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【短編】追放された「燃費最悪」の重質量聖女、実は規格外の魔力タンクでした。〜変人回路技師に拾われ、物理演算とドーナツで最強の固定砲台へ改造される~

作者: いわみね
掲載日:2026/01/18

第1章:廃棄された大容量コンデンサ


 王都の裏路地。吹きすさぶ冬の風が、容赦なく私の体温を奪っていく。

 凍えるほど寒いはずなのに、身体の奥底だけが、焼けるように熱かった。まるで内臓が火事になっているみたいだ。

「……うぅ、はぁ……っ」

 私は湿った石畳の上に膝を抱えてうずくまり、荒い息を吐いた。

 もう、三日はまともな食事を摂っていない。空腹で目が回りそうだが、それ以上に、体内で暴走しかけている魔力の熱が苦しかった。

(……なんで。なんで、痩せられないんだろう)

 朦朧とする意識の中で、私は自分の二の腕を弱々しく掴んだ。

 服の上からでも分かる、タプタプとした豊かな感触。三日間の絶食で頬は少しこけたかもしれないけれど、お腹や太もものお肉は、私の身体にしがみついたままだ。

 ――聖女エレナ。それが私の名前であり、かつての肩書きだ。

 女神から授かったとされる膨大な魔力を持っていた私は、期待の新人として勇者パーティに迎え入れられた。けれど、その期待はすぐに失望へと変わった。

『お前みたいなデブ、聖女の恥晒しなんだよ!』

 勇者レオの罵声が、頭の中で反響する。

『燃費が悪すぎるんだよ。回復魔法一回で息切れして倒れるくせに、食費だけは三人前とか、笑えないんだよ。荷物持ちにもなりゃしない』

『そうよねぇ。見なさいよ、あの見苦しいお腹。あれで祈りを捧げるとか、女神様への冒涜だわ』

 新しく加入したスレンダーな魔導師の少女も、クスクスと笑っていた。

 彼らの言う通りだった。私は魔法を使おうとすると、すぐに身体が熱くなり、激痛が走って倒れてしまう。

 だから、痩せようとした。彼らのようにスマートになれば、魔法も上手く使えるようになると信じて、必死に食事を制限した。水だけで過ごした日もあった。

 でも、痩せようとすればするほど、事態は悪化した。

 魔法を使おうとするたびに、身体が焼けつくように痛み、指先から出るのは線香花火のような情けない火花だけになった。

 そして結局、「魔力制御不能の無能」という烙印を押されて、着の身着のまま放り出されたのだ。

「……あぐっ、熱い……!」

 限界だった。視界が白く染まる。

 体の中に溜め込んだ魔力が、行き場を失って暴れている。これは「魔力酔い」なんて生易しいものじゃない。もっと物理的な、身体が内側から溶解するような感覚。

 このまま、私はここで野垂れ死ぬんだ。誰にも必要とされず、誰の役にも立たず、ただの燃費の悪い肉の塊として――。


 コツ、コツ、コツ。

 不意に、規則正しい足音が近づいてきて、私の目の前で止まった。

 衛兵だろうか。こんな汚い浮浪者がいたら、蹴り出されるに決まっている。私は恐怖で身体を縮こまらせた。

「……素晴らしい」

 頭上から降ってきたのは、罵倒でも、同情でもなかった。

 純度100%の、狂気じみた「感嘆」だった。

 え? と顔を上げる。

 そこに立っていたのは、ボサボサの黒髪に、瓶底のような分厚い眼鏡をかけた男だった。薄汚れた白衣のようなコートを羽織り、片手には怪しげな計測器のようなものを握っている。

 彼は、私の顔を見ていなかった。

 しゃがみ込み、私の身体から――いや、私の皮膚の下から漏れ出している「魔力の火花」を、まるで未発見の鉱脈でも見つけたかのような、ぎらついた目で見つめていた。

「おい、君。危険だな。『絶縁破壊』寸前じゃないか」

「え……? ぜつえん……?」

「その体格に対して、内包する魔力電圧が高すぎる。魔力を閉じ込めるための誘電体――つまり『脂肪』の厚みが減ったせいで、耐圧しきれずにリークしているんだ」

 何を言っているのか、全然分からなかった。

 ただ、彼が私の額に当てた手のひらが、ひやりとして気持ちよかった。

「あ、あの……私は、役立たずの聖女で……魔法も使えなくて……」

「役立たず? 馬鹿を言え」

 彼は眼鏡の位置をくいっと直すと、初めて私の目を見た。その瞳には、侮蔑の色など微塵もなかった。

「君は、自分がなぜ苦しいか分かるか?」

「え……? 私が、太ってて……鈍いから……」

「違う。君の身体の『設計スペック』に対して、『燃料』と『装甲』が足りていないからだ」

 彼はコートのポケットから、油が滲んだ紙袋を取り出した。

 ふわりと、甘くて香ばしい匂いが漂う。

 市場の売れ残りの、砂糖がたっぷりまぶしてある揚げドーナツだ。

 私のお腹が、恥ずかしいほど大きな音を立てた。

「き、緊急メンテナンスだ。食え」

「え……でも、私……これ以上太ったら……」

「馬鹿野郎! 死にたいのか! 今の君に必要なのは、魔力熱を遮断するための『断熱材』であり『絶縁装甲』だ! 食え!」

 彼は強引に、私の口元にドーナツを押し付けた。

 唇に砂糖が触れる。その甘さに、理性が弾け飛んだ。

 私は震える手でそれを受け取ると、夢中でかじりついた。

 美味しい。涙が出るほど、美味しい。

 砂糖の甘さと、油のコクが、枯れ果てた身体に染み渡っていく。

 すると、どうだろう。

 あれほど身体を焼いていた不快な熱が、すうっと引いていくのが分かった。

 摂取したカロリーが、即座に魔力を包み込む新たな組織――彼が言うところの「絶縁層」――へと変換されていく感覚。

 熱が収まり、代わりに指先から、ポゥッ、と温かな光が溢れ出した。それは今まで見たこともないほど、純粋で、密度の高い魔力の光だった。

「……美しい」

 男は、その光を見てうっとりと呟いた。

「やはりな。素晴らしいキャパシタだ。これほどの魔力を、その柔らかな肉体の中に圧縮して保存できるとは……。君はデブじゃない。『超大容量魔力タンク』だ」

 彼はニヤリと笑うと、ドーナツを頬張る私の二の腕を、愛おしそうにムニリと摘んだ。

「俺の名はレイン。王立魔導院を追放された、しがない回路研究者だ。……君をスカウトする。俺の理論を実証するには、君のその『脂肪』がどうしても必要なんだ」

 これが、私――エレナと、変人魔導工学者・レインさんとの出会いだった。


第2章:ハイカロリーなメンテナンス業務


 レインさんに連れられて辿り着いたのは、王都の外れにある古びたアパートの一室だった。

 ドアを開けた瞬間、機械油と、焦げた紙、そして微かに甘い匂いが混ざった不思議な空気が流れ出してくる。

「散らかっているが、気にするな。足の踏み場は……その辺にある」

 部屋の中は、まさに「魔窟」だった。床には用途の分からない金属片や、何かの数式がびっしりと書かれた紙束が散乱している。壁には巨大な回路図のようなものが描かれ、机の上には奇妙なガラス管や銅線が山積みにされていた。

「座れ。すぐに詳細な『スペック検査』を始める」

 レインさんは、部屋の中央にある座り心地の良さそうな椅子を指差した。私は言われるがままに、縮こまって座る。

 彼は白衣のポケットから、古びた金属製のノギスとメジャーを取り出した。

「失礼する。魔力貯蔵層の厚みを計測する」

「えっ、あ、はい……ひゃうっ!?」

 冷たい指先が、私の二の腕に触れた。

 それだけじゃない。彼は私の二の腕の、一番タプタプとした柔らかい部分を、親指と人差し指でむにゅりと摘み、ノギスを当てたのだ。

「……ふむ。素晴らしい弾力だ。魔力浸透圧が均一にかかっている証拠だな」

 彼は数値を記録していく。恥ずかしさで顔から火が出そうだ。

「次は腹部だ。力を抜け」

「お、お腹はっ……一番見られたくなくて……!」

「馬鹿を言え。そこが最重要パーツだ。君の身体のメインタンクだろう」

 レインさんは容赦なく、私のチュニックの上から、座ったことで三段に重なったお腹のラインをなぞった。いやらしさなど微塵もない。まるで、最高級のエンジンのピストンをチェックするような真剣な目だ。

「……完璧だ。この下腹部の厚み。これこそが、高電圧の魔力を受け止める『絶縁体』であり、魔力暴走時の熱を吸収する『ヒートシンク』の役割を果たしている」

 彼は満足げに頷くと、部屋の隅にあった黒板に、チョークで難解な図式を書き殴り始めた。

「いいか、エレナ。よく聞け。君がこれまで魔法を使えなかったのは、君が無能だからじゃない。出力端子が貧弱すぎたんだ」

 彼は黒板をバンバンと叩いた。

「君の魔力容量は、王都の発電所並みだ。それを、既存の細い杖や、君の未熟な制御回路でちまちま出そうとするから、抵抗熱が発生して身体が焼ける。ダムの水を細いストローで吸おうとしているようなものだ」

「は、はぁ……?」

「君に必要なのは、太いパイプ(高出力回路)と、高電圧に耐えうる分厚い絶縁体……つまり、もっと太ることだ」

 私は耳を疑った。

「ええっ!? も、もっとですか!? これ以上太ったら、お嫁に行けなくなっちゃいます!」

「世界の真理を解き明かすのと、結婚と、どちらが重要だ? ……まあいい。とにかく、俺の計算では現在の質量ではまだ安全マージンが足りない。目標、プラス10キロだ」

 レインさんが机の上に広げた布を、バッと取り払った。

 そこには、ホールケーキ、クッキーの山、脂の乗った肉料理が、所狭しと並べられていた。

「報酬だ。俺は金がないからな、研究費と食費にすべて突っ込んでいる。さあ食え。君のタンクを満タンにするんだ」

 私はゴクリと喉を鳴らした。こんなご馳走、見たこともない。

 恐る恐る、フォークでケーキを一口食べる。

 ……美味しい。

 食べれば食べるほど、身体の奥に力が満ちていくのが分かる。魔力が安定し、肌艶が良くなり、二の腕の張りが戻ってくる。

「いいぞ、その調子だ」

 レインさんは私が食べる様子を、記録用紙片手にニヤニヤと眺めている。

「摂取カロリー良好。皮下脂肪の充填率も上がってきた。見てみろ、噛むたびに揺れるその頬のライン……完璧な正弦波サインカーブを描いている。美しい」

 変な人。でも、この人は私が「食べて太ること」を、才能だと肯定してくれる。

 その日から、私たちの奇妙な同居生活が始まった。

          ◇

 私たちの仕事は、「魔導コンサルタント」――平たく言えば便利屋だ。

 レインさんの奇抜な理論と、私の規格外の魔力タンクを使った解決方法は、すぐに一部で話題になった。

 最初の依頼は、「幽霊屋敷の除霊」だった。

 毎晩、誰もいない部屋で窓がガタガタと鳴り、ラップ音が響くという。普通の聖女なら浄化魔法で戦うところだが、レインさんは鼻で笑った。

「霊? 非科学的な。これはただの『気柱共鳴』だ。隙間風と部屋の固有振動数が一致しているだけだ」

 そして、私に指示を出した。

「エレナ、仕事だ。この部屋の真ん中に座って、この特製プリンを食ってろ」

「へ? 食べてるだけでいいんですか?」

「ああ。君の仕事は、そこでリラックスして、その柔らかい身体を床に密着させることだ」

 言われた通りに、部屋の真ん中でプリンを食べ始めると、不思議なことに、あれほど激しかった窓の振動がピタリと止んだ。

「な、なぜだ!?」と驚く依頼主に、レインさんは得意げに解説した。

「簡単な理屈だ。振動体の中央に、巨大な『質量マス』と『粘性ダンパー』を持つ物体……つまりエレナを置いたんだ。彼女の脂肪が振動エネルギーを吸収し、熱に変えて拡散させた。要するに、震える鐘を手で押さえたのと同じだ」

 私はスプーンを咥えたまま、恥ずかしくて身を縮こまらせた。

「あ、あの……私、ただ座って食べてただけで……」

「それがいいんだ。君のそのタプタプとした肉体は、最高の生体制振装置だ。胸を張れ、エレナ」

 依頼主は涙を流して感謝し、報酬として山盛りの追加プリンをくれた。

 座って食べているだけで、感謝され、報酬をもらえる。

 レインさんは私の二の腕の揺れを計測しながら、「いいぞ、充電完了だ」と満足げに笑う。

 こんなに幸せな職場が、他にあるだろうか。私の自己嫌悪は、カロリーと共に少しずつ溶けていった。


第3章:ガス欠の勇者と、満タンの聖女


 そんなある日。私たちはギルドからの緊急依頼で、「暴風の渓谷」と呼ばれるダンジョンの調査へ向かった。

 常に風速30メートル以上の強風が吹き荒れる危険地帯だ。

「エレナ、今回の作戦コードは『ダウンフォース』だ。直前に摂取したカツ丼特盛の約1200キロカロリーをすべて質量に変換し、地面との摩擦係数を最大化しろ」

「よく分かりませんが、飛ばされないように重くなればいいんですね!」

 私はタプタプとしたお腹を揺らしながら、一歩ずつ踏みしめて進んだ。強風が吹き付けるが、レインさんに「宝物」だと言われたこのお肉が、錨のように私を地面に繋ぎ止めてくれる。

 私の後ろを歩くレインさんは、私の背中を完璧な風除けにして、呑気に計測器を眺めていた。

 岩陰を曲がったところで、私たちは数人の冒険者がうずくまっているのを見つけた。

 ボロボロのマント。傷だらけの鎧。そして、見覚えのある金髪。

「……あれ? レオ?」

 私が名を呼ぶと、その剣士――かつて私を追放した勇者レオが、驚愕の表情でこちらを振り返った。

「え、エレナ……!? なんでお前がここにいるんだ!?」

 そこにいたのは、元パーティの皆だった。だが、その姿は悲惨だった。

 レオは頬がこけ、目の下に隈ができている。新しい聖女の少女も、魔力切れで青ざめ、自慢のスレンダーな肢体はさらに細くなり、今にも風に折れそうだ。

「なんでって……依頼を受けて……」

「馬鹿な! 俺たちでさえ、この風と魔力消耗で進めなくなってるんだぞ! お前みたいな鈍臭いデブに、しかもさらに太ったお前に、何ができる!」

「ふん。効率が悪いな」

 私の後ろから、レインさんが鼻で笑いながら前に出た。

「だ、誰だお前は!」

「俺か? しがない回路技師だよ。……見て分からないか、勇者くん。君たちは『燃料切れ』だ」

 レインさんは冷ややかな視線を彼らに向けた。

「君たちの魔力タンクは小さすぎる。ポーションという高価な『水筒』でちまちま補給しなければ戦えない、燃費の悪い旧式だ。だが、エレナは違う」

 レインさんは私の肩に手を置いた。

「彼女は身体そのものが『ダム』なんだよ。君たちが捨てたその脂肪の中に、国家予算並みの魔力エネルギーが蓄積されている。君らとは基礎設計スペックが違うんだ」

「なっ……なんだと……! そんなハッタリを!」

 レオが激昂したその時。

 ――キェェェェェェッ!!

 頭上から、空気を切り裂くような咆哮が響いた。巨大な影が雲を割って降りてくる。この渓谷の主、暴風のワイバーンだ。

「くそっ、来た! 迎撃だ!」

 レオたちが慌てて杖や剣を構える。だが、魔力不足の彼らが放ったファイアボールは、ワイバーンが羽ばたいた風圧だけで簡単に消し飛んでしまった。

「だ、駄目だ、魔力が足りない! 防御結界も張れない!」

「逃げられるか! ブレスが来るぞ!」

 ワイバーンが大きく息を吸い込む。圧縮された空気の塊が、今まさに放たれようとしていた。

 今の彼らに、それを防ぐ術はない。

「レインさん!」

「ああ。見せてやれ、エレナ。君が蓄えたカロリーの真価を」

 レインさんが私の背中に両手を当てた。

 彼の手を通じて、私の体内の奥深くにあるリミッターが、カチリと音を立てて解除されるのが分かった。

「ターゲット、ワイバーン。出力制御、解除。……放て!」


第4章:超高電圧・絶縁破壊砲ブレイクダウン・バースト


 私は、お腹の底に溜め込んだ莫大な魔力を、一気に練り上げた。

 普通なら、身体が焼き切れるほどのエネルギー量だ。かつての私なら、練り上げる前に気絶していただろう。

 けれど今は違う。

 私には、レインさんに食べさせてもらった、分厚くて、柔らかくて、頼もしい「脂肪」がある。

 このお肉が、高電圧の負荷を完全に遮断し、発生する熱を優しく吸収してくれるのが分かる!

「いっけぇぇぇぇーーっ!!」

 私の身体全体から、極太の閃光が放たれた。

 杖の先から出るような、細い光じゃない。私の全身のシルエットと同じ太さの、圧倒的な魔力レーザーだ。

 ――ズドオオオオオオオオッ!!

 光の奔流が、ワイバーンの放ったブレスごと、その巨体を飲み込んだ。

 大気が焼け焦げる匂いと、轟音が渓谷を揺るがす。

 凄まじい反動が私を襲う。だが、私の重たい体重がアンカーとなり、地面にめり込みながらも耐え切る。

 もし私が痩せていたら、反動で吹き飛んでいただろう。この「重さ」こそが、最強の砲台の証!

 やがて光が収まると、そこには黒焦げになったワイバーンが転がっていた。

 そして私は――少しお腹が空いて、息が上がっただけで、無傷だった。

「……な、なんだよ、今の威力は……」

 静寂の中、レオが腰を抜かしながら呟いた。聖女の少女も、信じられないものを見る目で私を見上げている。

「お前……そんな力、持ってたのか……?」

「持っていたさ。君たちが『デブ』だと馬鹿にして、捨てた脂肪の中にな」

 レインさんが、埃を払いながら私の隣に歩み寄ってきた。

「彼女の魔力運用コストは高いぞ? 今の一発を撃つのに、カツ丼換算で10杯分のエネルギーを消費した。……ポーション代をケチって食事を抜く君たちには、到底扱えない代物だったな」

 レオたちは、何も言い返せなかった。

 ただ、圧倒的な「容量の差」を見せつけられ、惨めに俯くことしかできなかった。彼らの背中は、以前よりもずっと小さく、そして頼りなく見えた。

「……行くぞ、エレナ。長居すると、貧乏神が移る」

「あ、はい! ……元気でね、レオ」

 私たちは呆然とする彼らを残し、風の止んだ渓谷を後にした。

          ◇

 帰り道。馬車の荷台に揺られながら、私は盛大にお腹を鳴らした。

「うぅ……お腹空きました、レインさん……」

「だろうな。あれだけの出力を出したんだ。かなり『燃料』を持っていかれたはずだ」

 レインさんは、少しげっそりした私の顔を見て、慌てて荷物の中から包みを取り出した。

「緊急補給だ! 街まで持たない。ここで食え!」

 現れたのは、特大の板チョコと、蜂蜜たっぷりのパンケーキだった。

「わぁっ! いいんですか!?」

「当たり前だ! 早くその美しい丸みを取り戻さないと、俺が落ち着かない!」

「ふふ、レインさんは心配性ですね。……いただきまーす!」

 私は大きく口を開けて、甘いご褒美を頬張った。ん~っ、幸せ!

 夕日の中、幸せそうにチョコを頬張る私を、レインさんはノギス片手に満足げに眺めている。

「……よし。二の腕の張りが戻ってきた。これで次の実験も万全だな」

「もう、実験ばっかり! でも……」

 私は食べかけのチョコを差し出して、ニッと笑った。

「レインさんの実験なら、私、いくらでも付き合いますよ! だって、ご飯が美味しいですから!」

 痩せたいと願っていた聖女はもういない。

 ここにいるのは、太らせたい科学者に愛された、世界一燃費が悪くて、世界一幸せな「重質量聖女」だ。

 私たちの重厚でハイカロリーな日常は、これからもずっと続いていく。

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