思惑の渦中で (8月30日20:48~8月3?日??:??)
――20XX年8月30日 20時48分 青少年特殊捜査本部 1課2係7班オフィス
班では再度情報を詰めていた。
テロは明日。時間がない。
~♪
ズボンの後ろポケットに入れていた、渦雷のスマートフォンが鳴った。
「……ん?」
渦雷は書き込むことができるタイプの液晶ボードに、専用のペンで文字を記入していた。
ペンを置き、スマホを手に取り、ロックを解除する。
すると、天道からメッセージが届いていた。
〔単独2230点検消毒要。班員以外には知られるな。読んだら削除ヨロ。https://www.goggle.co.jp/maps/@xxxxxxxxxx〕
「……みんな来てくれ。何かしら動きがあったようだが――少し妙だ」
「……なんだ、これ」
霧島の眉間にしわが寄る。
今までこんなメールは1度も受け取ったことが無い。
――何かがおかしい。
渦雷は東雲にメッセージを転送し、指示を出す。
「……東雲、頼めるか?」
《ん。周辺のネットにつながっている防犯カメラをハッキングして、指定時刻付近の記録が残らないようにするよ。ただ、個人所有とかのオフラインは無理だから気を付けてね。……あとで安全なルート送ります》
「ありがとう」
渦雷は東雲に礼を言った。
雪平が文章を読み、うーんと唸る。
「…嘘や罠の【色】は感じません。ですが、ここに来ない時点でおかしいです。…気を付けてください」
「わかった。ありがとう」
こちらに危害を加えられることはないようだが、やはり怪しいらしい。
渦雷は雪平に礼を言った。
その時、晴野が突然、思い出したかのように言葉を発した。
「渦雷氏―、まだ時間あるし、先にご飯行ってきてくれたまえー!ほれほれ早く!ご・は・ん!ご・は・ん!!」
そういえば、昼ご飯以降、おやつも何も食べていないことに渦雷は気付いた。
――根を詰めすぎたか。
それに、食後に天道の元へ向かえば、ちょうどいい時間になるかもしれない。
なぜか急かしてくる晴野に、渦雷はこたえる。
「ありがとう。行ってくる。みんなもご飯行ってきてくれ」
班員に言い、オフィスから出る。
――気分転換も兼ねて、ラーメンでも食べに行こう。
そう思い、指定された場所に行く道中にある、ここからは離れたラーメン屋さんに行くことにした。
渦雷がいなくなった後、数秒開けて嵐山が口を開いた。
「今回は最初から奇妙なことばかり。その理由がわかるといいんだけど」
他の班員も浮かない顔だ。
霧島は手をたたき、明るい声を出すように努めた。
「よし、僕らも片づけたら行こうぜ!――あ、東雲はテイクアウト、何がいい?」
東雲に夕飯の希望を聞いた、その時だった。
《んー。僕はいつもの店の――……あれ?》
監視カメラを確認し、すぐさまオフィスにいる班員に伝える。
《7班入り口のカメラに来客あり。大人が4人居るんだけど。どういうこと?》
……カチャン。
廊下に面した、第一ドアのロックが解除された。
班の部外者の癖に、ノックの一つもなかった。
危機感を覚え、身構える。
中に入ってくる足音がする。
「あ?こんな時間に誰だ?……21時前だぞ」
霧島がそう独りごちると同時に、第二ドアのロックも開錠された。曇りガラス製のスライドドアが開き、来客の姿が露になる。
先頭の男の顔に見覚えがあった。
入ってきたのは、公安部の国内を担当する部署、内事だった。
耳にはインカム、ワイシャツの衿や服の衿にピンマイクを付け、腰に無線の機械を下げていた。いかにも仕事中であることが窺えた。
首からは社員証よろしく、来客用のカードタイプの電子ロックキーを下げている。
「失礼する。……天道はどこにいる?」
地毛だろうか。
限りなく黒に近い茶髪のセンター分けショートヘアの男性が、室内にいる全員に問いかける。
これに霧島が、班員を代表して答える。
「…?天道なら今日は会っていません。今朝、阿久津さんに呼び出されていたようですが…何かありましたか?」
「天道が裏切り者だということが判明した」
「はぁ!?」
今いる班員全員の声が揃う。
晴天の霹靂である。
「現在、天道は行方をくらましている。心当たりはないか」
「いや、むしろこっちが知りたいです。朝から連絡がつかなくて困っていたので……」
霧島はすかさず、未読スルーの続くチャット履歴を内事の男に見せる。
晴野も未読スルーが続くチャット欄を提供した。
「なるほど」
男はそれを見て、納得したようだった。
「……渦雷リーダーがいないようだが」
内事の男は班員を見渡し、足りないメンバーを口にする。
東雲の所在に触れないとなると、班員についてのデータは記憶済みなのだろう。
霧島は、ひとまず事実を言ってみることにした。
「渦雷は今ご飯行ってます。……呼び戻しましょうか?」
「いや、いい。君たちがテロと無関係であると、見当はついている…天道から何か連絡があったらここに」
差し出されたものは、名刺だった。
〔 内事1課 斎藤 慎 070-XXXX-XXXX 〕
と書いてあった。
――公安の名刺って、高確率で偽名なんだよな…。本名何なんだろ。
そんなことを思いながら、名刺に手を伸ばす。
まぁ、自分たちも天道も、特捜に関わる者は全員コードネームなんだが。
「わかりました。何か動きがあれば連絡します」
名刺を受け取り返答すると、もう用はないと言わんばかりに内事は退室して行った。
退室後、部屋の中を掃除(盗聴器などの確認)する。
短時間だったが相手は公安。万が一のこともある。
1課2係7班のルールで奇数日は男子が、偶数日は女子が最初に掃除し、その後してないほうが2重チェックをする事になっている。
今日は30日なので、晴野、雨宮、嵐山が先に確認する。
終わったら霧島、雪平が2回目の確認をする。
結果、盗聴器などは仕掛けられていないと判断し、ため息をついた。
しばらくして晴野が口を開いた。
「Oh……。楽しくなってきたじゃねぇの……」
言葉とは裏腹に、表情はなかった。
もはや絶望である。
「いや、本当、どうなってんだこれ……とりあえず渦雷に連絡。んで、ご飯行こう。そうしよう。……もう、どうにもならん……」
霧島も目が死んでいた。
――最初から全てが怪しい案件だったよな……。
軽く現実逃避をしつつ、東雲が録画した内事とのやり取りのデータを添えて、渦雷にメッセージを送るのだった。
――20XX年8月30日 22時30分 都内某所 大きな川沿いの橋の下
渦雷は東雲が提案したルートを歩き、現場に到着した。
点検(尾行の確認)と消毒(追手を撒くための動き)を終え、他から見えにくい場所に身を隠すと、天道も同じ場所にいた。
天道と向き合う。
渦雷は、後ろ手でボイスレコーダーをONにする。
「天道さん…俺だけを秘密裏に呼び出した理由は何ですか」
録音されるよう、わざと口に出した。
自衛は必要である。
「追尾点検お疲れさん。来てくれてありがとう」
「……!?」
――今、この人、お礼を言った??
天道は普段礼を言わないし、謝罪もしない。
ダメな大人の典型例でもあるが、今回は薄気味が悪かった。
何せ、状況が状況である。
予想はしていたが、ものすごく嫌な予感しかしない。
「先に言っとく。渦雷、リーダーの座だけは守り抜け。お前以外がリーダーになったら班が崩壊する。…色々大変やろうけど、お気張りやす。――さて。時間がないから本題入るで?阿久津さんが裏切り者やった!」
――場に似つかない笑顔で、特大級の爆弾を落としやがった…。
正直、上司の交代を願い出るにしては、上司のトラブルは都合が良い。
問題は、証拠があるのかどうか。
確かに結果は出しているが【テロに関わった人が指揮していた班】として、阿久津と共に天道を含む1課2係7班が潰される可能性もある。
今回はかなり後手に回っており、上手く回避する方法を考えないといけない。
ここにきて本当に厄介である。
渦雷たちの上司ガチャは大失敗だった。
「俺が阿久津さんから与えられた任務は、今回のテロに関する情報提供者との接触。そこまでは良かったんやけど……指定されたネクタイの色やベスト、スーツのボタンの留め方が、敵さんへの暗号やった」
「!!」
班を持つ上司は、班員とは色が違うネクタイピンかカードキーを選ぶことができる。
天道はカードキータイプを選んでおり、社員証よろしく首から下げていた。
クールビズで楽できるのに、何でネクタイをつけているんだろう。
普段着ないベストを何で身に着けているんだろう。
いつも思っていた。
その答えがコレである。
「最初から俺をスケープゴートにする計画やった。クソが」
天道は舌打ちし、忌々しく吐き捨てる。
証言は大事。
聞かなければならない。
だが、悪手にしかならない感じがひしひしと伝わってくる。
「……天道さんは…テロリスト側じゃないんだな?」
天道の気迫に押されながら、確認を取ってみる。
すると、食い気味で答えが返ってきた。
「あ゛!?あっったり前や!!SAT上がりの公安外事なめんなゴラァ!!!」
ガチギレだ。
声にドスが効いてる。
本物の殺気を食らい、背筋が凍る。
「…ただの確認です。怒らないでください」
渦雷は無になるしかなかった。
天道はため息をつき、胸ポケットから煙草を取り出し、火をつける。メ〇ウスの6ミリ……ソフトだ。
「……俺はこの通り罪を擦り付けられて処罰……裏でこっそり処刑されるかもしれへんなぁ。」
天道は煙を吐き出し、遠い目をする。
どこか現実逃避味がある。
班の安全と、天道さんの行く末は真っ暗かもしれない。
あと、いつも思うが、20歳未満の人の前で煙草を吸わないでほしい。煙い。それに、渦雷は煙草の煙が苦手なのだ。
渦雷も同じ目にしかならなかった。
「せやから、この情報をお前らにくれてやる。ワンチャン俺の手先として処罰されへんように…上手く立ち回りぃ」
天道は渦雷に持っていたものを差しだした。
手渡されたのは、男から受け取った【ネイビーのビジネス鞄】と、ボイスレコーダーだった。
「中に入っとるメモに詳細が書いとる」
天道は最後の悪あがきとして、自分の無実の証拠と31日のテロの詳細を渦雷に渡した。
渦雷は驚き、困惑しつつ、受け取った。
「…何故、俺らに?」
天道は1課2係7班の班員を嫌っていたはずだ。
以前、わざと情報を止めていたこともあるくらいに。
半年前だったか。
東雲とネフィリムの協力のお陰で何とかなったが、あの時、天道に嫌われていることを自覚した。
「はぁ?そんなん、お前らなら上の追求から逃げるついでに、阿久津に一撃かましてくれはるやろ?――っは!ざまぁ見晒せぇ!!」
なるほど。復讐心だったか。
最後は特にドス黒い。
渦雷は逆に安心した。
渦雷は天道に今後の事を聞いてみることにした。
「……天道さんはどうするつもりですか。」
「ん?俺?……それ、今、聞きはるぅ?いけずやのぉ。――ほな、さいなら」
天道は答えなかった。
背を向け、渦雷から遠ざかる。
天道は街に消えていった。
渦雷がついでに助けてくれなければ、巻き添えを食らい、処罰とか処刑ルートに入るが…もうどうでもいいのかもしれない。
勝手に動かれるのは困るが、いつまでも逃げて居られるほど日本の公安は甘くない。
恐らく、この帰りがけに拘束されることになるだろう。
――班のみんなは無事か?
――というか……このままオフィスに帰って、大丈夫か?
班員しか知らない、緊急時の分室に集合することも考えたが、上司2名がテロリストとテロリスト疑惑という状態である。
ここで姿を消すと、自分も仲間だと言うようなものだ。
よって、使えるのはいつものオフィスのみ。
渦雷は東雲に連絡を取り、再度構築してもらった安全なルートで帰還することにした。
――20XX年8月30日 ??時??分 深夜の街(???)
天道は渦雷と別れた後、街を徘徊し、安全な隠れ場所を探していた。
だが、渦雷の予想通り、割とすぐに内事に見つかった。
相手の方が上手だった。
気付いたら追い込まれ、囲まれていた。……もちろん、人数の差もあるだろうが。
「…天道だな。内乱罪およびテロ等準備罪の疑いで拘束する。」
現れたのは、7班オフィスに来た内事の男、斎藤だった。
天道は両手を上げ、降参の意を示す。
斎藤は仲間とともに天道を車に押し込み、公安の取調室に連行する。
――拘束される前に、渦雷に接触できた。賭けは俺の勝ちや。さぁて。どーやって生き延びよ…。
乗せられた車の中で、天道は現状に思いをはせる。
天道は無策だった。
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