報告
コンコンコンッと軽やかなノックの後、名乗れば内側から扉が開いた。
「待っていたよ」
扉を開けてくれたのはダミアンだ。
彼に小さく礼を言って中へ入ると、先程の金髪姿の男性の姿はなく、変わりに皇帝がソファに座りリディアーヌを待っていた。
「さっぱりしたようだね」
「はい。お待たせしてしまい申し訳ありません」
「エレン、こちらに来て座りなさい。お腹がすいているだろう?」
テーブルの上には軽食が用意されていた。
お腹は⋯⋯そういえば全然空いてない。
じっとテーブルの上を見つめるも食べたいという意欲が湧かず、果実水だけ飲んだ。
「エレン、具合が良くないのかい?」
「え? 大丈夫です。少し、食欲がないだけ⋯⋯です」
「本当に? 何か心配事があるとか、⋯⋯奴等に何をされた?」
ふと言葉を切ったと思ったら低い声で言い逃れさせないとばかりにリディアーヌをじっと見つめる。
「何も⋯⋯」
「エレン。あの下種⋯⋯いや、あの者達が捕らえた者達に対し礼儀正しく接したとは思えない。エレン、こちらに来なさい」
そういってご自分の隣をぽんぽんと手で叩く。
リディアーヌはオードリックに言われるがまま隣に座るとそのまますっと抱き上げられたと思ったら膝の上に座っていた。
「あ、あの⋯⋯」
「エレン。何があったか包み隠さず話しなさい」
優しく問いかけられたけど、嘘は許さないという響きがあった。
という事は、あの事も、もしかしたら既に知られているのかもしれない。
リディアーヌは内心知られたくないとぎゅっと服を掴んだが、父に嘘を付いて失望されたくないという今まで感じたことのない思いを抱いていた。
ぽつぽつと今日の出来事をオードリックに話し始めた。
話を聞き終わるまで静かに耳を傾けていたが、話し終える頃にはオードリックの表情は見た事もないくらい冷ややかなものだった。
きっと仕事中もこのような表情をして執務を行ってあのような噂が流れているのだろうかと、リディアーヌはふと見上げた目に入った彼の表情を見てそう思った。
「お、おとう、さま?」
考えに耽っていたらオードリックにそっと頭を撫でられた。
「エレン、魔力を封じられていなかったのだろう? 何故エレンの髪を掴んだ愚か者を野放しに?」
「あの場に他の子供達もいましたし、私が余計なことをしてシオルお兄様達の邪魔をしたくなかったので、それで⋯⋯」
「骨も折られたと、報告を受けたが?」
「直ぐにギーが治癒してくれましたから」
(何もできないと思われたかな⋯⋯)
言い淀んだリディアーヌはオードリックに失望されたのではと俯く。
育てて貰ってるのだから何か役に立たなければならないのに、そう思っているけれど、何の役にも立ってないと落ち込むが、ふとどうしてそう思ったのだろうと不思議に思った。
「私、皆の役に立ちたい」
ぽつりと呟く。
それは無意識だったが、ぎゅっとオードリックに抱きしめられた。
「お父様?」
「エレン。エレンの気持ちは嬉しいよ。ありがとう。けれどエレンが痛い目に遭うのは容認できない。大事な娘が頼もしいのは親としてとても誇らしい。だが、それ以上に怪我をしたり嫌な目に遭ったりすれば心穏やかではない。ただ心配なんだ。エレンが役に立たない等と思うはずがない。そのような誤解だけはしないでほしい」
真摯なその言葉と視線にリディアーヌは先程までと違って嬉しさで心が満たされていくのを感じた。
「ごめんなさい」
「謝る必要はないよ。ただ、大事な娘が心配なだけなんだ。だけどね、あの時言った言葉も本当だよ」
「あの時の言葉、ですか?」
「覚えてないのか? 『うちのお嬢様は流石だ』と言ったんだけどね」
「あ、あの言葉⋯⋯」
「あれは本音だ。あの冷静で全く怖がる事無く相手を翻弄する姿はまさしく私の娘だと嬉しかったよ」
「あ、その⋯⋯嬉しい、です」
「ふふふっ。その照れている姿を見るとサンドラに似ているな」
「お、お母様に?」
「あぁ。まさしくエレンは私達の娘だよ」
そう言ってぎゅっと抱きしめてくれた。
その温かい腕の中でリディアーヌは幸せを噛みしめる。
暫くそうしていたが、ふと顔を上げた。
「どうしたんだい?」
「あの魔人は?」
「エレンは魔人を知っているのか? あ、あぁ愚問だな。記憶のあるエレンならば知っているか」
先程までの温かい表情から一変、厳しい表情をするオードリックを見て、あの魔人には何かあると直感的に思った。
「まだあの魔人だと断定はできないが、エレンを連れ去った者と関係があるとみている」
「私を連れ去った?」
「赤子の時の話だ。皇宮から連れ去ったのは魔人だというところまでは調査結果で判明しているが、まだあれが同一人物かどうかはこれから調べる。違ったとしても何らかの繋がりがあるだろう。そうそう魔人を作り出す愚か者がいるとは思えないが、それも今後の調査次第だ」
「それは、分かったら私にも教えていただけるのですか?」
「そうだな⋯⋯。エレンは知る権利はあるが内容による」
じっと見つめていると、色んな事柄が絡んでいるのか全てを教えることは出来ないが、自分にも関係のあることだから、教えられることは教えてくれると約束してくださった。
「あぁ、エレン。あまり気にする必要はないよ」
「え?」
「トラウマというのはそう直ぐに克服出来ないからトラウマなんだ。だからそれが弱味だとか恥ずかしい事だと気にしなくてもいい。もし、暗闇が怖ければそう私達に遠慮なく話してほしい」
やっぱり全部伝わっているのだと、諦めていたが知られたくなかったから俯いた。
そんなリディアーヌを見て慰める様に背を撫でる。
「こんなに弱くて、幻滅しませんか?」
「どうして? それはエレンが気にする事じゃないだろう? その元凶はもういない。エレンは弱くない。ノルとジュリを助け、ランヴェール侯爵令嬢を助けたエレンは強くて頼りがいがある。私の自慢の娘だ。気にするならば、少しずつ克服していけばいい。それだけの事だよ」
父親の言葉にリディアーヌはほっと息をついた。
「あの、どうしてお父様があそこに?」
「エレンが拐われたと報告を受けたから助けに行ったんだ」
「皇帝なのに?」
「皇帝ではあるが、その前にエレンの父親だからだ」
皇帝自ら助けに来るなんて、あの時は驚いた。
そして今の言葉。
“皇帝である前に父親”と言う言葉に何故だか心が温かくなる。
ぎゅっと胸元を押さえ、嬉しそうにはにかんでいる娘を見て、オードリックもまたふっと優しく娘を見つめる。
「さて、話も聞けたし、そろそろ行かねば叔父上がうるさいからな。今夜は早くにやすみなさい。いいね?」
「はい、お父様。あの、助けに来てくださってありがとうございました」
「娘を助けるのは親の役目だよ」
そう言って額におやすみのキスをしてオードリックは屋敷を後にした。
一方、現場の調査を終えて宮廷に戻っていたリュシオルは重罪人を収監している牢獄にいて、目の前では魔力抑制を練りこんだ拘束具を嵌められて鎖につながれた魔人を見下ろしていた。
その表情はいつもと変わらない穏やかなものだが、その瞳だけは相手を凍てつかせるような冷たさだ。
「さて、そろそろ話す気になったかな?」
「⋯⋯さっさと殺せ」
「ふふっ。そう簡単に殺すわけないよ。折角手掛かりが舞い込んできたんだよ? 殺すなんて優しい事はしないよ。正直に洗い浚い話すなら優しくすることも考えてあげるけどね」
リュシオルの後ろで控えている騎士はその言葉にぞっとした。
二人の心中は「この人を敵に回してはいけない」だった。
「拷問するのは簡単なんだよね。そんな手間を掛けずに話してくれると有難いんだけど、どうかな?」
「ふんっ。そう簡単に話す奴は信用のおけないやつか何も知らない下っ端だろ」
「それは自分が下っ端でもなければ信用のおけない奴でもないって言いたいのかい?」
「何をされても話さねぇよ」
「何をされても⋯⋯ね」
その言葉に不敵に笑うリュシオルを見て、魔人はぞくっと体が震えただけではなく、心の奥底から恐ろしいく恐怖が這い上がってきた。
(な、なんだ⋯⋯!? こいつはなんかヤバい!!)
心の中で思うも後の祭りだ。
リュシオルの仕事ぶりを間近くで見る者達は皇帝オードリックとはまた一味違う恐ろしい人物だという位置づけで逆らってはいけない上司、という認識がある。
見た目に騙されてはいけない、という認識だ。
その通りに、あの魔人はその恐怖を今から味わう事になるだろうと騎士達も同様に無表情に魔人を見つめるのだった。
その頃、宮廷に戻ってきたオードリックは執務室でベルトランから小言を受けていた。
何せ誰にも何も言わずに宮廷を抜け出しリディアーヌを助けに行ったからだ。
叱られる理由が分かっているからオードリックも甘んじて説教されている。
「⋯⋯それで?」
一通り説教を終えたベルトランはオードリックへ問いかけると、先程まで甘んじて説教を聞いていた彼はすっと表情を変えた。
「あの子はどうやら埃っぽくて陰気な部屋にトラウマがあるようです。本人もそれを自覚しているようでした」
「物心つく前からその環境で過ごしていたんだ。トラウマになっていてもおかしくはない」
「本人はそれを気にしていましたが、気にする必要はないと話しております。もし、あの子がまだ気にしているようでしたら⋯⋯」
「その時はあの子とよく話をしよう」
「お願いします」
二人は一端そこで話を区切った。
少し冷めた紅茶を口に含み一息つく。
「アルシェ、シオルはまだあそこか?」
「はい。捕らえた者を軽く拷問している頃でしょう」
「下っ端は何も知らんだろうが、あの魔人は何も知らないという事はなかろう」
「⋯⋯あれは娘の誘拐に関わっている」
「直感ですか?」
「はい。直接ではなくとも何かしらの形で関わっているでしょうね」
断言する彼の言葉は、今迄もその直観力が功をなして物事が進んでいるからだ。
それは彼が小さい頃からであり、馬鹿にできない程に確立が高い為、ベルトランとアルシェもその言葉に頷く。
「では、大公閣下の報告待ちですね。それで捕われていた子供達ですが、一人は男爵家の子供で聴き取り後、男爵が迎えに来て帰宅しております。その他の平民の子供達ですが、商家の子供、孤児院の子供とその出自は様々ですが、容姿が整っている、魔力が子供にしてはそこそこある、という点は共通しています」
「確かに、顔立ちは整っている子供が多かったな」
「他の子供達も聴き取り後に騎士がそれぞれ送り届けております」
その子供達の聴き取りの内容に関してはあまり参考に出来るようなことではなかった。
大体が外出中に攫われた、夕暮れ時、日中、関係なくだ。
中には数日前に捕らわれた子もいたようで、その子の話では、食事は一日に一食の粗末なパンのみだったそうだ。
捕われている間は怖くて蹲っていたからよく分からない、恐怖で何も覚えていない、というのが子供達の言葉だ。
それはそうだろう。
捕われた子達の年齢は下で五歳、上で九歳。
その九歳もリディアーヌだから他の子供達とは比べ物にならない。
普通の子供ならば恐怖で固まってしまうだろう。
「とりあえず、子供達が無事で何よりだ。それに、魔人が関わっているとは⋯⋯。あれから九年が経ち、何故また姿を現すようになったのか⋯⋯」
当時、早い段階で魔人が関わっていると分かっていたがその足取りが不明のままだった。
皇女の誘拐に多くの思惑が重なり様々な人間が関わっていることも⋯⋯。
その一人は未だに生かしたまま地下の監獄に捕らえてある。
あの時とは全くの別者かもしれないが、全くの無関係でもないだろうは想像に難くない。
「シオルが奴を尋問しているならそう時間がかからず分かるだろう。⋯⋯それより明日か」
「はい。明日マラディの新たな外交官と会います。叔父上もご一緒しますか?」
「いや、リディの側にいよう」
「⋯⋯⋯⋯叔父上ばかりずるいですよ」
「お前はそんなことを言える立場ではないだろう? やるべき事をやれ」
「はぁ。私が一応皇帝なんですけどね」
「立派な発言でよい事です。では陛下、私の手伝いは不要ですね」
そのまま挨拶だけして執務室を後にしようとしているベルトランをオードリックは「お待ちください!」と引き留める。
「おや、何か?」
ただ普通にオードリックを振り返るがその視線を受けて「ゔっ」っと言葉を詰まらせる。
「私は不要ですよね?」
有無を言わせぬような物言いに、小さい頃から頼りにしていた叔父にしり込みするもふーっと息を吐いて表情を改める。
「全く不要ではありません。ですので今まで通りお願いします」
「何故ですか?」
「何故って、私にはまだ叔父上が必要だからです」
「ほう?」
少し視線を鋭くさせるもオードリックは同じように視線を返す。
「ただ娘と戯れる私が気に入らないだけでしょう?」
疑問形なのに断定して言い切るベルトランは視線に呆れを含ませる。
「その通りです。けど、叔父上が必要なのは変わりませんので逃しませんよ」
「お前は欲張りだな」
今度は完全に呆れた言葉だ。
だが全くその呆れ具合を無視してにこりと微笑むオードリックは悪びれもせずに「皇帝ですから」と言い切った。
ベルトランは大きく「はぁ」とため息をつき、「甘やかしすぎたな」と言い残して執務室を後にした。
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