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もうかった

   余命48時間Ⅲ  もうかった

 

 ここは暗い暗い瞼の奥の夢の中。遠くで、けたたましく動輪を回す汽車が見えた。どこに行くかも、どこからきたかもわからない汽車が。ただ、走ってた。

 私は昔から病弱で、当然ながら運動なんかできるわけもなく、

「はあ…はあ…もう動けないや…」

「おらぁ行橋!まだ半分も走り切れてないぞ!」

「へぇ?先生、無理だよもう…」

 特に、持久走なんか今まで全部走りきれた試しがない。途中でリタイアか、あるいはそもそも授業を欠席かのいずれかだ。でも、唯一、ただひとつだけ得意だったことがある。

「メイちゃんすごい!こんな絵どうやって描くの!?」

「はは、まあ、昔から得意だったからどうやって描いてるのかって言われてもなあ。う~ん、勘?」

「勘じゃあこんな素敵な絵描けないよ!」

「やっぱりメイちゃんは天才なんだね!」

私はなぜだか知らないが、絵を描くことだけは昔から好きであり、特技でもあった、一度コンクールに出してすごい賞を取ったりもしたし、何より、自分が描いた絵がどんどん部屋を埋めて、自分の世界ができていくあの感覚が特に好きで、少しでも時間があれば、

スケッチブックを取り出し、よく筆を走らせたものだ。

 だがそれも、私が幼かった時のずっと前の話。今居るとこなんて、

ただ白い壁とカーテンに覆われているだけで、当然ながら当然だけども絵なんてものは一枚もない。ずっとベッドの上で、新しい絵を描くためのペンやスケッチブックはなくせに、料理と変な書類ばかり書かせる机は目の前にあるのに、だ。一体いつになったらここを抜け出せれるのだろう。抜け出しれたとしても、あと何回戻ることになるのだろう、あと何回私の体を蝕めば病魔は満足するのだろう。

そんな堂々巡りをすれば、いつの間にか日が落ち、

「また絵を描けれたらいいな」

そう呟いて寝る、この繰り返し。

 だが、毎日一個、というよりは、一往復だけ楽しみがある。今、隣の病床に小学校低学年くらいの男の子がいて、それはそれは元気な子なわけで。

「儲かった!儲かった!儲かった!」

病院の真横の線路を重たそうに蒸気と煙をモクモクと上げて走る汽車を見ると、その子はそう言っていつも楽しそうに窓の外を輝くような目で見るのだ。そして幾分か時間が経つと、またあの汽車がやってくる。ただ、そのときは、

「儲からん!儲からん!儲からん!」

と、腕は折れているのに、飛び跳ねながらはしゃいでるのだ。私はこの時間が一番楽しい。もくもくと上がる黒煙と真っ白な蒸気、そして轟音をあげて力いっぱい走り抜けてゆく。そのとき、知らないうちに自分も元気が出るような気がしていて、このときだけは重たい体を押し上げて窓の外を眺めたものだ。

 ある日、めずらしくお医者さんに少し遠方に住んでいる家族も一緒に呼び出された。

「娘さんの容体が安定してきましたので、一時退院と、外出の許可を出せれるようになりました。退院もそろそろかと思いますので、今後のことを前向きにご検討ください」

このセリフは何度も聞いたことがある。今後のことを考えてみてほしいということを言われるのは初めてだったけども。

「あの、先生、一個いいですか?」

どうせまた体を壊してここに来ることになると思いながら、ふと気になっていたことを聞いてみた。

「これからの入院中では、その…」

「その?」

「絵って、描けますか?」

そういうと、先生は少し微笑んで返してくれた。

「ああそうだね!きっと退院までも短いし、忙しくなるだろうからね。うん、いいよ」

それを聞けたとき、私は退院できるということを忘れてしまうような嬉しさが湧き上がったのをよく覚えている。

(ようやく、ずっっっと描きたかったものが、描ける!)

 次の日、私は家から持ってきてもらったスケッチブックとペンで、

思い描くものを創り出していった。またあのときと同じように。

言われてみると、確かに今までよりもずいぶんと体も軽く、ずっとベッドで突っ伏してた時よりもしんどくない。

「おねーちゃん、何描いてるの?見せてよ」

今日はいつもよりも汽車が来るのが遅いせいか、隣の子はどこかあまり機嫌がよくない様子。

「そうだねえ、ちょっと教えられないかな」

「え~教えてくれるだけでもいいじゃん!お ね が い!」

「じゃあ、これ君が退院するときにあげるよ、それまでは楽しみに待っててほしいなぁ」

すると、さっきまでの不機嫌は飛んで、

「え!くれるの!」

「うん、もちろん」

「やったあやったあ!」

その子の重たそうな腕のギプスも取れ始めている。この子もそろそろ退院だろうけど、時間なんて腐るほどあったのですぐに描きあがり、あっという間に退院の日になった。

「おねーちゃん、体元通りになって、退院するよ、だから約束通りあの絵ちょうだい!」

なんと偶然なことだろう、丁度その子が退院する日は、私の退院日でもあったのだ。

「偶然だねえ、でも、おねーちゃんが退院しちゃうのこの絵は君にあげることができませ~ん」

「ひどい!くれるって言ったじゃないか!」

「なわけないわよ、はいこれ」

私は鞄から病院でずっと描いていた汽車の絵を出して渡した。

「わーい!儲かった儲かった!」

そう、これこそが私がずっと描きたかった絵。しんどいときも、変な考えが堂々巡りするときも私を元気づけてくれたその子と、汽車。

「そういうえば、なんで儲かった儲かった!って言ってたの?」

(正直もっと早い段階で聞いておけばよかった…)

「うんとね、山の方から下ってきた汽車は、たくさんの荷物とお客さんを乗せてるから、音が重たくなるけど、山の方へ行くときはお客も荷物も空だから…」

「なるほど、それで儲かる、儲からんってことね」

「それと…」

「それと?」

「父ちゃんが言ってたんだけど、儲かったってさ、文字を変えたら、

もう勝った!でしょ?だから、病気やケガなんかに負けないで、もう僕は勝ったんだ!そういえば、体も元気ですぐ退院できるぞって」

(儲かったと、もう勝ったかあ)

私はまたこの場に戻ることになるかもしれない、でも、それを聞けた今だからこそ言える言葉がある。そう思ったのか、

「もうかったもうかったもうかった!よね、君も私も」

「そうだね、おねーちゃん!」

 それから私は早速家に帰り、写真を撮り、働き場を探そうといろいろと探してみた。が、何もあるはずもなく。ただほそぼそと家の家事を手伝いながら、嫁ぎ先をどうしようと悩んでいるところだった。まあ、病弱だから誰も結婚しようなんて言わないだろうと思っていたら、

「メイ、またきてたわよ」

「え~またぁ~どうやって言い訳しようかなぁ…」

家に帰ってから頻繁にお見合いのお誘いがくるようになった。実にありがたいことではあるが、結婚なんかしたら逆に足手まといになってしまうと思って、全て丁重にお断りしてきたのだ。

 そんなある日、昼間に自分の部屋にピシっと整えた背広を着た男が一人、入ってきた。

「あ、あの、誰ですか?お見合いの類でありましたらお断りしてきたのですが…」

だが、その男は立ち止まる素振りも見せず、帽子を取り、私に近づいてきた

「行橋メイさん、ですね。私はシノと申します。まず、行橋さんにはこれから重要なお話がございますので、よく聞いてください」

「は、はい…」

「あなたはこれから48時間以内に亡くなります。悔いのない人生をお過ごしになってください」

男は…いや、シノはそう言ってすぐに立ち去ろうとしたが、

「ちょっと待ってください!」

これは、絶対に聞いておきたいと思って、私は部屋から出て行かれる前に腕を掴んで立ち止まらせた。

「具体的にはいつ死ぬのよ、それに、私は何で死んでしまうっていうのよ!」

「残念ながらそれにお答えすることはできません」

「じゃあ、絵を一枚か二枚描けるくらいの時間は待ってくれるかしら?そうでもしないと、悔いのない人生なんかにできないわ!」

そのまま出て行かれるとまずいと思い、腕を掴んだまま強めの口調で言った。すると、シノは少し考えたのか、十秒ほど間を開けて私に振り返り、腕を掴んでいた私の手を握って言った。

「それじゃあ、準備が整ったと判断いたしましたら、私がお迎えに参ります。それでよろしいですか?」

私は安心した。少なくとも今死んでしまうことはないとわかったのだから。

 そして、私は動いた。家に帰ってから絵ばかり描いてきていたが、ただ一つ、まだ描けていない絵があったのだ。これはもっと画力が上達したり、もう少し暇になってからじっくり描き上げようと思っていたが、もう時間はない。描いてる途中で死んでしまうのかと思うと、自然とペンが走った。

 時計の針が丁度九十度に折れたくらいに、それは完成した。

「ふう、ようやく…描けれ……た……」

私はそのまま意識を失い、倒れこんでしまった。後からわかったことだが、私が退院して家に帰れた理由というのは、もうじき死ぬから病院の外で残り僅かな楽しい余生を送ってもらってほしかったというお医者さんと家族の計らいだったらしい。どうりで、あんなに将来はあなたは結婚するのよと言っていた母も、お見合いを断ることに乗り気だったわけだ。目を覚ますともう朝で、私の布団の周りを家族や近くに住んでいる親戚たちが取り囲んでいた。起き上がろうとしたけど、体はびくともせず、動こうとしてくれない。もう、時はきたらしい。

「メイ、みんなに来てもらったぞ、よかったな…」

「お父さん、やっぱり私もう死ぬんだよ」

「そんな…悲しいこと言うなよ…」

初めて見た。父がここまで涙を流す姿を。

「私ね、前にシノって人にあって、あなたは48時間以内に死んでしまいますって言われたの。それで、もうこんな状態だから、やっぱりシノの言ってたことは正しかったんだよ」

この場にいたみんな、目に涙を浮かべていた。隣にいたお医者さんも浮かない表情をしている。少し深い呼吸して、少し目を瞑ってみた。ここは暗い暗い瞼の奥の夢の中。遠くで、けたたましく動輪を回す汽車が見えた。どこに行くかも、どこからきたかもわからない汽車が。ただ、ただ…

   ガタンゴトン…ガタンゴトン…

何か聞こえて、パッと目を開けてみた。ここは家のはずなのに、あのときの汽車が、目の前まで来ているような気がする。ああ、そういうことか。

「汽車だ、汽車が来た…」

「汽車?家の近くには線路なんてないはずなのに…」

黒煙と蒸気を上げて走る汽車が、目の前にいる。

「私は、あの汽車にのらんにゃいけん」

絵も描いた。親戚のみんなにも、家族にも会えた。だが、まだ一つ準備が整っていない。

「裸足じゃ乗れんから、誰か靴を履かせてくれないかな…」

すると、まだ幼い弟がよいしょよいしょと、勝手口に置いてあった私の靴を履かせてくれた。これで、ようやく整った。もう汽車は目の前に居る。

「ありがとう、じゃあ、行ってくるね」

私は、どこへいくかもわからない汽車に乗った。この列車には、私以外誰もいない。席に座ると、車掌さんがやってきた、だが、どこか見覚えがある。

「行橋メイさん、お迎えに参りました」

「ああ、シノさんね。まさかこんな方法で来るなんて」

「そういえば、描きたかった絵とは、何だったのですか?」

私は、なぜ持っているかわからない鞄から一枚の絵を取り出した。

「私と、草原を走る汽車。入院中、この汽車を見るのが楽しみで、ずっとずっと描きたいって思ってたんです」

「まさに、儲かることができたってことですか?」

そう返されたので、私は少し笑って言った。

「儲かるじゃなくて、もうかった でしょ」

「それはそれは失礼いたしました。では、もう間もなく出発いたしますので」

私は、この短い生涯に幕を閉じた。客も荷物も全然ない汽車だけど、

私はもうかったのだ。今まで苦しみ続けた病気に、困難に、そして今までの自分自身の人生に、もうかったのだ。

「出発進行!」

というシノの合図で、汽車はどこかへ向けて走り出して行った。

もうかった、もうかった、もうかった。



















  ※今回は親戚などから聞いた実際にあった話を基に製作しております。



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