僕は救世主
今回の人は、少し難しい人だった。
玄関のピンポンを押すのにもなんとも言えないためらいを感じる。
「あ~こんな時間に誰だろうな…」
ドアの奥から聞こえたのは若い男の声だった。
私は背筋を伸ばしネクタイを整え帽子を被り直す。
ガチャ
「えっと、どちら様でしょうか?」
若干首を傾げながら今回の人はドアを開けた。
私はいつものように名を名乗り避けようの無い未来を告げる。
「私、シノというものでございます。谷口悠希様にお伝えしなければならないことがあり訪問させていただきました」
彼は「ああ、そういうことか」言った後手招きをして、
「どうぞ、まあ一旦上がってくださいよ」
と私を家の中へと案内した。
案内されたのはリビング。お昼なのに分厚いカーテンで窓の外が見えないようになっている。
この場合要警戒だ。相手が何か悟っている場合ならその場でボロボロ泣き出したり、呆然と立ち尽くしていたりするのに。
つまり_______
グサッ!
彼がリビングのドアを閉めた瞬間だった。
どこかに彼が隠し持っていたであろう包丁が私の右の肺の奥深くへと突き刺さる。背後からやられた、もう少し用心するべきだった。
痛い、ものすごく痛い。赤黒く禍々しい液体が滝のように流れる。
このご時世詐欺かもしれないだとかセールスお断りだとか散々言われているのに、そんなことを一切疑わないで家に招き入れる人は大体これだ。
人間に本来備わっているはずの根本的な何かが外れている。
「お兄さん良かったね!!」
刺されたところ必死で押さえてうずくまっている私を見て彼はそう言い放った。
どんな顔してるかなんて見ないでも分かる。
「僕はね、お兄さんのような仕事に終われていたり、真っ黒で不気味な板を死んだ魚のような目で眺める人たちがかわいそうでかわいそうで…」
彼はしゃがんで私の耳元を覗くように続けて言った。
「だから僕はね、助けているの。どうせ生き物は死んでしまうだろう?生きている間に苦しい思いを持つよりは、さっさと死んでしまう方が楽だし~…だからそのお手伝い、ボランティアをしてるのね!」
彼はまだニコニコしている。信じられない。
だが彼に説教なんかしてる暇なんてない。今日中に回らないといけないところがまだあくさんある。
「そう思っているのであれば、結構……」
「あれ、まだ喋る元気があったのか」
「少なくとも、あなたは死んでも苦しい思いをするでしょうから……またそのときに顔を出してやりますよ……」
「死んでも苦しい思い…そっかw地獄とかいう場所だっけ?お兄さんおもしろいこと言うね!僕こんな良いことしてるのに、そんな馬鹿げたところに落とされる訳ないじゃないかwww」
まだ痛みは引いていなかったが、私は立ち上がり玄関へと向かった。
「まずい!まだそのまま外へ出られると…」
(まずい!こいつまだ何か隠し持ってるぞ!)
バン!
バン!
バン!
終わった、鉄砲ばかりはどうしようもない。
私はその場に倒れ込み意識を失った。
「危ない危ない、警察なんかに駆け込まれたら僕はもうボランティアなんかできないし…」
目を覚ましたとき、そこは木々が生い茂る大自然の中だった。
「シノー?起きたかー?」
白いワンピースを着て頭に白い花の冠を着けた5歳児くらいの少女が体を揺すりながら話しかけている。
この少女はいわば私の上司に当たる人物だ。
「シノ、今回は中々な大物だったな。お前をピストルで撃った後、車の座席に丁寧に座らせて、東京からドライブして富士の樹海にポイだ」
私はゆっくり起き上がりながら返した。
「やつのせいで私たちの仕事が増えていたと考えるとひどいもんですよ。あなたと違って神様でもないのに殺して死なせて生きる苦しみを消すだとか…」
「ここはやつのお気に入りポイントなんだろうな。ここら一帯、あいつに殺されてそのまま骨になった仏様だらけだ」
来ていた真っ黒なスーツに付いた土を手で払う。刺された箇所や撃たれた箇所はキレイに元通りになっていた。
「そういえば、シノが今から行くとこも大物だったな」
「ええ…また私殺されるんですか?」
「まあ今回はついていってやるよ。またお前が殺されて私が代わりに仕事するのも面倒だからな」
「ついてきてくださるとは、珍しいですね」
「ちょっと今回は訳ありすぎるからな。神として放っておけないこともあるんだよ」
「そうですか…」
「とにかく行くぞシノ。客は待ってくれないぞ」
「あの、訳ありすぎるっていうのは一体____」
「無差別テロだ、夜の東京でな」
私たちは足早に樹海を抜け東京へと向かった。そして__
2015年10月5日午後9時10分
「誰でもよかった、むしゃくしゃしてた、ですか?」
土砂降りの雨の中、私は目の前でナイフを持って棒立ちする男に話しかけた。
「自首するなら今だと思いますよ?まあ私は警察官ではないので、どういった法的処分を受けるか分からないんですけどね」
男はこちらへ振り向いた。何かとてもイライラしているような、落ち着いていないような、そんな様子だった。
「誰かまた別の人間を殺したくてしょうがないんでしょう。さっき人を殺したとき、ものすごくスッキリした気分になったから」
続けて私がそう言うと、その男は激昂したのかあろうことか私をナイフで刺してきたのだ。
とても痛かったが、上司の神様が近くに居てくれたのですぐに回復できた。
私の上司はなんでもできる。死んだ人間を生き返らせたり、現代の医学ではどうしようもないことだって……
「誰か、誰か…助けて……」
どこからかそんな弱々しい声が聞こえた。その声の方へ目を向けると血を流し倒れている女性が道端で倒れ込んでいた。
どう見ても致命傷だった。あと5分も持たないだろう。だがそんな状態でも、上司の手にかかればお手のもの。
その体に手を当てるだけで深い傷がどんどん浅くなっていく。
「あなたはまだ死んではならない。ある程度傷は治してあげたから、後は病院の外科医に治してもらいなさい」
「え…どういうこと…?」
「怪我がちょっと治るまじないを掛けただけよ。じゃあね」
私と上司はその女性のもとを離れ別の怪我人のもとへと走った。
「さっきの女性、私が見えてなかったってことは助かったってことですよね」
「逆に、あなたが見える人が居たらそれはどうしてあげることもできないわ」
「別に生き返らせたっていいのに、どうしてですか?」
「……ちょっと不都合があるの」
「……よく仰ってる自然の摂理ってやつですか」
「まあそういうことしてちょうだい」
「承知しました…」
それから幾人もの怪我人を助け、ときには見捨てて…時間は過ぎていった。
そして時刻は午後11時50分
「今更になって、後ろや下ばかり向いたりするんじゃなくて、前や上を向いておけば人生少しは変わってたかもしれない…まあ確かにそうだと思いますけどね」
今回の人もとい、テロの犯人は私と警察官の挟み撃ちになった。
「お、お前!なんで生きてんだ!お前は僕がこの手で…」
「人を無差別に殺めて悦に浸って、ましてやそれを殺しじゃなく仕返しですか、呆れますね」
犯人は後ずさりをした。雨上がりの水溜まりにボチャボチャと音をたて一歩一歩後ろへ下がっていく。
「仕返しで人の息の根を止めるのは私のような人ならざる者の仕事なのであって、あなたのやるべき仕事や義務なんかじゃないのですよ。実際あなたのお父様も私がわざわざ”仕返し”してあげたというのに」
「はあ……?お前なんかが?死神ぶってんじゃねえよ!でも、なんで生きて…」
「そんな低俗な質問に答える義理なんかありません。それより今はあなたへの仕返しをどうしようか考えることに精一杯なので」
路地裏の影から人の気配を感じた。よく見てみると、少し見覚えある人物だった。
誰だろうか、もうちょっと目を凝らして見てみると
(ああ、こんなところで再会するとは…どうせなら、彼の手で葬ってもらいましょうか)
「ようやく目が会いましたね、わざわざ後ろを振り向く必要はないでしょう」
私は犯人を見下ろした。しばらく目を合わせていたが、犯人はすっと顔と目を上げ正面の警察官の方へと向いた。
「あなたに伝えたかったことを伝えに来たのですが、もうその必要はなさそうですね。だって、あなたはもう…」
「だって…?」
バン!
バン!
バン!
路地裏の影から三発の銃声が聞こえた。目の前の警察官は呆気に取られていた。
「おい、今の誰が撃ったんだ…?」
「どこからか応援が駆けつけたのか?」
2人の警察官が慌てて倒れ込んでいる犯人のもとへ駆け寄る。そして
「あれ〜?おかしいな、樹海に埋めてきたはずだったのに」
彼はピストルを片手にのこのこと路地裏から出てきた。警察官は彼の存在に気がついていない様子だった。
「今のちゃんと見てた?バン!バン!バン!って。いやあ、あのテロリストを止められるのは救世主の僕しかいない!って思ったからさあ、ちょっとストーカーして良いタイミングだなあと思って殺しちゃった」
「へえ、あの人は救ったのではなく、殺したと表現するのですか」
カチ!
カチ!
カチ!
「あら、どうやらその鉄砲は弾切れみたいですね。なぜ撃とうとしたのです?そんなに私が憎いですか?」
私は彼にジリジリと近づいていく。一歩一歩、ゆっくりと
「ち、違うよ!憎いとか、そ、そんなんじゃない!た、ただお兄さんも、す、救ってあげたいなって___」
「一度逃したターゲットだからこそ、今度こそは確実にって思っていたのでしょう」
彼は笑顔で話しているが、何か焦っている様子だ。
「わ、わ、分かった!お、お兄さんにはもう、手は出さないっ!だから…」
彼はピストルを地面に置いて両手を上げた。
「この通りだ!こ、これで分かっただろう!」
「谷口悠希様、そういえばこの前お伝えしたかったことをまだ言えてなかったですね。」
「あ…ああ!そ、そういえば何か言ってたね!あれは、何が…言いたかったの…?」
「谷口悠希様、あなたは今から48時間以内に___」
彼はズボンから包丁を出して飛びかかってきた。
「だまされたなこのバカがー!!!」
彼の包丁は私の前でピタリと止まり180度向きが変わった。
「お兄さん、なんか僕の手が勝手n___」
グサッ!
「あなたは今から48時間以内に地獄へ堕ちます。もう手遅れでしょうけどね」
僕は地獄の底から明るく輝く大空と幸せな今を生きる人々を、血で真っ赤に染まった目で見上げている。手遅れなんかじゃない、今を生きる人々を。そして……
「助け……て、た……すけ……て………」
下の方を見るといつまでも血を吐いている若い男が居た。どうやらあの男が僕を銃で殺した人物らしい。
彼はずっと自分で自分を刺したり、拳銃で頭を撃ち抜いたり。何度も何度も死のうとしているが、ただただ血を流したり苦しんでいるだけで、全く死なない。
「ここで生きることは苦しみだ……ここで生きていることは苦しみだ……死ぬことも死のうとすることも……」
グサッ!グサッ!グサッ!
バン!バン!バン!
「誰か僕を殺してくれえええええ!!!!!!!!」
「彼は人々生き地獄から救うためにがんばってきたのに自分も含め誰も救えなくなってましたね。これじゃあ死に地獄ですね」
「シノ、お前の言う通りだな…」
「地獄とは、本当に怖いところですね」
遥か彼方の大空の向こうで私たちは彼らを見下ろした。悲痛な断末魔がかすかに聞こえていた。いつまでも、いつまでも…




