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自由な空の下  作者: 月陽
第六章 決別
59/62

迎え


 カタンッと音が鳴ったとおもったらギィという扉の開く音で中で蹲っている子供達はびくっと体を揺らす。

 


「大人しくしているようで感心だな。あぁ、恐怖で声も出ねぇか」



 そう言ってニタニタと笑う下劣で下品な男が入ってきた。

 リディアーヌが見たどの男達とも違う。

 どちらかというと彼等よりもっと下っ端で先程の者達とは全く違い、雑用係のようなその辺の破落戸みたいだ。



「それにしても、こんなガキどもが売れるのかぁ? ⋯⋯あぁ中には小奇麗な小娘もいるようだなぁ。へぇ」



 男は下品な笑みを浮かべ部屋を見渡していたがリディアーヌに視線を定めると、上から下まで撫でまわす様にねっとりとした視線で見てくる。

 その視線を受けてぞっとしたリディアーヌは「気持ち悪い」と小さく呟いた。

 手が伸びてきたので後ろに下がるとがしっと髪を掴まれて上を向かされる。

 周囲にいる子達が「ひっ!」と小さく悲鳴を上げて蹲る。

 

 

「避けるなんて生意気だなぁ、おい」

 


 間近で顔を覗き込まれ、近くで話す男の息は酒臭く、その気持ち悪さにぐっと唇を噛んで耐える。



「おい、顔を逸らすなよ。へへ、近くで見るとほんと奇麗な嬢ちゃんだなぁ。これは高値で売れるなぁ。その前に、味見するだけならいいか? なぁどう思う?」



 下品すぎる男に生理的嫌悪感と言い知れぬ気持ち悪さ、そして魔術を目の前の男に叩きつけたい衝動に駆られながら顔を背ける。

 

 

「あぁ~その耐えている顔がたまんねぇなぁ」

「っ!?」

 

 

 至近距離で話す男から最大限顔を背けるが、近づいてくる男はリディアーヌを舌なめずりしながらさらに近づいていた。



「おい! 様子を見に行っただけが何やってんだ!!」



 ばんっ! と乱暴に扉が開き、入ってきたのはリディアーヌが他の部屋で見た男だった。

 


「ひぃっ、ちょっ、ちょっと小娘にきょ、教育をだ、な⋯⋯」

「ふざけんなっ! 商品に掠りでも傷をつけてみろ、価値が下がるんだぞ! それとも何か? お前が払うのか?」

「す、すいやせん! い、いや、ちょっと悪ふざけが過ぎただけで、傷をつけちゃいませんて。い、異常はないのでそろそろ持ち場に戻りやす!」

 

 

 ばっとリディアーヌを投げ捨て部屋をいそいそと出ていく下品な男を見送った後、リディアーヌ達に「大人しくしていろ」と言い残して去っていった。

 それを見てリディアーヌははぁと大きく息をついた。


 

『姫様、奴を殺してきてよろしいでしょうか』

『ダメ。私は平気。ただちょっと⋯⋯かなり気持ち悪いけど』



(お風呂に入って汚れを全部落したい)



 そう思えるリディアーヌはすっかり大公家で過ごすことに慣れ普通の生活が当たり前になっていた事に本人は気付いているだろうか。

 


『今ここには何人いるの?』

『六人ですね。この場を纏めているのはあの魔人でしょう』

 

 

 結局此処に来たのが変人変態だったので何も聞けずに終わってしまった。

 あれから暫く何の音も聞こえず静まり返っていた。

 リディアーヌは捕まれた髪を手で梳くと千切れてしまった髪が手に絡む。

 それを見てまたため息が出た。

 これは絶対にベルトランに怒られる案件だ。

 


「あ、あの⋯⋯」

「え?」

 

 

 リディアーヌがどう言い訳しようかと考えていると声を掛けられたのでそちらへ振り向くと、貴族らしき子が近くまで来ていた。

 恐怖を感じているだろうにおずおずとリディアーヌを見つめてくる。


 

「だい、じょうぶ?」

「あ、これ?」

 

 

 さっきリディアーヌが髪を掴まれていたからどうやら心配をして声をかけて来たようだった。

 


「大丈夫。髪の毛が切れちゃったけど問題ないから」

『問題だらけですよ』

 

 

 リディアーヌが答えるとすかさずギーから冷静に指摘された。

 いつも全然話さないのに今日に限って突っ込まれる。

 不思議に思っていると、目の前の男の子はもじもじとしながらリディアーヌに話し掛けていた。

 けれど、前半は分からなかったがどうやらリディアーヌも同じように攫われてきたのかと質問だったようで、そうだと答えると何故かしゅんと落ち込んだ。

 

 

「僕達、家に帰れるの、かな」

「君はどうして捕まったの?」

「あ、お母様と一緒にお出掛けしてたんだけど、僕、はぐれちゃって⋯⋯。あの人達が連れて行ってくれるっていうから付いていったら捕まっちゃった」

 

 

 危機感がなさすぎだと呆れたが、まぁこの年齢の子供なら優しくされたら付いて行っちゃうのかなと首を傾げる。

 

 

「君は貴族の子?」

「うん。お父様が男爵だよ」

「そうなんだね」

「おねえさんは?」

「私は⋯⋯」

 

 

 会話の途中で大きな足音が近づいてきたので、男の子はびくっと体を震わせて体を丸める。

 リディアーヌは男の子を背に庇いドアを見つめるとバンッっとまたもや乱暴に扉が開け放たれた。

 

 

「くそっ! こんなに早く乗り込んでくるとは想定外だ!!」

「兎に角命令された貴族の二人を連れてさっさと逃げるぞ!」

 

 

 態々声に出しながらリディアーヌ達を捕らえようとするなんて、馬鹿で助かったとふっと笑う。

 リディアーヌと男の子、一人ずつ担いで逃げるつもりなのか、迷わずこちらに向かってきたものだからリディアーヌは漸く行動にでる。

 ギーからの情報でこの家に捕らわれているのは此処にいる子供達だけだと分かっているので遠慮はいらない。

 それにリュシオル達が踏み込んできているので遠慮することもないだろう。

 先ずはこの邪魔な鎖だけど、今すぐどうにも出来ないので不便だけれど魔術を行使するのに何の問題もなく、さっと張った結界に阻まれて驚き後ろへと後ずさる誘拐犯二人。



「な、何で結界が!?」

「ま、まさかこの小娘か? いや、まさかな⋯⋯」

「おい! そんな悠長にしている暇はないぞ! 誰がやったかしらねぇが破るまでだ!!」



 そう言って相手も魔術の心得があるのかリディアーヌの張った結界を破るために対抗してきた。

 だが、そう簡単に敗れるはずもなく、二人は段々と焦り始めて魔術の練度も雑になっていった。

 こうなってはリディアーヌの結界を破ることは不可能だ。



「くっそ! さっさと解きやがれ!!」

「解けと言われて解く人っているのかな」



 ぽつりと呟く。

 リディアーヌの独り言に近い言葉を拾って誘拐犯達はこの結界を貼ったのが目の前の小娘だと悟った。



「おい! この結界を解かねぇと殺すぞ!!」

「え? どうやって? 結界を破らないと殺せないよね?」

「んなっ!? こんのクソ餓鬼がぁ!!」



 リディアーヌは至極真面目に返しただけだがそれが挑発と受け取ったのか目の前の男二人は顔を真っ赤にして怒り狂う。

 後ろの子供達は今の状況に声を出せずにいたが、くすくすと楽しそうに笑う声が聞こえてきた。



「うちのお嬢様は流石だな」

「⋯⋯は!?」



 あまりに場違いな笑い声に誘拐犯達は一瞬対応が遅れた。

 奴等が後ろを振り向けばそこには金髪のとても顔の整った知らない男性が一人立っていた。



「な、なんだてめぇは!?」

「うちのお嬢様を迎えに来たんだよ」



 笑いを収めた金髪男性は何処かの騎士団の制服に身を包み剣をだずさえていた。

 そして笑顔を張り付けているがその目は全く笑っていなかった。

 何処かで見たことがあるような、ないような⋯⋯。

 リディアーヌは少し混乱していた。

 知らないのにその男性は「うちのお嬢様」という。

 大公家にあんな人はいないし、制服も違う。

 一体誰なんだろうとぼんやり考えていると、その後ろから顔を出したのはローランだった。



「お嬢様! ご無事でよかったです」

「ローラン、よく見ろ」



 くいっと顎で示す男性に、ローランは視線をリディアーヌの手元に向けると一瞬にして表情が抜け落ちた。



「うちのお嬢様にあんなものを⋯⋯」



 聞いたことのないドスの利いた声にリディアーヌはビクリと体を揺らす。



「さて、お前達。反抗せずに投降すれば、それなりに優しくしよう。さぁどうする?」



 穏やかな表情で彼等に問いかける男性を見て侮ったのだろうか。

 下品な笑い声をあげて男性に剣を突き付けた。



「へっ、お前のような優男が俺達に敵うはずないだろ!!」

「寝言は寝て言えっ!?」



 最後は驚きから言葉を失っていた。

 それもそのはず、言い終えぬうちにその優男が一瞬で制圧したからだ。



「準備運動にもならんな。ローラン、その二人を拘束しろ」

「はっ!」

「お嬢様!」



 ローランの後ろから顔を出したのはエヴァだった。

 リディアーヌの元に駆け寄りどこから持ってきたのか手の枷を外してくれた。



「お怪我はありませんか? どこか痛い所は? あぁ、手首にこのような痣が⋯⋯奇麗な御髪が⋯⋯」



 悲しそうにリディアーヌの髪をそっと撫でる。



「エヴァ、私は大丈夫だから、他の子の枷も外してあげて」

「そうですね。申し訳ございません」



 そう言ってエヴァは子供達の枷を外していく。

 それを見ていたリディアーヌは近くで気配を感じたので振り向くと、知らない男性が近くで腰を落としてじっとリディアーヌを見つめていた。



「本当に大事ないか?」

「え? は、はい。大丈夫、です」

「そうか。だがこの髪はどうした? 何があったか聞かせてほしい」



 その心配する声と表情、何処かで会った事があるような無い様な⋯⋯。

 先程からもやもやとするが、ローランが従っているようだから捕われたときの状況を詳しく話す。



「ちっ。さっき会った下っ端のやろうか。もっと痛めつければよかった」



 リディアーヌの話を聞き終え、目の前の人はぼそりと呟く。

 幸いリディアーヌには何と言ったか聴き取れぬほどだったので不思議そうにする彼女に何でもないというように首を振った。



「さて、こんな所に長居は無用だ。ローランとエヴァは子供達を連れてこい。お嬢様は私と共に⋯⋯」



 そう言って慣れたように抱き上げられた。



(あれ? この感触は⋯⋯)



 この安定感のある抱き方に感触。

 何より彼から漂う香りに覚えがあった。

 それにこお至近距離で見た顔、この顔は⋯⋯。



「どうしてここに?」



 ぽつりと呟いた声は彼に届いていた。

 するとすっと人差し指で秘密だ、とでもいうように口元に指を添える。

 部屋を出ると所々に血の跡が見えるが誘拐犯はいない。

 捕まったのか殺されたのか。

 血を見て子供達はしゃくりを上げながら泣いているのをローランとエヴァの二人は宥めながら付き添っている。

 そしてこの家の玄関に程近い部屋にはリュシオルと知らない騎士達が二人いて、彼等の足元には枷を付けた誘拐犯が四人転がっていて全員意識を失っているようだ。

 その中にあの魔人もいて血まみれだった。

 金髪の男の人に抱かれて入ってきたのを見てリュシオルはリディアーヌを見てほっと表情が緩んだ。

 

 

「リディ。よかった。怪我はな、い⋯⋯そ、その髪はどうしたの!? 誰にやられた? それにその手の痣⋯⋯さぁお兄様に詳しく教えてくれるかな?」



 リディアーヌに近づきながら段々と真剣で圧のある言い方で詰め寄ってくるリュシオルに少し仰け反りながら、と言っても金髪の男の人に抱かれているので仰け反るも何も出来ないのたけれど、リディアーヌの気持ちを察したのか金髪の方が庇ってくれた。



「閣下。お嬢様が驚いておられます」

「ごめんね。けど大事な妹の大切な髪が⋯⋯」

「髪?」

 

 

 髪の毛がどうかしたのかとリディアーヌはそっと自分の髪に触れると、「あっ」と思い至った。

 その小さな呟きをリュシオルは聞き逃さなかった。

 

 

「リディ⋯⋯いや、今此処で話を聞きたいところだけど、屋敷で聞こうかな。それよりも」



 ちらりと後ろ視線を向けるリュシオルはリディアーヌより幼いであろう子達が震えていて、その子達をいつまでもこの場に留まらせるわけにはいかず、リュシオルは部下であろう彼等に指示を出すのをそっと見ていた。


 

「お嬢様、お疲れではありませんか?」



 リディアーヌを抱いている人が気遣いながら声を掛けるが、リディアーヌに対して敬語だから彼女は少し居心地悪く視線を彷徨わせる。



「お嬢様?」

「あ、あの⋯⋯大丈夫、です」



 大丈夫、と答えたけれど、じっとリディアーヌを見つめる瞳は心配だと言わんばかりに彼女を覗き込む。

 その視線を受け止めるも、今下手に言葉を出せば失敗しそうでうまく言葉が出てこない。

 今この二人を見ているとだた仲良く見つめ合っているだけの状態だ。



「お待たせ。リディは先に帰っていなさい」

「シオルお兄様、お話は良いのですか?」

「問題ないよ。帰ってから彼に伝えてくれればいいから。妹を頼むよ」

「畏まりました。では参りましょう」

 


 男の人はリュシオルに頭を下げてエヴァのみ付き添って転移した。

 転移先はルヴェリエ大公邸の別邸だった。

 抱かれてまま玄関へ進むとさっと扉が開いた。

 扉を開けたのは別邸の執事のダミアンだ。



「おかえりなさいませ」

「あぁ。エレン、先ずは湯につかってゆっくりしてきなさい。その後で話を聞こう」



 直ぐに部屋へ向かわず、リディアーヌはじっと男性を見つめる。



「どうしたんだい?」

「⋯⋯陛下がどうしてあそこに?」

「それも、後で話そう。ほら。すっきりしておいで」



 オードリックは優しい笑みでリディアーヌを見送った。

 部屋に戻ってきた彼女はまずゆっくりと湯につかり汚れを落とす。

 あの場所は薄暗く、埃っぽくて重い空気で⋯⋯どことなく、マラディで過ごしていた部屋に似ていた。

 もうマラディで生活をしていた時の事なんてなんとも思っていない。

 そう思っていたけれど、あの場所であの暗い部屋はリディアーヌの心に重く圧し掛かり息苦しく、もう平気だと思っていたが思い出すと体が強張り震えてしまった。



「お嬢様、もう大丈夫です。此処にはお嬢様を傷つける者はおりませんよ」



 悪い方へ考えているとエヴァの心配する声にふと顔を上げると、自分を案じるエヴァの顔が目に入る。



「うん、ありがとう。ちょっと考え事をしているだけだから」

「それにしては深刻そうな、お顔をされておりましたよ」



 言葉を選んでいるけれど、多分何かを恐れていると思われたのかもしれない。

 強ち間違ってはいないけど、心配かけたくなかったからリディアーヌは微笑んで「大丈夫」と答えたが、困ったように微笑まれてしまった。


ご覧頂きありがとうございます。


評価をいただきとても嬉しいです!

ありがとうございます(ꈍᴗꈍ)


次回も楽しんていただけたら嬉しいです。

よろしくお願いいたします。


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