録音音声②
女性1「渡辺さん、少しいいですか?」
女性2「んー、なぁにー?」
女性1「あの、佐々川さん、って人、知って――」
女性2「知らない」
(沈黙)
女性1「……え、えっと、じゃあ、敷島さんって人は……あの」
女性2「敷島さん? 昔ここでバイトしてた人だよぉ。えーっと、どのくらい前だったかなあ……。横畑ちゃんが入ってくるよりは前に辞めてたとは思うんだけど、いつ辞めたかは覚えてないな……。秋とか冬とか、そのくらいだったと思う。とりあえず暑くはなかったはず」
女性1「どうやって辞めたか知ってますか?」
女性2「あー、確か飛んだんじゃなかったかなぁ」
女性1「飛ぶ……」
女性2「あ、物理的にじゃなくてね? バックレよバックレ。……あ、これ、境さんに、あたしが言ってたって言わないでよ~? 今ギリギリなのは事実だから、あたしのアドバイスで横畑ちゃんがバックレしたら怒られちゃう。まあ、敷島さんも辞めるとき、かなり揉めたからねぇ。簡単に辞められないって」
女性1「……昔からこんなだったんですか」
女性2「あたしが入ってきたときはそうかも。それより前は流石に知らなーい。あたしは掃除が好きだし、ここのホテル、忘れ物に面白さがあるから辞めるつもりはないからあんまり気にならないけどさ、ここの仕事のキツさ」
女性1「面白さ……? どこもこんなもんじゃないんですか?」
女性2「他のホテルで働いてたときはこんなにいろんな忘れ物なかったよ? 多かったのはスマホとかの充電器とか……ハンカチとか手袋みたいな、ちょっとした布ものくらいだったし。そもそもの量も、他のホテルより多いような……。まあ、部屋数自体が多いから、そこは分母の違いだと思うけどねぇ」
女性1「そんなもんですか……」
女性2「やっぱり、横畑ちゃんは、今すぐにでも辞めたいんだよね?」
女性1「そりゃあ、まあ」
女性2「仕事は真面目だけど、いつも境さんと揉めてるよねぇ。まあ、あたし、ここ長いけど、すんなり辞められるのって、高校生が進学や就職でいなくなるときだけなんだよねえ。給料もらえなくなるかもだけど、バックレが一番確実よ、正直」
(沈黙)
女性2「辞めたいけど、バックレは嫌、っていうあたり、横畑ちゃん真面目ですねぇ」
女性1「そんなことは……」
女性2「あー、後は、ホテルのレビュー荒らしまくって問題起こして辞めた子とかいたなあ。清掃じゃないけど、客と喧嘩して大ごとにして辞めた子とか」
女性1「喧嘩……」
女性2「流石に殴り合ってないけどね。カフェのホールの子で、その日コワーキングスペースの担当も兼任してたんだけど、ずっと何もしないで座ってる女性に怒鳴って、仲裁に入った男性客とも口論になって……パートだったから、それでクビ、みたいな。まあ、どっちも横畑ちゃんには無理だと思いますけど?」
女性1「そんなことして、こう、訴えられたりとか……」
女性2「ないない! 下手に刺激して、労基とかに行かれて困るのはホテル側じゃん。……っと、インカム入ったわ」
(インカムでやり取りしているのか、女性2の声が聞こえる。小さくて聞き取れない)
女性2「チェックアウト、何部屋か出たってフロントから。そろそろ掃除始めましょうかー」
女性1「そうですね……」
女性2「まあ、横畑ちゃんも無理しすぎず、どうしてもならバックレってことで。じゃ、あたし先に行きまぁす」
(扉が閉まる音)
女性1「……2026年3月6日」
(小声で女性がつぶやいた後、女のうめき声のようなものが、かすかに聞こえる)




