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余命48時間  作者: 葉加多錬一朗


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手遅れ

2015年10月5日午後9時10分、この時期には珍しいゲリラ豪雨が降った。


 ナイフで近くを通りがかったやつをめちゃくちゃに刺した後、土砂降りの雨で右手にべっとり付いた誰かの血が水をつけた絵の具のように溶けていった。僕はその場で棒立ちしてこんな考え事をした。


 もし僕が警察官に捕まったら、取り調べ室でこう供述するだろう……


「誰でもよかった、むしゃくしゃしてた、ですか?」


 突然背後から全身真っ黒な服装の男が現れてこう言った。まるで僕の心全てを読んでいるかのようだ。


「自首するなら今だと思いますよ?まあ私は警察官ではないので、どういった法的処分を受けるか分からないんですけどね」


 じゃあお前は誰なんだ、そう言いたかったけど僕は今それどころじゃないんだ。今は、今は……


「誰かまた別の人間を殺したくてしょうがないんでしょう。さっき人を殺したとき、ものすごくスッキリした気分になったから」


なんだ、なんなんだこいつは!まるでマジシャンのトランプ芸のように全てを見透かされている。きっと、こいつも……


「名前は?」


「あ〜私ですか?シノと申します。そういえばあなたに伝えておかないといけないことが……」


グサッ!____


 こいつ、いや、シノってやつもきっと、僕を痛めつけた“幸せな人間”に違いない。こんな余裕ぶって僕をからかおうなんて……そんな人間はこの世から消えなければならないんだ……


「ま、待ってください……わ、私を殺そうとしたところで……」


グサッ!____


 今まで腹部を刺せば皆大人しくなっていたのに、さすがに胸元を刺せば一言も喋れなくなるだろう。


「僕は人を殺そうとしてるんじゃない、仕返しをしているだけだよ」


僕はシノへそう吐き捨ててからその場を去った。


 その日は家に帰らず、傘も刺さずただひたすら街をぶらぶら歩いていた。ナイフは手に持っているとすぐ警察にバレてしまいかねないが、もしやつらとすれ違ったときにはすぐ仕返しができるようにポケットに入れていた。


 右手をポケットに突っ込み、目の前だけをじっと見つめながら歩く。次はどんなやつに仕返しをしようか。




 1995年6月8日、僕は中学1年生。そのときのクラスは皆活発的だったというか、僕とは何かが大きくかけ離れているような存在の人たちが多くて、


「よーし!体育祭もテストも終わったことだし、クラスみんなで打ち上げ行こうぜ!」


「ああ!行きたい行きたい!」


「私も!おこづかいなくなりそうだけど…w」


学校行事や定期テストがひと段落したときなど、何かしらのイベントがあればクラスで中心的な立ち位置の男子が打ち上げを企画し、そこに取り巻きの女子や仲間が群がっていた。


「いいよいいよ、不足した分はおれが奢ってやるからさ」


「えーおれにも奢れよ~」


だが、僕はその取り巻きどころか傍観者にすらならなかった。いや、なれなかった。


(なんだ、今日もこの底辺どもはバカ騒ぎか…)


「ねえ打ち上げするって言ってけど…どこ行く?」


「ん~やっぱ無難にカラオケじゃないかなあ」


「おっ!そのアイデアはなかったなあ~」


(ふんっ…勝手に行けばいいだろうが…)


僕はいつも心の中でやつらを見下すだけ。見下されているのは僕自身とも知らず。


「ねえ、どうすんの、”あれ”はさ」


「え~来てほしくないに決まってるじゃん、打ち上げ台無しになっちゃうじゃんww」


「この前クラスのみんなで焼肉行こうってなったときも、君らと違って勉強しなきゃいけないしとかさ」


「あいついちいち上から目線だからうぜえよなww」


「マジ話しかけに行くだけ面倒だから放置しとこうぜ」


「どうせおれらとは違うんだもんなww」




 聞こえていないつもりなのか、それともわざとか。ひそひそと教室の角でごちゃごちゃ言ってるが全て聞こえている。


 でも今のうちに好きなだけ悪口でも言っていればいいんだ!貴様ら底辺とは違っておれは優秀な人間だ!昼休みという時間にこんな低俗なことで楽しそうに話せる貴様らと一緒にカラオケ?なんだそりゃ、馬鹿馬鹿しい。そのときの僕なら、きっとこう思っていただろう。


 こんな調子だったので、学生時代は放課後一緒に家に帰ったり教室でおしゃべりするような友達がおらず、いつも6限のチャイムが鳴った瞬間ひったくるように鞄を持って教室を出ていった。そして家に戻ってきても安心はできない。


「おかえり。今日テストが帰ってくるのはいつかしら?」


「……まだ…」


「あらそう。帰ってきたらその日のうちに必ず持って帰りなさいね。」


「……はい…」


僕の居場所は家しかなかった。いや、そんなことなかったかもしれない。


「返事が小さい!」


  バチン!


 母は何か気に入らないことがあればすぐにビンタをしていた。そしてひどいときには足で蹴ったり棒で叩いたり。もし歯向かおうものなら急に被害者ぶって、「反省」という名目で父と母で文字通り袋叩きにしてくる。


 次の日学校へ行っても、誰も僕なんかに見向きもしないため殴られたり蹴られたりしてケガをしても誰も気が付かない。それどころか、きもいだのみじめだの、裏で罵声大会を始める。


 そういったことがきっかけで中学から登校拒否(不登校)になり、1998年4月5日高校へは勉強してなんとか進学できたものの、中学と同じように人間関係で行き詰まったり、うまくクラスの輪に馴染めなかった結果中退した。親からは毎日のように不良品扱いされ、街中で昔の同級生とすれ違ったら腫物を見るような目で見られた。


 今ではそんなやつらもいい会社に就職したり、起業して大金持ちになったり、結婚相手を見つけ幸せな家庭を築いたり、その体も心も僕の返り血で染まっているはずなのに。一体どうして、どうしてそんなに平凡と過ごせられるのだろうか。僕はこの20年超の間そのことをずっと頭の中に据えながら下を向くばかりの人生を過ごしてきた。




 そんな人生に機転が訪れたのは3日前、2015年10月2日午後8時頃。


「あら、あなたなんだかいつもと様子が違うわねえ」


「んぁ?おるぁいつも通りゃと思わんだがぁ………」


「顔も歪んでるし、呂律回ってないし、昨日たくさんお酒でも飲んだんですかねえ」


「そんにゃ…こと…」


バタッ!_______


「まあ~、こんな倒れるくらい飲んだくれていたのねぇ、しょうがないわねぇ」


 このとき母は認知症となっており、施設も定員いっぱいで入ろうにも入れず家で父が面倒を見ていた。


働きもせず母の面倒も見ず家とコンビニを往復するような僕と、働くこともできず深夜には家を飛び出してしまう母をずっと1人で父が支えてきていたが、とうとう限界が来てしまったのだ。


 僕は丁度その時部屋で寝ていたため、そんな大事に気が付くことはなく、ただただ時間だけが過ぎた。


 布団から起き上がってリビングで倒れこんでいる父を見つけたとき、父は目と口を開け冷たく硬く固まっていた。


 瞬き1つしない父の目を見たとき思った、最初から手遅れだったのだと。父も、母も、そして僕の幸せな人生も。


 そのとき僕の心の中の何かが爆発した。


 (あのとき袋叩きにした父は今この瞬間仕返しを受けたんだ、そうに違いない!ならば、母や幸せな今を生きるやつらへの仕返しは…そうか、僕がしてしまえばいいじゃないか_______)




 2015年10月4日午前3時22分。


 就寝中の母を学生時代のようにひたすら殴ったり蹴ったり分厚い本で頭を叩いた。10分近く殴り続けたときくらいに、目がリビングにいる父のようになった。


 そして2015年10月5日午後9時0分、3日の夕方に買った刃渡り20cmのナイフで街中を一人で歩いている若い女性に仕返しをした。


 母に仕返しをした後に気が付いた、やつらが昔の同級生だったり関わってきた人間かどうかなんて関係ない。やつらは僕とは正反対の"幸せな人間"、輝き1つない真っ黒な冷たい目を持つ加害者だと。


 だからこそ、誰でもよかったし、早く仕返しができないかとむしゃくしゃしていた。


 2015年10月5日午後9時10分、もう1匹仕返しした。やつはシノと名乗って奇妙なことばかり言ってきていた。だから、きっとやつらとも一緒だと思って仕返ししてやった。


 それからひたすらやつらを見つけてはナイフを刺し、途中警察を呼ぼうと携帯片手に必死に逃げるやつらもグルだと思ったので仕返しした。


 このまま夜が更けるまで仕返しを続けようと思っていた。


 だが、同日午後11時50分。偶然パトロール中だった2人の警察官に見つかった。その警察官は僕の真っ赤に染まったシャツやズボンを見て何を思ったのだろうか。片方は無線で何かやりとりをし、もう1人はゆっくり僕に近づいてくる。夜空にポツポツと光るビルの灯りと雨上がりの黄色い満月が後光の如く輝いていた。


 目の前は明るくても、後ろは真っ暗。どこまで行っても、後ずさりをしても。


「今更になって、後ろや下ばかり向いたりするんじゃなくて、前や上を向いておけば人生少しは変わってたかもしれない…まあ確かにそうだと思いますけどね」


 後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。嘘だ、あいつな訳がない。あいつはだって…


「そうですね。あなたに殺され…いや、仕返しされました。痛かったなあ、どう落とし前を付けていただけるんでしょうか」


あいつの方へ向きたい、だが今振り向いてしまうと背中にとっさに隠したナイフがバレてしまう。


「お、お前!なんで生きてんだ!お前は僕がこの手で…」


「人を無差別に殺めて悦に浸って、ましてやそれを殺しじゃなく仕返しですか、呆れますね」


 後ずさりをするうちに深い水たまりに入った。ボチャボチャと音を立てるたびに逃げ場を失っていくような感覚がした。


「仕返しで人の息の根を止めるのは私のような人ならざる者の仕事なのであって、あなたのやるべき仕事や義務なんかじゃないのですよ。実際あなたのお父様も私がわざわざ”仕返し”してあげたというのに」


「はあ……?お前なんかが?死神ぶってんじゃねえよ!でも、なんで生きて…」


「そんな低俗な質問に答える義理なんかありません。それより今はあなたへの仕返しをどうしようか考えることに精一杯なので。」


尻もちをつき、後ろにずるずる引きずっていた手が何かに当たった。がんばってどこかへ動かそうにもビクともしない。間違いない、あいつ以外あり得ない。


「ようやく目が会いましたね、わざわざ後ろを振り向く必要はないでしょう」


シノは僕を見下ろしていた。しばらく目を合わせていたが、すっと顔と目を上げ正面の警察官の方を向いた。


「あなたに伝えたかったことを伝えに来たのですが、もうその必要はなさそうですね。だって、あなたはもう…」


「だって…?」


バン!


 バン!


  バン!






 二千二十五年十月五日、あれから十年が経った。この十年の中で一つ思い出したことがある。


「それじゃあこの問題を…吉田!答えろ」


歴史の授業でいつものようにウトウト寝ているとき突然先生から当てられた。それも普通の人なら無茶な難易度の問題だっただろう。


「1905年10月26日、伊藤博文がハルビンで安重根の撃った3発の銃弾よって暗殺された日ですよね」


「嘘だろ!日にちだけで何があったか、それに細かいことまでわかるなんて、教科書に書いてあること全部覚えてるだなんてすごいじゃないか!」


(さすがに全部は覚えてないけどな…)


 僕は昔から物事を覚えるのがとても得意で、どんな出来事も日時で紐づけて覚えることができた。昔は「こんなしょうもないこと」と思っていたが、「こんなすごいこと」に言い換えられたとしたら、グシャグシャだったはずの少年時代も真っ暗だった人生もどうにかなっていたかもしれない。


 


 僕は地獄の底から明るく輝く大空と幸せな今を生きる人々を、血で真っ赤に染まった目で見上げている。手遅れなんかじゃない、今を生きる人々を______

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