びだしそうで―――!!

「耳障りな音は、聞かない主義なので……」

 女の指が動き、男へと凶弾が打ち込まれた。

 それだけで体が、動かない。

 もはや筋繊維の一本たりとも生体電流によって服従せず、反乱を起こし、脳を相手に勝訴した。

「捕獲完了。転送は一時間程度で終わります、受け入れ準備を」

 無遠慮に耳をかき乱す声。どこかに連絡をしていたらしいことは、なぜか反乱を起こした体にも解析され、聞かされた。

「では、もう一度。あなたには生きる権利が与えられます。しかし、自由に生きる権利は与えられません。それが不服であれ、あなたは今この瞬間にも自由に生きる権利はありませんから、不服すら言わせません。ここまでを聞くことが最後の自由です、ではさようなら」

 次の瞬間にはチャンネルの合わないラジオが、男の耳元で鳴りだした。


「はい…………はい、分かりました。それでは」

 通信を終了させて、ようやく一息つく。

 目の前には眠るように生きている人間が一人。気楽な物だと、思う。

 でも、これと引き替えに私は生き長らえることが出来る。

 犯罪者が犯罪者を裁く。善人が悪人を裁いていられる時代は終わったのだ。

 統計が取れない程に膨れた人類は、どうしても暴走する。そうして、ようやく私達は数の増殖を抑えられるはずなのに、どうしても暴走を抑制したいらしい。だから、私のような、私達のような悪人が、悪人を裁く。悪を監獄に入れて管理しておけるほど、善が余っている訳じゃない。

 悪が悪を裁き、裁いてきた悪は善によって駆逐される。そうして、悪は全てを無くし、善のみになる、はず。

 それが世紀をどれだけ跨いできたか分からないシステムで、どれだけの世紀を辿っても目的の達成されないシステムの動き。

 男のおかげで自分のランクは下がるだろう。しかし、もはや摩耗している感情が罪を消しきるまで耐えきれるのだろうか。

 最近になって思う。このシステムは真に、犯罪者を精神的に追いつめる為の目に見えない牢獄、縄までの階段、イスまでの幾枚かあるドア、磔までの執行猶予なのだろう。

 この結末は分かりやすい。悪は、自らによって自滅するだけ。

 でも、むごたらしくも、私は

「生きていたい……この世に、証を刻んでやりたい…………」

 男を追っていたときとは違う、寒さに凍える鳥のよう。

 精気はなく、死んでいるのかと見紛うばかり。

 自らの体を自らの腕で抱きしめ、女は先ほどまでとは違った感情に身を委ねる……。

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