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騎士と護衛シリーズ

明け方厨房でストレス発散する王女殿下

作者: つむぎ
掲載日:2026/07/07

のぞいて下さってありがとうございます。

拙いものですが……お付き合い頂ければ嬉しいです。


 ダンッ ダンッ ダンッ……ダンッ


 背後の扉から聞こえてくる叩く音。

 後ろは調理場。

 中には我が国の王女殿下。


 大きな音に混じって、度々聞こえてくる呪文のような低い声。

 

 「何を……されているというのですか……」





 ラリミア王女殿下がおかしくなった、というのは踊り場から転落した後からだった。


 彼女は王女というには、一般的に言われる華やかさというものはなく、かと言って美しくないわけではない。王族にしての威厳はなかったが、馬鹿にされるほど落ちこぼれてはいない。

 つまり、あまり目立たないが、王族として粛々と責務を全うする凛とした雰囲気をお持ちの王女様であった。


 と、俺は思っていた。


 幼い頃からの「いづれは王族の護衛をするのだ」という父の呪いのような言葉をそのままに生きてきた。

 「騎士たるもの、自分の命を捨ててでも王族を守るのだ」という呪いは、騎士を目指すなら皆、頭に叩き込まれるだろう。

 騎士家系であった俺の家もそうだ。

 

 小さい頃からそうだった。


 だから、うんざりだった。


 だけど、嫌だとは言えなかった……いや、言わなかった。


 言えるほど、馬鹿ではなかった。


 それはマイスリー伯爵家(騎士家系)の長男として、運命だと割り切っていたから。


 もちろん、反抗期がなかったわけではない。ちょっと、ほんのちょっとだけ町に出て……まぁ、ほら少しだけ遊んだわけ。

 がんじがらめの人生が嫌だった。頭で自由になれないなら、体は自由でいようかと思ったんだ。


 だけど、ベッドに横になって感じたのは虚しさだけ。体は自由になったはずなのに、頭をよぎるのは父の顔と散々言われてきた言葉たち。


 『カースト、お前は騎士となって王族をお守りするんだ。その命と引き換えに』


 分かっている。騎士ならば自分の命より護衛対象を守ることなんて息をするより自然な事だ。


 それなのに、俺は心からそうは思えなかった。

 皆、自分の命の方が可愛くないのか?

 父のように王族へ忠誠心を持って尽くすことなどできなかった。


 だから結局、疑問を持つことをやめて、自分の人生を諦めて黙々と仕事をこなしているうちに、騎士として評価された。


 笑えたよな。


 ……周りからの信頼が厚くなるにつれ、苦しくなった。


 いざとなったら、俺は自分の命を捨てられるか?


 窮地で剣を向けられた時のその恐怖に怯え、逃げ出す自分を容易に想像してしまい、胃の底から込み上げる何かを堪えるので精一杯だった。


 そんな日々を過ごしていた中。


 ラリミア殿下の王女宮の警護として任命された。もちろん、それはラリミア殿下が窮地に立った時、彼女のために命を捨てるということだ。

 

 窮地など来ないでくれ。

 平和な毎日であってくれ。

 

 騎士としての心構えなどできてないまま過ごす日々は、とても苦痛だった。


 なぜなら、ラリミア殿下が優秀だったから。


 目立つ事はせずとも、粛々と執務をこなし、国のため民のため働くその姿勢は、こんな俺から見ても王族として立派な方である事は分かった。そんな素晴らしい人である王女殿下をお守りする立場なのに、俺はいつまでも自分の人生を受け入れてない。

 




 ラリミア殿下には婚約者がいた。

 ザードライン公爵家の嫡男であるユスタフ公爵令息であった。ユスタフは国一番の美男子でその聡明さは国王も一目おく存在だった。

 2人は幼い頃からの顔馴染みでユスタフに密かに恋心を抱いていたラリミア。しかし、これは政略結婚。ユスタフはいつしかこの婚約に不満を持つようになった。なぜなら恋人がいたからだ。相手はアバンス子爵家のリリー。ラリミア殿下の従妹だった。


 リリーの母親とラリミア殿下の母親が姉妹なのだが、リリーの母親は異母姉妹……彼女たちの父親が愛人との間に作ったのがリリーの母だったのである。

 リリーの母、シェリーはとても美しい人であった。そして、王家に嫁いだラリミア殿下の母を羨み妬んだ。

 

 ユスタフは言った。


 「ラリミア王女殿下と結婚はしても、私の心まであなたのものにはなりません。絶対かつ永遠に」


 ユスタフはラリミア殿下に対して一貫として冷たい態度を取り続けた。

 一方でラリミア殿下がリリーへ嫌がらせをしているという噂が出始めた。必死にラリミア殿下はそれを否定していたが、美しいラリミア殿下に嫉妬していた令嬢達は面白がって彼女を悪女に仕立て上げた。

 

 どんなに否定しても彼女の立場は悪くなっていった。美しく優秀であった者が落ちていく様は、日頃から鬱憤を抱える人々からすれば、こんな美味しい物語はなかったから。

 

 不運な事にラリミア殿下は不器用だった。

 真面目なあまり、疑問を投げつけルール違反を許さなかった。

 初恋相手だったのも悪かった。


 仲睦まじく寄り添う2人を諭した。婚約者は自分で、あなた達は不貞にあたると。勿論、間違ってはいない。だが、皆、面白おかしくラリミア殿下を嘲笑した。


 ラリミア殿下は怒りと悲しみで段々と精神が不安定になっていった。ちょっとした事で取り乱し泣いて怒り、ついにはその苛立ちをリリーへと、魔力で爆発させてしまった。

 

 凄まじかった。

 あんなに魔力を爆発させた現場を見たのも初めてだったし、何よりラリミア殿下の美しさに言葉を失った。

 その鋭い眼差しに釘付けになっていた。


 魔力暴走はリリーへの攻撃となった。しかし、ユスタフの防御によってラリミアへ跳ね返り、そのまま階段下へ転落してしまった。


 俺は叫び声が飛び交う中、階下へ降りてラリミア殿下の元へ走った。瓦礫が落ちてくるのも構わず、ラリミア殿下を抱き上げて走った。

 

 そして、朦朧とした意識の中、ラリミア殿下は額から血を流して意識を失ったのだった。「次の人生では好きな事しよう」そう言い残して。





 幸い頭部に怪我を負ったが一命を取り留めた私は、目が覚めてこれまでのラリミアとしての記憶と前世の記憶だろうか、別の記憶について頭を整理した。


 この世界は窮屈だ。

 そして、王族となればもっと窮屈だ。あれしろ、これしろと言う割には、これは駄目あれは駄目と制限が多すぎる。

 その上、貴族達のおべっかを相手して、向けられる悪意の眼差しを無視する鋼の心を作り、笑顔を貼り付ける。その上、膨大な仕事を片付けながらも、辛いことがあっても、心の中で何を思おうと、平然と取り繕わねばならない。

 悪態さえもつけないし、嫌な顔一つできない。


 いつも我慢我慢我慢。でもそんなに我慢してたら精神衛生的にどうなのってこと。ラリミアは真面目だったから、身体とメンタルを壊してしまった。

 いや、それまでは良かったの。だけど、唯一望んでいたユスタフからの拒否に彼女の気持ちはついていかなかった。真面目ちゃんで、お利口さんだったラリミアからしたら、優等生でいたら絶対手に入れられると思っていた事が、指から滑り抜けてしまって絶望したのよね。

 まぁ、だけど……そのおかげか色んな記憶を思い出せたのは良かった。これからは、あんな窮屈な生き方はしたくない。


 ひとまず、今回の事はお互い様ということで、私の前で土下座するザードライン公爵とその息子に「命あれば全て良し。婚約も解消、以上」と終わらせた。

 リリーに至っては、まぁ、従姉妹といえどあまり関わりたくなくて「ユスタフと幸せにね」と笑顔で挨拶を送った。

 魔力を暴走させたこと?もちろん、謝りなんかしないわ。あの日、なんて言われたか知ったら謝りたくもないでしょうよ。

 

 『政略結婚の意味も分からないお子様ね。いつまでもピーピー喚いてないで、さっさと仕事しなさいよ。あんたにはそれしかできないんだから。あんたがするのは恋愛じゃなくて、仕事よ仕事。ふふ、王族で生まれたばっかりに、可哀想』


 羨ましかった。

 図星だった。


 王族であるが故に、私は好きな人と手を繋ぐこともできない。目の前で見つめ合う2人を見て虚しくなった。

 そして自分の人生を恨んだ。


 行き場のない虚しさと怒りは目の前の少し自分に似た顔の女へと向けたのだ。


 分かっている。王族なら己の欲より民のために生を尽くせと。だから、政略結婚だというのに恋人であった2人に怒りを向けるべきではないことも分かっていたし、私さえ我慢すればいい事も分かっていた。

 

 でも限界だった。

 分かっていて攻撃したし、非魔力(魔力を持たない人の事)を攻撃するなんて間違っていると分かっていても謝っていない。

 

 それくらいの暴走許してほしい。


 怒らせたらなりふり構わないやべぇ奴、なんて思われたかもしれないけれど、してしまった事より今後のことよね。

 取り敢えずラリミアの知識を使ってじゃんじゃん仕事を捌いていく事にした。問題を起こしてしまった手前、大臣達へは申し訳ない気持ちもあったし。

 悩み事がすっぱり解決したら、じゃんじゃん仕事が捌けた。


 だけどね、やっぱりストレスは溜まるわけですよ。王女という立場上、夜な夜な飲みに出るわけにもいかない、誰かを罵倒するわけにはもっといけない、サンドバックもない。

 

 じゃあ、どうする?

 だから、ふと頭に浮かんだことをしたわけ。ただそれだけなの。





 皆、ラリミア殿下の目覚めを戦々恐々として見守った。正当防衛とはいえ相手は王族である。ラリミア殿下が生還したことでザードライン公爵家にとって彼女の目覚めは、死を意味したはずだった。


 そう、はずだったのである。


 目が覚めたらラリミア殿下は全くの別人のようだった。そして、床に土下座するザードライン公爵家の者達を見つめて言った。


 『これまでの事全て水に流しましょう、お互いに』


 ホッとするザードライン公爵。ここまで、政略結婚ではあったが、己の息子が原因で問題を起こしたのに処罰がなかったのは奇跡。

 ラリミア殿下の気が変わらないうちにと、2人の婚約は解消された。

 あんなにユスタフに執着していたのが嘘のようにあっさりした対応だった。憑き物が落ちたように……いや何かに憑依されたようだと皆言った。

 しばらくは、粛々と執務に取り組むラリミア殿下。


 だが、しばらくしてから妙な行動を取り始めた。

 まだ夜が明けない早朝にふらっとラリミア殿下は自室から抜け出して厨房に入っていったのであった。


 護衛に付いた者は語る。


 「一時間ほどですかね。ずっと何かを叩いているんです。ずっとですよ、ずっと……それを聞いていると有らぬ妄想をしてしまい……きっと気丈にふるまっていても失恋のショックで頭がおかしくなってしまったのです」

 「必ず中に入る前に、絶対覗くな、そう釘を刺して行くんです。絶対見るな、と……きっと中で肉を削ぎ落としているんじゃないでしょうか……何やらぶつぶつと呟く声も聞こえてくるんです」


 あれだけ魔力を爆発させた王女様だ。

 あらぬ妄想は騎士達を遠ざけるには十分だった。夜中から明け方まで不気味な厨房の前で護衛させられるなんてごめんだと、ラリミア殿下の護衛を辞退する者が出てきたのである。

 

 「とは言っても護衛なしなんて無理だからな」


 背後で叩きつける音を聞く。たまにだが、「このッ」「クズがッ」という王女らしからぬ声が聞こえる気がするが、きっと気のせいだと気を取り直す。

 そう、きっとそれは俺の耳がおかしいからで、その音に付属した反響音だと思うことにした。


 ついでに言うと俺は嫌だと言っても辞退などできない。なぜなら、父が王族近衛総騎士団長だからだ。

 「誰もしたがらん。だからカースト、お前がやれ。途中で投げ出すなんて許さんぞ」


 拒否権はなし。まぁ、元々俺は拒否する理由はなかったのだが。

 あの一件以来、少し、ラリミア殿下の人となりが気になっていたから。知りたいと思った。


 「お前、今日も殿下の夜勤か?大変なこったな」

 「別に普通の夜勤と変わりませんよ」

 「そうか?この前、例のお2人となんだか揉めたらしい」

 「なぜですか?」

 「さぁ、知らんが。噂によれば人が変わったのもザードライン公爵令息の気を引きたいがためのものだと……怪我もわざとだと言われている。女って恐ろしいな」

 「でも婚約は解消したのでしょう?真面目な方ですから、自分で言った事を覆すようなお方でしょうか」

 「そんな我儘なんとでもなるってよ」


 そうだろうか。

 まさか、そんなくだらない事をされる方だろうか。

 

 「個人的には中で何をされているのか、気になって仕方ない」


 もう何度目かの護衛についている。中を覗きたい好奇心を抑え込み朝まで耐える。今日は叩く音はするがそれ以外はとても静かだ。

 そして、朝になってようやっと中からご満悦な顔で出てきたラリミア殿下。とても機嫌が良い。

 るんるんで帰るラリミア殿下の後ろを歩く。背後では朝食の準備をし始めていたのか、ラリミア殿下が扉を開けた時から、食欲のそそる匂いがして早く帰りたくなった。


 ラリミア殿下の自室の前まで来て、俺は頭を下げて言った。


 「ラリミア殿下、これにて交代させて頂きますね」


 ここで気を抜いてしまったのか、殿下の返答を待つより、俺の腹が鳴った。


 「ぐぅぅ」

 「あ」

 「……」


 頭を下げたままで固まる俺。

 静かな朝の廊下に意外に響いた俺の腹の音。生理現象とはいえ、腹の音など腹筋でどうにかできる術を身につけているのに何てことだ。

 王族の前で……はしたない。謝罪しようとするも、恥ずかしくて固まってしまう身体。

 

 「はい」


 目の前に差し出されたのは包み紙。

 間抜けな俺と、「ごめんなさいね、いつも」と呟いて俺の手をそっと取って、その包みを無理やり渡す。

 

 「また来週、お願いね」


 ひらりと扉の中へ消えていったラリミア殿下に、何も声かける事もできず、そして包み紙の中を見て、より呆然とした。


 「……パン……?」

 


 


 ラリミア殿下が料理長と仲良く会話をしている様子を遠目から見ていた。

 あんなに無邪気な笑顔もできるんだな。


 あの日、ラリミア殿下に謝罪と礼を言う事もできずに時間だけが過ぎた。俺はラリミア殿下が週末に行う儀式(そう俺は名付けた)の時くらいしか会話をする機会はない。

 今は、遠くからラリミア殿下がお茶をしている様子を見ているだけだ。これも護衛なのだが……彼女の側で護衛したいという欲を自覚しては頭を振るという滑稽さ。


 ラリミア殿下の「また来週」という言葉に、自分がどれだけ待ち侘びているのか思い知らされた。

 もっとラリミア殿下を知りたい、その一心である。


 穏やかに微笑むラリミア殿下の空気が急にぴんっと張った。


 周囲を見れば、そこにリリーとユスタフが近づいて来ていた。腕を組み密着する2人は、世間から見て今では憧れの2人である。

 政略結婚にも負けずに愛を勝ち取ったのだ。巷ではその話題で大盛り上がり。2人が調子に乗るのも簡単だった。


 「ご機嫌よう、ラリミア殿下」

 「はぁ……また来たの?」

 「またなんて言わないで。挨拶に来たの、ラリミアお姉様」

 「挨拶?」

 「私たち正式に婚約するのです」

 「あら、そう……それはおめでとう」


 腕を絡めて見つめ合う2人に対して、さも興味なさげに返事して、お茶を一口飲むラリミア殿下。


 「それで、王女殿下には私達の婚約パーティーに来て頂きたいのです」

 「……婚約パーティー?」

 「はい」

 「なぜ、私が?行く理由ある?」


 個人的意見からすると、ない。


 「ラリミアお姉様。私達が愛し合っていたせいで、政略結婚とはいえ、婚約を台無しにしてしまった事は申し訳なく思っているわ。でも、それはラリミアお姉様が謝ってくれたじゃない、なかった事にしようって、水に流そうって。そもそも、愛し合っている者達が結ばれるべきよ。政略結婚したって……傷つく者が増えるだけで誰も幸せにはならないわ。そうでしょう?」


 ユスタフの胸に顔を寄せて、彼の顔を見上げるリリー。


 「それに、ラリミアお姉様が婚約パーティーに来る事で、私達の間にある蟠り(わだかま)はなくなったとみせれるし、皆を安心させることができるわ」


 見つめ合う2人の頭はお花畑か何かか?

 ラリミア殿下は2人から視線を外して、じっとカップの中を見つめていた。

 そして、ふっと息を吐いてから言った。


 「婚約パーティーには行きません。行く必要がないし、行きたくないからです。なぜ、婚約解消した相手を祝う事などできると思ったの?」

 「だって、ラリミアお姉様、もう水に流そうって」

 「頭大丈夫?」

 

 水に流そう。それは、何も罰しないという王女殿下の温情だろう。仲直りしよう、そんな子供の喧嘩みたいな簡単な意味ではないはずだ。


 「なっ、失礼だわ!!頭おかしいのはそっちの方よ、非魔力に魔力暴走なんて殺すも同然なのに!!」

 「殺していて何が悪いの?」

 「え……」

 「だから、国の政略結婚に口出す愚か者を消そうとして何が悪かったのかしら……?」

 

 静かな声にゾッとしたのは俺だけではないはず。


 「だ、だって私達は恋人同士で……愛し合っていて、結ばれるのは当たり前じゃない」

 「……そう……そうよね」


 ラリミア殿下は今度は小さく溜息をついて力なく言った。


 「愛して結婚するのが一番いいのはもちろんよ。政略結婚でもお互いを尊重して、愛を育んでいけたらいいのに……でも、そうはいかないのが人間よね。どこかに妬みや嫉妬、憎しみが必ずあって……邪魔をするのよ」

 「ラリミア殿下、今更そうやって私の気を引こうとしているのですか?往生際が悪い」


 ラリミア殿下が目をパチクリしてユスタフを見た。

 

 「まぁ、そうなるか」


 そして、ボソッと言った言葉を俺は聞き逃さなかった。「めんどくさ」と。


 「とりあえず言っとくけれど。あなたの気を引こうなどこれっぽっちもないわ。もう、放っておいて」


 静かに、でも怒りを込めた声に、リリーが僅かに口角を上げたのを俺は見逃さなかった。


 「ラリミアお姉様……私達の幸せが憎いのね……従姉妹でもあるのに、ひどい」


 そうやって、事故の時もラリミア殿下を煽ったのだろう。


 「ラリミア殿下。リリーがこんなにもお願いしているのに、数少ないあなたの親戚ではないですか。魔力で攻撃した上に、更にまだ酷い仕打ちを……」

 「私はお姉様とは仲良くしたいだけなのです」


 深く溜息をついて疲れた顔でラリミア殿下はふと俺を見て言った。


 「カースト卿、いいかしら?料理長、調理場ちょっと借りるわね」

 

 料理長が頷いて使用人は指示を出す。呼ばれた俺はラリミア殿下の近くへ行き護衛につく。


 「ラリミアお姉様っ!ちょっと待って!!」


 リリーがラリミア殿下へ近づいてくる。俺はさっと彼女との間に入る。それを見たリリーが、ニタッと笑みを見せた。


 「まぁ、そういうこと。ラリミアお姉様っ、もしかして、その騎士様とできてるのかしら!?あぁ、愛やらなんやらって知っているふうに語っていたけれど、禁断の恋ってやつ?夜中の怪しい行動も、全てその騎士様が護衛なさっているとか!!」

 「リリー、カースト卿に失礼よ、黙りなさい」

 「失恋して彼に癒してもらっているのね。そういえば、カースト卿って昔はよく遊んでたって、ぶっ」


 そこにいる全員、何が起こったか頭で理解するのに、しばしかかった。俺だって瞬きを何回したことか。


 「リリー・アバンス」


 今、リリーの顔はラリミア殿下の手で鷲掴みにされている。顔全体を、だ。


 「黙れ。その可愛い顔、潰すぞ」


 ぐしゃっと握り潰すんじゃないかと思うくらいぐっと手に力を入れて、そして思いっきり後方へ押し出した。

 ドサッと尻餅をつくリリー。

 

 「えっ、え……?」


 その場だけ時が止まったようであった。涼しい顔をするラリミア殿下は、俺を見てまた言った。


 「カースト卿、行きましょう」


 背後ではリリーが「顔がっ、化粧がっ、私の顔、大丈夫!?酷い、乙女の顔を鷲掴みにするなんてっ」と騒いでいるのも気にせず、俺たちは城へと帰った。





 「あぁ、ほんっと腹立つ!!阿保なの!?そうだよね!?」

 「殿下、落ち着いて」

 「仮にも元婚約者にお祝いに来いって!!お姉様にお祝いちてもらいたいの……ってガキかっ!!」

 「まぁ、子供ですよね」

 「それに、関係のないカースト卿にまでっ、卿!!カースト卿!!!」

 「はっ、はいいい」


 俺は慌てて中へ入った。


 「カースト卿、ごめんなさい、あなたを巻き込んでしまったわ」

 「いえ、気にしてません。やましい事など一切ないのですから」

 

 実際、俺が護衛をしている夜勤中は、中には侍女が必ずいたから何の問題もない。

 ただ、とりあえずその手に持っている棒は何に使うのか聞きたい。侍女が手際よくラリミア殿下にエプロンや三角巾をつけていく。

 

 「そもそもよ、私はあんたの姉じゃないっつーの!!」


 あんな可愛くない妹いらんわっと、ドンッと机にボールを置きながら次から次へと愚痴が出てくる出てくる。そして、次から次へとボールの中へ材料を入れ始める。


 べちゃっとした液体を手で混ぜて混ぜて混ぜながらも殿下の口は止まらない。


 「ほーんとに、思いやりってものがないのかしら。無神経すぎるわ」

 

 ボールの中の白い物を取り出して、調理台へ叩きつけ始めたラリミア殿下。

 ダンッ、ダンッ、ダンッ


 白いそのべちゃっとしたものを、伸ばしながら叩きつけては丸めてまた叩くを繰り返す。


 「あいつら、愛し合ってるなんていうけど、結婚してそれが続くのやら。そうだわ、ユスタフに超絶美女でナイスバディの女性を送りつけるのはどうかしら、逆でもいいわね、結婚前に破談してしまえ」

 「それはいい考えですね」

 「でしょ?結局、リリーは私のものを奪えばそれでいいのよ」

 「従姉妹でも、一方は王女、一方は子爵令嬢ですものね」

 「そりゃ妬みたくもなるか」


 ダンッ、ダンッ、ダンッ


 「この前もっ、あんの野郎、リリーがいない時に……今なら結婚はしてあげなくもない、なんて言いやがったのよ。リリーを愛人にするつもりかしらっね!!!」


 ダンッ


 「まぁ、愛しのリリーが怒り狂いますわね」

 「それもそうか。あぁ、あのまま婚約継続して、愛人なら許してやりますわよ、くらい言えば良かったわ」


 ダンッ


 「一生、横でハンカチ咥えてなさいって添えましょう」

 「天才!」

 「わ、わるぅ……」


 俺がドン引きしながら発しても聞いてない。


 ダンッ、ダンッ

 

 「それに、私、リリーに謝ったことになってたみたいだけど、全く謝ってなどおりません。何なら、悪いとも思ってませーん!!!」


 ダンッ


 ラリミア殿下の手が止まった。


 「でも……性格悪すぎでしょ。自分の性格悪すぎてびびるわ……でも、でも、攻撃せずにはいられなかったのよ……」

 「ラリミア様」

 「認めたくないけど、ちゃんと好きだったのに……それでも我慢するべきだったのかなぁ」

 「いいえ、ラリミア様、これで良かったのです」

 「うん、グズッ、うん、私頑張ってる」

 「えっ、情緒やば」


 今度は鼻を啜りながら涙を流し始めたラリミア殿下に、侍女のジェスがエプロンで拭き始めたので、取り敢えずハンカチを差し出す俺。

 

 「カースト卿……あなたは、あの時、真っ先に私の所に来て、危険を承知で助けてくれたわね」

 「えっ、知っていたのですか」

 「知っていたわ。知っていたから、あなたをこの護衛に命じたのよ」

 「初耳です……」

 「言ってないもの」

 「そうですよね」

 「……私、あの時、魔力を使うのは卑怯だと分かっていてそうしたの。悔しくてこの感情の矛先をぶつけたくて……だから皆から非難されても仕方ないって思ってたんだけど、カースト卿は私を助けてくれた」

 「……護衛ですから」

 「うん、ありがとう、さすが騎士ね」


 そうじゃない、俺はそんな感謝されるような騎士ではない。

 ラリミア殿下は作業を続けていた。今は叩きつけていた白いものが、丸く纏まっている。それに殿下は白い布を被せた。


 「俺は……私は王女殿下に礼など言われる筋合いはありません」

 「なぜ?」

 「……騎士としての人生に疑問を持ってずっとやってきましたから」

 「例えば」

 「本当に自分の命を捨てられるのか、とかですかね」

 「……なるほどね」


 ラリミア殿下が真っ直ぐに俺を見た。


 「でも、それだけ迷いがあった方が私はいいわ。簡単に命を捨てられちゃ困るもの」

 「え?」

 「死ぬ覚悟で護衛されるより、生きる覚悟で護衛してほしいわ」

 「生きる、覚悟ですか」

 「ええ……だってその方が、死なないために必死に訓練できるでしょう?死ぬ覚悟なんて絶対駄目。どんな時でも生きる事を諦めないで」


 誰かのためなら死んでもいい、そう思えない事に、ずっと引っかかっていた。

 でも、今、何かが分かったような気がする。


 「ちょっと疲れたわ……少し、休憩……」


 そう言ってテーブルに突っ伏して寝てしまったラリミア王女殿下。いそいそと片付けをし始めるジェスを横目に、俺は彼女に自分のマントを掛けた。

 

 「あの時、魔力暴走を見た時のあなたは、とても強くて綺麗だった」


 何かを決意したその瞳に惹かれた。

 強さ、それはいざという時、戦おうとできる精神力ではないか。死ぬ覚悟ではなく生きる覚悟だとラリミア殿下は言った。

 

 「あなたがその命尽きるまで、私が一番側でお守りしたいと思っていても、よろしいでしょうか」

 「それまで、鍛錬は尽きませんね」


 聞かれていた、でもどうって事ない。


 「ええ、俺の()()かけてラリミア殿下をお守りします」


 灰色だった俺の人生に光がさした気がした。

 俺がラリミア殿下に忠誠を誓うのは、近い未来だろう。その日がとても楽しみだ。



〜〜〜〜


 

 「卿!!カースト卿、見て!!」

 「これは……」

 「パンよ!パンの生地!!」

 「こんなに膨らむものですか?……面白いですね」

 「そうでしょう?あんなにドロドロしていて、手にベチャって付いていた液体が」

 「……」

 「いつの間にかツルツルした生地に変わって、発酵が終われば、こんなに白くてふわふわなものに変わるの……ほら、触ってみて」

 「えっ、いや、私は」

 「ふふっ、ふわふわしていて可愛いわよねぇ……ここにね、こうやって指を突っ込めば」

 「あっ」

 「ほら、あんなにべちゃってしていた生地が全然指につかないでしょう?これで生地はオッケー、そして、二次発酵からの……」

 「なぜパンを?」

 「面白いからよ。無心で生地を捏ねて」

 「無心」

 「ストレス発散になるのよ」

 「捏ねる?」

 「叩くのも捏ねるの一つよ」

 「はぁ」

 「でも、だんだんと生地がまとまってパンになる……朝に漂う焼きたての香りは嫌なこともどうでも良くなるわ」

 

 オーブンに入れてから、ふんわり漂ってきたバターの香りは、確かに幸せな気持ちになれた。


 「さぁ、はい、どうぞ」


 王女殿下がパンを焼いている。

 そして、彼女は言った。


 「いつかパン屋をするのが夢なの。老後かな?だから、カースト卿、それまでよろしくね!」

 

 ……それは、ずっと俺が側にいてもいいって事ですか?護衛冥利に尽きます。



fin.

カースト「メロンパン……?メロンの味もしないものはメロンパンと認めません!!」

ラリミア「メロンパンはメロンパンなの!!認めるも認めないも、そうなんだから文句言わない!!」


という喧嘩をしながら仲良くやっている2人です。


久しぶりに書いたのでちょっとドキドキ☆でも楽しかったです。最後までお読み頂きありがとうございました!

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