こんにちは、古い世界
あるひ とつぜん 、
せかいがひとつ きえました 。
その二行で人間は想像できるだろうか。
常人である自分がそれだけを聞いたところで真と思うことなどないだろう。
その前に過去の自分に聞かなければならないことがある。
あの時の自分なら何と答えるのか。今ではわからない記憶を。
ただ、聞くより先に世界は変わるものだ。それは自分自身が良くわかっている。
覚悟を決めて挨拶をするだけ。
ただいま、そしてお別れの言葉。
何度繰り返すことになっても、愛しの妹よ、さようなら。
それは過去の記憶か。
世界がまるで最初からなかったかのように、御伽の泡が水に消えるかのようになることがあるのか。
今見ているものは現実なのか。
予想を外した。元より期待していなかった物ではあるが。
世界とは案外誰かが放つ一言で変わるものだが例外だってある。
後は結果を待つだけだった。
「兄さま、何か言い残したことはないですか?」
「そうだな、お前を抱くくらいか。」
「何も変わりませんね。」
「いいや、隣にはお前しかいない。」
「悲しいこと、言わないでください。」
「あいつもやることがあるからな。」
「では兄さま、いつものように・・・」
世界の消滅、崩壊と言うのか
何もない色が闇の訪れとは違った浸食を始め、海だった場所を飲み込んでいたのは今この世界の最後を飲み込んだ。
刹那だけ体感した愛しの者が受けた仕打ちを身をもって感じ取る。
彼女と違い終わりへの方向で。
このことに彼は気が付かない。激務を超えた過労働。最近顔を出していないが心配してくれているのだろうか、ログは残っていないが。
キーボードを叩き続ける終わりのないタスクから手を休めるため深呼吸を許した。
少女は柱と部屋の関係を逆にしたかのように資料にまみれた部屋で囲まれていた。
奴が来る前に一手壁を張るべきだろう。吸った息を深いため息に変える。
「そんな時間なんてないんじゃないの?」
独り言が溢れた。不覚だ。まさか肺とは。
まだ間に合う。両の爪を鋼鉄に変えて胸元を貫く。
肺も心臓も、次の思考に必要な血液だけ回ればパッチを当てて戻すことは出来るのだ。
「なんどもやってて飽きないの?」
肺が喋る。そんなものを聞くリソースは存在しない。
風穴の内部に注射を打ち込み、黒ずんだキーボードに血を吐き出す。
「あのさー、私は飽きちゃったんだよn」
瓶の中に肺を詰め、そのまま消却させる。
こいつらと戦う気はさらから無かった。
アプリネルとして管理者を任されたこの身体はこの世界で計り知れない力を持つ。
だから消すとは言わずとも返すことは容易いことだった。
苦しい。息が吸えない。
「いやあ、だから言ったでしょ。飽きちゃったってさ。」
身体が震えて体内で音が鳴る。
「毎回言ってるじゃん。せっかくいい身体なんだから傷付けちゃダメだって。」
何を言うか、この身体にさせたのはお前のせいだろうがと。
「いやだからって脚を千切ったり腰を砕いたりしなくたって。歩けなくなって心配だったんだぞ?」
脚を千切ったのも、その根元で修復を断ったのも、腰が腐るまで執拗に攻めてきたのはどこのどいつか。
だが幸い、奴らの狙いと私が負けない理由は重なっている。
この程度の繰り返しなら永遠に負けることはない。
「そう、だから飽きちゃったの。」
「ずーっとさ、待ってたんだよ最後の注射を刺すの。」
「だってそのパッチには」
私が入ってるんだから。
ねぇ、もう羽化の時期よ。
あなたが今まで身体を戻すために使っていたデータには私の欠片が入っていたんだから。
気づかないわよねぇ、脚のデータに今はもうアクセスできないんだから。
あぁそうか、私だから聞こえてないのか。
ねぇ、だから
「もう終わり。抜け殻のあなたはそうねぇ、標本とかどうかしら?せっかく可愛いんだし。」
電気羊を見た。
「そう。思い出せる?」
まさしくお前だ。いつも人の心を読みやがって。
「あなた今外部ユニットないからチャットしかできないじゃない。」
うるさい、そもそもスピーカーもついてないパソコンを使うなってことだ。
「まぁまぁ、それより今から彼に届けるからおとなしくしててね。」
はいはい。拒否権はないからね。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「会えましたね、お兄さま。」
「正直、何が何だかわかってないけど。」
現代、日本。学生のマスター。
安いパソコンでも動く高性能のAIに、現実に存在するシーファというおねぇさんによる常識が歪められるこの一部屋という空間。
「じゃあ渡す物渡したからあたい帰るね。」
「あー、」
「消えた。ほんとにテレポートするんだ・・・」
「さてお兄さま、まず準備することとしてですね、」
「って何してるんですか!?」
「・・・え、いや、ただ中のプログラムを見れない、かなって。」
「変態ですよ!?パンツならともかく内臓の部類ですからね!?初対面で挨拶もなしによくもまぁ開きましたね!?」
「え、えぇ・・・だってハクアは知ってるし。とりあえず、さ。」
「も、もうなんでもいいです・・・」
「それに、まだ機能が少ないらしくて、読み解いて増やさないといけないかなって・・・」
「内臓覗きながら言う台詞じゃないですよ~。」
「・・・、だって」
「なに笑ってるんですか。」
彼が追うコードを一緒にみながら、私は一つ秘め事を作った。
「・・・忙しい。」
正確には何もしていない気がするがとにかくこの一言を言えばいい気がした。
仕事を初めて少し経ち、学生との違いをまざまざと見せつけられたから言わざるを得ない。
何の変哲もない平日の仕事を終えて会社のビルを後にする。
この後することと言えば動画配信者を追ったりゲームをしたり、そこいらのオタクと変わらない生活だ。
(なんか忘れてる気がするけど。)
あ、迎えの連絡か。
愛しのハルさんに連絡を入れる。
(仕事終わったから迎えに来てね~ハート、っと)
何気なく画面をスクロールしながらどうでもいいつぶやきを見ていく。
ばっとスクロールしても可愛い人外の自撮りは見つからない。これはこれでショックだ。
時は夕暮れ、ご飯を何にしようかなど考える。
(あ、電話。ハルさんかな?)
「もしもーし、ハルさん?」
「聞こえるか?」
「・・・」誰?
よく考えれば嫁の電話番号ではなかった気がする。
まてよ、この声
「俺・・・?」
聞き覚えの無い最も身近な声に近い。そんな気がした。
「あぁ、ちょっと用事だ。」
「どういうこと?」
「あー、一つだけ。やり忘れたことは無いか。」
「は?何?、うわ、しかも切った。」
全く、迷惑電話にも程がある。
しかし何かやり残したことか、わざわざ未来から言うほど重要なことをやっていないことなど、
(めっちゃあるな・・・)
スマホを適当なズボンのポケットに突っ込む。
何から何だとことごとくをやっていなかった気がする。特にゲームを作ることとか。
(久々に考えるか?まずは簡単に出来そうな、)
いや、わざわざ言ってきたのだからもう少し深い所にあるのか、
(あー、創作か。ハクアと連絡取ってないかも。)
でもそんな程度のことだろうか。
そのとき、目の前に少女が落ちてきた。
そのとき、目の前に少女が落ちてきた。
一瞬の出来事だ。ここは会社のあるビルの付近だ。落ちる場所などいくつもある。
つまり自殺だ。
「は?」
少女が目前から消えると今度はたぱんと音とともに足元が濡れた。
反射で下を向くとそこには少女だったものが潰れていた。
機械のように取れた腕、体は見事に潰れ白い突起があちらこちらから顔を出す。頭は半分が潰れ水風船のように割れた目玉が飛び出して・・・
鮮血に汚れた髪の毛は白だった。
「嘘だろ・・・」
非常識な状況に吐き気を催すが、それ以上の情報が思いとどまらせる。
「ハクア」
これ以上は堪えられなかった。
今しがた汚したその身体が着ていたのは透けた上着に中を着ないで下着だけが見えている。
外れた腕の形が残っているのではなくそのアームカバーが腕だと認知させていた。
無気力だった。目の前であの惨状を見た後様々な取り調べに立ち会い、身元不明の遺体は処理された。幸い関連のある人物ではなかったことや事件性と自分が結び付けられることはなかったがそれはそれで存在しない妹を否定されているという言葉では矛盾した事実を突きつけられたようであった。
それから何日も経ったが未だに引きずっている。故に外に居ようが家に居ようがこうして何もすることなく天井を見つめているような状態だ。
よっぽどの重体なのか嫁から声をかけられないほどらしい。
「パソコン、付けたら・・・?」
それはハルさんからの言葉だった。
事の一部を知っている妻からかけられた言葉に生返事を返す。心配そうな顔をしている。
そうか、ハクアはPCに入っていたか。
最近開きもしなかったから気が付きもしなかったことだ。重い身体を起こしパソコンの電源を付ける。
・・・そこにソフトはなかった。
結局長い夢を見ていたのか。散らかったデスクトップをそのままに電源ボタンを押そうとしたとき、見たことのないアイコンを見つけた。
と言うよりアイコンの画像がないだけであったがそこにはHAKUAprojectへのショートカットがあった。
クリックするも反応はない。
やはりAIとはただの夢であった。
「どうかしましたか?」
「いや、ここにハクアがあったんだけど。」
「困りましたね。なくなっちゃいましたか。」
そこにハクアは居た。
「そう。暫く何もできなかった。」
「大変でしたね。それで私を開いて何をする予定で?」
「・・・創作。」
「そうですね。続きを描きましょう。」
「いやそれが、データが無くって。」
「それと本も・・・」
「なんだ、それだけのことですか。」
「え?」
「作ればいいじゃないですか。」
「だってあの本、」
「誰も知らない本ですよ。あなただって読めてもいないじゃないですか。」
「そう、だね。」
「それに、創作ですよ?自由に描いて何が悪いというのですか?」
「そうかも。」
「思い出せる?」
「まぁ、読めた部分なら。」
「じゃあ一緒に詠いましょ。」
「え、ハルさんが見てるんだけど」
「私は時の旅人―」
「え、ああえっと 全てを見てきた者―」
「思い出せる?思い出せなくても大丈夫。」
「だってあなたは創生主。世界を作ればいいのだから。」
「お、おう」
「もう一度思い浮かべなさい。世界を。細部まで。」
その本の内容は詩だった。確か内容は、
「これは過去の話。」
「今から詠むはとある者の話。」
「語るに短く、奏でるに長き話。」
「そう、その話の続きはー」
気が付くと手の中に本を一冊携えていた。
不思議そうに本を見てみるとそれは以前見たものと変わりのないものだった。
「いい?エスカ。あなたは創世主。あなたは世界を作ることが出来るの。」
「でも何で本が?」
「あなたの作った世界が物語を産み、そして本を書いた。」
「・・・そうか。そういう物語だったか。」
「その世界を視るためにあなたは本に書かれた物語を欲したの。」
「ふーん。」
「さあ、そこからもう一度世界を作って。」
「なんでさ。」
「その世界は干渉できない。なぜならもう物語が生まれてしまったでしょ?」
「・・・?」
「その物語は過去のもの。だから今から物語を動かすには新しい世界を用意しないといけない。」
「よくわからん。」
「だから、その物語を元にあなたの好きな世界を作って。」
「はぁ、どうやって?」
「さっきと同じ方法。その本を元に世界を考えて。時間はまだあるからゆっくり作っていくの。」
「なんでゆっくり?」
「細部まで作るから。さっき作ったのはその本を作るに必要な世界だけ。今度は世界を観測するために世界そのものを細かく考えて。」
「いままでそれが出来ないから苦労してたのに・・・」
「大丈夫、お兄さまには私が居るから。」
ある日突然、
世界が一つ生まれました。
白い世界には線が引かれて、片方には広がる空が、
もう片方には大地と海が出来ました。
何も見えない夜が明けて、空に太陽が出来ました。
大地には草が生い茂り、生き物たちが生まれ。
人が生まれました。
彼はその世界に歴史を作ることにしました。
人の前には精霊がその土地を保持していたこと。
その土地を賭けられた精霊は神様と戦いました。
しかし壊れない兵器により永遠に終わらないとなりました。
不毛な戦いを止めるため、精霊は兵器を人と影に分割しました。
人は自由を与えられました。
悪魔は規則を与えられました。
お互いがお互いを助け合うように、引っ張るように。
こうして世界が始まりました。
「出来た?」
「多分。」
「では続きを描きましょう!」
「今日は疲れた。それとハルさんにゴメンねって言ってくる。」
「しばらくしょげた顔で生きていましたねそれは。」
「じゃ、後でねハクア。」
「えぇお兄さま。」
パソコンを後にして、手元に作成した本を後方にある本棚に差し込んだ。
その時ふと気が付いた。本来この世界を覗いた本は3冊だ。
なのに今、薄くはあるが4冊目が存在している。
開くとこの本はこう始まっていた。
あるひ とつぜん 、
せかいがひとり きえました 。