贈り物
厳しい冬を越え、着る服も薄くなり、心地よい風が吹きはじめてきた。
「菜穂ちゃん、このあとどこか行くの?」
「あ、この後友達とカラオケ行くから、夕方くらいには帰ると思う」
「ああそう、じゃあ夕方までに叔母さん晩御飯用意しとくからね、今日はごちそうにしとくから!」
「ありがとう!じゃあ行ってくる!」
今日高校を卒業するまでに、私はたくさんの人に支えられて生きてきた。そう、両親が亡くなったあの日から……
なぜだかわからないが、私は異常に記憶がいい。どれくらいかというと、生まれてすぐの赤ちゃんのときのことを覚えているくらい。
生まれてすぐの記憶はないけれど、生後二か月くらいからの記憶はあって、確か生後三か月くらいに私の両親は新築の一軒家を
建てた。
「よおし!ローンは長いが、夢の一軒家を手に入れた!しかも持ち家だ!」
「新築で建てたんだから賃貸なわけないでしょう。ほら、菜穂も
お父さんに一言いってやりなよ」
「おいおい、三か月なんだから喋れないって。ほら、菜穂も」
「はいはいはい、もうそこらへんで終わらせて、とっとと引っ越し作業終わらしちゃって」
「はーい」
思い出すたびによく浮かぶ。二人の、いや、三人の微笑ましい光景が。きっととてもいい家庭で、この世界の誰よりも幸せな家族だったことに違いないということが。
それから、両親の親戚や友人が挨拶にきた。お祝いの品や誕生祝いのおもちゃが家にどっさり置いてあった。
「家が広いから、置き場なんていくらでもあるね!」
「こら、そんなこと言ってたらこの家はあっという間にゴミ屋敷になるわよ」
「ははは、そうだね。このおもちゃを菜穂が気に入ってくれればいいけどねえ」
両親と過ごす日々はとても平和で、とても幸せだったと思う。毎日ミルクを飲んでゆりかごに揺られて、時には夜泣きして。こんな生活がいつまでもいつまでも続くものだと、両親はきっと思っていただろう。そう、あれが来るまでは。
とある休日の朝、家に誰かが来た。
「はーい、どなたですか?」
「すみません、あなたとご主人に関わるお話ですので、ご主人を
ここに連れてきていただけませんか?」
「あ、はい…お、お父さん、お客さん」
日頃の仕事の疲れが溜まってるのか、眠そうな目をかすりながら父が上の部屋から下りてきた。
「ごめんなさい、昼間からどうなされました?」
実は、私はこの人のことが見えていない。だから、私から見ると、両親が誰もいないところに話しかけているような状態だ。しかし、姿は見えなかったがなぜか声は聞き取ることができていた。もしこのとき私がしゃべれていたのなら、どんな言葉を発していただろう。
「あの、わたしたち二人にどういったご用で?」
「保険とかそういうのではないですよね?」
母はこの間ずっと私を抱きかかえていた。時々揺らしたり、頭を撫でたり。そして、私が何を思ったのか手を伸ばしたときだった。
「あーこら、そんな手を伸ばしたりしたら当たって…」
どれくらいの距離で、どのような状態だったかはわからないが、父と母はその場で固まっていた。
「手が、すり抜けている…」
「もしかして、あなた…」
母の手と声は震えていた。次第に涙が何粒か私に落ちてきて、私を父に抱かせてその場で泣き崩れていた。
「なんで!なんで!この子も生まれたばかりなのに、なんで!」
たまたま家の前を通りかかっていた近所の人が駆け寄ってきた。
「宮村さん、どうしたの、誰もいないのに急に泣き崩れて」
父は黙った私の目をじっと見ていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
「宮村さん、もしかして…」
近所の人も色々察したのか、下を向いたままその場を去っていき、近所の人がみえなくなったところで、父が黙っていた口を開いた。
「シノ、正直こんなところで見たくはなかったよ。せめて、おれたちが歩けなくなるくらいまで年取ってから来るもんじゃないのか」
「あらあら、私のことをご存じでしたか。おっと失礼、まだ本題を話していませんでしたね」
母も少しは落ち着いてきたのか、震えた声で シノ に言った。
「私たちは…あと…何時間…持ちますか?」
「それは言えません。とにかく、48時間以内です。私が言えるのはここまでです」
父も大きく声を張り上げて、
「おいシノ、幸せ絶頂の家庭ぶち壊すのは楽しいか?生まれた子がいるばかりの一家皆殺しにするの楽しいか?なんとか言えよ!」
と言ったが、意外な答えが返ってきた。
「いえ、今回の通告対象は宮村加奈子様と宮村雄三様のお二人だけで、宮村菜穂様は今回の通告対象ではありません」
その場で泣き崩れていた母が急に飛び起きてシノに言った
「え、菜穂は、助かるんですか?」
「すなわちそうなります。では、悔いのない人生を…」
「待てシノ!ちょっと待ってくれ!」
数秒の静寂の後、父が言った
「菜穂は助かるって言ったって、これじゃあまるで見殺しにしてるようなものじゃないか!せめて何があったかわかるようにしとくとか、あと…声を聞かせてくれよ!菜穂が可哀そうで仕方がない。何とか言ったらどうだよ!シノ、いや、この**め!!」
「そうですね、確かにそうですね。じゃあ、菜穂さんに特別な力と一番大切なものを贈ろうと思います。それが何かは、将来菜穂様が自分自身で気が付くと思います。それでは、悔いのない人生を」
その次の日私たちは県外に住む母方の叔母の家へ向かった。
「綾子、突然ごめんね~」
「姉ちゃんどうしたのよ?急に連絡しきてさ」
このとき父は一緒ではなく、父の実家へ行っていた。今思うと父も母も実家の両親や家族に最後の挨拶をしに行ったのかなと思ったり。
到着してから二時間経ったお昼頃、叔母さんはあることに気が付いた。
「お昼作っといたよーってあれ、姉ちゃんどこ行っちゃったのか…」
これは後から叔母から聞いた話だが、机の上には、「菜穂を頼んだ」というメモが貼られた母の遺書と、私と両親の三人の写真が置いてあったという。その後何度も電話かけたり、必死に捜索をしたが見つからず、翌日
「続いてのニュースです…市内にて住宅火災が発生しました。火元の住宅からは住人の宮村雄三さんとその妻の加奈子さんの遺体が発見されました。なお、その住人の子供は親族の家に居たため無事だったとのことです。原因は電気工事のミスによるもので、消防は…」
母のメモに則り、私は母の叔母夫婦の下、すくすく育っていった。
いとこたちとも、兄弟のような仲になった。小学校、中学、高校、大学と進み、就職してそこの職場の人と結婚して、こどもが何人も生まれて、子育てに苦労して…
いつの間にか、長い長い年月が経った。
「おばあちゃんまた今度ね!」
「うん、気を付けてお帰り」
孫も大きく元気になり、それとは逆らうように、私は衰弱していった。そして、桜のつぼみが開き始めたころだった。
「宮原菜穂様、お時間です」
「ああ、あなたがシノさんね、はじめて目で見れた」
「そうでしたね。そういえば」
「ずいぶん前に亡くなった叔母さんにシノさんのこと言ったけど、
大丈夫だったかしら?」
「ええ、全く問題でもないですし、むしろありがたいぐらいですよ」
「そう、よかったわ。それにしても、中々いい見た目してるじゃない、死神さん」
「あら、それはそれは!ありがとうございます。ところで…」
「はい?」
「一番大切なものは、見つけられましたか?」
「ええもちろん、ずぅっと昔から私のそばに居てくれたんだもの。今からちゃんと、挨拶しにいくわ」
「なら、よかったです。では、悔いのない人生を」
私は長い長い生涯に幕を下ろした。お父さん、お母さん、一番大切なものをわたしくれて本当にありがとう。今、行くね。