阿久津を追放せよ (8月31日13:00)
――20XX年8月31日 13時00分 警視庁 阿久津の執務室
「君たちの班の次の担当は、生天目になる。テロリストを全員捕まえられなかった君は、当然、リーダーから降ろされる。霧島君に変更だ。わかっているよね?」
阿久津の執務室に入ると、開口一番でこの発言である。阿久津は嬉しさを隠しきれなかったようで、言葉の端々に喜びがにじみ出ていた。
――やっと話しかけてきたと思ったら、これかよ。
渦雷は小さく息を吐き、阿久津を見据える。
もうこの男に用はない。今日までのストレスともオサラバだ。
「……班の担当を変える必要はありませんよ」
「……それは、どういう意味……?――っ!?」
渦雷は毅然と返し、左手に持っていた晴野からの提供の品――A4サイズの茶封筒の中身を、勢いよく机にぶちまける。
封筒の中から写真が勢いよく飛び出て、机の上に広がった。
「……」
机の上にぶちまけられた証拠を見た阿久津は言葉を失い、固まる。
渦雷は阿久津を無視し、写真の中からとある1枚を手に取り、阿久津に向ける。
「これ、貴方ですよね」
渦雷が手に取ったのは、とあるテロリストとの接触場面の写真だ。阿久津とテロリストが映りこんでいる。
「見え辛いので、こちらでもいいですよ」
渦雷は封筒の中からクリップで止めた分厚いコピー用紙を取り出す。クリップを外し、一番上の画像を左手に持ち、阿久津に突き付けた。比較できるよう、写真は利き手の右手で突きつける。
封筒の中には写真だけでなく、コピー用紙に印刷された画像も多数あった。こちらはわざと封筒の中に残していた。
渦雷はその中から1枚のコピー用紙を手に取る。紙には上下に1つずつ画像が印刷されていた。
「――っ!!」
阿久津は息をのみ、黙り込む。
これは東雲とネフィリムたち3係1課4班による提供品だ。画像の日時は晴野提供品と同じものだが、画角が違う。上側の画像はそのままのものを、下側の画像は防犯カメラでは小さく見えづらかったので、やり取りがわかるように拡大し、トリミングされている。
その他散らばっているコピー用紙に印刷されている防犯カメラの画像も、3係1課4班と東雲の共同作業だ。中には削除された痕が見て取れるものもあったが、全て復元されている。彼らの実力を甘く見てはいけない。
「……なんだこれは!――合成だ!!まさか、私がテロリストと繋がっているとでも!?」
証拠の山に動揺し、焦りで早口になる阿久津。
「へぇ……テロリスト?」
――引っかかった。
渦雷はほくそ笑み、阿久津を冷静に切り崩しにかかる。
「ありえない!……っ天道――天道の嫌がらせか!?」
阿久津は気付かない。余程焦っているようだ。
「へぇ……。昨日まで内事も知らなかったこの相手に、阿久津さんは心当たりがあるんだな」
「――っ!!!」
「それと。……嫌がらせとは、天道さんが聞いた、この会話のことでしょうか」
渦雷は証拠画像を阿久津の机の上に戻し、ポケットからボイスレコーダーを取り出す。
《――ん?……ああ。スケープゴートは接触役の天道だよ。この後裏切り者として内事に告発して、本番に合わせて私が動き、処理する。……ああ。今後のシナリオはこれで間違いないさ。よろしく》
渦雷再生を停止する。
渦雷が今再生したものは、天道に貰ったボイスレコーダーに入っていた音源のコピーだ。内容は天道がとっさに録音したもの。ネフィリムたちのもとから自班オフィスに帰還後、渦雷はデータをパソコン上に保存し、渦雷の所持しているボイスレコーダーに移していた。
阿久津は再び窮地に陥る。
「……!……っね、捏造はやめてくれ。そうだ、君は私が嫌いだからこんな仕打ちを――」
《あ、阿久津さん。言い忘れてましたが、資金提供ありがとうございました。闇バイトも集めたし、こちらは大丈夫ですよ。てか、ばれたらどうするんです?ちゃんとスケープゴート居るんですか?こっちまで逮捕とか嫌なんですが》
《――ん?……ああ。スケープゴートは接触役の天道だよ。この後裏切り者として内事に告発して、本番に合わせて私が動き、処理する》
「――っな――!?」
渦雷は阿久津の言葉を遮るように、スマートフォンのボイスメモを再生していた。音声を耳にした阿久津は驚きのあまりに声を失う。
《ああ、あの接触役の男。……なるほどねぇ?ま、こっちに火の粉がかからないならなんでもいいですよ。では、どうぞそのままシナリオを進めてくださいませ。未来の警視総監殿?》
《ああ。今後のシナリオはこれで間違いないさ。よろしく》
《ではまた決行前に》
渦雷は再生を止め、阿久津に問う。
「これは今回のテロリストが持っていた音声データだ。通話記録も保存してある。……全く同じなのは、何故なんだろうな」
渦雷は阿久津を見据える。
この音声データは内事が発見した。通話の一部始終は、見張りのスマートフォンで録音・保存されていた。押収後に内事が気付き、東雲が許可をもぎ取って、音声をコピーさせてもらい、すばやく渦雷に共有された。
渦雷はボイスレコーダーとスマートフォンをポケットにしまう。
その後、再度A4サイズの茶封筒を手に取った渦雷は、複数枚の――今度は薄めの束になったコピー用紙を広げる。画像ではなく文字が印刷されており、先ほど阿久津に見せた束とは別。通話内容を文字に書き起こしたものだ。
これは、東雲が書き起こし、データで転送してくれたものを、阿久津のオフィスに行く前に、諸々まとめてとある部署でコピーさせてもらっていた。
「文字にしたものがこちらにあります。読んだ方が分かりやすいなら、目を通してくれ」
「――っ!!」
阿久津は何も言えない。
渦雷はまっすぐ阿久津を見つめる。
証拠は完璧だった。突如発生した【天道からの嫌がらせ】の否定もそうだが、逆に阿久津が嫌がらせをしていたこと、天道の無実、阿久津がテロリスト側という4つを一度に証明してくれた。
渦雷はさらに畳みかける。
「貴方が仲間だと、先ほど捕まえたテロリストが証言しました」
「……嘘だ……」
「ちなみに、公安も貴方をマークしていましたよ。今回の事情を話したら、喜んで協力してくれました」
これもギリギリ間に合った。
ミーティング前に晴野と雪平が阿久津を調べていた調査班リーダーと接触し、情報を得ることに成功していたのである。
晴野がメンヘラ並みの鬼電鬼メッセで叩き起こした、内情に詳しい人と、雪平の連絡にこたえてくれた公安の人からの情報をすり合わせ、夜明け前に何とか見つけることができた。
朝8時に、晴野と雪平が公安の秘匿班のリーダーに会いに行った。そこで互いに情報をすり合わせ、話をまとめた。
公安の秘匿班の存在を表に出さないこと。また、天道が持ち帰った【ネイビーのビジネス鞄】、天道のメモ、ボイスレコーダーを公安の秘匿班に渡すこと。
これらの条件と引き換えに、公安の秘匿班の持っている情報をもらい、協力してもらった。茶封筒の中の写真は彼らの提供だった。
「今までのあなたの動向、接触記録、通話記録、テロリストの自供、全て上層部に提出済です。…天道さんは裏切り者としてこれ以上拘束されない。拘束されるのは、貴方です」
渦雷は静かに告げた。
「な……ち、違うんだ。確かにテロリストと関りは持った。だが、それはおとり捜査で――……!!」
阿久津は足掻く。――が、渦雷の瞳を見て、阿久津は怯えた。
「――っ……テロ……そうだ、テロに目を向けてもらうためだ。公安のすばらしさを理解してもらうには丁度よかったんだよ。私はこの国のために…!!組織のために暗躍したんだよ!!」
言い訳の方向を変えつつも足掻く阿久津に、渦雷は引導を渡しに行く。
「自白ですね。――心配しなくても、別の部署からも既に上に報告が上がっています。諸々の証拠付きで」
「……なに?」
「横領、別の犯罪組織への情報の横流し、親族の犯罪のもみ消し…色々されていますよね。今回のあなたの逮捕には、各方面が飛びつきましたよ」
「!!!?」
罪状の中には、他の上層部の罪を擦り付けられているものもありそうだが。
「核となるテロリストは逃してしまいましたが、貴方を起点にここから一網打尽にできるでしょう」
渦雷はゆっくりと阿久津に近づいていく。
阿久津は近付いてきた渦雷に怯える。
「俺がここに来たのは貴方を拘束するためです。諸々の悪事、お疲れ様でした。――みなさん、お願いします」
渦雷が声をかけると、入り口から複数人の警察官が入って来た。彼らの所属は公安だ。
警察官は阿久津の体を押さえる。
「――ふざけるな!私を誰だと思っている!!!」
「13時22分。テロ準備罪などの罪で逮捕する」
公安の手によって、阿久津に手錠がかけられる。
「離せ!!私は嵌められたんだ!!私は今回の件以外は……!」
阿久津は暴れるが、囲まれているため逃げることは出来ない。
警察官たちの手により、部屋の外に引きずり出される。阿久津はなおも足掻く。
「私は――」
阿久津が新たな言い訳を言いかけたその時。廊下に居た制服警官が阿久津の目に入った。
廊下で待ち構えていたのは警視総監だった。阿久津と警視総監の目が合う。
「残念だよ、阿久津くん」
阿久津は、絶望の果てに連行された。
そんな阿久津の後姿を、醜悪なもの全てを詰め込んだような笑みを浮かべた警視総監が無言で見送るのだった。
「……」
阿久津の使っていた室内から様子を窺っていた渦雷は、たった数分間でとても嫌なものを見てしまったと思った。
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