班のリーダーは誰? (8月30日11:30~8月30日15:00)
――20XX年8月30日 11時30分 警視庁 阿久津の執務室
どうやら天道は早朝から動き回っていたらしい。
天道がテロで生じた渋滞に巻き込まれた事により、阿久津のもとに向かうのが遅くなった。
渦雷と合流し、阿久津の執務室に着いたのは11時30分だった。
「君たちはIQが高いんだろう?それなのにテロを実行させてしまった……どういうことかな」
到着後、開口一番でこれである。阿久津は予想通り叱責してきた。
「テロ現場は予測した候補の一つでした。現場にいた警察官の能力の問題です。渦雷はリーダーとしてちゃんと結果出してます」
天道はすかさず反論した。
だが、阿久津は切り返す。
「君はこの前もミスリードで失敗していたし、君が7班のリーダーで本当に残念だよ。霧島君ならもっとチームを引っ張って解決に導いてくのにね。……ああ、もういいよ。早く帰って捜査に当たってくれ。次のテロまで時間がない。頭が良くてもスキルが平凡なら、時間をかけるしかないからねぇ……凡人みたいに」
叱責の際は天道を経由せず、渦雷に直接言ってくる。
だが、決して渦雷の名前を呼ぶことは無い。
わざとである。
阿久津は霧島の事は痛く気に入っているようで、いつも霧島の名前を出してリーダーの交代を迫ってきていた。
「……今回の件が片付くまでは誠心誠意努めます。失礼いたします」
――情報を降ろさなかったのはそっちだろ。
言っても無駄だ。それに、自分に実力が無いことは嫌というほどわかっている。
渦雷は言いたいことを飲み込み、天道を残して退室した。
天道は用があったのか、この後15分程阿久津と話していた。
部屋の外で待つ間、渦雷は思考を巡らせていた。
渦雷は班が決まり、メンバーとの初顔合わせで天道からリーダーに指名された。
霧島がやるべきだと渦雷は何度も訴えたが、天道は一切聞き入れなかった。
話は平行線で、結局、今でも渦雷がリーダーをしている。
そんな中でこの有様である。
自分がリーダーであることで、もたらされる不利益が多すぎる。
捜査で無駄足を踏む回数も多い。
また、自分は阿久津とは相性が悪すぎる。
霧島のほうが人生経験もあり、周囲を引っ張る力も実力もある。
意見の出し方、周囲を引っ張る力、交渉術など、渦雷が勉強しても彼に届くことは無かった。
何をやってもスマートなのだ。
――霧島さんなら、もっとやれたはずだ。
いつも思うし、今回の捜査でも同じことを思っていた。
特殊捜査本部に入る前、いつも周囲に言われていた。
「ただ頭がいいだけ。」
「ついていけない。」
「お前なんかがリーダーって。」
そんな俺が、リーダーをしても上手くいくはずがなかった。
――霧島さんに直接リーダーの交代を願い出よう。やっぱり俺はリーダーに向いていない。
今までよく耐えていたと思う。
渦雷は心が折れていた。
退室した天道の運転で、渦雷は特殊捜査本部に帰還した。
――20XX年8月30日 13時00分 青少年特殊捜査本部 1Fロビー
ネクタイピンを電子リーダーにかざし、特殊捜査本部の建物に入る。
このネクタイピンは特殊捜査本部の所員全員に配られているもので、ICチップが内蔵されている。
特殊捜査本部の建物内のありとあらゆる電子ロックを解除する為に必要でもあり、出退勤登録にも使う優れモノだ。
本来は衿に着けたり、ネクタイピンとして通常通りに使うが、1課2係7班では、取り出す際にもたつかないよう、上着の中に入れたり、ブラウスとネクタイを一緒に留めたりしないようにしている。
特にネクタイの場合は、リーチが長いので開錠の際とても便利である。
開錠が必要な場所は入り口だけではない。
エレベーター、班に与えられている部屋、仮眠室、ランドリー、フリースペースなど、ありとあらゆるところで必要となる。
要はいちいち外すのが面倒くさいのだ。
そして、紛失すると更に面倒くさい。
気付けば1課2係7班では、ネクタイピンを外さずに、ネクタイやスカーフを近づけるのがお決まりの開錠方法になっていた。
エレベーターホールに向かって歩いていると、ふいに後ろから声をかけられた。
「渦雷―?」
声の主は霧島だった。
手には昼食だろうか。荷物が入ったエコバッグを持っていた。
そのまま近づいてくる。
「また阿久津に何か言われたのか?…阿久津は班を自分の思い通りにコントロールしたいだけだ。あのクソ野郎の言葉を気にするな――……!?」
霧島は渦雷の顔を見てぎょっとする。
普通じゃない様子に一瞬固まったが、すぐさま渦雷の腕を掴んだ。
「……ちょっとこっち来い!!」
霧島は足早にフリースペースに向かう。
この時間は、広めのカフェみたいな空間の方はランチ利用で埋まっている。
――だが、確か、打ち合わせに使う個室なら空いていたはず。
フリースペースの個室ブースに向かうと、思った通り、個室が1つ空いていた。
霧島はすかさず自分と渦雷のネクタイを引っ張り、個室の電子ロックを解除する。
【使用中:霧島、渦雷】
電子ロックの上に文字が表示される。
2人は室内に入った。
室内は机が1つと椅子が4脚あるだけの殺風景な空間だ。
このフリースペースは上司や人事との面談や、スカウト制度を利用して班を超えて活動させたい上層部が、目を付けた所員をスカウトする際に使われることが多い。
そのため防音性に優れており、中の会話が外に漏れることは無い。
こうして関係者しか知らない、秘匿された班が誕生するのだが、ここでは割愛する。
ちなみに、班員同士の利用の場合は使用者名が表示されるが、人事や上司が関われば【使用中】としか表示されなくなる。
入り口も目立たなくなっており、密談に最適な造りとなっている。
「何があった」
霧島は着席を促し、渦雷に向き合った。
「霧島さん。…リーダーを変わって欲しい」
霧島は何も答えなかった。
渦雷は気にせず続ける。
「チームをまとめ上げて引っ張っていけるのは霧島さんだけだ。年齢的にも、立ち位置的にも、霧島さんがリーダーをやるべきだったんだ」
――班の発足時にも、無理だと、普通の班員になりたいと天道さんに断ったが、強制的にリーダーを任された。俺は…やっぱりリーダーの器じゃなかったんだ。
「阿久津は、扱いずらい渦雷を排除したいだけなんだよ。…あのクソ野郎の言葉は聞くな」
諭す霧島に対し、限界だ、と渦雷は小さくつぶやいた。
「……東雲はどうなる?お前が救った東雲はどうするんだ?」
「……それ、は……」
霧島は続ける。
「最初はあの問題だらけの、上が扱いに困り果てている、引きこもりの聴覚過敏のガキを引き抜いてどうすんだよって思ったけど、意思疎通が取れて、協力し合えて、時々部屋から顔を出して笑いあえるようになったのは渦雷がリーダーだったからだろ!」
「……!!」
「渦雷。リーダーの条件を満たしているのはお前だけだ。僕じゃない。」
「……違う。霧島さんならもっとうまくやれたはずだ。今回も、その前も…ずっと。」
「渦雷。聞け。リーダーとリーダーシップは違うんだよ。僕はリーダーシップがあるだけなんだ。リーダーに向いてない人材なんだよ。」
渦雷は霧島が言っていることの意味が解らなかった。
「え……?でも――」
「……そりゃさ、最初のころは悔しくなかったと言えば噓になるし、天道さんにも何で僕がリーダーじゃないのかって聞きに行ったさ」
「――え」
「この、エリートな僕が負けるとかありえないからな。マジで」
そういえば、霧島は恐ろしくプライドが高かった。
帰国子女で、父親がイギリスの貴族。母親は日本人だが、旧華族で大企業のお嬢様。服や持ち物は全てハイブランド。おまけに前職は有名な大手海外企業で、海外を飛び回っていた。
優秀で、何もかもが超一流。
なのになぜか特殊捜査本部に来た、変な奴。
そして、自信家で、プライドがエベレストよりも高く、格下だと思った相手は徹底的に見下すような、いけすかない男だった。
だが、いつの間にか鼻っ柱が折られていたようで、班の初顔合わせから1〜2ヶ月程で自慢も嫌味な感じも消えていた。
だから、こんな霧島のことはすっかり忘れていたのである。
自分をエリートと言い、利き手である左手を胸に当て、顔を斜めに上げ見下し、フンッと鼻を鳴らす。
そのプライドエベレストな言動を久しぶりに聞き、驚いてしまった。
初対面時の霧島、再臨である。
「――なのに、あんのクソ天道。荒れて家で引きこもっていたこの僕を、無理やり海外に連れて行ったと思ったら、外事の仕事手伝わせやがって!!最後は敵に追われてっ!3人くらいにライフル一斉掃射されてさ!?真冬の冷たい夜の海を、弾丸から逃げるように泳ぐ羽目になって…。両親から就職祝いに貰った高級時計は浸水して壊れるわ、オーダーメイドのスーツは海水とかすった銃弾でダメになるわ、死にかけるわで、ほんっと、マジありえねぇ!!守秘義務で詳細を誰にも言えないから、いまだにストレス!!!」
再臨からのブチギレである。
霧島の感情の変化が激しく、渦雷は唖然としている。
霧島は顔合わせの数日後から、あわせて2週間くらい休んでいた時期があった。
最初の数日は無断欠勤だったが、その後天道も居なくなっていた。
天道は「霧島を自分の仕事に連れていく」と言っていたが、どうやら相当ハードな現場だったらしい。
天道と海外出張に行ってから、徐々に霧島の態度は軟化していった。
いつの日か苦手意識もなくなり、接しやすく、尊敬できる男だと思っていた。
どうやら、天道式性格矯正ブートキャンプの成果だったようだ。
驚いていると、霧島はため息をついた。
ひとりで怒り狂っていたが、すぐに親しみやすい霧島に戻った。
顔を戻し、穏やかな顔つきになり、渦雷を真っすぐ見つめる。
「だけど、リーダーについて調べたり、渦雷のチームの動かし方を見てリーダーは渦雷だと思った。――人生ではじめての挫折だったよ」
霧島は、僕にはできない、と言い首を振る。
渦雷は驚いていた。
言われていることが信じられなかった。霧島は超えられないと思っていたから、余計に。
「あー…まぁ、その、な?」
戸惑う渦雷を見て、霧島は少し恥ずかしそうに、柔らかく微笑む。
「だから、僕は、渦雷にリーダーを続けて欲しい。…僕は渦雷のチームの一員でありたい。……だめかな?」
渦雷はこの時はじめて、霧島に認められていることを自覚した。
それと同時に、リーダーとしても認められていることもわかってしまった。
これは、霧島の完全敗北宣言だ。
ここまで言われて、逃げだせる渦雷ではなかった。
――もう少し。もう少しだけ頑張ってみよう。
霧島にハンカチを差し出され、渦雷は自分が泣いていることに気付いた。
リーダーとして落ち込むたびに、霧島にこの時泣いたことをからかわれるようになるのだが、それはもう少し先の話である。
――20XX年8月30日 15時00分 特殊捜査本部 1課2係7班オフィス
「あんのクソ天道、来ねぇ―――!!!ざっけんなマジあり得んわ死ねっ!!」
「晴野。激しく同意ですわ」
「ええ本当に。私たちと居るのは嫌みたいね。いい機会だし、今回で追放してあげましょうね」
昼食を取りオフィスに戻ると、ミーティングルームで晴野、雨宮、嵐山の女性3人が、天道に対してブチギレていた。
特に、晴野なんかは発狂している。
《いつも酷いけど、今回はさすがに度が過ぎているよね。クソが》
「本当ですよ。まぁ、証拠はあります。いつでも人事に提出できるようにストックしているので、お任せください!」
東雲も、温厚な雪平もブチギレていた。
特に雪平は、穏やかな笑みを浮かべながらの発言である。
もしかしたら、班の中で一番敵に回してはいけない人物は、雪平なのかもしれない。
「あ、渦雷リーダーおっかえりーぃ!死ね天道ッ!!情報集まってるよ!ゴミが2度と来るんじゃねぇッ!!」
晴野、お怒りである。
元気な声と、殺意と怒りに満ちた声が交互になっている。
怒りの理由を聞くと、天道は音信不通になっているらしい。
――天道さん、またかよ……。
渦雷は呆れつつも、ミーティングルームのデスクの上を確認する。
机の上にはある程度情報が集まっていた。
端末内にも各種情報が送られてきているらしい。
本当は、今回の事件が終わったら、上に天道の追放を願い出たい。
――だが、本当にそれでいいのだろうか?
実は、先ほどの個室で昼食を取りながら、霧島と上司の交代請求について話していた。
そこで出た結論は、阿久津だけ追放できる一手はないか、探すことだった。
要は班の上司である天道を飛ばして、その上の阿久津をリコールしようというものだ。
阿久津が可愛がっている部下に、とんでもないのが居る。
その人物は世渡り上手で有名だ。
次に来る上司を阿久津が選ぶなら、最悪の事態になりかねない。
また、派閥を抜きにしても、1課2係の上司候補に名前が挙がっているのだ。
その人物が上司になったら、班は崩壊する。
正直、天道も色々アウトだが、霧島の更生っぷりを見ると仕事はしているようである。
霧島に触れたなら、《《他の班員にも何らか影響を与えている可能性が高い》》のだ。
渦雷に対しては、リーダーだからこその教育だと思っていたが。
――上司としてある程度は整えるが、内々は好きにやれ。そこまでは知るか。
――お前のチームだろ仲間だろ。
天道はそういう思考回路なのかもしれない。
……まさかここにきて神上司の可能性が浮上するとは思わなかった……。
だが、天道の行動には問題が多く、かばいきれない部分が多過ぎる。
――ひとまず今回の件で見極めよう。
天道と阿久津の動きで、今後を決める。
これが渦雷と霧島で出した結論だった。
やることが多いが、今はテロを防ぐのが先。
動くのはどのみち、この案件が片付いてからになる。
――案件が終わった後に班員全員と話し合い、出た結論でリコールに動き出そう。
頭を切り替え、目の前の案件に集中する。
「情報を確認後、ミーティングを開始する。……テロ本番まで時間もない。気を取り直して、捜査に打ち込もう」
渦雷たちは捜査を開始した。
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